2009年5月14日 (木)

DVD ベルリンフィル 最高のハーモニーを求めて TRIP TO ASIA を見て

松岡究です。きょう「ベルリンフィル 最高のハーモニーを求めて」というDVDが届き、早速見ました。このDVDは以前に確か東急文化村で上映されていたものだと思います。

2005年のベルリンフィルのアジア演奏旅行に同行しながら、表には決して出ない楽員や指揮者ラトルの考えていること、感じていることを実に良く浮き彫りにした素晴らしい映像です。

私も指揮者ですが、オーボエのマイヤーをはじめ皆が少年・少女時代にコンプレックスを持ち、人に溶け込めず孤独であったことを述べていますが、私の若い頃にそっくりそのまま当てはまるので、みんなそうだったのかと何かほっとした気持ちになりました。

私は長崎生まれで、医者の子として育ちました。成績は良かったほうですが、小学4・5年の頃から吃音が始まり、国語の時間に何度も皆に笑われた経験や、なぜか皆に溶け込めず、孤立していました。ちょうどそんな時にドボルザークの「新世界」に心を奪われ、学校から帰るとまず新世界のレコードに針を下ろす少年になって行きました。そして音楽にこそ自分の居場所を見つけたというか、音楽こそが真の友達になっていきました。

中学になってもそれは変わらなかったのですが、県で一番の進学校(長崎大付属中)に進学したので、勉強の両立に悩みました。中2になる時父の仕事の都合で東京に出ることになったのは、その両立の悩みから開放してくれました。しかし長崎の田舎ものは東京でまた言葉のイントネーションからのコンプレックスで吃音がきつくなり、ずいぶん馬鹿にされました。

ベルリンフィルの素晴らしい方たちとは比べる術もありませんが、私も音楽に自分を見出す術をこういうときに見つけていたのかと今になって思います。そういうことを再認識させてくれた素晴らしいDVDでした。

    hakaru matsuoka

そんな少年時代のコンプレックス(今もコンプレックスはあります。何と昔よく言われたチビ・ハゲ・デブとは今の私のことです!)は皆も感じていたのだと思えると、

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2007年9月28日 (金)

ネーメ・ヤルヴィ指揮ベルリンフィル

松岡究です。今日は気温は全く上がらず、おまけに夕方6時くらいから冷たい雨になってしまいました。3日前までの暖かさはもう戻ってこないのかなあ。

今日のベルリンフィルのコンサートは、3年前にベルリンに来てちょうど50回目のコンサートでした。個人差はありますが、確実に2回生まれ変わった位の回数を聴いたと思います。ありがたいことです。

曲目   バルトーク:ピアノ協奏曲第3番

      ハンス・ロット:交響曲第1番ホ長調

  ピアノ:エレーヌ・グリモー

  指揮:ネーメ・ヤルヴィ

グリモーは今月2回目。以前にもベルリンで聴きましたから今日聴くのは3回目でしたが、今日の演奏が一番良かったと思います(1回目は確かシューマン、2回目がベートーヴェンの4番)。最初から最後まで、ピアノの音はくっきりと冴え渡り、特に第2楽章では、ヤルヴィのサポートもよく、実に美しい音楽を奏でていました。前2回はフォルテになると必ずオケに埋没してしまっていたのですが、今回は全くそういうことはありませんでした。これはヤルヴィの手腕にも大きく関わっていることだと思います。

後半のハンス・ロットの交響曲。こんなに純真無垢で、尚且つ素晴らしい音楽があったのかと驚きを禁じ得ません。今日の演奏そしてこの曲を聴いていると、自分の10代の頃が思い出されて、胸がきゅんとなりました(そういう音楽なのです)。第1楽章の冒頭、トランペットで柔らかに歌われる第1主題は、まさに青春といった言葉がぴったりです。そしてその主題を使って展開していくオーケストレーションも素晴らしいものでした。第3楽章などは思わず会場から「ブラーヴィ」の声が漏れ聞こえてきたほど、素晴らしい躍動感ある演奏でした。ヤルヴィはこの曲の真価を余すところなく伝え、55分にも及ぶこの交響曲のベルリンフィル初演を、高い品質の演奏で飾ったと思います。この曲は多分これから数多ある交響曲の中で、かなりの地位を獲得していくのではないかと思われます。

わずか26歳で夭逝したこの作曲家を惜しむとともに、また逆に、こんなに純真な魂の持ち主は、現世の荒波には耐えられなかったのではと、勝手に想像してしまいました。

   hakaru matsuoka

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2007年9月23日 (日)

ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団定期公演

松岡究です。昨日のラトル・ベルリンフィルの模様は、EMIミュージック・ジャパンのラトルのホームページの方に寄稿させていただきました。今確認しましたが、アップされておりますので、どうぞそちらをご覧下さい。宜しくお願いいたします。

http://www.toshiba-emi.co.jp/classic/rattle/review/

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2007年9月17日 (月)

ムジークフェスト ベルリン ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団演奏会

松岡究です。ムジークフェスト ベルリンも今日が最終日。16時からラトル・ベルリンフィルが、20時からドゥダメル指揮ベルリンシュターツカペレが演奏会をやり、この音楽祭は終わります。

ベルリンフィルの模様はEMIミュージック・ジャパンさんのほうに寄稿しております。今回はゲネプロ、1日目、そして3日目の模様を寄稿させていただきました。順次掲載される予定です。どうぞそちらをご覧下さい。

http://www.toshiba-emi.co.jp/classic/rattle/review/

ドゥダメル・ベルリンシュターツカペレは明日17日に場所を代えて、同じプログラムでコンチェルトハウスで,定期演奏会として行われます。そちらを聴きに行きますので、明日またブログに掲載いたします。

     hakaru matsuoka

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2007年9月 7日 (金)

ベルリンムジークフェスト ラトル・ベルリンフィル演奏会

松岡究です。毎日寒い日が続いています。日本はどうなのでしょうか?さて今回のラトル・ベルリンフィルについてはEMIミュージック・ジャパンのホームページの方に寄稿させていただいています。どうぞそちらをご覧下さい。

http://www.toshiba-emi.co.jp/classic/rattle/review/

hakaru matsuoka

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2007年6月 5日 (火)

ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 ピアノ ダニエル・バレンボイム

松岡究です。皆さんにお知らせがあります。4日付で本当はタイトルのブログをアップする予定でしたが、ラトル・ベルリンフィルの演奏会に限り、EMIミュージック・ジャパンの方に寄稿させていただく事になりました。

http://www.toshiba-emi.co.jp/classic/rattle/review/
今確認しましたが、私のレポートがアップされています。どうぞこちらを是非皆さんご覧下さい。

http://www.toshiba-emi.co.jp/classic/rattle/review/

         hakaru matsuoka

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2007年5月25日 (金)

小澤征爾指揮ベルリンフィル演奏会

松岡究です。またまたこちらで風邪を引いてしまいました。結構しつこくて閉口しています。ベルリンは昨日は割りと過ごしやすい日でしたが、きょうはまた暑さが戻ってきました。湿度が気になりますね。ちょっとヨーロッパにしては変な気候です。

今日フィルハーモニーを入ったところで、関さんとばったりお会いしましたら、ただ券があるからということで、私の18ユーロの最低ランクの席は78ユーロの最高ランクの席で聴けるということになりました。関さん有難うございました。

曲目   プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番ト短調作品16

      チャイコフスキー:交響曲第1番ト短調「冬の日の幻想」

  ピアノ:ユンディ・リー

  指揮:小澤征爾

最初のプロコフィエフは、胸のすくような快演。こういったリズミカルな曲を振る小沢さんは天才的な指揮をします。持って生まれた敏捷性とリズム感のよさ切れ味のよさが思う存分発揮され、血沸き肉踊るような快感。リーのピアノも変な癖がなくのびのびとしており、大きく育っていく可能性を充分に感じさせるピアノでした。

そういえば私が学生の時に小沢さんが野島稔さんと確か田宮堅二さんとショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲第1番を指揮したときもそのリズム感の素晴らしさ、踊るような指揮の姿に打ちのめされたのを思い出しました。

後半のチャイコフスキー。多分練習が足りなかったのか、少し事故の多い演奏になってしまいました。小沢さんのベルリンフィルの演奏は3日間のうち3日目が必ずといっていいほど良くなると言うことを聞いたことがあります。1ヶ月前のブルックナーの第2番も3日目の演奏でしたが、これはもう大変な名演でした。今日は初日、明日明後日とどんどん良くなっていくのではないでしょうか。今回このチャイコフスキーはライブ録音されているそうです。

   hakaru matsuoka

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2007年5月19日 (土)

アッバード指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団演奏会

松岡究です。昨日は快晴で気温も19度から最低が8度と清清しい一日でした。

アッバードはベルリンフィルの監督を辞任してからもベルリンフィルとは良好な関係を保っているようで、毎年1回必ず客演しています。チケットの入手は大変困難で、必ず売り出しの日に3日間のコンサートは売切れてしまいます。

曲目  J・S・バッハ:ヴァイオリンと弦楽と通奏低音のための協奏曲ニ短調(チェンバロ協奏曲BWV1052の編曲による)

     クルト・ワイル:ヴァイオリンとブラスオーケストラのための協奏曲作品12

     ブラームス:交響曲第3番ヘ長調作品90

  ヴァイオリン:コーリャ・ブラッハー

  指揮:クラウディオ・アッバード

最初のバッハの作品は予告無しで取り上げられた作品。多分ワイルとブラームスでは演奏会が短いので、取り上げられのだろうと思います。しかし大変素晴らしい演奏。気品と陰影が同居して、またヴァイオリンが大活躍するように編曲されていて、大変楽しめました。バロックや古典の作品を演奏する時にはオーケストラはノンヴィブラートで演奏することはもう常識のような気がします。今回もそうでした。

ワイルの作品も輪郭がはっきりとしてとても美しく仕上げられた演奏でした。ただワイルの独特の「毒」とでも言うか、退廃的な雰囲気は後退してもうほとんど古典派の世界になっていたのは、少し残念でした。こういう作品は演奏にもう少しリアリティーがほしいですね。

休憩の時(午後9時ころ)、フィルハーモニーから眺める西の空は夕焼けでとても綺麗。そうなんです。午後9時でもまだ明るいんです。

メインのブラームス。ベルリンフィルのトップ奏者でも間違いはあるものですね。第1楽章の第2主題の途中で突然2小節間メロディーがなくなってしまいました。どうしてだろうとしばらく観察していました。アッバードは前半は大変素晴らしい集中力で振っていたのですが、このブラームスでは少し集中力を欠いていたように見受けられました。と言うのもその第1楽章での事故もさることながら、棒が1拍先に行っていることがしばしばで、ベルリンフィルもそれでは大変だったろうと思いました。ベルリンフィルとの関係があまりない指揮者だったら、もっと大変な事故が続出していただろうと思います。以前にこの3番をベルリンフィルでどなたかがやったときは、ほとんど空中分解していたと言うことをこちらに住んでいらっしゃる関さんから聞いたことがあります。今回のコンマスは安永さんでしたが、さぞ大変だったろうと思います。

音楽的な解釈でとても納得したことは、2・3・4楽章をアタッカ(休まず続けて演奏すること)で演奏したことです。本当なら全楽章そうしてもらいたかったのですが、アタッカで演奏することによって、この交響曲の大きな命題(真髄といってもいいかもしれません)が浮かび上がってきました。

敬愛されているアッバードはスタンディングオベイションの中、盛大な拍手を受けていました。

     hakaru matsuoka

 

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2007年4月23日 (月)

小澤征爾指揮ベルリンフィル演奏会

松岡究です。昨日は内田光子さん、。今日は小澤征爾さんの登場(といっても20日から本番をやってましたので、今日が最終日です)。日本人の活躍する週間です。

曲目   ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品19

      ブルックナー:交響曲第2番ハ短調(1877年、ノヴァーク版)

  ピアノ:ピエール・ロラン・エマール

  指揮:小澤征爾

今日も素晴らしいコンサート。最初の協奏曲はエマールの美しいピアノと小沢さんの精力的なきびきびした音楽がとても魅力的でした。昨日の内田さんのベートーヴェンとは正反対の(作品が若いと言うこともありますが)、瑞々しい音楽。

後半のブルックナーが本当に素晴らしかったです。まずベルリンフィルからあのようなしなやかな美しい音を引き出していた小沢さんの力量に改めて感心しました。普段はオケの中がコンチェルト状態なのですが、こんなにオケとして一つにまとまっていたのは久しぶりです。絶品だったのは2楽章。柔らかいしなやかな音はここで一番威力を発揮。ピアニッシシモ(ppp)に至るまで、ベルリンフィルの音はオケとしての合奏能力を遺憾なく発揮して、美しさの極み。そして4楽章がまた素晴らしい。この楽章に勿論ウェイトをかけているというのが良くわかりました。そして美しい音に加えて重厚な音と迫力あるサウンドを作り上げ、ブルックナーの中で一番地味で、とりとめのない交響曲を本当に聞かせてくれました。聴衆も沸いて、オケが去った後も小沢さん一人再度カーテンコール。来月の再度の登場が大変楽しみになりました。

   hakaru matsuoka

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2007年4月17日 (火)

ティーレマン指揮ベルリンフィル演奏会

松岡究です。毎日良く晴れて気持ちのいい日が続いています。

曲目   シューマン:「ゲノヴェーヴァ」序曲

            :チェロ協奏曲

      ブラームス:交響曲第1番ハ短調作品68

  チェロ:アルバン・ゲルハルト

  指揮:クリスティアン・ティーレマン

最初のゲノヴェーヴァからティーレマンの音楽が炸裂!この地味な作品をここまで練り上げて演奏会に出せるのはひょっとしたら今はティーレマンくらいしかいないかもしれません。それくらい良く歌って、陰影のついた演奏でした。

次のコンチェルトはどうも評価しづらいですね。チェロのゲルハルトはとてもいい音色の持ち主。アルテミス四重奏団でも活躍してる彼には期待していましたが、曲が地味なのも禍して、何が言いたいのか良くわかりませんでした。ティーレマンの伴奏の方がいかにもドイツ音楽と言う感じで面白かったです。

最後のブラームス。昨年6月にラトルが4番をやったときもこれ以上何があるのかというくらいに凄い演奏でしたが、今日の1番もそれに匹敵しうる凄い演奏でした。冒頭のフォルテ一つの意味を持たせた演奏は初めて聴きましたし、全体的に陰影が濃くアゴーギクも大胆で、大きくうねる部分とささやくような優しい部分の対比が見事でした。全体が1楽章の繰り返しが無いのに55分かかる長大な演奏。でもこれほどまでに面白く、忘れていた「ドイツ的」という言葉を思い起こさせてくれました。

ティーレマンは間違いなくラトルの後継者になるでしょう(初日はラトルが会場に聴きに来ていたそうで、ティーレマンが挨拶していたそうです)。そしてその音楽は私に言わせるならば、フルトヴェングラーの再来を思わせられました。

   hakaru matsuoka

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2007年3月23日 (金)

ビシュコフ指揮ベルリンフィル演奏会

松岡究です。昨日今日ととても寒い日になりました。昨日の夜からは雪になり、明け方は10センチくらい積もったようです。しかしその後雨になり、全部溶けてしまいました。

今日のコンサートは予定されていたペトレンコが所謂指揮者病でキャンセル。かわってビシュコフが振りました。

曲目  ワグナー:ローエングリン~第1幕と第3幕への前奏曲

     ワグナー:ヴェーゼンドンクの歌

     ショスタコーヴィチ:交響曲第10番ホ短調

   ソプラノ:アンジェラ・デノケ

   指揮:セミヨン:ビシュコフ

1幕への前奏曲は大変美しい、音楽的な演奏。ここで充分でした。3幕をやったのは失敗ですね。3幕は格好はいいのですが、これぞ!と言う演奏が本当に難しい音楽。案の定3幕は凡演。

デノケの歌ったヴェーゼンドンクはシェーンベルクの「期待」に代わって歌われたものです。大変美しいしっとりとした歌声で、気品高く歌い上げていました。ビシュコフもちょっとうるさかったけど、良い伴奏でつけていました。

後半のショスタコーヴィチが大変良い演奏。お国物という事もあるのでしょうが、彼のイメージは大変はっきりしていて、それをベルリンフィルが本当に達者に名人芸的に音にしていました。各管楽器のソロも抜群で、約1時間の演奏が大変引き締まった良い時間になりました。 

このブログを始めた時に最初に書いたのが、今日のビシュコフでした。その時のオケはケルン放送でしたが、その時はビシュコフとオケにかなりの音楽的開きがあったように思え、大変残念な思いをしましたが、今日のビシュコフはその印象を覆す素晴らしいものでした。ペトレンコがキャンセルと聴いて大変がっかりだったのですが、その穴を十二分に埋め合わせてくれました。

      hakaru matsuoka 

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2007年3月16日 (金)

ハイティンク指揮ベルリンフィル演奏会

松岡究です。ベルリンは暖かいです。今日も歩いていると汗ばんできて、何を着たらいいのか迷ってしまいます。最高は13度くらいあったようです。

曲目  ベートーヴェン:ミサ ソレムニス ニ長調 作品123

  ソプラノ:ルーバ・オルゴナショーバ

  アルト:エカテリーナ・グバノバ

  テノール:トミスラフ・ムゼク

  バス:クヴァンチュル・ユン

  合唱:ベルリン放送合唱団 合唱指揮:サイモン・ハルセイ

 指揮:ベルナルト・ハイティンク

今回、大いに期待していたんだけど、こんなものかなあ?と思ってしまいました。

この曲は私も一度指揮したことがありますが、常識では図りきれないことが沢山あって、すぐにアンサンブルに破綻をきしてしまう虞のある本当に難しい曲です。今回も危ないところが散見されました。

バッハのロ短調ミサと並んで合唱の作品としては、まさに東の横綱。ベルリン放送合唱団は今回100人の大編成で臨みましたが、作品の高みを表現するには今一歩。

ハイティンクを評するのはちょっと難しいですね。極めて常識的というかよく言えば奇を衒わない、悪く言えば没個性的。こういった難曲を指揮した場合、曲の表面ではなく内面をどう感じているかを聴きたいところ。しかし彼は極めて優秀な職人でありすぎました。

私の夢の一つに、第一夜「ミサ ソレムニス」、第二夜「交響曲第9番」と並べて指揮してみたいと言うのがあります。その理由はいずれまた書くことにします。

今日は芸術家であり職人であることの難しさを痛感しました。

   hakaru matsuoka

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2007年2月23日 (金)

ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団演奏会

松岡究です。今日は先々週と同じラトルの指揮です。2月はラトルだけで4種類のコンサートを計12回もやると言う物凄さ。

曲目  ドヴォルザーク:交響曲第7番ニ短調Op70

     トマス・アデス:Tevot (ベルリンフィルとカーネギーホールの共同委嘱作品。初演)

     ヤナーチェック:シンフォニエッタOp60

  指揮:サー・サイモン・ラトル

今日も実に充実した演奏を聞かせてくれました。まずドヴォルザークでは、リズムを際立たせながら、コントラストに気を配る手法はラトルならではですね。彼の一番いいところは、音楽を考えすぎず(実に深く考えているのですが)、自ら楽しみながら、いつも自分の音楽として提示できるところにあると思います。ですから大変都会的なドヴォルザークになります。もう少し粘ってほしいと思うところはありましたが、大変充実した演奏でした。

アデスの曲は、あまり現代的な手法(例えば無調、12音、コンクレート等)を用いず、大変正統的な手法を用いて、壮大で美しい曲を書いていました。中間部で長いフーガがあるのですが、それが重くなりすぎず実に美しく壮麗な響きとなってクライマックスを作ったところなどは、ブラボー!

メインのシンフォニエッタは金管が12人のトランペット、2人のバストランペット、4人のホルン、2人のヴァルトホーンチューバ、4人のトロンボーン、そしてチューバと言う珍しい編成の曲。(高校のときマタチッチがN響でやったのを思い出しました。)金管の壮麗な響きもさることながら、オーケストラの力量が思う存分発揮された痛快な演奏でした。でもやはり泥臭さからはかなり遠くに行ってしまっています。

こういうドヴォルザークやヤナーチェックは、私の個人的な好みでいうと異端とまでは言いませんが、少なくとも模範とすべき演奏ではないと思います。もう少し思い入れとか、ノスタルジックな部分があるほうがこれらの作曲家にはふさわしいのではと思います。

    hakaru matsuoka

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2007年2月10日 (土)

ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団演奏会

松岡究です。きょうも夕方から小雪の舞う肌寒い一日でした。

曲目 ハイドンプログラム

  交響曲第88番ト長調

  交響曲第89番ヘ長調

  交響曲第90番ハ長調

指揮:サイモン・ラトル

今日は安永徹さんがコンサートマスター。どういう風に奏法を変えてくるのかと思ってたら、意外にオーソドックス。ビブラートもかけていました。しかしラトルのアプローチは見事なもので、フォルテとピアノのコントラスト、アーティキュレーションの切れ味、そして疾走するようなアレグロ。どれもある意味ではエキセントリックで、又ある意味では大胆にして繊細。どの声部も雄弁で音楽をしているのはベルリンフィルならでは。それを楽しみながら、自在に操っているこのラトルは本当に素晴らしい。

90番の終楽章。ハイドンの機知の富んだ細工が見事。曲が終わったかに見せるとまた始まり、また終わったかに見せるとまた曲が始まる。観客はラトルの見事な演出にだまされて、2度も途中で拍手をすることに。それが笑いを誘いこのコンサートは和やかに、そして大きく盛り上がりました。幸せなひと時をくれたコンサートでした。

   hakaru matsuoka

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2006年12月30日 (土)

ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

松岡究です。こちらは日の出が大体8時、日の入りが大体4時ということで、明るい日中が8時間もありません。目が覚めてもまだ真っ暗なので、なんだか感覚が狂ってしまいます。

曲目   R・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

      モーツァルト:ピアノ協奏曲ニ短調Kv.466

             R・シュトラウス:「薔薇の騎士」より3幕のワルツと3重唱から最後まで

    ピアノ:内田光子

    マーシャリン:カミラ・ニルント

    ゾフィー:ローラ・アイキン

    オクターヴィアン:ステッラ・ドゥフェクシス

    ファニナル:デイル・デュシング

   指揮:サー・サイモン・ラトル

31日のジルヴェスターコンサートと同じプログラムの29日の演奏会です。

最初の「ドン・ファン」。さすがにオーケストラの機能性は抜群でうまい!しかしどこかあっさりしすぎていて、R・シュトラウスを聴いた感がしませんでした。例のホルンの主題もやけにあっさりとしてるんですね。これはラトルの体質というかよく言えば持ち味だとは思いますが、う~ん・・・もう少しねちっこい方が好きですね、僕は。

次の協奏曲。ラトルのアプローチは古楽器的で、今まで聴いたことのないサウンドを引き出していました。その反面、音響的には引き締まっているのですが、あの独特の内面を揺さぶるような叙情性というか、哀しさ(小林秀雄流に言う)がどこかに行ってしまったのはちょっと残念。内田さんのピアノは集中力のある音楽ですばらしくかったです。陰影に富んでおり、特にピアニッシモは特筆ものでした。ただフォルテで音が濁らないようにする配慮が過剰すぎたきらいも無いではないかな。

最後の「薔薇の騎士」。オクターヴィアンは本当はマグダレーナ・コジェナーがやるはずだったんですが、急病で急遽ドゥフェクシスに変わりました。彼女は大変素晴らしいメゾで、コーミッシェオパーの「薔薇の騎士」「コシ・ファン・トゥッテ」等で素晴らしい歌唱を聞かせてくれています。

3人の重唱はそれはそれは絶品で、3人ともにシュトラウスのあのラインを気品と素晴らしい音楽性で、描ききっていました。うっとりするような時間がずっと流れていました。ただラトルの音楽がやはりあっさりとしているので、豊穣な香りはかなり後退していたかな。残念!

今回は演奏時間が短かったせいもあってでしょうか、今年を締めくくる意味でのサービスもあってかアンコールが2曲。

J・シュトラウスの「ハンガリーポルカ」、そしてドヴォルザークのスラヴ舞曲第8番。

今回の演奏会はDVDとTVの収録もあって、いつに無く照明機材が多く設置されていました。ですからそのノイズがかなりあって、ちょっと閉口しました。

      hakaru matsuoka

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2006年11月13日 (月)

ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 ショスタコーーヴィチプロ

松岡究です。朝はリートマチネー、夜はラトル・ベルリンフィルと言う一日でした。ともに充実したコンサート。お天気は愚図つき気味の寒い一日。気温は上がらず日中もずっと6度あたりの気温でした。

曲目  ショスタコーヴィチプロ

   交響曲第1番ヘ短調作品10

   交響曲第15番イ長調作品141

   指揮:サー・サイモン・ラトル

素晴らしいコンサート!最近のラトルは心境著しいものがあるように思います。6月のブラームス4番、10月のブルックナー4番、そして今月11月のショスタコーヴィチの1・15番。

不必要なことは全く振らず、必要不可欠なことだけ振っていきながら、大変な集中力と緊迫感、そして何よりも音楽的な空間の創出。こんなことのできる人今時いないでしょう。ベルリンフィルはいまや完全にラトルと相思相愛で、ラトル以外の指揮者の時の演奏とは少し差がつき始めたように思います。本当に目が離せないし、私がベルリンに来てからのラトルを比較しても物凄い成長が伺えます。

私はショスタコーヴィチの交響曲は全部知っているわけではありませんが、彼の人間的な面・性向、方向性を考える時、1番の交響曲を知る知らないでは、彼に対する理解に差がつくだろうなあと思います。どういうことかというと、この作品はまだ19歳の時の作品で、この曲が発表された時は20世紀のモーツァルトと呼ばれたほど、世界に与えた衝撃は大きかったのです。しかし内容は彼の作品のほとんどを彩るアイロニーや批判等はまだ出ていないにもかかわらず、その根っこの部分はちゃんとあるわけです。

15番をこうやって素晴らしい演奏でじっくり聴くと、ショスタコーヴィチの人生観が良くわかります。「ウィリアム・テル」の引用では、彼の中でソヴィエトに対する考えが「なるほどこう思わざるを得なかったのか」と思うとなんとなく涙が出てきます。ベートーヴェンの弦楽四重奏の引用は自分の死と向き合ったときの心境そのままだったのでしょう。そして終楽章の最後にヴァイオリンで奏でられるメロディーはまさに「白鳥の歌」、そして時計の刻むような楽想で終わることは、もう人生の残りが無いということを端的に表しているのではないでしょうか。

ラトルの今回のプログラミングはショスタコーヴィチを知る上で、またと無い貴重な機会でした。

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2006年10月22日 (日)

ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団演奏会

松岡究です。この2・3日暖かい日が続いています。ダウンを着て歩くと汗がでてくるくらい暖かいです。天気も朝10時くらいから晴れてきました。

曲目 シューマン:交響曲第4番ニ短調 1841年の第1稿による演奏

    ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調 「ロマンティック」 ノヴァーク版による第2稿による演奏。

今日も素晴らしい本番が聴けました。ラトルという人はどうしてこう素晴らしいんでしょう。頭が下がります。彼は音楽を本当に愛してるし、自由で敬虔で大胆です。そして人間は全く飾らないフランクさとフレンドリーさが舞台に滲み出ていて、こんな人はいません。

1曲目のシューマン。普段耳にする曲とは特に1・4楽章が異なっています。以前サヴァリッシュがN響でやったような記憶があります。そういう意味でも大変興味深く聴きました。こちらの方がやはりフレージングにおいてやや曲としての曖昧さというか、荒削りなところがあるように思います。やはり1853年の一般的なほうが曲としては完成度が高いのではないかな。演奏はラトル節というか、本当に彼は自由です。どうしてこんな発想が生まれてくるのだろうと言うくらいに新鮮な響きでいっぱいでした。オーケストラは第2ヴァイオリンを上手に振った5.5、5、4、3、2の小ぶりな編成でした。

後半のブルックナー。聴衆を圧倒的な感激に陥れた演奏時間約75分の堂々たる演奏。ラトルはこの曲に対し全くの正攻法で臨んでいました。しかし歌うところは歌い躍動感があり、緻密かつ大胆。こういう演奏を聴いた人は彼が確実に大巨匠への道をまっしぐらに進んでいると確信したに違いないでしょう。冒頭のホルンはドールのソロ。こんなに神秘的に聴かせたホルンを知りません。

今回ゲネプロを聴こうと思って問い合わせたところ、今回は録音をするからダメだとのことでした。近いうちにこの壮大な演奏のブルックナーが店頭に並ぶと思います。オーケストラは大編成の8.5、7、6.5、5、5で、フォーメーションは通常のヴァイオリンを並べた配置にしていました。多分ヴィオラのパートソロを聴かせる為だったのではないかと思います。

    hakaru matsuoka

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2006年10月15日 (日)

ノリントン指揮ベルリンフィル バッハ「ロ短調ミサ」

松岡究です。今日は寒かったですよ。一日中気温が上がらずに10度前後で推移してたようです。

今回最も期待していた今日の公演、期待に違わず素晴らしい演奏会でした。

曲目 J・S・バッハ ミサ曲ロ短調

  ソプラノ:スーザン・グリットン

  アルト:カタリーナ・カンマーローハー(予定されていたダヴィッド・ダニエルスが急に歌えないと言うことで急遽、彼女が代役に)

  テノール:ジョン・マーク・エインスレー

  バリトン:デートレフ・ロート

  合唱:リアス室内合唱団

  指揮:サー・ロジャー・ノリントン

素晴らしい演奏会。2時間半があっという間に過ぎてしまいました。勿論それは指揮のノリントンの自由奔放でいながら、フォームはしっかりとしている音楽作りが一番です。そして合唱が素晴らしい。ノリントンの自由奔放ともいえる注文に見事に応え、透明感を失わず最後まで見事に聞かせてくれました。(合唱をする人にとって、このロ短調ミサ曲とベートーヴェンの荘厳ミサは内容・規模からしても東西の横綱のようなものです。この両方を歌えると言うことはその合唱団の音楽的内容が充実していることを意味すると思います。)

ベルリンフィルも全員がノンヴィブラート奏法で曲の陰影を付け、またソロも各々素晴らしく、特にオーボエ・ダモーレのジョナサン・ケリー、トランペットのヴェレンツァイを初めとする3人、フルートのイェルカ・ウェーバー、コンサートマスターのブラウンシュタイン、そしてオルガンのラファエル・アルパーマン、ファゴットのシュテファン・シュヴァイゲルトらは日ごろバッハをやっている専門家のよう。

時折ノリントンは指揮するのをやめて聞き入っていたり、わざと顔だけで指揮していたり、勿論全曲暗譜での指揮は見ていても聴衆を飽きさせません。ただ惜しむらくは、その自由さ、躍動感とは逆の深遠さが犠牲になっていた感は否めず、私は複雑な心境。これだけの演奏をしておきながら、深遠さが聞えてこないなんて、なんてバッハ演奏は難しいのでしょうか!

     hakaru matsuoka

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2006年6月24日 (土)

サイモン・ラトル指揮ベルリンフィルハーモに管弦楽団 ワグナー「ラインの黄金」

松岡究です。

今日は午前中にぺトレンコとコーミッシェオパー管のレコーディングに顔を出して(後日その模様は書こうと思います)、そして夜はベルリンフィルとラトルのワグナーを聴くというハードスケジュール。

曲目   ワグナー:「ラインの黄金」~ニーベルンクの指輪 序夜

  ヴォータン:サー・ウィリアード・W・ホワイト

  ドナー:デートレフ・ロート

  フロー:ヨゼフ・カイザー

  ローゲ:ロベルト・ガンビル

  アルベリヒ:デイル・デュシング

  ミーメ:ブルクハルト・ウルリッヒ

  ファソルト:エフゲニー・二キチン

  ファフナー:アルフレード:ライター

  フリッカ:リリー・パーシキヴィ

  フライア:ミライル:デルンシュ

  エルダ:アンナ・ラルセン

  ヴォークリンデ:サラ・フォックス

  ヴェルグリンデ:ヴィクトリア・シモンズ

  フロッシルデ:エカテリーナ・グバノヴァ

  指揮:サー・サイモン・ラトル

午後7時に始まって、勿論ノンストップで9時45分までの3時間弱を堪能しました。ラトルの音楽は大変引き締まった豊かな流れの音楽。響きは相変わらずシンフォニックでベルリンフィルの雄弁さがひときわ引き立つゴージャスな贅沢な音。歌手達の好演によるところも大きく、特にヴォータンのホワイト、アルベリヒのデュシング、ローゲのガンビルあたりは素晴らしい演技と歌唱で楽しませてくれました。ただ惜しいのが、第一場の3人の乙女達が他の歌手達よりスケールが小さく、最初は拍子抜けというか3時間近く持つかな?(聞いている自分が)と少々不安に。

私は全くの非ワグネリアン。ワグナーを愛好する方が当たり前のように知っていることも知らないのですが、やはり演奏会形式で舞台だけがオーケストラの後方に設置され、衣装も装置も何もないところで聴くのは少々骨が折れます。

しかし歌手を初めラトル、オケ全員がこのラインの黄金を知り尽くしているかのごとく感じられるような、堂々とした音楽表現が印象的でした。

フィルハーモニーには何度も足を運んでいますが、こんな嵐のような!拍手は聞いたことがありません。それほど聴衆にとっても大きな感動を読んだ公演だったのだと思います。

1日のブラームスの4番といい今回のワグナーといい、ラトルは昨年にもまして充実したそれこそ「黄金」期を迎えつつあるのではないでしょうか。

    hakaru matsuoka

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2006年6月11日 (日)

サカリ・オラモ指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団演奏会

松岡究です。ドイツが幸先の良いスタートをしましたね。フィルハーモニーのそばのポツダム・プラッツでは特設会場に長蛇の列が出来ていました。コンサートの休憩時間にはいつもは舞台を映しているモニターにWMの試合を映してサービスしていました。

曲目:ヒンデミット:気高き幻想

   ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ピアノソロ:ラドー・ルプー

   リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード コンサートマスター:ガイ・ブラウンスタイン

とてもすっきりした後味の良いコンサート。ヒンデミットの気高き幻想は随分前に、日本で一度聴いた覚えがありますが、全くといって良いほど印象がなく、今回ベルリンフィルで改めて聴いてみると、ヒンデミット特有の晦渋さはなく、すっきり美しく演奏されていました。

ラドー・ルプーは予定されていたマリア・ジョアオ・ピレシュが病気のため代役として登場。落ち着いた気品ある音楽を聞かせてくれました。ベートーヴェンは若い人が弾くと決まって戦いの音楽・葛藤の音楽になりがちですが、ルプーのの音楽はベートーヴェンと友達なんですね。ちっとも厳つい顔してません。優しくて聴衆に自然に語りかけてくるような音楽。今日の白眉でしょう。

後半はオーケストラの機能性を示すにはもってこいの曲。ブラウンスタインの他に木管陣はパユ・マイヤー・フクス・ダミアーノ?という名手ぞろい。総じて熱のこもった演奏で聴衆を楽しませていました。

    hakaru matsuoka

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2006年6月 3日 (土)

ダニエル・バレンボイム指揮ベルリンフィルハーモニー「ヨーロッパコンサート2006」

松岡究です。今日は一日穏やかな日でした。久しぶりです。朝こそ寒かったんですが、昼はもうコートが邪魔で、持って歩きました。

今日はベルリンにお住まいの関さんからお借りした「ヨーロッパコンサート2006」のDVDのコメントです。

曲目:オール・モーツァルト

   交響曲第35番ニ長調「ハフナー」

   ピアノ協奏曲第22番変ホ長調 ソロ:D・バレンボイム

   ホルン協奏曲第1番ニ長調 ソロ:ラデク・バボラク

   交響曲第36番ハ長調「リンツ」

バレンボイムのモーツァルト解釈は例えば現在ほとんどの指揮者が、ベーレンライター版を使用しているのが常識になりつつ中で、頑として旧ブライトコプフ版で構わないと言う姿勢が示している通り、モーツアルトにおいても往年のテンポ感覚、往年のオーケストラの奏法でやっています。古楽器がどうのこうのなんていうのは微塵も感じられないその姿勢は、バレンボイムだから出来ることでしょう。しかしここに大きな問題提起があって、古楽器的奏法を現代楽器のオーケストラに下手に持ち込むと表現力が著しく低下して聞こえたり、オーケストラの楽員に迷いが生じてアンサンブルに欠陥が出てきたりということがあります。ですからどのオーケストラでも現代楽器奏法のみをやってきた所謂古参の楽員にはこの古楽器奏法はかなり抵抗があるようです。

最初の「ハフナー」の音が鳴った途端、ベルリンフィルのゴージャスな音とともに何か違うんだよなと言う違和感を感じるんですね。モーツァルトってこういう風にやると、綺麗な衣装をまとって典雅で美しく古典的なスタイルのよい音楽、または所謂ヒーリング系(1/F揺らぎとか言う)の音楽になってしまう気がするんです。

私はモーツァルトってなんて退屈な作曲家なんだろうと大学の頃まで思っていました。それが古楽器のグループがモーツァルトを演奏するようになって、目が覚めたんです。「モーツァルトはちょっと手でも傷つけようものならそこから血が吹き出て、あるいは血沸き肉踊る決して典雅と言う言葉とは似ても似つかない物凄くエキセントリックな音楽なんだ」と悟った途端、大好きになったんです。そして私にとってとても大事な作曲家になりました。

ですからバレンボイムのモーツアルトはその退屈極まりないモーツァルトなんです、私にとっては。(ですからベームもカラヤンもワルターも私にとっては1/F揺らぎなんです。だって寝ちゃうんです。)ただ素晴らしかったのはピアノ協奏曲です。特に2楽章、そして3楽章の例のゆっくりになったところは、彼がやはり1流の音楽家である証明であったと思います。あの音楽の深さをDVDであそこまで感じさせてくれると言うのは彼が本物であると言うことに間違いはないと思います。がしかし・・・・・・と言うのがこのDVDを聞いての感想でした。

ホルンのバボラクは昨日もちょっと書きましたが、全ステージに載りかつ鮮やかに協奏曲を吹いていました。、自分のお国に錦を飾ったのが嬉しかったんでしょう、本当にいい笑顔で聴衆の拍手に応えていました。

       hakaru matsuoka

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2006年6月 2日 (金)

サイモン・ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会

松岡究です。稀代の名演でした。

曲目:ストラヴィンスキー:オルフェウス

   ニールセン:フルート協奏曲    ソロ:エマニュエル・パユ

   ブラームス:交響曲第4番

今日も午前はGPを聴きに行って、夜コンサート。ゲネプロからベルリンフィルはアッバードやハイティンクとは違い、本気モード。これは凄い演奏だなあと朝から思っていました。勿論時々とめて、色々注文を出してるんですが、見事に変わるんです。

本番:最初のストラヴィンスキーは、1946・7年の作品で、有名な振り付けしバランシンの委嘱で作られました。びっくりするくらいと言うと大げさですが、しっかりした調性とシンプルで幻想的な30分ほどのバレー作品。ラトルは実によく作品の持ち味を出していて、佳演。

ニールセンのフルート協奏曲はもうパユの独壇場。実に鮮やかにこの難曲を吹ききっていました。ラトルもこういった作品には音色的な相性がよくあっていて、透明感のあるそしてよく歌っている演奏でした。パユはこの後ブラームスのもオーケストラプレイヤーとして載り、例のソロを勿論鮮やかに吹いていました。ソロもやりオケもやる、それも同じ演奏会で。やはりこのオケのメンバーは怪物君がそろってます。(今年5月にプラハでバレンボイムが振ったヨーロッパコンサートではホルンのバボラークがモーツァルトの1番の協奏曲を吹き全ステージオーケストラプレイヤーとして出ていました。)

理想的なブラームス。つまりこういう風に振ってみたいと思い描いていたものがそこにあったんです。最初の出だしから、陰影が濃く、必然としてのアゴーギク(テンポの変化・揺れ)があり、歌があり。こういうときは本当に言葉は無力になります。本当に凄かった。現代の指揮者に限らず演奏家は理性でテンポの揺れとかフォルテだのピアノだのをコントロールする人が多いですが、ラトルは感情と心と精神的な何かで曲を彫っていくんです。そしてぎりぎりのところで理性を失わずコントロールしているんです。

聴きながら、高校の時ヘルマン・ヘッセの「知と愛」に痛く感動し、また右脳と左脳の話に驚いたことが蘇ってきました。彼は本当に理性と感情が見事に融合し一体になった素晴らしい指揮者です。

これは私の推測ですが、4番は満を持しての演奏だったのではないかと思います。いつも現代ものを中心にマーラーやストラヴィンスキーなどを演奏してきた彼が、まずベートーヴェンに取り組み、そしてブラームスに取り組み始めたのではないかと思っています。以前に2番をやったそうですが、これから多分2・3年おきに残りの1・3番が登場するのではないかと言うのが僕の読みです。(来シーズンは1番をティーレマン、2番をハイティンク、3番をアッバードが振ることになっています。ラトルがハイドンを集中して取り上げる10月は面白いかもしれません。)

        hakaru matsuoka

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2006年5月26日 (金)

ベルナルト・ハイティンク指揮ベルリンフィル演奏会

松岡究です。今日も薄ら寒い日でした。家にじっとしていると体温が奪われていくような感じを受けます。

今日の朝10時から、ハイティンクのゲネプロを見ました。最初にブルックナーをやっていましたが、大変端正な音楽作りで非常に好感が持てました。いやがうえにも本番に対する期待が高まりました。

曲目

メンデルスゾーン:ルイ・ブラス序曲

モーツァルト:ホルン協奏曲第4番変ホ長調Kv495

ブルックナー:交響曲第6番イ長調(ハース版)

ホルン:シュテファン・ドール

指揮:ベルナルト・ハイティンク

大変素敵な肩のこらないコンサート。多分ハイティンクのスタイルと人間性がそうさせているんじゃないかと思います。私の目指すべき目標がある感じがします。

まずルイ・ブラス序曲。最初の管楽器によるファンファーレが朝のGPの時とは違って、いささか力が入りすぎた感じ。朝の時は実に柔らかいいい響きだったのに、どうして?と思ってしまいました。客が入ってかなり音をすわれているのは確かだけれど、やはりベルリンフィルの奏者と言えども人間なんだなと思いましたね。

2曲目のホルン協奏曲も朝のほうがのびのびと吹いていたように思います。ですから1楽章は彼には珍しく2・3回ミストーンがあったんです。しかし音色は素晴らしいし、音楽の運びも特に2楽章あたりから大変自然になってきて心地よい音楽が聴けました。

後半のブルックナーは彼の交響曲の中ではあまり演奏される機会の少ない作品です。しかし今日聴いてみて思ったのですが、この交響曲は実に愛すべき魅力に溢れた作品であると言うことが良くわかりました。特に第2楽章はまさに「至福」に満ちた何と心優しい音楽なんでしょう。ブルックナーを論ずる時に、構築性や宗教性、宇宙観等すぐ壮大な主題で論じやすいと思うのですが、この作品はそれとは全く逆に、暖かい人間性や優しさ、幸福感等の人間としてのブルックナーを一番よくあらわしている作品ではないでしょうか。そう言った作品の魅力をこうやって認識させてくれる指揮者はそんなにはいないでしょう。見栄や張ったりは全くなく実直にしかしエネルギッシュに指揮していくハイティンクにいつしか指揮者としての一つの理想像を見ていました。彼の音楽は若々しく、端正で且つエネルギッシュです。

昨年ドビュッシーなどを聞いたときはその持っている真面目さが裏目に出て音楽に遊びや洒脱があまり感じられず、少々退屈した記憶があるのです。こういったところが日本人には受けないところなんでしょうね。残念です。今年の9月からハイティンクはシカゴ交響楽団の主席指揮者になるということです。

拍手の問題といい、日本人はまだまだ成長しなければいけない、勉強しなければいけないことがたくさんありますね。ハイティンクの良さがわかる人がうんと増えてきた時に日本も成熟して来るんではないでしょうか。

   hakaru matsuoka

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2006年5月20日 (土)

クラウディオ・アッバード指揮ベルリンフィル演奏会

松岡究です。今日はもう諦めていたアッバードの演奏会のチケットが手に入ったので、出かけました。こちらで指揮の勉強をしている丸山俊一郎君が気を利かせてくれたんです。有難う、丸山君!

曲目

ワーグナー:ヴェーゼンドンクの歌

     Ms:アンネ・ゾフィー・フォン・オッター

シューマン:劇的詩「マンフレード」

     マンフレード:ブルーノ・ガンツ 以下5名の俳優

     第1の霊:アンネ・ゾフィー・フォン・オッター

     第2の霊:ユリア・クライター 他

     合唱:バイエルン放送合唱団

     指揮:クラウディオ・アッバード

昨日聴いたゲネプロとは全く違う素晴らしい出来栄え!昨日は悪い感じはしなかったものの、以前東京で聴いた「弾かせ撒くって、アンサンブルがめちゃくちゃで音の汚い印象」が甦ってきて、「あ~変わらないんだなあ」と思ったんですけど、今日は精緻を極めた並の人間では到底到達できない深さと気品がありました。高校の時にクレンペラーのシューマンの3番「ライン」のレコードのカップリングにこのマンフレードの序曲が入っていたことを思い出しました。当時「なんてつまらない、暗い音楽なんだろう」と思ってそれ以来聴くのは封印して、すっかり忘れていました。しかし今日アッバードの演奏を聴いて「なんて素晴らしい豊かな音楽なんだろう」と思ったほど、今日の演奏は素晴らしかったですね。

フォン・オッターはワグナーよりもむしろシューマンでの歌唱の方が無理がなく、彼女の持つ自然さと決して張り上げない艶のある声が聴けたように思います。ワーグナーでの歌唱は声の音色にむらがあって、あまり感心しませんでした。

やっとアッバードが聴けました。そして日本での印象とは全く違う円熟した表現が私の胸を打ちました。

     hakaru matsuoka

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2006年4月22日 (土)

サイモン・ラトル指揮ベルリンフィルハーモに管弦楽団 ドビュッシー「ペレアスとメリザンド」

松岡究です。今日はやはり昨日よりは暑くなりました。外を散歩してると汗ばんできます。しかしまだ冷気の残っているところ、例えばソニーセンターとポツダマープラッツという駅のコンコースは冷房をかけてるんじゃないかと思っちゃうくらい寒いです。空気が入れ替わってないんでしょうか?

さて今日は久々のラトルです。

曲目:ドビュッシー歌劇「ペレアスとメリザンド」演奏会形式

配役

メリザンド:アンジェリカ・キルヒシュラーガー

ジュヌヴィエーネ:アンナ・ラルソン

ペレアス:サイモン・キーンリーサイド

アルケル王:ロバート・ロイド

ゴロー:ローレント・ナオウリ

医者:ジュローム・アントワーヌ   他

指揮:サイモン・ラトル

一言で言えば「脱帽!!!(誰ですか?脱毛なんて言ってる人は。)」 一年前のブリテン「ピーター・グライムズ」を聴いた時も本番でこんなに洗練された完璧なことが出来るのかと耳を疑いまた打ちのめされたんだけど、今回も全く同じでした。フォルティッシモからピアニッシモまで完璧にコントロールされて、それが全く人工的でなく自然に音楽が流れていくんです。歌手たちもそのオーケストラとラトルの鮮やかな指揮に乗りに乗り、またその心情を細やかに歌い上げ、また時にはドラマティックに歌っていきます。驚いたのがプログラムには名前は載っていないんだけど、ィニョルドを歌ったボーイソプラノが圧巻!勿論大人たちも素晴らしい。「こんなことが実際に現実にベルリンでは行われているんだなあ(ため息)。」

そして「ペレアスとメリザンド」がこんなに素敵なオペラだったなんて初めて知った感じです。ドイチェオパーのペレアスも良かったですけど、ここまで作品の真価を引き出してはいなかったかな。というよりもラトルと今日の共演者、そしてベルリンフィルが本当にその真価を知らしめた演奏会でした。

ラトルも少し当たり外れがあって、1月に聴いたマーラーの4番は意外なほどつまらなかったですね。以前テレビで、まだ就任前にやはりベルリンフィルでやった4番は鳥肌が立つくらい感動を覚えましたけどね。でも今日は言うことなしでしょう。

        hakaru matsuoka

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2006年3月 3日 (金)

ティーレマン指揮ベルリンフィル定期

松岡究です。今日は何を隠そう私の誕生日です、はい。さすがにかみさんだけはおめでとうとメールくれました。でも他はナシのつぶて。まあ年食うのはもうこのくらいにしといてもらいたいので、まあいいっか!起きたら一人で「コンディトライ」に言ってケーキでも食べよ~っと。

ティーレマンとベルリンフィルの演奏会、今回楽しみにしていたものの一つです。曲目はメンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」、ピアノ協奏曲第1番(ラルス・フォークトのピアノ)、そして後半がR・シュトラウスのアルプス交響曲。

まず「フィンガルの洞窟」ですが、僕の大好きな曲の一つです。ちょっとトランペットのバランスが悪かったように思いますけど、テンポを自由に変えてほぼ私の理想としている表現に近かったという点で、とても親近感が沸きました。日本では、彼のことをあまり良く言いませんけど、私はすばらしい指揮者だと思います。(何度も書いてますが、ドイチェオパーのR・シュトラウスは本当にすばらしかったんです。ですから今日も期待せずにはおられないという感じでした。)それから指揮のテクニックというかスタイルが誰かに似ているなあとずっと考えていたんですけど、思い当たりました。ホルスト・シュタインです。彼の指揮テクニックをかなり盗んでいると思いました。コンサートは今日初めて聴きますが、人間的にも飄々として飾らない人柄にまた愛着を覚えます。

2曲目のメンデルスゾーンの協奏曲、何が面白くて敢えてこの曲を選んだのかなあ?確かに悪くはないけど、魅力にはちょっと欠けるかな。メンデルスゾーンは私も先日第2交響曲を指揮する機会がありましたが、勿論今回の2曲にも言えることだと思うんですが、日常的な神への感謝が必ずといっていいくらい曲の中に盛り込まれていると思います。その祈りが日常的であるので、大げさに表現は出来ませんよね。例えばその祈りがレクイエムに象徴されるように「死」に関するものだったら、あるいはオペラに見られるように「愛」に関するものだったら、その表現は痛切なものとなったり妖艶な表現となったりできるでしょう。でもメンデルスゾーンのは違います。そのことがわからないとメンデルスゾーンの魅力は半分くらいわからないんじゃないかな、と思います。また彼ほど(宗教的な)オラトリオをたくさん書いた人もあまりいません。

休憩を挟んで後半のアルプス交響曲は、期待を裏切らないすばらしいできばえでした。一昨日、ケント・ナガノのことを書きましたが、1月に彼もアルプス交響曲をやってるんですね。ちょっと比較してみると、ケントは色で言うと彼のパレットには白系統と青系統それに透明という色の絵の具ばかり、でもティーレマンにはやはり赤も黄色もあるんです。どっちが良いとか悪いとかの問題ではなく、色の選び方が全く違うんですよね。またケントのは達観した雰囲気があったのに対して、ティーレマンのはしっかりとした油絵、豪壮かつ絢爛。この先は趣味の問題でしょう。

日本ではどうして彼のことがあまり評価されてないんでしょう?多分初来日のワグナーがかなり不評だったからでしょうか。ちゃっかりプログラムに今日のアルペンのウィーンフィルと入れたCDのパンフレットが挟まってました。でもこれは買いかもしれません。

       hakaru matsuoka

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2006年2月24日 (金)

ベルリンフィル定期

松岡究です。今日はベルリンフィルの定期公演、ドナルド・ランニクルズ指揮、レオニダス・カヴァコスのヴァイオリン、ソプラノがクリスティーネ・ブレワー、バリトンがボー・スコウフスという陣容。曲目はブラームスのヴァイオリン協奏曲、そして後半がツェムリンスキーの叙情交響曲。

先ず最初のブラームス。すばらしい名演でした。この2月はすばらしいヴァイオリニストを立て続けに3人も聴いた事になりますが、どのヴァイオリニストもすばらしかったけど、今回のカヴァコスはまた特別でしょう。この曲は本当にベートーヴェンのそれと並んで演奏会で成功させるのは並や大抵ではないでしょう。それを自信と確信を持ってカヴァコスは弾き切り歌いきりました。テッツラフは饒舌というくらいヴァイオリンを語らせていたのに対して、彼のは雄弁には違いないけれども、気品と風格が備わっていると思いました。ランニクルズの棒もとてもよく歌っていて、この曲を堪能しました。

後半の叙情交響曲。スコウフスの第一声が発せられた時、「あ~世界的な声だ。」と思ったんです。昨日の話の続きになりますが、やはりこういうところに出てくる人は決してビッグヴォイスではなく、音程が良く声の質が第一級であること。そして音程が良いということは発声の確かな技術と、音楽を的確にとらえる力を持っていることだと痛感しました。ブレワーにしろ、スコウフスにしろこの難曲の確信を衝く音楽性を確実に持っているんだということです。勿論指揮のランニクルズもそうです。左手に指揮棒を持つ指揮者ですが、ごく少ない動作に彼の音楽が良く現れていて、随所に現れるマーラーのような甘美なところなどは本当に美しく聴かせてくれました。ただティンパニーとの相性が悪かったようで、ちょっと非音楽的な部分があったのは残念なことでした。

今までいろんなオペラやコンサートを聴いてきて、ベルリンの聴衆はおおむね暖かいと思っていたのですが、今日はちょっと違いました。というのも先ずベルリンの聴衆は楽員が出てきても必ずどこからか拍手が沸きます。しかし今日は最初は有ったものの、後半はほとんどなかったんですね。ん~~、観光客ばかりなのかな?ランニクルズの人気のなさかな?これだけの内容の演奏にもかかわらずカーテンコールは3回がやっとでした。2回目にはもう3分の2くらいの聴衆が帰っていて、なんか胸が詰まって痛くなるような感じ。今日の聴衆の反応は良くわからない!そういえばPODIUMという合唱席も誰もいませんでしたね。僕がこの席が0だったのを見たのはウイリアム・クリスティーが客演した時以来です。彼もそういえばあまり歓迎されてなかったようでした。合唱団は歓迎されてましたけれども。このことをどう考えたら言いのですかね?

今思いつくのは、ベルリンの聴衆はこのような指揮が地味な人には好意を示さない、としかいえません。どなたかこの疑問に答えていただける方はいませんか?

この3日間コルンゴルト、マルタン、そしてツェムリンスキーと立て続けに3人の20世紀の作曲家を聴きましたが、やはりコルンゴルトが私には大発見でした。いつかやりたいですね。

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2006年2月17日 (金)

ベルリンフィルとアラン・ギルバート

松岡究です。今日はとても暖かくて、といっても気温5度くらいですが、この気温でもとても暖かく感じますね。天気は早朝雨が降ったと思ったら、晴れたり曇ったり、また夕方からは少しぱらついたりと、そう日本では日本海側の天気に似てるところがあるかもしれません。

今日のベルリンフィル定期、昨日マーラーの3番に変更になりましたと言いましたが、行ってみるとまた違っていて、結局前半がブラームスの交響曲第3番、後半がシューマンの交響曲第1番「春」と言う内容でした。本当はハイティンクがハイドンの交響曲第96番「奇蹟」、バルトークの舞踊組曲、そしてブラームスの交響曲第3番と言うプロを振るはずでした。昨日フィルハーモニーの入り口にはマーラーの第3番と言う張り紙がしてあったのはいったいなんだったんでしょうね~。会場での噂によるとハイティンクがキャンセルになって、客のキャンセルを防ぐ所謂情報操作という見方もあるそうです。なるほど一理あると思いました。

さて演奏ですが、まずブラームス。自然な音楽の流れを作りながら、あまり感情過多になることなく、神経の行き届いた素敵な演奏だったと思います。私ならもっと陰影を利かせると思うようなところも、淡々とテンポを運んで行くので物足りなさも残る反面、さわやかな感じのするブラームスでした。後半のシューマン、これがちょっと疑問の残る演奏。彼は「春」を本当に春として捉えているのだと思うんですが、最初から最後までハッピーなんですね。ですから音楽が単調になって、聴いていて少し飽きてきちゃうんです。シューマンの難しさといってもいいのですが、この曲は私に言わせれば「春」ではなくて「春を待ち焦がれる冬」の交響曲なんです。例えば第2楽章、暖炉を囲みながらゆっくり幸せな会話をしているような、何かそういった暖かさを感じるその背後に厳しい冬の寒さがなければならないんだけど、彼のは外で花見してる感じの音楽でした。ほとんどの楽章がそういった音色で弾かれているので、悪くないんだけど・・・・・

地球温暖化で冬の寒さを以前ほど感じなくなったと、こちらの人たちも言っています。確実に1800年代は現在よりかなり寒かったに違いないと思いますが、こういった曲を演奏する場合今はイメージしにくい時代になっているのかもしれません。

シューマンというのは本当に難しい。オーケストレーションの問題もさることながら、曲のイメージと演奏スタイルに言葉では言い表せない関係の何かがあると思っています。それは何でしょう?誰か言葉で表現できる方はいらっしゃいませんか?

アラン・ギルバートもベルリンフィルデヴューでした。

      hakaru matsuoka       松岡究

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2006年2月13日 (月)

ベルリンフィルとデヴューのぺトレンコ

松岡究です。ブログ第1号でお知らせしたとおり、今日はベルリンフィル定期演奏会の報告です。指揮はキリル・ぺトレンコ、ヴァイオリンはクリスチャン・テッツラフ。曲目:バルトークヴァイオリン協奏曲第2番、ラフマニノフ作曲交響曲第2番。

テッツラフでこの曲を聴くのは2度目です。2004年11月、ドイチェ・オパー管が定期で、マルク・アルブレヒトの指揮で聞いて以来になります。今回は前回にもまして、スケールが大きく、自分の言いたいことは全て言い尽くしたといってもいいような演奏。バックのぺトレンコ・ベルリンフィルもとても良い演奏で彼を盛り立てていました。余談になりますが、ドイチェ・オパーはティーレマンが昨年2月に辞任して以来、オーケストラの定期演奏会が開かれなくなってしまいました。辞任の直前ティーレマンは私の大好きな作曲家R・シュトラウスの「ダフネ」と「影のない女」の2作品を2日連続で振って、去って行きました。それはそれはすばらしい演奏で、どうして彼を引き止められなかったのか、かえすがえすも大変残念なことでした。

後半はラフマニノフの2番の交響曲。一言で言って大成功でした。この曲はMY FAVOURITE SYMPHONYナのですが、私のイメージしていることを悉く彼はやってのけたばかりか、「こんなやり方もあるんだ」と言うことも見せてくれました。最初から最後まで、一点の曇りもなく、また歌いきって緊張感にあふれたス晴らし演奏でした。演奏終了後楽員が退席しても、もう一度聴衆から呼び出しを受けたのが、このコンサートがどれほど良かったかを、端的に物語っているでしょう。

それにしても良い曲ですね。僕はまだ一度しかやらせてもらってません。なかなか振る機会に恵まれないのは、どうしてなんでしょう。少し前に、読響とロジェストベンスキーがずたずたにカットしてこの曲をやっていましたが、未だにこの曲に対する不当な見方が専門家の中にもあるようです。カットできるところはないと思うんですがね~。

それにしてもこの若きマエストロ・ぺトレンコのもとで研修させてもらっている私は幸せです。そのことに感謝しつつ今日はこの辺で。

   松岡究   hakaru matsuoka

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