2007年3月25日 (日)

コンツェルトハウスオーケストラ ベルリン演奏会

松岡究です。今日は一日良い天気で終始しました。久々だっただけに気持ちのよい一日でした。明日からはもっと気温が上がって暖かくなるようです。

曲目 ノーノ:「力と光の波のように」~ソプラノとピアノとテープとオーケストラのための

    ヴェルディ:聖歌四篇~ソプラノと混声合唱とオーケストラのための

  ソプラノ:アンナ・クリスティーナ・カアッポーラ

  ピアノ:ウエリ・ヴィゲト

  コーラス:エルンスト・ゼンフ合唱団

  指揮:ローター・ツァグロセク

今日のコンサートはしんどかったです。ノーノの作品は1971~2にかけて作曲されたものですが、なぜ今演奏されねばならないのか甚だ疑問です。35分間、人間を不安にさせ苦しめるような不協音(不協和音ではありません)の連続で、こんなもの音楽でもなんでもなくよく言えばドラマや映画で人間が窮地に陥った時に、あるいはマイナスの感情を抱いたりした時に聞くような大変不快なものです。まさに「音が苦」!!!ノーノってNONOと書くのですが、この作品に至ってはOh!No! No!と言いたくなってしまいしました。

後半はヴェルディの聖歌四篇。今日は「ハズレ」なのかなあ。コーラスが今までベルリンで聴いた中では一番よくない。80人以上のコーラスはソプラノとバスにかなりエキストラを入れているのではないでしょうか。パート内が声がそろわず硬くて大変聴きづらいものでした。何だかアマチュアに毛が生えたような感じ。最初の「なぞの音階」と言われる「アヴェマリア」は、ただ単に歌っているとしか言いようが無い。2曲目のスターバト・マーテルでやっとオケが参加しますが、オケも全く集中力が無い音。全く音が洗練されておらずどこのオケ?と疑ってしまいました。3曲目は女声だけで歌われるのですが、ソプラノに誰か硬い声がいて、全く溶け合わない。神秘性と敬虔な感じが出ずに終わりました。4曲目はテ・デウム。ダブルコーラスなのですが、第一コーラスが全くの素人。第2コーラスは綺麗にまとまっているのに、なぜ?

こんな演奏会やってたら、あっという間に客はいなくなってしまいます。ノーノの作品が演奏されている途中で、一体何人退席したと思いますか?

ツァグロセクにはプログラムビルディングの再考を是非お願いしたいと思います。

   hakaru matsuoka

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2007年2月25日 (日)

ベルリンコンツェルトハウスオーケストラ演奏会

松岡究です。今日も寒い一日でした。今日の演奏会は、前シーズンまではベルリン交響楽団と名乗っていた(インバルが主席指揮者であった)オーケストラが、今シーズンから主席指揮者にローター・ツァグロゼクを迎え、名前をベルリンコンツェルトハウスオーケストラとして新たにスタートしました。アムステルダムのコンセルトヘボウですとか、ライプツィッヒのゲヴァントハウス等がコンサートホールの名前をそのまま冠したオケですが、それと同じと言うことでしょうか。

曲目   プロコフィエフ:ロメオとジュリエット(指揮者のバーメルトによる版)

      R・シュトラウス:交響的幻想「イタリアより」

  指揮:マティアス・バーメルト

指揮のバーメルトはスイス人ですが、今はマレイシアフィルの常任をしている人です。指揮の仕方に大変特徴があり、どう見ても格好良くはありません。しかしオケからは溌剌とした充実したサウンドを引き出していました。プロコフィエフは指揮者自身が曲を選んだ版と言うこともあって、かなり手の内に入った感がありました。オーケストラも自由にのびのび弾いていて、清清しい。後半のシュトラウスの若い時の作品も勘所を押さえていて、佳演。ただ色彩感やその場面を髣髴とさせるような音楽の運びはほとんどなく、オペラは指揮していない彼の経歴からすると妙に納得しました。

充実してるんだけど色彩感がない。とても良い演奏なんだけど、訴えるものが弱い。もう一つ煮え切らない感じを持ったのは私だけでしょうか?芸術家と職人の微妙なバランス。私は両方求めて生きたいと思います。

   hakaru matsuoka

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2006年11月11日 (土)

コンチェルトハウスオーケストラ ベルリン演奏会

松岡究です。今シーズンからベルリン交響楽団はコンチェルトハウスオーケストラ ベルリンと名称を変更し、主席指揮者に新たにザグロセクを迎えました。先シーズンのインバルの時よりも期待が集まっているようです。

曲目 オール ショスタコーヴィッチプロ

  スケルツォ変ホ長調作品7

  ピアノとトランペットと弦楽合奏のための協奏曲ハ短調作品35(ピアノ協奏曲第1番)

  交響曲第4番ハ短調作品43

  指揮:アンドレイ・ボレイコ

  ピアノ:エレナ・バシュキローヴァ

  トランペット:ジュローム・クロミー

スケルツォは私としては初めて聴く作品。明るく機動性を持った曲ですが、単独で聴くとあっけない感じでした。次の協奏曲は大好きな作品。学生の時、小沢さんと野島稔さんのピアノ、田宮さんのトランペットで聴いてこの曲の大ファンになりました。今日の演奏も素晴らしい演奏で、ピアノのバシュキローヴァは自在にテンポを操り、言いたいことを全て言って爽快。トランペットも歌うところは歌い、最後のリズミカルな部分は明るくこちらも明快な音楽作り。ボレイコも要所を締めてききごたえ充分な演奏でした。

後半の第4交響曲は、とてもいい演奏だったのですが、音楽的に処理しようとし過ぎていたと思います。この交響曲は当時の当局をも不快にさせるほどの真情の吐露がある極めて大胆な作品だと思います。それはリハーサルを重ねたにもかかわらずショスタコーヴィッチ自身によって急遽初演が中止されたということからも推測できることではないでしょうか。第5交響曲以降に見られるオブラートに包んだような、あるいは偽りの「ものの言い方」ではなく、より直接的であるがゆえに美しい表現が似合わない音楽だとも言えなくは無いのでは。今日のはToo beautifulでした。言葉を変えて言うと精神性に欠けるきらいがあった、重量感や激しさに今ひとつ踏み込みが足りなかったのかなあ、ということでしょうか。しかし難しい曲ですね。

    hakaru matsuoka

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2006年6月19日 (月)

スティーブン・スローン指揮ベルリン交響楽団演奏会

松岡究です。一昨日のあの雹交じりの夕立以来気温が急降下。昨日は最高が18度しかありませんでした。が今日はまた25度前後まで上がり爽やかな一日。明日からまた30度を超える予報です。

今日は午後4時からのコンサート

曲目 ペーター・ルツィッカ:ピアノと42人の弦楽器奏者のためのシューマンへの4つの断章「接近と沈黙」

    モーツアルト:クラリネット協奏曲(ヨハン・アンドレによるヴィオラへの編曲版)

    シューマン:交響曲第1番「春」

   ピアノ:ウラディミール・ストウペル

   ヴィオラ:タベア・ツィンマーマン

   指揮:スティーブン・スローン

1曲目の曲はピアノがシューマンの「クライスレリアーナ」や「子供の情景」などを弾く外側で、弦楽器が所謂わけのわからないことをやると言う趣向。曲の始めも終わりも私には弦楽器奏者が弾くまねをして指揮者が振るまねをする、つまり心の耳で聴くと言う様な言わばシュトックハウゼン調の音楽だったように思います。終わると会場からため息とも落胆とも取れるようなどよめきが起こりました。当然拍手はまばら。聴衆に若い人が少なくご年配の方が多かったことも原因かな。ピアニストも指揮者もカーテンコールなしに終わってしまいました。

2曲目はモーツァルトのクラリネット協奏曲をヴィオラ用に編曲されたもの。ツィンマーマンは初めて聴きましたが、素晴らしいヴィオリスト。つややかで滑らかな音色が持ち味で、音楽によどみがなく、聴いていてとても爽やか。この協奏曲をヴィオラで聴いても面白いと思いました。しかし弱音になるとやはりオリジナルの方が深みは出るんじゃないかなあ、と思います。

後半はまず1週間前の月曜になくなったリゲティを偲んで、ツィンマーマンに献呈されたヴィオラソナタの1楽章が演奏されました。そのあとシューマンの交響曲第1番。

決して悪くはない演奏なのですが、シューマンて言うのは何と難しい作曲家だろうと改めて思いました。オーケストラが弾きすぎるとダメなんです。「うるさいなあ」と思うことがしばしばあり。テンポをじっくりと落としても如何ともしがたい何かが聞こえてこないんですね。

アラン・ギルバートが3月にベルリンフィルを振った時も、音楽が「ハッピー!ピース!」みたいになってしまってどうにもならなかったのを良く覚えています。

シューマンはモーツァルトやショスタコーヴィッチの影に隠れてしまってるんですが、今年没後150年なんですね。今日はそのこともプログラムとして意識されてたんでしょう。

   hakaru matsuoka

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2006年6月12日 (月)

セバスチャン・ヴァイグル指揮ベルリン交響楽団演奏会

松岡究です。ベルリンはやっと夏になった感があります。この3・4日ほど最高が25度くらいになり、天気も安定してきているんですね。きょうも地下鉄で隣がイランの国旗をほっぺにペインティングしているサポーターに遭遇。ドイツ全体がワールドカップ一色。

曲目:ハンス・ロット  「ジュリアス・シーザー」前奏曲

   ベートーヴェン  ピアノ協奏曲第2番  ソロ:マルティン・ヘルムヒェン

   ハンス・ロット  交響曲第1番ホ長調

   指揮:セバスチャン・ヴァイグル

ハンス・ロットと言う作曲家は皆さんはほとんどご存じないと思います。1858年生まれ、26歳という若さでこの世を去った作曲家です。マーラーは彼から大きな影響を受けたらしく、実際交響曲ではマーラーが見習ったであろう作曲法の類似点がいくつも聞こえてきます。

今回の2曲のロットの作品をヴァイグルは手堅く纏め上げていました。ただ彼の音楽の造詣手法が感情や感性と言うものからちょっと遠いところにある、言わば職人的造詣法。ですから形は良く纏め上げているんですが、その曲が何が言いたいのかもう一つピンと伝わってこないんです。どこが山場なのか、どこが見せ場なのか、わからずに終わってしまいました。

ピアノのヘルムヒェンはまだ若いピアニストですが、実に良い感性を持ったピアニスト。この作品はベートーヴェンの協奏曲の中では一番室内楽的かつデリケートな作品。とても綺麗な音と溌剌とした躍動感が溢れていて気持ちの良い演奏でした。

   hakaru matsuoka 

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2006年4月24日 (月)

ローター・ツァグロセク指揮ベルリン交響楽団 モーツァルト「偽の女庭師」演奏会形式

松岡究です。昨日・一昨日に引き続き今日も演奏会形式によるオペラのコンサート。

曲目:モーツァルト「偽の女庭師」

配役

ポデスタ:クリスティアン・エルスラー

サンドリーナ:スンへ・イム

ベルフィオーレ伯爵:ジェレミー・オヴェンデン

アルミンダ:ユッタ・ベーネルト

ラミーロ:エリザベス・フォン・マグヌス

セルペッタ:ゾフィー・カルトホイザー

ナルド:ミハエル・ナジ

指揮:ローター・ツァグロセク

初めに序曲が始まった途端にその余りのアンサンブルのひどさに耳を疑って、「来るんじゃなかった」と思ったのですが、曲が進むに連れてオーケストラは実に素晴らしい音になっていきました。ここでは所謂古楽器的な奏法は全く取っておらず、以前からの伝統的?(オーソドックスな)弾き方。歌手たちも初めは固くて表情に乏しく生気がない演奏でした。しかし第5曲でミハエル・ナジ(彼はコーミッシェオパーの専属歌手です)がオパーで鍛え上げた芸でニュアンス豊かにアリアを歌うと、やっと会場から拍手。これ以後皆どんどん調子を取り戻してきて、この作品が素晴らしい作品であることを立証しました。

ソプラノのスンへ・イム(韓国人)は予定されていたルート・ツィーザクが急病のための代役。しかし彼女は持ち前の音楽性と透き通った声でこの代役を見事に歌いきりました。その他にカルトホイザーとベーネルトも素晴らしい発声技術を持った良い歌手。ただフォン・マグヌスはこの歌い手の中でちょっと聴き劣りしました。まず喉声であること、声が他の歌手たちに比べて広がり気味で、明らかにテクニックを持ち合わせていないのが良くわかって、却って気の毒。テノールの2人はまあまあかな。

ツァグロセクは以前あまり好きでなかったと書きましたが、今回は彼の本領発揮。オペラ指揮者としての腕をはっきりと見ました。演奏会形式でありながら、歌とオケのバランスは抜群!歌手の声量に即座に合わせることが出来るのはオケも素晴らしいけど、ツァグロセクの力だと思います。歌手に自由さを持たせながら手綱をしっかりと引いてコントロールしているのはさすがです。

この公演はセッコ(レシタティーフ)の部分を2人の役者が別に台本を作って聴衆にわかりやすくしていたことは、オペラの演奏会形式の形としては成功していたと思います。

ツァグロセクは9月からこのオケの主席指揮者になりますが、その前のお披露目としては最高だったのではないでしょうか。

    hakaru matsuoka

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2006年3月31日 (金)

E・インバル指揮ベルリン交響楽団定期

松岡究です。本日はインバルの指揮するベルリン交響楽団(BSO)の定期演奏会の報告です。プログラムは最初がブゾーニのピアノとオーケストラのためのコンチェルト・シュトゥック、後半がブルックナーの交響曲第7番。ピアノは新人でドイツ人と韓国人のハーフのカロリーネ・アラッシオ。

最初のブゾーニ。プログラムにブゾーニはドイツ人でもなくイタリア人でもない、保守主義者でもなくシェーンベルク信奉者でもない。彼は大都会の作曲家とあるんですが、何のことやら。勿論この曲は初めて耳にする曲ですが、構えが巨大でがっしりしているんだけど、精神的なものはあまり感じないんです。一見(一聴)ブラームス風のコンチェルトのようなんですけど、そんなに技巧を駆使しているような曲でもなさそう。なんか得体の知れない不思議な曲です。ピアノを弾くアラッシオは綺麗で結構骨太な音は持っているんだけど、何が言いたいのか自分がわかってない感じ。だから聴いていて全くつまらないんです。

後半のブルックナー。これはもうインバル節、はっきりと好き嫌いが分かれるでしょう。私は嫌いです。なぜか!彼のブルックナーは神秘とか祈りとかいった物は皆無のように聞こえてくるんですね。結構綺麗にまた歌うべきところは歌っているんですが、オーケストラから出てくる音に奥深い物がないように思うんです。2楽章の例のワグナーの死を予感させたメロディーも安易に演奏しているように聞こえてくるんです。魂の叫び、とてつもなく悲しみを通り越したところにあるような一点の曇りもない精神性。インバルのブルックナーには何もなかったなあ!と言うことでそそくさと引き上げてまいりました。

追伸

インバルは今季を最後にベルリン響を去って、後任にはローター・ザグログセグが就任します。その就任前のコンサートを1月に聞きましたが、彼も好きではないですね。(マーラーの大地の歌でしたが)

    hakaru matsuoka

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