2007年9月18日 (火)

ベルリン国立歌劇場管弦楽団演奏会

松岡究です。今日のベルリンは久しぶりに暖かくて、日中は汗ばむくらいでした。気温も23~4度あったようです。しかし予報では明日からまた寒い日になるらしく、明日は最高が16度、最低が9度の予報です。日本はまた熱帯夜になったとか。考えられません。

曲目   アイヴス:「ロバート・ブラウニング」序曲

      バルトーク:ピアノ協奏曲第1番

      ベートーヴェン:交響曲第7番

  ピアノ:ダニエル・バレンボイム

  指揮:グスタヴォ・ドゥダメル

今話題の若手指揮者・ドゥダメルの登場とバレンボイムがピアノを弾くという2つの話題で、会場(コンツェルトハウス)は満席。1曲目のアイヴスの作品。はっきり言って何を言いたいのかさっぱりわかりません。序曲なのに?25分も演奏時間が有り、聴いているうちに辟易してきました。もうちょっとましな作品があると思うんですけど。

2曲目のバルトークの1番の協奏曲もめったに演奏されない曲です。これも聴いていてそのメッセージを感じるのには至りませんでした。ドゥダメルの棒は確実で、バレンボイムにぴったりと着いていき、バレンボイムもそれなりに弾いてはいるのですが、曲が何を言っているのかわからないままでした。

最後のベートーヴェンの7番。これは面白かったです。ちょうど30数年前にムーティとウィーンフィルが来て、ウィーンフィルがきりきり舞いになって弾いていたことを思い出しながら聴いていました。まさにシュターツカペレはドゥダメルにきりきり舞いさせられていました(笑)。また「中南米のラテン人はこのようにベートーヴェンを感じているのか」と興味津々でした。1・3・4楽章は思ったとおり速いテンポで颯爽と音楽を作っていました。特に4楽章は今まで聴いた中でも最も早い4楽章でした。作品の持つ神々しさ・気品・格調等は10年後20年後に譲るとして、彼が今もてはやされている理由がはっきりと良くわかります。物怖じしないで堂々と自分の音楽を主張していくのは清清しく、見ていてうらやましい限り。かといってPやPPが無いのではなく、そのところもちゃんと心得ているところも若いのに立派です。来年のベルリンフィルのヴァルト・ビューネが彼の指揮だそうです。多分何かしでかしてくれるんじゃないでしょうか。

   hakaru matsuoka

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2007年5月20日 (日)

バレンボイム・ネトレプコ マスネ「マノン」

松岡究です。昨日は熱い一日でした。気温も24度くらいまで上がったそうで、部屋の中のほうが涼しいかったですね。

昨日はちょっと油断してて、オペラの公演に間に合うか合わないか位のぎりぎりの時間に行くと、国立歌劇場の横の広場には数千人の人だかりが。「こんな時に限って」と人を掻き分け掻き分け、7時ちょうどに2階の右サイドのほとんど舞台が見えない席に飛び込むと、舞台上に大きなスクリーンがあって、広場でやっているベルリン市長やBMWのお偉いさんの話を中継しているではありませんか。実は昨日は国立歌劇場が市民のために広場を開放してそこにも大きなスクリーンを配し、逆に歌劇場で行われるオペラを生中継すると言うお祭り。題して「全て人々のための国立歌劇場」

演目   マスネ「マノン」

配役    マノン・レスコー:アンナ・ネトレプコ

       騎士デ・グリュー:フェルナンド・ポルターリ(ローランド・ヴィラツォンの代役)

       レスコー(マノンの従兄):アルフレード・ダーツァ

       伯爵デ・グリュー:クリストフ・フィッシェサー

       ギヨー:レミー・コラッツァ  他

   指揮:ダニエル・バレンボイム

   演出:ヴィンセント・パターソン

まずマスネの音楽がこれほど魅力的で劇的なのには大変驚きました。それは勿論バレンボイムの表現が大変起伏に富み、雄弁且つ繊細だったからに他ならないのですが、マスネという作曲家をここまでやっちゃうなんて、彼の懐の深さに改めて脱帽しました。

この演目の一番の目玉はなんと言ってもネトレプコ!舞台に登場しただけで(2/3は舞台が見えない席でしたが)舞台が華やぐ稀なる才能の持ち主。そしてなんと言ってもそのチャーミングな歌声。上から下まで全く音色の変化が見られない完璧な発声とコントロールはいまや世界一の人気を裏付ける確たる証拠。

本当はもう一人目玉がいたのですが、昨日は病気で降板になりました。しかし代役のポルターリはヴィラツォンを補って余りある素晴らしい出来。ネトレプコに負けないくらいの歓声と拍手をもらっていました。彼の発声も無理なく、フォルテからピアニッシモまで完璧にコントロール出来る技術をちゃんと持っています。

パターソンの演出も大変美しい舞台を作っていました。ただスポットライト隊が出てくるのはちょっと閉口しましたが。つまり何の脈力があるのかそういう意味があるのかが全く不明です。

今年4月29日にプレミエを出して以来昨日が最後の「マノン」の公演でした。

   hakaru matsuoka

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2007年4月13日 (金)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団 マーラー交響曲第9番 ベルリンフェストターゲ

松岡究です。今日のベルリンは快晴の本当に良い天気。気温も20度を超え、春にいよいよなってきました。もっと田舎の方だと一斉に花が開いたりしてもっと春を実感できるかもしれないのですが、まあしょうがないです。

曲目   マーラー:交響曲第9番ニ長調

指揮:ダニエル・バレンボイム

4月1日から始まった今回のフェストターゲは今日が最終日。マーラーのシンフォニーを立て続けにこれだけの短期間で、それもバレンボイムとブーレーズと言う2人の巨匠の共演を聴けた事にまずは感謝します。私は風邪を引いて1・2番は聴けませんでしたが、最初から最後まで素晴らしい集中力を発揮し、緊張感を維持し続けたオーケストラにも大きな白書を送りたいと思います。

今日もバレンボイムは素晴らしい演奏を聞かせてくれました。彼のこのフェスティバルにかける意気込みはとてつもなく凄いもので、指揮している姿からそれは我々にひしひしと伝わってきます。欲を言えば1楽章や4楽章はもっと粘ってゆったりと歌ってほしいところがありましたが、それにも勝るバレンボイムの集中力とテンペラメントの劇的な変化は私を感動させるには充分でした。本当に彼はベルリン国立歌劇場管弦楽団という今までで一番の最高のパートナーを手に入れたのではないでしょうか。

また指揮者としてとても大事なことを(ここには書けませんが)バレンボイムは私に教えてくれました。そのことにも深く感謝いたします。

今秋このコンビはオペラとコンサートで約1ヶ月日本公演をするそうですが、今回の演奏を聴く限り充分きたしてよいのではないかと思います。また「モーゼとアロン」は日本でしか見れませんし、「ドン・ジョバンニ」の演出がムスバッハのものならば、ベルリンより先に日本がプレミエになるはずです。ベルリンの「ドン・ジョバンニ」は12月にプレミエですので。

    hakaru matsuoka

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2007年4月12日 (木)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団 マーラー交響曲「大地の歌」 ベルリンフェストターゲ

松岡究です。ベルリンも大分暖かくなってきました。今日も昼間はコート無しで充分でした。明日からは予報によると20度を超えるようです。

曲目  マーラー:交響曲「大地の歌」

  メゾソプラノ:ミシェル・デ・ヤング

  テノール:ブルクハルト・フリッツ

  指揮:ダニエル・バレンボイム

マーラー全曲コンサートの今日は9回目。なんと「大地の歌」のみという贅沢極まりないプロ。

今日のバレンボイムも大変明確にタクトを振っていました。それは7番の時もそうでした。バレンボイムはちゃんとわかっていて、7番や「大地の歌」多分9番も、オーケストラにとって難曲中の難曲でるこの3つは、自分の音楽をやりながらもきっちりと職人的な仕事をしているのです。今日も大変明確な棒d酢が、物凄くテンペラメントの激しい棒でした。オケもそれによく答え、以前聴いたときよりも格段に音楽が深まっているような気がしました。

歌手の2人はシュターツオパーには顔なじみの2人。昨日もほとんど専属歌手が歌っていましたが、今回もそうだと思います。フリッツは柔らかい美しい声を駆使して、3つの明るい楽章をニュアンス豊かに歌い上げました。今まで聴いたこの曲の歌手では最も良かったと思います。デ・ヤングも素晴らしい出来。昨日とは集中力が違う感じでした。一つ難点を言わせてもらえば、歌いだしが雑に聞えることが良くあるのです。最終楽章などは素晴らしく歌っていただけに惜しい感じがします。それにしてもこの曲はやはりメゾが音楽的成功の鍵を握っていますね。デ・ヤングは今日は合格だったんじゃないかな。

明日の最終日が楽しみです。

    hakaru matsuoka

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2007年4月10日 (火)

ブーレーズ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団 マーラー交響曲第8番「千人の交響曲」 ベルリンフェストターゲ

松岡究です。今日までがイースターでした。街は相変わらず閑散としています。勿論ベルリンの中心部は観光客等で賑わっています。

曲目  マーラー:交響曲第8番変ホ長調「千人の交響曲」

  ソプラノ:トゥウィラ・ロビンソン、ソイル・イソコスキ、アドリアーネ・クヴェイロズ

  アルト:ミシェル・デ・ヤング、シモーネ・シュレーダー

  テナー:ヨハン・ボータ

  バリトン:ハンノ・ミュラー・ブラッハマン

  バス:ロベルト・ホル

  合唱:ベルリン国立歌劇場合唱団、アウレリウス児童合唱団

  指揮:ピエール・ブーレーズ

この曲も私にとって昔から疑問が多い曲です。一度だけずっと以前に合唱指揮を担当したことがあります。曲は第1部と第2部に別れているのですが、その時からその完成度が違いすぎるんじゃないかとずっと思ってきました。

第2部は文句なく素晴らしい音楽です。マーラーのこの世を達観したような清透な音楽が聴くものを感動に導く素晴らしい音楽。しかしそれとは逆にあの第1部の大味な音楽はいつも解せないのです。約25分間のフォルティッシモの嵐には辟易してしまいます。今回その疑問を問いてくれるヒントが見つかるかと期待していたのですが、やはりダメでした。ブーレーズにしても大味な音楽そのまま!どうしたらこの音楽を自分の中で料理できるんでしょうか?未だにわかりません。

今日もコンサートは大成功。第2部の終わりの方は本当に感動しました。ブーレーズもオケも合唱も本当に感動的な音楽を奏でてました。

歌手達はただあまりやられない曲だけに少々力みが加わって皆フォルテで歌いまくり、ブーレーズとオケの奏でるニュアンスに遠い人が多かったですね。歌手の弱点はまさにここにあるのに!もう少し音楽が聴きたかったです。

   hakaru matsuoka

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2007年4月 9日 (月)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団 マーラー交響曲第7番 ベルリンフェストターゲ

松岡究です。イースターの日曜日。散歩に出てみましたがいつものような人通りはほとんどなく、閑古鳥状態。店もマクドナルドとダンキンドーナツ以外は休みと言う感じ(勿論中華店とかトルコ料理店はやってるところが多いですけど)。余りの人の少なさに唖然。

曲目   マーラー:さすらう若人の歌

            交響曲第7番ホ短調

  バリトン:トーマス・クヴァストホフ

  指揮:ダニエル・バレンボイム

今日も一昨日と同じ組み合わせによる演奏会。クヴァストホフは一昨日と変わらず曲の内面に迫ろうとする気迫がみなぎっています。歌曲のリサイタルを聴いても思うのですが、彼は歌いながらどんどんと集中して行き、その深みに到達しうる人のように思います。ですから最初の歌いだしがいつも私は不満なのです。声が硬いし時々破綻を起こすこともあります。しかし集中していった時の歌の表現力は素晴らしく、今日も2曲目くらいからその表現が聴けました。出来は一昨日の方が勝ってたんじゃないかな。

後半7番のシンフォニー。バレンボイムが登場するや、指揮台に上がってお辞儀、オケのほうに振り返ったら急に引っ込んでしまいました。係りの人が譜面台を出すのを忘れたらしく会場にはどよめきが。係りの人が舞台に用意して譜面の表紙を確認、と同時に会場から笑いが起こり、再度バレンボイムが登場。バレンボイムも表紙を確認(茶目っ気たっぷり)、とまたもや場内大爆笑。いやあいいですね、この雰囲気。日本だったら、「なあ~んだ、暗譜じゃないのか」とか「白けさせるな」などの声が聞えてきそう。そのあとバレンボイムもオケも聴衆もすぐに音楽の態勢に。

そして7番が始まりました。この曲、ぶっちゃけた話、マーラーの中で唯一振ってみようとは思わない曲。しかしバレンボイムの演奏を聴いていると、晦渋なこの曲が非常に古典的に聞えて来ます。5番の時よりもきっちりした指揮。そして時には唸りも入るような高い集中力。形がしっかりしているのに、常人では考えられないような音楽の「粘り腰」みたいなのがあって圧巻。(ただ5番で見せた音楽の熟成はあまり聞えてこなかったし、ピアノやピアニッシモも5番の方が圧倒的に素晴らしかった。)

今夜はバレンボイムに感謝!7番に対するアレルギーみたいなものが無くなった気がします。ただ5番のような圧倒的な表現をしなかったのか、出来なかったのか、まだそこまで熟成されてないのか、やはり7番と言うのは大変に難しい曲ではありますね。

   hakaru matsuoka

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2007年4月 8日 (日)

ブーレーズ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団 マーラー交響曲第6番 ベルリンフェストターゲ

松岡究です。今日は快晴のベルリン。気持ちの良い一日でした。

曲目 マーラー:交響曲第6番イ短調

 指揮:ピエール・ブーレーズ

今日はこの作品1曲のみ。開演も夕方の16時でした。昨日のあの興奮冷めやらぬうちに6番をブーレーズで聴くと、こんなにも指揮者でマーラーへのアプローチが違うのかと改めて思いました。バレンボイムの方は激情的でカラーもどぎつい色から淡い美しい色までとりどり。ブーレーズのはいついかなる時も取り乱したりせず、あくまでも客観的に外から作品を見ようとしている姿勢だと思います。むしろブーレーズの方がオペラのマエストロのよう。

今日の演奏も作品の素晴らしさをそのまま提供して見せた、立派な演奏。ただ昨日の演奏と比べると、もっと違うフォルティッシモやピアニッシモがが聴きたいと思うことしばしばでした。それにしても毎日違うマーラーの交響曲をやり続けているオーケストラは素晴らしいと思います。これだけ方向性の違った指揮者で毎日やるからこそできる芸当かもしれません。

   hakaru matsuoka

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2007年4月 7日 (土)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団 マーラー交響曲第5番 ベルリンフェストターゲ

松岡究です。昨日5月6日の演奏会の告知をしましたが、オーケストラのことを何も書いていませんでした。申し訳ありません。オーケストラはZERO合奏団といって、私と音楽をしたい人が集まって出来た私にとって大変大事で嬉しいオケです。宜しくお願いいたします。

今日は昼にこちらで特にドイツ語の翻訳などでお世話になっている関さんとお会いしました。仕事がイースターで4日間休みだと言うことでした。彼女は大のベルリン交響楽団ファンで勿論定期会員でもあります。

それから夜は本当にばったりと25・6年ぶりで指揮者の鈴木織江君に再会。彼もちょうどこのフェストを聴きに来たと言う事で、フィアンセでメゾソプラノの藤井亜紀さんとご一緒でしたが、終演後2時間ほど一緒にビールなどを飲みながら歓談しました。楽しい時間を過ごしました。鈴木君どうもご馳走様でした。

と言うことで盛り沢山な一日。

曲目   マーラー:リュッケルトの詩による歌曲集

            交響曲第5番嬰ハ短調

  バリトン:トーマス・クヴァストホフ

  指揮:ダニエル・バレンボイム

今日の演奏も昨日とはまた違った意味で、素晴らしい演奏でした。まずクヴァストホフの歌唱が、いつもながら人間味を帯びていて素晴らしい。声のテクニックを超えて、作品の内面いつも迫ろうとする姿勢が良くわかる人です。そしてそれが彼の人間性と情熱的な表現力と相俟って人をひきつけずにはおれない演奏をします。今日も全くそうでした。バレンボイムの伴奏も劇的な部分と静寂な部分がはっきり描き分けられ、オーケストラがまた昨日にもまして絶妙なピアニッシシモ披露。名演でした。

後半の5番の交響曲。バレンボイムの激しい起伏の大きい表現がフィルハーモニーの中を駆け巡るといった感じでした。今まで聴いたことの無い圧倒的な迫力。聴いたことの無いピアニッシモのマーラー!去年一昨年とこのコンビで何度となくマーラーを聴いてきましたが、その結晶がここにありました。観客はスタンディングオベイションでバレンボイムをたたえていました。今日は聖金曜日。何か奇蹟が起こることが約束されてたんでしょうか?

このコンビは多分2年がかりでこのフェストに照準を合わせて、ブーレーズも交えて全交響曲を仕上げてきたのだと思います。定期演奏会や演奏旅行にマーラーを携えて何度も演奏し練り上げてきたのが今日の結果だったのでしょう。

バレンボイムはやっと自分の思いのままになるオーケストラ、すなわちシュターツカペレ・ベルリンにたどり着いたのではないでしょうか。世界最高のコンビかもしれません。

   hakaru matsuoka

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2007年4月 6日 (金)

ピエール・ブーレーズ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団 マーラー交響曲第4番 ベルリンフェストターゲ

松岡究です。今日も結構寒い一日でした。かぜが治りきってないせいもあるかもしれませんが、空気が寒く感じられます。

曲目  マーラー:子供の不思議な角笛

          交響曲第4番ト長調「大いなる喜びの賛歌」

  ソプラノ:クリスティーナ・シェーファー

  指揮:ピエール・ブーレーズ

今日は大変感動しました。一昨日の3番での印象がうそのようでした。

4番と言うとマーラーでは一番室内楽的な要素を持った作品。いたるところに明るさと喜び・感謝が散りばめられ、またそこにそっと顔を出す不安や慟哭。ブーレーズの指揮は適度な緊張感と適度な情熱が音楽の自然な流れと見事に融合し、(3番でも見られたこのマエストロの特徴であるゆるぎないオーケストラコントロールの技の見事さはそのまま引き継がれ)曲の性格とブーレーズの本当に音楽家として素晴らしい面がぴたりと一致!またそこにシェーファーの気品あるピアニッシモとその表現力がさらに作品を深く掘り下げ、稀代の名演を聴かせてくれました。

ブーレーズと言ったら今までは血も涙もない機械的に音楽を演奏する人だと言う先入観がありましたが、そのことを今日は深く恥じ入りました。やはり物凄い音楽家なんだと言うことが今日ようやくわかりました。そして「そうだ、彼はフランス人なんだ」ということも今日深く認識した次第です。

高校の頃、マーラーの4番と言えばセル・クリーブランドの演奏が好きで聴いていました。そのセルは6番も録音してますよね。それも好きでした。今度はブーレーズは明後日6番をやります。期待したいです。

前半の角笛もシェーファーの本当に気品ある歌とブーレーズの決してでしゃばらない、しかし音楽的なサポートで魅了してくれました。

今回のこのベルリンフェストターゲは音楽的にはかなり高い水準で行われているようです。シュターツカペレはベルリンフィルを今は凌いでいるんじゃないでしょうか。今日のシェーファーとのピアニッシモとピアニッシシモのやりとりなどはまさにオペラで鍛えているオケの面目躍如。いや~素晴らしいなんてもんじゃなかったですよ。

と言うわけで、実は私もこの曲を日本で指揮します。

ZERO合奏団第1回定期演奏会

期日:2007年5月6日 午後2時開演  杉並公会堂(新しい綺麗なホールです)

   曲は他にモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」

   ソプラノは松尾香世子

このオケは以前にご紹介しましたが、私と一緒に音楽をしたいと思って集まってくれたアマチュアの有志たちが、自分達で編成してくれたオーケストラです。今までも「第九」そしてモーツァルトの「戴冠ミサ」等をやってきました。そして今回初めて定期をやることになったわけです。これからは年に1回の定期と年に1・2回の合唱団との演奏会を軸にやっていくことになります。つまり歌をコンセプトにしたオーケストラです。

若干、招待券があります。このブログを見ていただいた方に差し上げます。直接メールを下さっても結構ですし、こちらのブログに書き込んでいただいても構いません。よろしかったら聴きにいらしてください。(連絡をいただけなかった方や当日は申し訳ありませんが入場料は2000円になります。)

    hakaru matsuoka

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2007年4月 4日 (水)

ピエール・ブーレーズ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団 マーラー交響曲第3番 ベルリンフェストターゲ

松岡究です。昨日一昨日と風邪を引いてしまいました。今回のベルリンフェストターゲはバレンボイムとブーレーズによるマーラー交響曲と一連の歌曲の連続演奏会。全チケットを買ったのですが、風邪でダウン。一昨日のバレンボイムの1番、クヴァストホフの「亡き子」、昨日のブーレーズの「復活」は残念ながら聴けませんでした。しかし今日からは最後の9番まできっちり聴きます。

曲目  マーラー:交響曲第3番 ニ短調

   アルト:ミシェル・デ・ヤング

   合唱:ベルリン国立歌劇場合唱団女声

   児童合唱:アウレリウス 児童合唱団

  指揮:ピエール・ブーレーズ

お見事!と言うのがふさわしいとまず思いました。昨年確か80歳になったブーレーズは全く年を感じさせません。まさに隅々まで曲を把握している感のある全く無駄の無い動き。ですから、オーケストラは大変のびのびと弾いて、吹いているのが良くわかります。そして紛れも無くマーラーの音楽がそこから聞えて来るのです。完璧なマエストロの仕事!

こんな経験はあまりしたことがありません。心の内面をえぐられるわけではありません。また感動したと言うのでもないのです。しかし見事なんです。ホルンやバンダのトランペット(ポストホルンで吹いてはいませんでした)がひっくり返ったりしたことが数度ありましたが、音楽の佇まいと言うか、フォームは余りにも美しいと言った方がいいのかもしれません。変な言い方ですが、綺麗な女性を見てその美しさに感嘆するのみで、全くあちらに考えが行かないのに似てる、と言うことでしょうか。

6楽章などは聴衆全員が息を凝らして聞き入っているのですが、その音楽は室内楽的な美しさはあるものの、心には響きませんでした。残念!と言うより当然かもしれません。

聴衆は沸きに沸いて圧倒的な成功。でも私は早めに家路に着きました。

   hakaru matsuoka

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2007年2月 9日 (金)

ベルリン国立歌劇場 ワグナー「パルジファル」

松岡究です。今日は朝起きるとうっすらと雪化粧。それでもすぐ解けてなくなってしまいましたが、オペラが終わって外にでてみると、うっすらと1センチほど、雪が積もっていました。しかしこれもアパートの近くまで帰ってみると、道路の雪はもう消えていたんです。これも温暖化の影響でしょうね。

演目 ワグナー 「パルジファル」

出演 アムフォルタス:ハンノ・ミュラー・ブラッハマン

    ティトゥレル:アンドレアス・バウアー

    グルネマンツ:ルネ・パーぺ

    パルジファル:ブルクハルト・フリッツ

    クリングソル:ヨヘン・シュメッケンベヒャー

    クンドリー:ミシェル・デ・ヤング    その他

  指揮:ダニエル・バレンボイム

  演出:ベルント・アイヒンガー

昨年の4月のフェスト・ターゲでバレンボイムのパルジファルを聞きました。あの時も素晴らしい演奏でしたが、今日のパルジファルも「これがワグナーと言うものだ」とでも言わんばかりの堂々たる演奏。バレンボイムという人にとってこの作品は、バレンボイムのためにあるような感じまでしました。巨大な構えのバレンボイムにワグナーの音楽が実に良く合うんです。雄弁で濃厚で弛緩せず最後まで、聴く人の耳を捕らえっぱなし。ブラボー!

歌手陣も4月よりも素晴らしかったです。まずはパーぺ!その声と風貌は圧倒的な存在感を放っていました。そしてアムフォルタスを歌ったブラッハマン。明るい声量のある声ではありますが、その内面描写は特筆もの。大変音楽的でした。その他、フリッツやデ・ヤングも素晴らしかったです。

6時に始まって、11時45分が終演時間でした。着いて早々のワグナーはきついかなと思っていましたが、上出来の公演に疲れも忘れて聞き入りました。

    hakaru matsuoka

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2007年1月 2日 (火)

ベルリン国立歌劇場 モーツァルト「魔笛」

松岡究です。今年初めのベルリンで見たものは、シュターツオパーの「魔笛」でした。休憩中に偶然にも、一橋大教授で音楽評論家の田辺秀樹先生にお会いしました。先生には大変お世話になっており、お話させていただいて嬉しくまた恐縮でした。ベルリンは今日まで出明日から20日間ウィーンに行かれるそうです。どうぞ良いご旅行になりますように。

演目   モーツァルト 「魔笛」

    ザラストロ:ゲオルグ・ゼッペンフェルト

    タミーノ:シュテファン・リューガマー

    弁者:ベルント・ツェディッシュ

    夜の女王:アンナ・クリスティーナ・カッポーラ

    パミーナ:アドリアーネ・クヴェイロズ

    パパゲーノ:ロマン・トレケル

    パパゲーナ:アンナ・プロアシュカ  他

   指揮:ダン・エッティンガー

   演出:アウグスト・エヴァーディング

舞台装置やコスチュームは1816年のベルリン王立劇場のフリードリッヒ・シンケルによるプランによるものであるということです。田辺先生によると魔笛といえば今日の舞台装置などの絵や写真が解説書等に使われているということです。所謂魔笛の典型的模範的な舞台。

しかし内容は音楽的には今ひとつの感がありました。それはまずパミーナとタミーノの2人が表面的な歌しか歌えず、心に迫るものが何も無かったことが大きな原因であると思います。その代わりにザラストロのゼッペンフェルトとパパゲーノのトレケルは素晴らしい歌と声、そして演技で一矢報いてくれました。夜の女王のカッポーラは1幕は精彩を欠き、がっかりさせられましたが、2幕のアリアでは見事復活!お見事でした。

エッティンガーはどの作品をやるのも大変オーソドックス。それはいいのですが、魔笛の持つドラマが今ひとつ音に出来てない感じがあり、単なるメルヘン劇になってしまっていたのは残念。魔笛の怖さはまさにここにあるといっても過言ではないのではないかと思います。

今日の観衆は私が今まで見たベルリンの観衆とは恐ろしく違っていました。多分ほとんどがオペラは初めてあるいは、それほど知らない方が90%だったのではないでしょうか。アリアが終わるとオーケストラがまだ後奏をやっているのに拍手をしたり、指揮者が入ってきても1・2幕とも拍手が全く無かったり、といった具合でした。ヨーロッパもやはり聴衆の掘り起しが大変大きな問題になっていますが、今日来た方々が、オペラ好きになってくれたらそしてリピーターになってくれたら、と願わずにはおれません。

    hakaru matsuoka

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2006年12月31日 (日)

ベルリン国立歌劇場ヴェルディ「椿姫」

松岡究です。今日は幾分寒さが和らいだものの、昼過ぎから雨。朝は日差しがあったのに、ヨーロッパの冬は暗いです。

演目   ヴェルディ:椿姫

配役   ヴィオレッタ:アンナ・サムイル

      アルフレード:サイミル・ピルグ

      ジェルモン:アンダース・ラルソン

      フローラ:カタリーナ・カンマーローハー   他

      指揮:ダン・エッティンガー

      演出:ペーター・ムスバッハ

この演出はさる6月にシェーファーがヴィオレッタを演じたので見ましたが、その時は「こんな見方が有ったのか」と衝撃を受けた覚えがあります。

今回はサムイルがヴィオレッタを演じました。素晴らしい歌手であることは疑いの余地はないのですが、この演出に関してはミスキャストであったと思います。彼女のヴィオレッタは動的で肉感のある所謂普通のヴィオレッタ。シェーファーのは静的で精神的な深さのある、透明感を持ったヴィオレッタだったのです。ヴィオレッタの死後その魂が回想するようにこの物語を運んでいくこの演出には、サムイルはその動作や立ち居振る舞いがうるさすぎました。

また前回は1階で見たのですが、今回は2階の左サイドからでした。そうすると舞台の仕組みがわかりすぎて、遠近感やミステリアスな絵が見れずじまいでした。そういう場所的なものも有ったのでしょうか、今回の椿姫はちぐはぐな感じをずっと持ったままで終わってしまいました。

アルフレードのピルグは「これぞイタリアの声」といってもいいくらいの、素晴らしい声の持ち主。音程に少々難があることを除けば、素晴らしいアルフレードでした。その反対にジェルモンはいただけません。まずかなり若くてまるでアルフレードの友達の様です。中声域は素晴らしいのですが、高音は全部力が入って、詰まってしまいます。それに指揮のエッティンガーと全く合わず、1拍すれたりすることがしばしば。2人の間に何か有ったのかと邪推したくなるくらい、ずれが目立ちました。

この演出はシェーファーあっての演出なのではないでしょうか。

     

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2006年11月16日 (木)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団演奏会

松岡究です。今日は暖かな一日でした。ダウンを着ていると暑くて却って気持ちが悪くなりそう。

曲目  シューマン:ピアノ協奏曲イ短調作品54

     マーラー:交響曲第9番ニ長調

     指揮:ダニエル・バレンボイム

     ピアノ:ラドー・ルプー

渾身のバレンボイム。こんなに最初から霊感に満ち、凄いバレンボイムはコンサートでは初めて見ました。彼の凄さを再認識した演奏会でした。

シューマンの協奏曲では、ルプーの素晴らしいピアノにぴったりと寄り添い、シューマンの奥の深さ・繊細さを極限まで表現し尽くしたかのよう。こんなにも哀しい調べをこの曲が持っていたなんて!ルプーもバレンボイムも本当に大家にふさわしい。脱帽です。

後半のマーラー9番。1楽章からバレンボイムは渾身の演奏。物凄い集中力でもってオーケストラを指揮する姿は圧巻。2・3楽章のテンポもディナーミクも極端なまでに違えて、コントラストを強調していく手法はバレンボイムくらいしか出来ないんじゃないかと思ってしまうほど。4楽章も最後まで緊張の糸は張り巡らされ、大変充実した演奏になりました。

今までテレビではいずれもベルリンフィルを振った「運命」と「ジルベスターコンサート」は素晴らしい思ったのですが、実演では初めて感激する事ができました(ピアノは日曜のシューマン等何度かその素晴らしさに遭遇していますが)。彼が世界のトップを走る理由がやっとわかりました。本当に凄い人です。

    hakaru matsuoka

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2006年11月15日 (水)

ドロテア・レシュマン&ダニエル・バレンボイム リートマチネー

松岡究です。今日の日曜は朝の11じから歌曲のコンサート。本当はローマン・トレケルとバレンボイムのリートマチネーだったのですが、トレケルが病気だと言うことで、急遽ドロテア・レシュマンのリサイタルとなりました。しかしこれが大当たり。素晴らしい1時間半でした。

曲目  シューマン没後150年

   「ミルテの花」より12曲 作品25

   「リーダークライス」作品39~ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフの詩による

全くトレケルのリサイタルだと疑わないで開演を待っていました。するとでて来たのはレシュマン。???頭の中が混乱状態。しかし彼女が歌い始めるや否や、私は彼女の声に引き込まれ、シューマンのロマンに35分間身をゆだねて聞き入ることが出来ました。正確な発音と発声に支えられた彼女の歌は、時にオペラティックにまた大変繊細に、時にはユーモラスな表情も交えながら、彼女の歌はミルテの世界に誘ってくれました。

後半のリーダークライスも素晴らしい歌唱。シューマンがこんなに素敵な小宇宙を持っているなんて、シンフォニーしか知らない僕にはとても新鮮。アンコールも3曲も歌って、最後は全員がスタンディングオベイションで彼女をたたえました。

バレンボイムのピアノも素敵!ベートーヴェンのソナタを弾いている時は楽器が持っている以上の世界を弾こうとして時に音が濁りがちになるのですが、今日の伴奏に関して言えば、「こんなに綺麗な素敵な音を持っていたのね!」と関心。~失礼~モーツァルトのコンチェルト23番の特に第2楽章の音を今思い出しました。あれも良かったです。やはりバレンボイムの音楽の原点はピアノに間違いない。

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2006年11月 9日 (木)

ベルリン国立歌劇場 ロッシーニ「セビリアの理髪師」

松岡究です。そういえば今月の4・5日に鳥取オペラ協会でモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」を指揮いたしました。もしお聴きになった方がいらっしゃいましたら、是非感想やお気付きのことをお知らせください。宜しくお願いいたします。

さて今日はベルリン国立歌劇場の「セビリアの理髪師」。こちらの気温は思ったほどに低くないのですが、先週は凄く寒かったようで一安心。

演目 ロッシーニ「セビリアの理髪師」

 アルマビーバ伯爵:ヨセップ・カン

 ロジーナ:カタリーナ・カンマーローハー

 バルトロ:エンリーコ・マラベッリ

 フィガロ:アルフレード・ダーツァ

 バジリオ:クリストフ・フィッシェサー

 ベルタ:ブリギッテ・アイセンフェルト その他

 指揮:ミケーレ・ロヴェッタ

 演出:ルート・ベルクハウス

実に楽しい舞台。舞台にはカーテン式の小さな家にあつらえた出入り口4つの簡素な装置とシャンデリアが4つ。この演出は何と1968年11月21日がプレミエで、今日が299回目の公演だそうです。実に38年の長きにわたって、続いてきたこの演出は初演当時は画期的な舞台だったのではないかと思います。そのシンプルさは全く色褪せず、今見ても全く時代の古さを感じさせません。

カンマーローハーをはじめ出演者全員演技が達者で、舞台をうまく動き回り見ている観客を飽きさせません。カーテンコールではハンガリー式の手拍子が起こり、皆満足したようでした。指揮のロヴェッタは序曲ではあまり推進力が無く、凡演。しかしそれ以後は歌手とのやり取りや歌を支えていく力は大したもので、オペラ指揮者としての面目躍如。

      hakaru matsuoka

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2006年10月19日 (木)

ベルリン国立歌劇場 パーセル「ディドとエネアス」

松岡究です。今回もメンテナンスで投稿が遅れてしまいました。

昨日のオペラは私が2005年に毎年国立歌劇場でやっているバロック週間を初めて聴いた時、プレミエとして出されたのがこのパーセルの「ディドとエネアス」でした。その時の観劇は今でも覚えています。舞台ではダンスを中心に物語が進行し、またコーラス・オーケストラがクレモネージの元に一体となって音楽を奏で、それは見事でした。

演目   ヘンリー・パーセル 「ディドとエネアス」

     ディド:アウゴーレ・ウゴリン  

     エネアス:ロイベン・ウィルコックス

     ベリンダ:デボラ・ヨーク   その他

    指揮:アッティリオ・クレモネージ

    演出・振り付け:サーシャ・ヴァルツ

このプロダクションは、2005年にプレミエを出したあと、ルクセンブルグやモンペリエなどで再演を重ね、ここベルリン国立歌劇場でも、3度目の再演になるヒット作です。

それはヴァルツの大胆な演出・振り付けとクレモネージ(勿論初演の時から全曲暗譜で指揮)の生き生きとした音楽作りが大きな成功の要因です。舞台は誰が主役で誰が脇役ということはなく、歌い手もダンサーも全員が踊り、また役どころには歌い手の他にその内面を表すダンサーが必ず付いています。

カーテンコールも全員が整列し、一人一人のカーテンコールはないのです。こうした考えも今のオペラ界には斬新なことかもしれません。

とにかく終演後はブラボーの嵐で、大変盛り上がった舞台でした。

ただ私としては、初演時の演出・振り付けのほうが見ていて綺麗だと思いますし、そちらの方が良かったような気がします。

     hakaru matsuoka

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2006年10月16日 (月)

ベルリン国立歌劇場 ドニゼッティ「マリア・ストゥアルダ」

松岡究です。今日ベルリンフィルの11月12月の定期分が発売になりました。ネットで挑戦していたのですが、なかなか繋がらないので、11時発売開始の窓口へ直行。ちょうど11時に着いたら、既に200人くらいが行列していました。私の前には60前後のおば様が4人、後ろには並ぶのを凄く不満に思っていると言うことが顔に書いてあるようなおば様が1人。私は12時20分にやっと順番が回ってきてチケットを手に入れることが出来ましたが、その80分間、前のおば様方は一度も途切れることなくおしゃべりしておりました。そして後ろのおば様はイライラ・そわそわ、不満を顔いっぱいに表して今にも切れそう。私はこの5人のおば様の毒気にやられてしまい、帰ったらぐったり。そのぐったりした中をオペラに足を運びました。しかし行ってよかった。今期最高の部類に入る内容のオペラを堪能しました。

演目   ドニゼッティ:マリア・ストゥアルダ

     エリザベッタ:カタリーナ・カルネウス

     マリア・ストゥアルダ:エレナ・モスク

     ロベルト:ジョゼ・ブロス

     タルボット:クリストフ・フィッシェサー  その他

     指揮:アライン・アルティノグル

     演出:カーステン・ヴィーガンド

これぞイタリアオペラ!と言うくらいに充実した内容でした。まず上記の4人の声が素晴らしい。中でもタイトルロールのモスクとタルボットのフィッシェサーが圧巻!モスクは持っている声の素晴らしさに加え、完璧なコントロール術を見に付けていて、特にアクートの技巧は100点満点。そのピアニッシモは艶やかであのグルベローヴァを彷彿とさせました。フィッシェサーはこれぞイタリアベルカントとでも言う華やかな明るい声にコントロールもしっかりとしている逸材。

指揮のアルティノグルも若手ながら溌剌とした音楽運びで、素晴らしい指揮者。

演出は少しわからないことが多かったですね。多分名門の家系の末裔に舞台設定されていて、そこの家族の中で起こる悲劇として描きたかったのでしょう。1幕はそういった意味ではどちらかと言うとコミカルなタッチの演出。2幕では嫉妬から殺戮に至るまでがよく描かれていたように思います。ただわからないのは合唱。キャストは全員現代衣装、つまりジーパンにTシャツ等。しかし合唱は全員ダーク系のフォーマルな衣装。もう何度か見ないと確実なことはわからない感じです。

今日は9月29日にプレミエを出して5回目の公演。やはりこれだけ回を重ねると歌手もオケも指揮者も皆こなれて良い感じでした。やはり回数は必要ですね。

     hakaru matsuoka

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2006年10月14日 (土)

ベルリン国立歌劇場 プッチーニ「トスカ」

松岡究です。ベルリンに戻っての最初は「トスカ」です。今日はどんよりとずっと曇っていて、気温も上がらず肌寒い一日でした。

演目 プッチーニ「トスカ」

配役 トスカ:クリスティーネ・オポライス

    カヴァラドッシ:ブルクハルト・フリッツ

    スカルピア:カルロ・グエルフィ

    堂守:ベルント・ツェディッシュ

    アンジェロッティ:サイモン・ベイリー その他

  指揮:ユリエン・ザレムコール

  演出:カール・リハ

今日もほぼ満席に近い客の入り。トスカというポピュラーなオペラになると、やはり売れ行きが違うようです。1時間前に行ってチケットを求めましたが、いつもなら1回の前の方のかなり良い席が手に入るのですが、今日は2階右の5列目(一番奥の列)。舞台が半分しか見えません。

率直な感想は、これくらいの質の歌劇は日本でも見れるのではないかと思いました。主役3人は実に良く歌っていますし、オケも雄弁に音を奏でています。何が物足りないのかと思って聴いて(見て)いました。「あっ、そうか!」ピンと来たのは、演出がカラスがやっていたあの伝説的な舞台にそっくりで、また日本でも同じような舞台を何度も見たことがあったからだと気がつきました。

プログラムには1976年3月3日プレミエと書いてありました。何と30年もこの演出はこの歌劇場で生きていたんですね。

しかし考えてみるに、トスカ程いろんな舞台設定を思いつかせるのはないオペラだと思うんですが。

    hakaru matsuoka

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2006年9月13日 (水)

マグダレーナ・コジェナー、ダニエル・バレンボイム リートマチネー

松岡究です。今日は実に言い天気。空気も澄んでいて気持ちの言い朝を迎えました。今日は朝の11時から歌曲のコンサート。コジェナーとバレンボイムの組み合わせです。

曲目   メンデルスゾーン:小姓の歌 ヴェネツィアのゴンドラの歌 新しい歌 夜の歌 魔女の歌

      シューマン:女の愛と生涯 作品42

      ドヴォルザーク:4つの歌作品73

               :4つの歌作品2から2曲目と4曲目

               :夕べの歌から

               :ジプシーの歌

今日も素敵なコンサートでした。コジェナーは全く無理のない発声とメゾにしては明るく清澄な響きを持っています。前半はドイツ物で、後半は自分のお国のドヴォルザークの作品。前半の白眉はなんと言ってもシューマンでしょう。奇を衒うことなくひたすら音楽と言葉によって表現される彼女の歌はその音楽性に支えられて、時には激しく時には祈り深く、そして豊かに静謐に表現されていきます。聴衆皆がその世界に引き込まれ実に素敵なひと時でした。

後半もその音楽に対するスタンスは変わらず、ひたむきに実にエレガントに歌われていきます。シューマンの時もそうでしたが、コジェナー自身が思わず涙がこみ上げてくるような一瞬があり、それが何とも歌の表現とマッチしていて鳥肌もの。その容姿も美人で素晴らしいですが、こんな表現が出来る人だということがなんと言っても素晴らしい。

ピアノのバレンボイムがコジェナーの表現に寄り添い、時には激しく主張して素晴らしいピアノ。特にシューマンで最後にもう一度最初の主題が回想してくるくだりのピアノの絶妙さに思わずほろっときました。

バレンボイムは昨日「ボリス・ゴドノフ」を振り、今日もこの後20時からアニア・シリアと新作のパフォーマンスとシェーンベルクの「期待」を振る事になっています。怪物!!!

      hakaru matsuoka

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2006年9月11日 (月)

ベルリン国立歌劇場のアニア・シリア

松岡究です。今日はダブルヘッダー。昼の歌曲の演奏会の件は13日にアップします。夜の公演はちょっと難しいパフォーマンスとモノオペラでした。

演目   ロバート・ウィルソン:Deafman Glance(聾唖者の視線)

      シェーンベルク:モノドラマ「期待」

    ある女(Eine Frau):アニア・シリア

    もう一人の男:ロバート・ウィルソン

    その他2人の男の子と2人の女の子

    指揮:ダニエル・バレンボイム

まず50セントで買えるプログラムを読んでびっくり。そこには(英語でwithout musik and dialogue)と書かれているではありませんか。会場は本番の5分前にようやく開場。すると舞台には4メートル四方の正方形の小さな舞台が2つ。そこに黒装束のマネキンが2体。男の子の座ったマネキンが2体。女の子のネグリジェで寝ているマネキンが2体。会場にはノイズと思われるような音がずっと鳴っていてそれがクレッシェンドしてきて耳を劈くかと思われるところで客席が暗転、音は寸断されます。するとそのマネキンだと思っていたのがアニア・シリアと作者のロバート・ウィルソン。それから約50分間音もない台詞もないサイレント劇が始まりました。やったことは、単に「その2人がほぼ対象に動き男の子と女の子をナイフで殺す」という凄惨な場面ですが、普通の動きだとものの20秒もあれば成立してしまうことを物凄いスローモーションで、そう50分かけてやるわけです(体を一回転させるのに3分くらいかけてやるわけです)。音も台詞もない、つまり聾唖者の視線から見えたこと・見えることの具現です。ですから観客はそこから聾唖者が想像しうるものを全て想像し得ないとつまらないということになるのでしょうね。音や台詞のない世界がどういうものか、わざと観客に追体験させるようなことだったのでしょうか。場面が超スローモーションで動いていく時間の中で、観客に何を感じさせ、感じてもらうか。今冷静に名って考えると、実際にかなりイマジネーションを働かせて見ていないと苦痛になるのではと思われます。

この心理劇が終わると、ピットにオーケストラが入り休憩無しで「期待」が演奏されました。「期待」というモノドラマも難しい心理劇です。名もない女性が森へ入り、そこには愛する人の死体が。シェーンベルクは曲の終わり方を大変中途半端にわざとですが終わらせています。つまり森へ入った後そこから出たのか出ないのか、死体を目の当たりにしてそれをどうしたのか、ということは観客自らが考えることだったのでしょうか。

ドイツ人はどうしてこんなに考えさせるものを作りたがるんでしょうね。そう考えさせることがこのプログラミングの罠に私は見事に嵌っているんだということでしょうか。

         hakaru matsuoka

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2006年9月10日 (日)

ベルリン国立歌劇場 ムソルグスキー「ボリス・ゴドノフ」

松岡究です。天気予報によると今日明日は最低気温が8度になるそうです。日に日に秋が深まっていくように感じます。

演目   ムソルグスキー:ボリス・ゴドノフ

配役   ボリス・ゴドノフ:ルネ・パーぺ

      シュイスキー:シュテファン・リューガメル

      シュチェルカロフ:アルフレード・ダーツァ

      ピーメン:アレクサンダー・ヴィノガロフ

      グリゴリー:ブルクハルト・フリッツ

      ヴァルラーム:ミハイル・ペトレンコ

      ミサイル:ペーター・メンツェル   その他

     指揮:ダニエル・バレンボイム

2時間20分休憩無しで連続して上演されました。2場ほどカットされているようで、これは所謂ベルリン国立歌劇場版ということでしょう。

やはり圧倒的にタイトルロールのルネ・パーぺが素晴らしく、最後の死の場面などは聴衆を釘付けにしていました。(本当はあるはずの愛の場面はカットされていましたので、)最初から最後まで休憩無しでの暗い場面を一気に聴かせ見せようということだったのでしょう、その分場面場面は緊張感をはらみ、観客はじっとこらえて見入ることになります。バレンボイムの作り出す音楽もその緊張感をしたたかに盛り上げ、5日のコンサートとは打って変わって素晴らしい音楽を聞かせてくれました。

演出は1598年~1605年の設定を2012年~2019年に読み替えての演出。ですから戦争の場面などはテロの爆弾騒ぎになったり、民衆はそれで避難民の生活になったりとちょっと強引。ボリスも大統領か議員かちょっとわからなかったのですがそんな設定でした。(視力が悪くて字幕スーパーがわからなかったのです)現代にこの物語を移し変えると一番わかりやすい設定ではあったと思います。

       

       hakaru matsuoka

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2006年9月 6日 (水)

ベルリン国立歌劇場管弦楽団定期

松岡究です。今日のコンサートに予定されていたマルタ・アルゲリッチが案の定キャンセルになってしまいました。代わってバレンボイムがピアノも担当。やっぱりちょっとがっかりしました。このコンサートは明日も今度は会場をフィルハーモニーに移して、ベルリンムジークフェストの一環として行われます。(今日はちなみにコンツェルトハウスでした)

曲目   R・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

      ブーレーズ:ノタシオン(演奏順に)1・3・4・7・2番

      モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調Kv488

      ブラームス:交響曲第4番ホ短調作品98

      指揮・ピアノ:ダニエル・バレンボイム

以上の長大なプログラム。午後8時に始まって終わったのが10時45分でした。一言で言うと今日の演奏会が今回の5回の演奏会で一番満たされませんでした。

まず「ドン・ファン」。いつものように大きな構えから豪壮に繰り広げようとするバレンボイムの音楽は納得がいきます。しかしでてくる音は大雑把そのもので、雑然とした音にはシュトラウスの艶やかさや絢爛たる響きは一度も聴かれませんでした。

ブーレーズの作品は昨日聴いたバッハ/ウェーベルンやピンチャーの作品に比べると大変理知的で考えられた作品。バレンボイムが悪いのか作品にその世界がないのか、全く左脳の世界を脱し得なかった感じです。ただ演奏としては成功していたのではないかとおもいます。

やはり舞台の設定に時間がかかり長い25分の休憩の後、バレンボイムの弾き振りでKv.488が演奏されました。これが今日の白眉で、特に第2楽章のあの何ともいえぬ叙情大変美しかったですね。そのコントラストとして第3楽章の生き生きとした表情も良かったと思います。

またまた舞台転換の為20分休憩後のブラームスもシュトラウスと同じで、オケはどこの田舎のオケなんだと思ってしまうくらい音が雑で音楽の作りも大雑把。おまけに第4楽章ではクラリネットやホルンが行方不明になったりとかなり危ない場面も。

これだけの長大なプログラムをどうしてやらなければいけなかったのでしょうか?シュトラウスかブーレーズのどちらかを外した方が良かったのでは。総じてリハーサルの時間が足らないのが露呈された格好でした。今日は明日のためのゲネプロだったのかも!

オペラのオーケストラは、例えばこの前コーミッシェオパーのオケもベートーヴェンの「エロイカ」は初めてだという楽員が大半でした。ずっとオペラのオーケストラで定年まで勤めたとしてもフィガロやこうもりは何百回も引くでしょうが、エロイカやブラームスは一生に1・2度しか弾かないということも珍しくないのです。

今日の演奏会はそんなことも考えさせられました。

          hakaru matsuoka

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2006年7月 3日 (月)

ベルリン国立歌劇場レハール「メリー・ウィドー」

松岡究です。今日は一年の3分の2はドイツのいろんな会社指導(コンサルタント)をしておられる松田龍太郎さん、通訳のヴォルフラム・ミッテルホイザーさんと3人で国立歌劇場へ参りました。松田さんには色々な面で刺激を受けることが多く、毎月メールで配信される「企業家精神」と「海外こぼれ話」は大変楽しみにしているメールです。

今日18時10分に新しくオープンしたベルリン中央駅で待ち合わせて、そのまま国立劇場へ。時間に余裕があったので、3人で地下のビュッフェで食事をしながら歓談。そして19時30分から「メリー・ウィドー」を拝見しました。

演目  レハール:メリー・ウィドー

ポンテヴェドロン公国公使:ベルント・ツェティッシュ

ヴァレンシェンヌ:シルヴィア・シュヴァルツ

ダニロ:ジークフリート・イェルサレム

ハンナ:ナーディア・ミハエル  他

指揮:マックス・レンネ

演出:ペーター・ムスバッハ

一言でいうと「ひどい!」 その原因は1にも2にもムスバッハの演出にあるでしょう。

まず1幕は南極に旅客機が不時着したと言うところから始まります。こういうシトゥエイションなら普通「皆無事なのか?」「生きているか?」「どうやってここから脱出するか?」等々人間の生死にかかわることを皆想像するだろうと思うんです。それが飛行機を脱出してきていきなり「私は貞淑な妻」だとか「2000万フランで大仕事をやってくれ」だの、こんな時に何言ってんだという感じになってしまいます。音楽も楽しく明るい華やかな物ばかりですから、舞台の暗い場面とは180度違って全くミスマッチ。

つまりわざわざ南極に不時着と言う場面設定に何の意味もないわけです。おまけにその翼で踊ったり、リカちゃん人形よろしく大勢の全くヘアースタイルの同じ金髪のスチュワーデスが出てきて寝そべったり、合唱が皇帝ペンギンのダンスをしたり、翼の下ではぺんぎんの格好のぬいぐるみを着た合唱がよちよち歩きでダンスをしたり、全く手のつけようのない始末。

ムスバッハの「椿姫」にあれだけ感動し、この演出家は凄いと思っていたところにこれだもんね。会場はもう3幕では収拾がつかなくなりつつあり、ブーイングがあちこちで叫ばれ、中には説教じみたことをしゃべりだす人もあり。ペンギンが出てきたときは笑い声があちこちに、面白くて笑っている人とあきれて笑い出す人あり。

カーテンコールもあっさりしたもんであっという間に終わり、お義理とまあ全員そろうまで拍手しといてやろうくらいのもの。昨日とは雲泥の差!

指揮のマックス・レンネ、歌手もそんなに悪くはない。でも舞台と音楽が水と油の全く相容れない関係。こんな舞台を見ながらあの華やかな楽しい音楽を楽しもうなんてできっこありません。

ムスバッハは猛省すべし!!!

折角の松田さんとミッテルホイザーさんと楽しいひと時だったのになあ。これじゃ、お二人にちょっと気の毒。

      hakaru matsuoka

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2006年7月 2日 (日)

ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場「カルメン」

松岡究です。ここ数日涼しい日が続いていましたが、今日からまた暑さが戻ってきたようです。今日のこのカルメンはドマシェンコは前回に引き続きですが、ホセにヴィラツォーンが出るということもあって随分前から売り切れ状態でした。私は6月に入って毎日キャンセルは出ないかとインターネットで検索していたら2枚だけキャンセルが出て、慌てて買いに行き何とか今日のカルメンを見ることが出来ました。

演目:ビゼー 「カルメン」

カルメン:マリーナ・ドマシェンコ

ホセ:ローランド・ヴィラツォーン

エスカミーリオ:アレクサンダー・ヴィノグラードフ

ミカエラ:ノラー・アムセッレム    

フラスキータ:ユーリア・レンペ

メルセデス:スザンネ・クロイシュ

ダンカイロ:ヤン・ツィンクラー

レメンダート:グスタフォ・ペーナ

モラレス:カイ・スティーファーマン

ズニガ:クリストフ・フィッシェサー

リッラス・パスティア:マルティン・フーク

指揮:ダニエル・バレンボイム

演出:マルティン・クシェーイ

この演出で、去年の11月に初めて見たときに、強烈な感激を受けたのを覚えています。今回は2階から見たので、かなりその様子がわかり改めて感激しました。

まず、前奏曲の後半、死のテーマが出てくるところはホセが銃殺されるところから始まります。そして4幕の最後でカルメンを刺し殺したシーンと、ホセとカルメンを争ったエスカミーリオが闘牛で絶命して運ばれるところのシーンが重なり、ホセは銃殺されて幕になるんです。つまりここで最初の銃殺のなぞが解けるんですね。観客は前回もそうでしたが、ここでいっせいに「オ~~」とため息をつきました。

一貫した「死」に対する、あるいは「死」をモチーフにした演出家のドラマの作り方が素晴らしく胸に迫ります。その証拠に子供の合唱は1幕ではピットの中で、4幕ではバンダで歌わせ、エスカミーリオが登場するところの例の追っかけの部分は子供のコーラスはカットされ、大人のコーラスだけで歌われます。つまり一度も舞台に顔を出さないんです。つまりどういうことかというと子供が出てくるとそのかわいらしさや生気に、ドラマがピンボケになることを完全に嫌がったに違いないと私は思います。

4幕でのコーラスは全員が白装束、顔も白く塗っています。つまりゾンビ集団があのコーラスを歌っているわけですね。ですから「殺し」のシーンの舞台裏のコーラスは舞台上で歌われ、ホセとカルメンを取り囲むようにして迫ってきます。「死」の世界に引きずり込もうとしているんでしょう。この演出は強烈です。

音楽面では、まずカルメンのドマシェンコとホセのヴィラツォンが二人とも素晴らしく圧巻。バレンボイムの鷹揚たるテンポにもものともせず、素晴らしい声と演技で聴衆を魅了しました。ミカエラのアムセッレムは線は細い物の、健気さをよく表現していましたし、エスカミーリオのヴィノグラードフも声が少々軽いのが気になりましたけど、かっこいいエスカミーリオを演じていました。それに端役ですが、ズニガのフィッシェサーが素晴らしい演技でした。

バレンボイムは悠揚たるテンポと緊張感のある音楽を作り上げ、私にしてみれば音楽の別の可能性を色々見せてくれて大変勉強になりました。6月28日と今日は私にとって大先生になりました。

終演後は会場はブラボーの嵐、そしてスタンディングオベイション。約15分間拍手は続きました。

     hakaru matsuoka

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2006年6月23日 (金)

ベルリン国立歌劇場プッチーニ「ラ・ボエーム」

松岡究です。今日は幾分暑さが和らいで、凌ぎやすい一日でした。10時にオペラが終わって歌劇場を出てきたときには上着がないと寒いくらい。最低温度は16度の予報でしたがどうなんでしょうか。

さて今日は「ラ・ボエーム」、久しぶりにプッチーニのオペラを見ました。やはり良いですね。泣けました。

演目   プッチーニ:「ラ・ボエーム」

    ミミ:マリー・ミルズ

    ムゼッタ:アンナ・サムイル

    ロドルフォ:マッシモ・ジョルダーノ

    マルチェッロ:ローマン・トレケル

    ショナール:クラウス・ヘーガー

    コッリーネ:クリストフ・フィッシェサー    他

    指揮:ローレンス・フォスター

    演出:リンディー・ヒューム

実に良い舞台、良い演出、良い歌手達、良い指揮者でした。今日は大分後ろの方に座ったので、はっきりとは断定できないのですが、多分べノアの回想シーンとして演出はつけられていたようです。

つまり最初、初老の男性がヴィデオのスイッチを入れるようなしぐさで音楽が始まります。しかしこの先は奇抜なことをせずにちゃんと屋根裏部屋のシーンから始まります。(最近は舞台設定や時代の読み替えが当たり前のように多くてちょっと食傷気味。うまく行けば良いのですが、8割はうまく行かないような気がします)「冷たき手を」「私の名はミミ」のあたりはちょっと演技的にはっきりしないかな。でもその後の2重唱から2幕へのつながりは見事。屋根裏部屋のセットがなくなり、2人が載っている盆がそのまま舞台裏へ。その時に通行人となっていた合唱団の上に美しい雪が降り注ぎ、大きなカラフルな電球が降りてくる。そして華やかな2幕の幕開け。この辺は天晴れ!見事な演出。そしてモミュスカフェーの豪華なセット。

3幕がイマイチよくわからなかったんですが、ずっとべノアらしき人がたたずんでるんです。これは一体何?ここが唯一の疑問点。

4幕は屋根に出て日向ぼっこをしたり、ペンキの塗り替えをしているシーンから始まり、それが回転すると、さっきの屋根裏部屋。そこへミミが抱きかかえられてくる。といった演出でした。

奇抜さがなくすんなり楽しめ、またシーンもとても綺麗に仕上がっている好舞台。

歌手は、ミミを歌ったミルズとロドルフォを歌ったジョルダーノは素晴らしい声と素晴らしい演技。久々にプッチーニを堪能しました。サムイルとトレケルも素晴らしい。後の2人もどうしてどうして、豊かな声で演じて見せてくれました。

指揮のローレンス・フォスターはここぞと言う時にオーケストラから良い音を引き出し、また音楽がだらけることなく引き締まっていて、良い指揮でした。N響に彼が来た時は全く精彩を欠いていたのですが、今日聴いて全く印象が逆転しました。

     hakaru matsuoka

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2006年6月10日 (土)

ベルリンシュターツオパー ヴェルディ「椿姫」C・シェーファー主演

松岡究です。もう絶句!余りにも素晴らしくて言葉がありません。・・・・・・ない頭を振り絞って書いてみます。(誰です?ない頭じゃなくてない髪なんていってる人は!)

演目:ヴェルディ 「椿姫」

ヴィオレッタ:クリスティーネ・シェーファー

アルフレード:サイミル・ピルグ

ジェルモン:ゼリコ・ルチーク   他

指揮:パオロ・アッリヴァベーニ

演出:ペーター・ムスバッハ

客席も舞台も真っ暗になると、ステージの向こうにガイスト(霊)のような影が見えます。そうすると前奏曲が始まります。その影は前奏曲の間中ずっと形がはっきりしません。そして前奏曲が終わろうとするころ、それがヴィオレッタであることがわかります。第一幕が始まります。しかしヴィオレッタ以外誰も出てきません。あの合唱は舞台奥で歌われます。そしてガストンだのドゥフォールだの後で合唱も出てきますが、皆喪服をまとったように黒ずくめ。(ヴィオレッタだけが白鳥のように真っ白なドレスを着ています。)そしてダンスもないし、楽しげな表情も見えない。乾杯の歌では華やかな社交場も出てきません。皆動きはスローで楽しそうな様子も皆目ありません。

あの大アリアを歌った後、そのまま2幕へ。舞台は全く変わらずヴィオレッタは倒れています。この1場をやった後もそのままフローラ邸の2場へ。ここも舞台は変わらず、ツィゴイナーの場面もマタドールの場面もカードの場面もヴィオレッタにしてみれば全部楽しくない、単なる過ぎ去った騒々しい過去なんですね。

休憩後3幕。1幕と全く同じように前奏曲の間ずっとガイストがボーっと見えます。そして舞台正面に崩れるように座ります。ここでアルフレードとの「パリを離れて」も一瞬肩に触れたくらいで、基本的にはヴィオレッタは一人。アルフレードはヴィオレッタの魂を探すように上を見上げて嘆き悲しみます。ジェルモンが許しを請いに出てくるとヴィオレッタはすっと立ち上がって2人を上から見るように歌い始めます。そうです、まるで魂が体から離脱して見ている様に歌うんです。

ムスバッハの演出は最初からヴィオレッタの魂が過去を思い返し、数々の場面が如何に空しいものであるかを示した物であると思います。2幕のアルフレードとの束の間の愛、そしてジェルモンとのやり取り、この部分だけが暗い舞台の中でアクティブに描かれていたことを考えるとそうに違いないと思うのです。

余りにも悲しく、孤独なヴィオレッタ。そしてモノトーンではあるけれど美しい舞台、照明の妙技。こんな舞台があるなんて信じられません。

乱暴かもしれないですが、ムスバッハはこのオペラを「白鳥の歌」としてとらえていたということも出来るかもしれません。

すみません。余りにも衝撃が大きすぎて言葉に出来ません。

音楽は主役の3人が本当に素晴らしい。まずジェルモンの「プロヴァンスの陸と海」は今までこんなに感情豊かに音楽的にも完璧な歌を聴いたことがありません。アルフレードも一瞬喉に入った部分はありましたが、素晴らしいテノール。そしてなんと言ってもシェーファーが圧倒的!「あ~そはかの人か、花から花へ」「3幕のアリエッタ」がこんなに陰影の濃い歌だったなんて、完全に打ちのめされました。ピアノの使い方が絶妙で、どうしてここでそのルバートがあるのかがいちいち良くわかります。声は想像していた以上にダークで驚きましたが、この演出にはぴったり。ムスバッハはシェーファーの為に演出したのかなあと思えるくらい。

指揮のアッレヴァベーニも素晴らしい。彼はよく演出のコンセプトを理解し、常に室内楽的なアプローチでこの演出にぴったりと寄り添うような指揮。「ムジークテアター」がうまく行くとここまでの舞台を作れるのかと改めて思い知らされた感じですね。

ベルリンに来て数々のオペラと演奏会を聞いてきましたが、間違いなく一番でしょう。

PS.コーミッシェオパーの「椿姫」も素晴らしい演出(ハリー・クプファー)です。ベルリンに素晴らしい2つの「椿姫」あり。実はドイツオペラにもゲッツ・フリードリッヒ演出の「椿姫」がありますがまだ見ていません。来シーズン見ようと思います。

劇場を出たのは10時5分前。まだ西の空は明るく夕焼けが綺麗でした。そしてWMでドイツが勝ったということで、国旗を持って何か吼えながら歩くたくさんの若者、また国旗をつけてクラクションを鳴らしながら走る車。このギャップ、何とかしてほしいなあと思いながら帰途に着きました。

    hakaru matsuoka

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2006年6月 9日 (金)

ベルリンシュターツオパー ヴェルディ「運命の力」

松岡究です。今日は久しぶりにずっと晴れていて、気温も上がり過ごしやすい一日でした。オペラが終わったのが11時。外へ出ると今日のWMの前祝でしょうか、花火が打ち上げられていました。そして南の空には珍しく月が出ていました。ドイツで見るのはひょっとしたら初めてかもしれませんね。多分冬は緯度と天気の関係であまり見られないと思いますので。

演目:ヴェルディ 「運命の力」

レオノーラ:ノルマ・ファンティーニ

ドン・カルロ:アンソニー・ミハエル・ムーア

ドン・アルヴァーロ:フランク・ポレッタ

マルケーゼ:アレクサンダー・ヴィノグラードフ

プレツィオスィッラ イ クーラ:エカテリーナ・ゼメンフク   他

指揮:ミハエル・ギーレン

演出:ステファン・ヘルハイム

昨年の9月にプレミエを出し、今回が同シーズン中の再演。

昨年10月の3回目の公演を見たときよりも、歌手もギーレンも数段良くなって、完全に自家薬籠中のものとした感じ。特に歌手は皆素晴らしくて、休憩後の男性の2重唱は圧巻!この大変な2重唱をなかなか歌える人がいないから、上演機会が少ないオペラなんだろうと思います。またレオノーラを歌ったファンティーニも特に「神よ、平和を与えたまえ」は素晴らしい出来でした。前回聞いたときよりも数倍楽しめたオペラになっていました。

演出のヘルハイムは序曲の最後が明るく終わるのがきっと気に入らなかったのでしょう。序曲を3幕と4幕の間に演奏するようにしていました。なるほどここで運命の3つの音が響けば、物語は劇的になります。しかし演出にはかなりブーイングが出ていました。

指揮のギーレンも前回よりは良かったと思います。前回はオーケストラも歌手ももう一つまとめ切らないまま本番を迎えた感じでした。現代音楽のスペシャリストとして名を馳せた彼のキャラクターは、この「運命の力」の劇性を表現するには異質なかけ離れた音楽性だと思います。特に前半は音が素直に並んで演奏されており、曲の持つドラマが希薄になっていました。今年80歳ですが元気でかくしゃくとしており、まだまだ意欲満々で取り組んでおられるようです。

    hakaru matsuoka

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2006年6月 5日 (月)

ベルリンコーミッシェオパー モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」

松岡究です。今日はコンヴィチュニーの演出で話題をさらったコーミッシェオパーの「コジ」です。

演目:モーツァルト:「コジ・ファン・トゥッテ」

   フィオルディリージ:マリア・ベングトゥソン

   ドラベラ:ステッラ・ドウフェクシス

   フェランド:ヨハンネス・フム

   グリエルモ:ミハエル・ナジ

   デスピーナ:ゲルトルード・オッテンタール

   ドン・アルフォンゾ:ディートリッヒ・ヘンシェル(病気のクリスティアン・チェレビューの代役)

   指揮:マルクス・ポシュナー

   演出:ペーター・コンヴィチュニー

全体としてよくまとまった素敵な公演でした。まずコンヴィチュニーの演出ですが、ここの出し物のもう一つ「ドン・ジョヴァンニ」よりもずっと楽しめて彼の考えていることが良くわかる良い演出だと思いました。「ドン・ジョヴァンニ」を見たときはもう二度と見たくないと思ったのですが。

1幕の最後の場面は勿論音楽で綴っていくんですが、フィガロやドン・ジョバンニのように大団円に向かっていく求心力はありません。そこをコンヴィチュニーは精神的な葛藤の場面としてわざと嵐の場面に設定して、この音楽が冗長になるのを防いでいたのはさすがだと思いました。そしてまた最後にやはりコンヴィチュニーは大どんでん返しをやってのけました。普通には4人はまた元の鞘に納まるのですが、彼の演出では、最後の最後で音楽を停め、「どうしてそんなことをやったのよ」「信じられない」と女性が言うと、皆アルフォンゾの仕業なんだと言い訳はするけど後の祭り。四人ともその場で別れて、男性二人が結婚してしまうんです。そして後ろにいた合唱に大段幕を持たせて、ここが光が反射してはっきり見えなかったんだけど「Sehen Sie ・・・・・Philosophie]と書いてあったんですね。ごめんなさい今度誰かに聞いときます。客はこれを見て大爆笑。大きなブラボーに包まれました。(多分「これがいまどきの哲学です」という意味の言葉が書かれていたんだろうと推測しますけど。)台本にないこと、話の変更をコンヴィチュニーはいろんな舞台でやっています。それが良いか悪いかはやはり見た人にゆだねられるんでしょう。だって今回は大いに納得する舞台でしたから。(ドン・ジョバンニは納得できませんでしたけど)こういう演出家による現代社会に即した読み分けはこれからのオペラを考える上で、救世主となるかもしてませんし逆にオペラを価値のないものにしてしまう危険もはらんでいるとは思います。

歌い手はどの人も遜色なく素晴らしい出来でした。指揮のポシュナーもオケからとても良い音とニュアンスを出していて、これからを期待させるに充分。音楽的には以前3回聴いたシュターツオパーを上回る出来だったと思います。

しかしながら、演出が圧倒的な力を持っていた舞台。こんな時は指揮者は本当に陰に隠れちゃいますね。でもわかる人はわかってますよ、ポシュナーさん。

        hakaru matsuoka

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2006年6月 4日 (日)

ベルリン国立歌劇場ドニゼッティ「愛の妙薬」

松岡究です。今日はまた一日中寒い日でした。朝からずっと雨が降っていて、気温も全然上がりませんでした。ハイツング(暖房)がまた入るようになって、助かりましたが、6月でもこの寒さ。ベルリンは寒いなあ!

演目:ドニゼッティ:愛の妙薬

    アディーナ:アンナ・サムイル

    ネモリーノ:パヴォル・ブレスリク

    ベルコーレ:アルフレード・ダーツァ

    ガエターノ:アレクサンダー・ルフィング

    ドゥルカマーラ:ナターレ・デ・カロリス

    ジャンネッタ:アドリアーネ・クヴァイロズ

    指揮:ヴェッロ・ペーン

    演出:パーシー・アドロン

愛の妙薬がこんなに素敵なオペラだったとは、恥ずかしながら今の今まで知りませんでした。と言うのは今まで見たこの作品が、特に演技の点でしらけてしまっていたからだと思います。またCDなどでも妙にアジリタ(声を転がす技術のこと)を多用したような、どう聴いても非音楽的なCDしか聴いてなかったこともあると思います。だから、今の今まで「人知れぬ涙」でのみ有名なんだと固く信じていました。

しかし違いました。どうしてこの作品がここまでいろんなところかかるのかやっとわかりました。アディーナを歌ったサムイルは明るい豊かな声で、そして大変音楽的にこの役を歌ってピカイチ。ブレスリクも最初から最後までネモリーノを演じきってこれも素晴らしかったです。「人知れぬ涙」がこのように強い歌だとは知りませんでした。つまり日本では甘く悲しく歌う人がほとんどなのでそういう歌だと思っていたのですが、違うんですね。

ある意味でこの主役2人以上に活躍したのが、ダーツァとルフィング。彼らの声もさることながらそばい達者さがこのオペラを飽きさせず楽しく見させてくれました。

指揮のペーンはオーケストラから結構いろんな色を引き出していて、とても好感が持てました。演出はこんなもんかな。

ただ以前も書いたと思うんですが、合唱がよくない。集中力に欠けたようなアンサンブルの乱れが結構あったり、演技はしてるんだけど「声本当に出してんの?」と思えるようなところがあって、これこそちょっとしらけちゃう。ベルリンの3つの歌劇場そして放送、Riasなどの合唱団では一番問題ある(はっきり言えばへた)と思います。

   

       hakaru matsuoka     

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2006年4月27日 (木)

ベルリン国立歌劇場ウェーバー「魔弾の射手」

松岡究です。きょうはシュターツオパーでの公演。

演目

ウェーバー:魔弾の射手

主な配役

マックス:ブルクハルト・フリッツ

カスパール:ハンノ・ミューラー・ブラッハマン

アガーテ:カローラ・ヘーン

エンヒェン:シルヴィア・シュヴァルツ

指揮:ユリーン・ザレムコール

演出:ニコラウス・レーンホフ

会場はほとんど満員。私は開演の40分前に当日券を買ったのですが、もう10席くらいしか残ってなくて以外!「魔弾がそんなに人気があるの?」って思っちゃいました。

まず歌手ですが、カスパールを歌ったブラッハマンが素晴らしい声と2幕2場でのおぞましいさをよく演じ歌っていました。彼がいなかったら今日のこの公演は全く締まらなかったでしょう。マックスのフリッツも決して悪くはないのですが、もう少しドラマが聴きたかったですね。2人の女声はどちらもそんなに大きな声ではありませんし、その声量からすると日本人と全く変わらない感じです。しかしピアニッシモの歌い方、そして無理を決してしない歌いまわしは一日の長あり。

指揮のザレムコールはダン・エッティンガーと並んでこの劇場のカペルマイスターです。どちらかというとこのザレムコールの方がドラマティックに音楽を持っていくように思います。今日も2幕2場は凄みを持って聴かせてくれました。コーラスとオーケストラのずれがいたるところで目立ち、これは興ざめ。レパートリー上演の難しさですね。つまり練習不足がこういうところに出てきちゃうんです。シュターツカペレのコーラスはちょっと質が落ちるんじゃないかな。良いハーモニーをあまり聴いたことがないのは残念。放送合唱、RIASの合唱団なんかは物凄くうまいですけどね。

このオペラを見ながらつくづく思ったのですが、1幕や2幕1場などは垢抜けない田舎くささが目に付いて、どうしようもなくつまらなく感じたんです。それが2幕2場で音楽も芝居も物凄いドラマを突然見せるわけですが、ここに今日まで上演されてきた理由があるのでしょう。ドイツオペラにおいて、この時代の作品はこの「魔弾」と「フィデリオ」くらいしか上演されません。シューベルトもシューマンもオペラはいくつか書きましたが、世界の劇場がこぞってレパートリーに組み込むほどではないこと等を考えるにつけ、ワーグナーとR・シュトラウスの登場がいかに待望久しかったかは容易に察しがつきますね。

もう一つ、今日も拍手が早いんですね。オーケストラの音がまだ鳴っているのに拍手する人が必ずいるんです。映画や芝居と間違えてるんじゃないでしょうか。この作品はそんなに音楽が繊細な物ではないので、先日のラトルの「ペレアス」のように土足で踏み込まれたようには感じませんでしたが。それにしてもどうにかならないのかな!!!

    hakaru matsuoka

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2006年4月12日 (水)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管コンサート

松岡究です。今日は「フェストターゲ」の3日目。フィルハーモニーにおいて、バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団のコンサートを聴きました。曲目は

シェーンベルク:清められた夜

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調  Vn ニコライ・ズナイダー

マーラー:交響曲第1番「巨人」

総じて、前2日のオペラよりも完成度は低かったように思います。でも悪くないコンサートではありました。まず「浄夜」。弦の配置は左から第一Vn 第一Va,Vcその奥にCb、第2Va、第2Vnというフォーメーション。はっきり言うとアンサンブルが今ひとつで、この曲は本当に音が清められてなければいけないのに、まだ不純物が多すぎるというか、ろ過の途中のような結果になっていました。

メンデルスゾーンはズナイダーの透き通った繊細な音色と、バレンボイムのメリハリをつけたオケのリードでとても楽しめましたが、明らかにバレンボイム主導の音楽。終楽章などはもう少しズナイダーに歌わせて欲しかったです。

最後のマーラー、意外にあっさりしたマーラーでテンポの揺れもさほどなく、どちらかと言うと直情的。歌劇場のオーケストラがコンサートをする場合、所謂シンフォニーオーケストラが弾きなれているような曲でも初めてのことが多いはず。なぜ奏者が歌劇場に入るかというとシンフォニーよりもオペラが好きだという人が多いのは当たり前のことですよね。バレンボイムの指揮だとこういうオーケストラにとってはとても不親切なところがあるような気がします。もう少し棒で見せてあげるところが多い方がオケにとってはありがたいのでは。アインザッツも3分の1くらいしかあげていませんし、オケに任せすぎのところが多くて、ハラハラドキドキするところが何箇所かあったのはいかがなものでしょう。会場は沸いて、スタンディングオベイション。でもこれは疑問!!!ベルリンもどこもそうだけど、ビッグネームに弱いんだなあ。

また違った立場から見ると、バレンボイムの音楽はとてもスケールが大きい。私にはとても大きな桐の箱をバレンボイムが用意して、その大きさにはまるように音楽を作ろうとしているんだけど、「パルジファル」のようにとてもうまくその箱にうまく収まると何ともいえない凄い音楽になるのに、今日は箱がでか過ぎて、却って隙間が多く出来すぎ、中でがたがたした分いろんな傷が出来たり、欠けちゃったりしたんじゃないかな。

バレンボイム特集は一応終わりです。

     hakaru matsuoka

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2006年4月10日 (月)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場「パルジファル」

松岡究です。昨日に引き続き「フェストターゲ」の2日目、ワグナー「パルジファル」を聴いて(観て)きました。

指揮:ダニエル・バレンボイム

演出:ベルント・アイヒンガー

配役

アンフォルタス:ハンノ ミュラー・ブラッハマン

ティトゥレル:ジェームス・クレスウェル

グルネマンツ:ルネ・パーぺ

パルジファル:ブルクハルト・フリッツ

クリングソール:クリストフ・フィッシェサー

クンドリー:ミハエラ・シュースター  その他

昨日も素晴らしかったですが、今日はもっと素晴らしかった。なんと言ってもバレンボイムが充実していて、悠揚たるスケールの大きな音楽。バレンボイムにはトリスタンよりパルジファルの方が合ってるんじゃないでしょうか。昨日も官能的かといえばそれはちょっと違うかなと。昨日のブーイングはその辺に原因があったのではないかと、今にして思えばですが。昨日は小さな傷が散見されましたが、今日はバレンボイムとシュターツカペレはほぼ完璧。前奏曲からバレンボイムは魂がこもっていたと言うか、彼がうなり声を上げたのは今まで聞いたことが無く、それほど彼は何か天からのインスピレーションがあったんではないかと思います。16時に始まって22時10分に幕が降りるまで、バレンボイムとオーケストラは全く緩むことなく、確信に満ちた充実した音楽を聴かせてくれました。バレンボイムの底力を痛切に感ぜずにはおれません。今日のカーテンコールはオーケストラとバレンボイムがみんな舞台に乗ってのカーテンコール。バレンボイム流と言うのでしょうか。かっこいいですね。演奏が終わるとオーケストラはくもの子を散らすようにピットからいなくなったんです。なるほどこのためだったんですね。オーケストラもこのカーテンコールは嬉しいでしょう。

演出も大変素敵でした。総じてスクリーンを多用した演出でしたが、それが大変効果的でした。まず前奏曲から舞台には地球と太陽を人工衛星から見るようなスクリーンが美しく神秘的に映し出されます。私は中学の頃から前奏曲と聖金曜日の音楽は聴いていたのですが、時間が止まったようなゆったりとした流れの音楽になかなかついていけなかったんです。今日のこの演出を見た瞬間「そうか、そういう音楽だったんだ」と一瞬にして悟ったような気持ちにさせられました。そうなんですよ~! 前奏曲が終わると一転して大きな柱を舞台に並べ立てて、神秘的な森を予感させるような舞台。そしてアンフォルタスが登場すると、そこはエジプト風の舞台に転換。2幕は乙女たちの花園が最初から暗黒の花園として描かれ、3幕に至っては、今度は絵画風なモノトーンの舞台。(とても美しかった)それが聖金曜の音楽を境に照明がそれに黄金色をつけていく。とにかくパルジファルの筋の展開を損ねたりすること無く、もっと崇高にまた色々なことを考え築かせてくれる舞台でした。

歌手陣では昨日に引き続き、ルネ・パーぺのグルネマンツがやはり素晴らしい。昨日そして今日と彼の存在感は圧倒的でした。クンドリーを歌ったシュースターもまた表現力豊かで圧巻!2幕は彼女のためにあったようなもの。パルジファルを歌ったフリッツもとてもいいテノール。最初の朴訥な感じから最後の自分が支配を宣言するまでのドラマをもう少し見せてほしかったとは思います。ティトゥレルを歌ったクレスウェルは実はコーミッシェオパーの専属歌手。とてもいい奴です。しかしこの配役の中に入ると1.5級の感じは否めません。まだ若いのでこれから精進してほしいと思います。

と言うことで、今日のパルジファルは昨日よりMUCH BETTERでした。

     hakaru matsuoka

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2006年4月 9日 (日)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場「トリスタンとイゾルデ」プレミエ

松岡究です。今日からバレンボイムとベルリン国立歌劇場が毎年イースターに行っている「フェストターゲ」から、今日はその初日、ワグナーの「トリスタンとイゾルデ」のプレミエでした。

演出:シュテファン・バッハマン。

配役  トリスタン:ペーター・ザイフェルト

     イゾルデ:カタリーナ・ダライマン

     マルケ王:ルネ・パーぺ

     ブランゲーネ:ミシェル・デヤング  その他

先日コーミッシェオパーを聴いた時に疑いなくベスト5に入るといいましたが、この公演を聴いてベスト10に幅広修正しなければなりません。バレンボイム他、演出・歌手陣すべて素晴らしい出来で満足!!

まず演出ですが、バッハマンは舞台の上方と下方を使わず、あたかも映画を見るように空間を絞り込み、その絞り込んだ空間には白い布とその凹凸、そしてライティングだけで最初からこの大きな恋愛叙事詩を幻想的な世界に誘うのに成功していたと思います。大変美しく動きはほとんど無いのですが、何を言わんとしているのかがよくわかって秀逸。

歌手たちは上記の4人が圧倒的に素晴らしかったです。勿論この4人が素晴らしいことはこの上演の成功をそのまま物語るのですが、特にマルケ王のルネ・パーぺは豊かな声量と圧倒的な存在感で聴衆から誰よりも一番多く拍手とブラボーをもらっていました。ペーター・ザイフェルトも素晴らしいトリスタンで、最初から最後まで声は全く疲れることなく、緊張感を持って歌いきって見事。ブランゲーネのデヤングも登場こそ少ない物の、その声は聴く物を納得させるのに充分。そしてイゾルデのダライマンも素晴らしい感性と音楽性で、特に最後の「愛の死」は泣けてきました。勿論それはバレンボイムの音楽作りの素晴らしさにも寄ることが大きかったのは事実ですが。

最後にバレンボイム。今まで私は例えばN響でやったシューマンの4番、シカゴ響とやったブラームスの1・3番、ブダペストに留学していた折、リスト音楽院の学生たちとチケットもぎりのおじさんを強行突破してただで聴いたベルリンフィルとのブルックナーの5番、そして昨年のマーラー「大地の歌」、あるいは「ニュルンベルクのマイスタージンガー」とそんなにたくさんは聴いていないのですが、今ひとつピンと来なかった、そして今まで全くバレンボムの良さがわからずにいた私にとって、今日はバレンボイムの見方が変わった記念すべき日かもしれません。彼のカーテンコールはオーケストラピットが上まで上がってそこでライトアップされると言うかっこいいカーテンコール。数人ブーイングしていましたが、ブラボーが大多数を占めていました。今日の音楽作りは雄大かつ繊細でレパートリーでやっていた「マイスター」とは大違い。ともすると完璧を目指すあまり、音楽が硬質になって音楽の顔がしかめっ面している感じになってしまうのが彼の欠点だと思うんです。でも今日は違いました。彼のいいところばかりが出たのではないでしょうか。

     hakaru matsuoka

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2006年3月30日 (木)

ベルリンシュターツオパー「コジ・ファン・トゥッテ」

松岡究です。約3週間ぶりにベルリンに戻り、昨日早速国立歌劇場のモーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」を見ました。このプロダクションを見るのは実に3回目です。今回は音楽監督のバレンボイムが指揮するとあって大変楽しみにしていたのですが、彼はキャンセル。代わってカペルマイスターのダン・エッティンガーが指揮しました。勿論彼はすばらしい指揮者なので不満はありませんでしたが、このプロダクションはバレンボイムがプレミエを指揮しているので、少々がっかりでした。

最初にこの「コジ」を見たときの指揮はシモーネ・ヤングでした。はっきり言ってひどかったですね。オーケストラから完全に無視されている感じの音で、音楽に生気がなくアンサンブルもアマチュアのオケかというくらいひどい物でした。(日本のアマオケの方がよほどいい音を出しますよ。)彼女がN響に来た時「あれ?」と思っていたので、ここで答えが判った気がしました。たまたまN響もシュターツオパーもそうだったのかもしれませんが。2回目と3回目がダン・エッティンガーの指揮です。これは昨日もそうでしたが、とても良い正統的な音楽作り。彼の指揮ならば安心して聴くことが出来ます。まだ若いですが腕前はたいしたものだと思います。

このプロダクションのすばらしいところはなんと言っても演出です。「コジ」は正味3時間かかるオペラですし、またフィガロやドン・ジョバンニのように大団円へ向けて音楽が発展して行き聴く者を興奮の坩堝へ巻き込んでいくと言ったオペラではありません。乱暴ですが、言ってしまえばアリアと重唱をつなぎ合わせたようなオペラと言えなくもないのです。それを飽きさせずに聞かせる、見させると言うのは大変難しいのです。(そういう私は鳥取オペラ協会で11月4・5日に「コジ」を振ります。中村敬一さんの演出です。是非いらしてください。)しかし演出のドリス・デリーは最初から最後まで観客を飽きさせずにこのオペラを見せてくれるのです。かいつまんで説明すると、まずグリエルモとフェランドは会社の出張・転勤で2人の恋人と別れることになるんですが、この場面が飛行場のチェックインカウンターとして描かれます。場面奥にはジャンボ機の写真が。それに手を振って別れを惜しむフィオルディリージとドラベラ。勿論それはうそですから、彼ら2人は今度はヒッピーの格好で再度現れます。そして彼女らを口説いていく。(ここでの衣装のコンセプトは1960年代ではないでしょうか。チェックインカウンターにいる職員やスチュワーデスもミニスカートの衣装です。)そしてついには彼女らは彼らの策略に堕ちてしまうのですが、グリエルモとフィオルディリージはベッドインしたと言うことまで描かれています。そこへ再びジャンボ機が現れ2人は大慌て。彼女らはその時にしかったとばかりにほっ被りをしてこそこそと逃げ出そうとするのですが、それが微笑ましくもあり、女性演出家ならではの着眼点が本当に面白いんですね。我々が日ごろ思うようなことの心理描写が手に取るようにわかる演出と言ってもいいかもしれません。ピットの前に通路を作ってそこで演じさせたのも聴衆との距離感を縮めるのにはいいアイデアだったと思います。

今回の歌手たちは2回目に見た歌手たちとほとんど入れ替わっていました。私個人としては2度目に見た歌手たちの方が好みでした。それは今回の歌手たちはビブラートが少々きついので、特に重唱の時にハーモニーがうまく創生されないことが一番の欠点だったように思います。一人一人の力量はかなりあり、それぞれのアリアは聴き応え充分なのですが、如何せん重唱は問題ありなのは大変残念なことでした。

       hakaru matsuoka

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2006年2月21日 (火)

ベルリン国立歌劇場管弦楽団定期

松岡究です。今日はシュターツオパーのオーケストラの定期に行ってまいりました。指揮はフィリップ・ジョルダン、ヴァイオリンはニコライ・ズナイダー。曲はドビュッシー「ノクターン」、シマノフスキーのヴァイオリン協奏曲、そしてチャイコフスキーの交響曲第5番。指揮のジョルダンは大変若い指揮者で、見た感じ30前半。まだ指揮姿には教科書どおりというか、遊びがないというか、でも何かほほえましいものを感じました。オーケストラも彼の音楽をやってやろうという姿勢が見えてすばらしい。

最初のドビュッシーは折り目正しくきちんとした演奏で、といっても硬くなく透明感のある素敵な演奏でした。かなりの才能と見受けました。次のシマノフスキーが今日の白眉。ヴァイオリンのズナイダーは譜面を見ながらでしたが、美しい音でまったく嫌味がなく、しかし歌うところはしっかり歌って、主張すべきは主張してすばらしい。指揮のジョルダンもオーケストラから大変説得力のある響きを引き出して聴き応え十分でした。後半のチャイコフスキー、よく考え抜かれた解釈で、これも大変共感を持って聞きました。途中3楽章でオーケストラがちょっと破綻する場面がありましたが、そんなものは取るに足りない傷。最後までしっかりとオーケストラをコントロールして観客のブラボーを盛んに請けていました。

指揮の技法で思ったことですが、彼はほとんどいあゆる「叩き」と言うものとは無縁の指揮です。元来指揮法とか指揮のメソッドと言うものは存在せず、結局先天的に振れる人が振るんだと思うんですね。振れない人にいくら指揮法を教えても無駄で、振れない人は振れません。それは本当に厳然たる事実ではないでしょうか。ベルリンでいろんな指揮者を見てきていますが、「叩き」とかなんかに振り回されないように、特に若い方は気をつけてください。多分アッバードもマゼールも「叩き」なんて出来ないんじゃないのかな。

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2006年2月19日 (日)

「ポッペアの戴冠」ルネ・ヤーコプス

松岡究です。今日も暖かい一日でした。多分5度はあったと思います。(すみません調べていません)今日は今回私が一番見たかった物の一つです。ベルリン国立歌劇場で、毎年この2月中旬から3月のはじめに掛けて、ルネ・ヤーコプスを中心としたバロックのスペシャリストたちが、2本ないし3本のオペラを上演します。去年は「ウリッセの帰還」(モンテヴェルディ)と今年も演目に入っている「ディドとエネアス」(ヘンリー・パーセル)でしたが、今年は「ポッペアの戴冠」(モンテヴェルディ)、「ディドとエネアス」、そしてプロジェクトと題して「VESPRO」の3本立て。去年の2本はどちらもすばらしくて、その時以来私はルネ・ヤーコプスのファンになりました。

去年今年のモンテヴェルディ、そしてコンサートで聴いた「ティトの慈悲」(モーツアルト)「クセルクセス」(ヘンデル)そのどれもに共通して言えるのが、本当に良く考え抜かれていること、統一されているだけではなくオケも歌い手もヤーコプスの考えを見事に反映し、そしてそれが見事に昇華されて各人の自由な音楽になっていること、等が毎回強く感じることです。多分相当稽古を積んでいるんではないでしょうか?

こういったことは普通のコンサートでは到底実現できません。大体において普通のプロオケは1~3日練習して本番です。そこが職業音楽家の腕の見せ所ですが、やはりとことん追求したと言うところまではなかなか行かないでしょう?だからカラヤンにしろ日本だと朝比奈先生にしろ、あるいは師匠のコバケン先生にしろ同じ曲を何度も演奏して、深めて行くわけです。(例えばカラヤンも朝比奈先生もベートーヴェンの交響曲を何度も録音しなおしているでしょう)。小沢先生が松本で音楽祭を始めたのも、音楽をじっくりと、あるいはとことん追求したくなってきたから始めたんだと言われたことがあります。

舞台は勿論現代的な解釈による舞台でしたが(しかし美しい舞台でした)、一つ確信できたことがあります。それは時代考証的演出と言うのは少なくともドイツでは、全く見られなくなりました。しかし現代に読み替えることで、その作品が現代にも問題を投げかけうる作品である、そこから問題を発信して行く、あるいは今回、オーケストラの間奏での時に、ポップス系の歌手がやるような振り付け・踊りが何箇所か有ったのですが、それがモンテヴェルディの音楽と全く違和感なく見れたんですね。不思議でしたよ。その意味でも今回のこの公演は大きな意味を思っていると思いましたし、観客も大いに沸いていました。

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