2008年8月 1日 (金)

パリ国立オペラ「トリスタンとイゾルデ」

松岡究です。昨日7月31日東京文化村オーチャードホールにおきまして、パリ国立オペラの最終公演を見ることが出来ました。家内の友人の小柳照久さんのご好意によるもので、大変感謝しております。

演目 ワグナー:トリスタンとイゾルデ

指揮:セミヨン・ビシュコフ

演出:ピーター・セラーズ

1幕が終わった段階では、スクリーンに映し出されるフィルムにかなり引き込まれ、とても興味深い演出だと思っていましたが、第2幕になるとどうもこの情報の多すぎるフィルムがかなり邪魔になって来ました。ご存知のように第2幕は、音楽的に最も劇的な、このオペラにとっては幹の部分。第1幕では面白く見れたフィルムも第2幕になるとかなり邪魔になり、音楽に集中できません。また歌手を黒衣のように扱っているため、歌手からほとばしる歌の情熱・情念・感情などがスクリーンに負けてしまって、こちらまで届かないのです。歌手たちは文句無く素晴らしい歌を歌っているのですが、どうもこちらまで来ない。第3幕でも同じで、この音楽的なじれったさは最後まで続くことになりました。

ビシュコフの棒は、ベルリンでケルン放送とのラフマニノフ2番、ベルリンフィルとのショスタコーヴィチ10番以来3度目でしたが、今までの中で一番流麗で、音楽の流れの美しい大変心地の良いワグナーでした。ベルリンフィルとの葛藤していたショスタコの10番もそれなりに良かったのですが、今日のビシュコフは彼自身も大変楽しそうな雰囲気で、彼の美感が良く出ていたのではないでしょうか。しかしビシュコフや歌手たちの健闘も空しく、巨大スクリーンの前に音楽が脇役になってしまいました。

       hakaru matsuoka

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2007年9月24日 (月)

ベルリンコーミッシェオパー J・シュトラウス「こうもり」プレミエ

松岡究です。今日は一段と暑い日になって、ベルリンも夏が戻ってきたかのようでした。勿論早朝・夜は冷え込みますが、それもとても気持ちのいい感じです。

演目  J・シュトラウス「こうもり」プレミエ

  ロザリンデ:グン-ブリット・バルグミン

  アインシュタイン:クラウス・クトラー

  オルロフスキー:カロリーナ・グモシュ

  アルフレード:クリストフ・シュペート  他

指揮:マルクス・ポシュナー

演出:アンドレアス・ホモキ

コーミッシェ・オパーでは、クプファーの演出で、「こうもり」を先シーズンの7月まで上演していました。エレベーターのある大変有名な舞台で、ベルリン子は良くこの演出を知っています。7月までその名高い演出でやられていたところに、新シーズンの幕開けに新しい「こうもり」を持って来たのは、ホモキの強い意欲の表れだと思います。

今回のホモキの演出も、東京「フィガロ」、ベルリン「薔薇の騎士」の流れを強く感じさせました。舞台は急勾配の八百屋舞台。そして休憩を挟んだ2幕後半から、その舞台上では家具類が斜めになったり、ベッドがひっくり返ったりと、貴族社会の風刺・皮肉が大前提になっています。この歪な社会をまず皮肉ることこそホモキには必要で、それはヨーロッパの今尚根底に流れる貧富の差や、色んな格差を皮肉っているようです。登場人物の動かし方は、彼一流の天才的なものがあり、休憩後は幾分だらけたものの、大変楽しめる舞台でした。

ポシュナーは最初は力みすぎて、序曲は空回り。(1年前のムジークフェストでウェルザー・メストがクリーブランド管とやったこうもり序曲は最高でした。彼が小沢さんの後釜になるのはうなずける話です。)しかしそれ以後は極めて快調に飛ばしていました。

カーテンコールでは、ホモキに対してブラボーとブーイングの嵐の中、この舞台が練られて本当にいい舞台になることを願いました。

   hakaru matsuoka

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2007年7月19日 (木)

ベルリンコーミッシェオパー レハール「微笑みの国」

松岡究です。一昨日までの猛暑は影を潜め、やっとヨーロッパらしい夏になってきました。気温は30度に届かず、朝晩は20度くらい。これから週末にかけてはもう少し涼しくなるようです。

演目  レハール 「微笑みの国」

配役  リヒテンフェルス伯爵:ハンス・マルティン・ナウ

     リサ:タチアナ・ガズディク

     グスタフ伯爵:トム・エリック・リー

     スー・チョン王子:イェルグ・ブリュックナー   他

  演出:ペーター・コンヴィチュニー

  指揮:キリル・ペトレンコ

素晴らしい舞台と素晴らしい音楽。レハールがこんない充実した音楽を書いていたなんて恥ずかしながら今まで知りませんでした。まず何と言ってもペトレンコの奏でる音楽が素晴らしい。彼はウィーンフォルクスオパーのカペルマイスターを務めていたこともあり、この作品は既に手の内にあるこなれたものと見受けました。どこを取っても伸びやかな旋律とフレージング。そしてここぞと言う時のオケのドライブ。こんなに劇的なオペレッタだったんですね。勿論カーテンコールではペトレンコとオケに盛大な拍手とブラボーが。

歌手では声は少し非力ながら、王子役の代役を務めたブリュックナーがすばらしい。代役としては大成功。

コンヴィチュニーの演出は平たく言えば「反戦・反核。命の尊さ」にあったのではないかと思います。8人の国賓が出てくる所謂バレーの場面では、ナポレオン・ヒトラー・毛沢東・カストロ等の所謂独裁者を出し殺し合いをさせ、その場面の最後には核爆発の映像を流し、また2幕の女声合唱の場面では、戦争のむごさと虚無感を見事に演出していました。そして最後にはあっけなくミーの友人を中国人に殺害させ、中国での毛沢東の大量殺戮を暗に批判しているのではなかったかと思います。コンヴィチュニーが甘く切ない最後を悲劇として演出したことには度肝を抜かされました。まさに衝撃的舞台。そして素晴らしい舞台でした。

と言うことで、音楽監督のペトレンコは今日を最後にここを離れ、しばらくフリーで活躍するそうです。ペトレンコとコーミッシェオパーの蜜月時代は今日終わりました。素晴らしい時に私はここで勉強させていただき、心から感謝しています。

P.S.先日コワルスキーはコーミッシェオパーの専属をやめると書きましたが、引き続き専属を務めるようです。申し訳ありませんでした。 

   hakaru matsuoka

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2007年7月17日 (火)

ベルリンコーミッシェオパー R・シュトラウス「薔薇の騎士」

松岡究です。今日は暑かったです。38度会ったようで、外にでていると空気が体温より高いのが良くわかります。

久しぶりにトランペットの高見信行君と会って、昼はベトナム料理をご一緒しました。彼は去年の毎コン1位と言う優れものです。日本でも時々コンサートをやっているようです。音色は素晴らしいし、テクニックも抜群で、きっと日本を代表するトランペッターになるでしょう。楽しいひと時でした。

演目  R・シュトラウス「薔薇の騎士」

配役  公爵夫人:ゲラルディーネ・マックグレーヴィー

     オックス男爵:ヤンス・ラルセン

     オクタヴィアン:ステラ・ドゥフェクシス

     ゾフィー:ブリギッテ・ゲラー    他

  演出:アンドレアス・ホモキ

  指揮:キリル・ペトレンコ

この舞台は去年の4月のプレミエを出した舞台で、私はこのブログでベルリンで聴いたオペラの中のベスト5の一つということを書いたと思います。今日はそれを1枚も2枚も上回る素晴らしい舞台。プレミエのときのぎこちなさは全く無くなり、演技や動作が全て自然で、演出の意図が大変明確になっていました。歌手陣は上記の4人が圧倒的に素晴らしく、特に3重唱はうっとりするくらいに美しく、またラルセンの熱演は観客を惹きつけずにはいませんでした。そして何よりペトレンコとオケが素晴らしい音楽を奏で、4時間7分と言う時間の長さを全く感じさせない、引き締まりかつ雄大な音楽作りで大きな喝采を浴びていました。予告では4時間半と言う舞台だったのが、4時間7分と言う時間になったことからもどれだけスピーディーにそして引き締まった時間であったかがお分かりになると思います。言葉を変えて言うならば、それはペトレンコの音楽性そのもので、この若き巨匠の将来が本当に嘱望されます。

   hakaru matsuoka

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2007年7月16日 (月)

ベルリンコーミッシェオパー J・シュトラウス「こうもり」

松岡究です。ベルリンは予報どおり思いっきり夏になってしまいました。気温はそれまでの15・6度から倍の30度以上。今日などは35~8度の予報が出ています。大きな施設は冷房があるのですが、ほとんどそのようなものは無いのが一般的なので、例えば電車やバスなどはうだるような暑さです。多分車内は40度を優に超えていると思われます。大体が寒いところなので、バスや電車も大きな窓が開く設計ではありません。私のアパートは北向きなので、外とは全然違って長袖が必要です。一種の天然クーラーみたいなもんです(良かった!)。

演目   J・シュトラウス 「こうもり」

配役   アイゼンシュタイン伯爵:シュテファン・シュピーヴォク

      ロザリンデ:ジネアド・ムルヘルン

      オルロフスキー:ヨッヘン・コワルスキー    他

   演出:ハリー・クプファー

   指揮:キンボー・イシイ・エトー

クプファーの演出での最後の舞台。舞台にエレベーターを備え、舞台を回転させてスピーディーに物語を進行させるこの名舞台も最後の公演になりました。確か日本にもこの舞台は行っているはずです。今日で終わりとばかり、舞台では色々とアドリブがでてそれに聴衆が反応して大変活気ある舞台になっていました。またコワルスキーも今回でオパーの専属をやめるらしく (彼はここ数年この舞台にしか顔を出していません)、彼のファンがたくさん。見た感じはかなりお年を召したように見受けられましたが、歌い始めるとその声は健在!聴衆にも大うけで、カーテンコールでは花束が何本も投げ入れられる人気ぶり。やはり一世を風靡した人なんであります。

キンボーはこのオケから、ウィーン風の溌剌とした音楽を引き出していました。

来期はホモキの新演出で「こうもり」は続きます。早速9月23日にプレミエがあります。その様子はまたこのブログで報告したいと思っています。

    hakaru matsuoka

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2007年6月 6日 (水)

ベルリンドイツオペラ ツェムリンスキー「夢見るゲルゲ」

松岡究です。一日遅れの投稿です。昨日ドイツオペラでたいへん嬉しいことがありました。それは、私の大切な友人、神戸大教授の藤本一夫氏にばったり出くわしたことです。私がキャスト表を眺めていると「きゅーちゃん!」と日本語が。振り向くとフーニー(彼の愛称)が立っているではありませんか。男同士抱き合って再会を喜び、オペラ終演後はベルリンに留学している彼の愛弟子と3人でレストランへ。久しぶりの再会を喜び合いました。彼はドレスデンの郊外にあるゲルリッツの大学に3ヶ月客員教授として来ているそうで、8月まで滞在するそうです。またの再会を約束して夜中の12時過ぎに分かれました。

演目    ツェムリンスキー「夢見るゲルゲ」

配役    ゲルゲ:スティーブ・ダヴィスリム

       グレーテ:フィオンヌアラ・マッカーシー

       ミューラー:ティツィアーノ・ブラッチ

       ハンス:マルクス・ブリュック

       王女:マヌエラ・ウール  他

  指揮:ジャック・ラコンブ

  演出:ヨアヒム・シュレーマー

先週の5月27日にプレミエを出して、6月4日が3回目の公演。この作品は藤野氏(以下フーニー)によると、1907年にマーラーの指揮で初演されるはずだったのが、どういったわけか初演されずそのまま埋もれてしまったもので、1980年ニュルンベルク歌劇場で復活上演されたと言う曰くつきの作品だそうです。ツェムリンスキーには8本のオペラがあり一部を除いてほとんどがそういう運命にあった(オペラ以外の作品も)そうで、これからいろいろ復活上演・演奏が期待されるとのこと。

今日の上演は作品の上質な手応えは充分に有ったものの、上演としてはいささか低調な感がありました。その最大の原因は演出にあると思います。フーニーとも話しましたが、こういった一般に広く知られていない作品、ましてや埋もれていた作品の上演の場合、まず時代設定を台本どおりにやってほしかったと言うこと。それは作品の時代背景が見えるようでないと作品の意図するところがはっきりわからないのではないかと言うことです。今回の舞台には、まるでPotzdamer Platz駅のような空間にエスカレーターと階段を配置し、まさしく今のベルリンをそのまま持って来た何とも想像力の皆無な舞台装置。休憩後の2幕の初めにはスケボーをやる若者(実際にいるんです)を2・3分見せてから、音楽をスタートさせる。私に言わせると全くナンセンスの極み。

歌手ではゲルゲを歌ったダヴィスリムとグレーテのマッカーシーが良く健闘していました。しかしこの劇場の空間にはやや物足りない声。多分コーミッシェオパーや国立歌劇場なら全く問題はなかったでしょうが。ラコンブ指揮のオケもきれいに整った演奏。特に休憩後は乗ってきたのかずっと良くなりました。

音楽にはたいへん驚いたのですが、リヒャルト・シュトラウスの後期の作品に全くそっくりな響きやメロディーラインが数々見受けられました。そのシュトラウスがサロメを書いていた時代にもうこのような響きが実際に生まれており、初演されず眠っていた間にシュトラウスがああいった円熟の境地を迎えているんだということを考えながらこの上演を聴いていると、時代の求めている事と作品の時間差に何とも言えない面白さを感じます。

   hakaru matsuoka

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2007年5月31日 (木)

ベルリンコーミッシェオパー グルック「タウリスのイフィゲニー」

松岡究です。今日は一日肌寒い一日でした。皆コートを着たりジャケットを着たりしていました。勿論T-シャツの人もいますけど。夜の7時にオペラが始まって、終わったのが8時50分。劇場から出てくるとまだ明るいんです。妙に感激してしまいました。本当に一日が長くて、ヨーロッパの人たちにとってはたいへん貴重な夏なんだとあらためて思いました。

演目  グルック:「タウリスのイフィゲニー」

  配役  イフィゲニー:ゲラルディーネ・マックグレーヴィー

       オレスト:ケヴィン・グリーンロウ

       ピラーデス:ペーター・ロダール

       トアス:ロニー・ヨハンセン

       ディアナ:エリザベス・シュタルツィンガー

   指揮:ポール・グッドウィン

   演出:バリー・コスキー

休憩無しで上演された約1時間45分。舞台と音楽が緊密に結びついたたいへん素晴らしい上演でした。これほど緊迫感が最初から最後まで張り詰め、見ている人を飽きさせない上演も珍しいでしょう(4月22日プレミエ)。まず演出の力。昨日と同じコスキーの演出。舞台奥に光の当て方で変わる大きな抽象画を配し、それが場面の心理を的確に表していきます。それが時に涙したり、大きな慟哭を表していたりと素晴らしい発想。また歌手達も素晴らしい迫真の演技でその緊迫感を持続させます。音楽は指揮のグッドウィンの古楽器奏法を用いた緊迫感溢れる素晴らしい演奏と、歌手・合唱とも緊密な連絡を取った素晴らしいアンサンブル。ここまで息がぴたりとあって、空きのないオペラ上演も珍しいのではないでしょうか。また一つ素晴らしい舞台が出現しました。勿論今期も後3回上演され、来期も勿論コーミッシェオパーのレパートリーとして上演されます。

   hakaru matsuoka

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2007年5月30日 (水)

ベルリンコーミッシェオパー モーツァルト「フィガロの結婚」

松岡究です。このところ毎日夕立が降っています。今日も午後4時ころから1時間くらい夕立がありました。ベルリンの上空で暖かい空気と冷たい空気が交錯しているんでしょう。気温の較差が激しいです。

それから今日はオパーのオケのヴィオラ奏者の西山雄太君のご両親と劇場でばったりと再会し、観劇後雄太君とキンボーさんとご両親、日本からのお客様の浜野さんらと楽しい時間を過ごしました。

演目   モーツァルト:フィガロの結婚

配役

    伯爵:ギュンター・パーペンデル

    伯爵夫人:ベッティーナ・イェンセン

    フィガロ:ジェームス・クレスウェル

    スザンナ:ブリギッテ・ゲラー

    ケルビーノ:エリザベス・シュタルジンガー

    バジリオ:クリストフ・シュペート

    バルトロ:イェンス・ラルセン   他

  指揮 キンボー・イシイ=エトー

  演出バリー・コスキー

今日のフィガロはとてもいいテンポ感で、物語がどんどん進行して退屈せずたいへん楽しめる劇になっていました。それはとりもなおさずキンボーのテンポ設定の成功が第一で、3年前からこの演出でやってきた歌手陣のアンサンブルのよさにあります。

今日は今シーズン最後のフィガロの公演でしたが、たいへん充実した内容に満足。

   hakaru matsuoka

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2007年5月26日 (土)

ベルリンコーミッシェオパー ロッシーニ「セビリアの理髪師」

松岡究です。今日も熱い一日でしたが、オペラが終わって外に出ると通り雨があったらしく道がぬれていました。気温もぐっと下がって、半袖では寒いかな?というくらいに気温が急降下。「でも本当はこのくらいの気温がベルリンの今の時期の気温のはず」などと思いながら帰宅しました。

演目   ロッシーニ:セビリアの理髪師

配役  アルマヴィーヴァ伯爵:トーマス・ミハエル・アレン

     ロジーナ:カロリーナ・グモス

     バルトロ:マンフレッド・ザブロウスキ

     フィガロ:クラウス・クトラー

     バジリオ:ハンス・ペーター・シャイデッガー  他

   指揮:キンボー・イシイ=エトウ

   演出:ダニエル・スラター

大変楽しめた一夜。特にフィガロのクトラーがいいですね。いかにもイタリア的な明るい良く通る声と達者な演技で、今日の一押し。バルトロのザブロウスキも達者な演技で素晴らしい。バジリオのシャイデッガーは立派な声を持っていながら、それを生かしきれていないので、もう一つ演技にもそのキャラクターが生きてこなくて惜しいですね、声がいいだけに。ロジーナのグモスと伯爵のアレンは共にいいのですが、もう一つインパクトに欠けるのが惜しい。

指揮のキンボーも尻上がりに良くなって、とても良いテンポを作っていました。少しオケに傷はあったものの、全くの許容範囲。

それにしてもこのオペラをドイツ語でやるのには出演者皆がかなり意識してやらないと重く泥臭くなってしまうと思うんですが、それは杞憂に終わり、逆にドイツ語で大変軽快にやっていたところは素晴らしいとしか言いようがないです。

   hakaru matsuoka

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2007年5月20日 (日)

バレンボイム・ネトレプコ マスネ「マノン」

松岡究です。昨日は熱い一日でした。気温も24度くらいまで上がったそうで、部屋の中のほうが涼しいかったですね。

昨日はちょっと油断してて、オペラの公演に間に合うか合わないか位のぎりぎりの時間に行くと、国立歌劇場の横の広場には数千人の人だかりが。「こんな時に限って」と人を掻き分け掻き分け、7時ちょうどに2階の右サイドのほとんど舞台が見えない席に飛び込むと、舞台上に大きなスクリーンがあって、広場でやっているベルリン市長やBMWのお偉いさんの話を中継しているではありませんか。実は昨日は国立歌劇場が市民のために広場を開放してそこにも大きなスクリーンを配し、逆に歌劇場で行われるオペラを生中継すると言うお祭り。題して「全て人々のための国立歌劇場」

演目   マスネ「マノン」

配役    マノン・レスコー:アンナ・ネトレプコ

       騎士デ・グリュー:フェルナンド・ポルターリ(ローランド・ヴィラツォンの代役)

       レスコー(マノンの従兄):アルフレード・ダーツァ

       伯爵デ・グリュー:クリストフ・フィッシェサー

       ギヨー:レミー・コラッツァ  他

   指揮:ダニエル・バレンボイム

   演出:ヴィンセント・パターソン

まずマスネの音楽がこれほど魅力的で劇的なのには大変驚きました。それは勿論バレンボイムの表現が大変起伏に富み、雄弁且つ繊細だったからに他ならないのですが、マスネという作曲家をここまでやっちゃうなんて、彼の懐の深さに改めて脱帽しました。

この演目の一番の目玉はなんと言ってもネトレプコ!舞台に登場しただけで(2/3は舞台が見えない席でしたが)舞台が華やぐ稀なる才能の持ち主。そしてなんと言ってもそのチャーミングな歌声。上から下まで全く音色の変化が見られない完璧な発声とコントロールはいまや世界一の人気を裏付ける確たる証拠。

本当はもう一人目玉がいたのですが、昨日は病気で降板になりました。しかし代役のポルターリはヴィラツォンを補って余りある素晴らしい出来。ネトレプコに負けないくらいの歓声と拍手をもらっていました。彼の発声も無理なく、フォルテからピアニッシモまで完璧にコントロール出来る技術をちゃんと持っています。

パターソンの演出も大変美しい舞台を作っていました。ただスポットライト隊が出てくるのはちょっと閉口しましたが。つまり何の脈力があるのかそういう意味があるのかが全く不明です。

今年4月29日にプレミエを出して以来昨日が最後の「マノン」の公演でした。

   hakaru matsuoka

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2007年5月18日 (金)

ベルリンドイツオペラ ロッシーニ「セミラーミデ」

松岡究です。今朝起きてインターネットで気温を見ると何と8度。昼間も13・4度くらいで推移していたようです。思わずまたダウンコートを出してしまいました。それから今日は祝日で、すっかり忘れていた私は、ほとんどの店が閉まっているので食べ物を探し回っておりました。

演目  ロッシーニ「セミラーミデ」

配役  セミラーミデ:イアノ・タマール

     アルサーチェ:マリナ・プルデンスカヤ

     アスール:イルダール・アプドラザコフ

     イドレーノ:ブルース・フォウラー

     アゼーマ:ジャクリン・ワグナー

     オローエ:ラインハルト・ハーゲン

     ミトラーネ:ヨセップ・カン  他

 指揮:アルベルト・ゼッダ

 演出:キルステン・ハームス

ゼッダがピットに姿を現すや否や、早くもブラボーの声。序曲が始まりそれが終わるとまたもや「ブラボー!」の声。う~ん、そんなに今の演奏良かった?と聞いてみたくなりました。確かに、世界的なロッシーニの権威でいらっしゃいますが・・・・毎年ベルリンドイツオペラでゼッダは1演目を振っていますが、オーケストラの出が合わないことがしばしばで、音色もくすんだ音色になってるんですが、どうして皆そんなに最初から騒ぐのかちょっと???なんです。(ファンと言うものはそういうものかもしれませんが)

今日も1幕1場までは低調な感じでした。しかし2場の空中庭園の場面あたりから、歌手達も温まってきたのか、ゼッダが乗せたのか、音楽が俄然輝きだし主な役どころの歌手達のコロラトゥーラの競演が見事に決まり始めました。それは最後まで続きこのロッシーニにしては珍しい悲劇的メロドラマの4時間10分に及ぶ長い時間を飽きさせずに楽しませてくれました。(時差でちょっと眠くなりましたけど)

歌手達は大変素晴らしく、中でも女性3人は甲乙つけがたくいずれも素晴らしい出来。私の好みで言えばプルデンスカヤのアルサーチェは決して日本人にはない深い奥行きのある声でコロラトゥーラを見事に決め、爽快でした。男声ではアッスールのアプドラザコフが度肝を抜くような凄い声で細かいパッセージを歌いきって、これも圧巻。

ゼッダは本当にロッシーニを愛してるんだなとわかるような溌剌とした指揮で、1幕2場以降を的確にリードしていました。

演出は時代設定は現代ですが、物語の大筋はオリジナルをほとんど踏襲しており、違和感なく見れました。

   hakaru matsuoka

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2007年4月25日 (水)

ベルリンコーミッシェオパー オッフェンバック「ホフマン物語」

松岡究です。今日は久しぶりにコーミッシェオパーの本番を聴きました。

演目   オッフェンバック:ホフマン物語

配役  ホフマン:ティモシー・リチャード

     オリンピア:コルネリア・ゲッツ

     アントニア:シネアド・ムルヘルン

     ジュリエッタ:カロリナ・グモス

     二クラス:ステラ・ドゥフェクシス 他

  指揮:キンボー・イシイ=エトー

  演出:ウィリー・デッカー

今年の2月にプレミエを出した新演出での舞台。

キンボーさんの指揮は大変流れが良くて、音楽が滞らないのがまず良かったですね。鳴らすところは鳴らして、舞台を盛り上げていました。歌手ではアントニアのムルヘルンが良かったです。この人は私がこのオパーに来た時から聴いていて、以前より声に硬さがなくなってきた感じがあります。もう少しビブラートの幅がなくなると素晴らしいんだけど。オリンピアのゲッツは声は良く出るんですが、この役にはちょっと質的に違和感があります。なんと言うか太いんですね、声の質が。だからいたぶられるかわいげなオリンピアでは決してなくて、ちょっと年取った感じに見えてしまいました。女声陣ではこの2人かな、取り上げたいのは。あとの人たちはちょっと印象が薄いです。

演出もそんなに奇を衒った感じはなくすんなりと入って行けて、いいんじゃないでしょうか。もっと良かったのは、3幕まで通しでやったことで舞台の緊張度が普段見る舞台よりは格段に良かったことが上げられるのではないでしょうか。ざっと2時間休憩無しで、最後の4幕が45分くらいと言うのも、舞台進行としてはかなり考えられていたと思いました。

    hakaru matsuoka

    

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2007年4月16日 (月)

ベルリンドイツオペラ ワグナー「トリスタンとイゾルデ」

松岡究です。今日も暑い一日でした。もうほとんど気温はこちらでは夏の気温に近いです。

演目   ワグナー:「トリスタンとイゾルデ」

配役   トリスタン:クリスティァン・フランツ

      イゾルデ:ガブリエレ・シュナウト

      マルケ王:ハンス・ペーター・ケーニッヒ

      クルヴェナル:マティアス・ゲルネ

      ブランゲーネ:ぺトラ・ラング   その他

  指揮:ペーター・シュナイダー

  演出:ゲッツ・フリードリッヒ

今日は日曜でしたから、17時に始まってちょうど22時に終演でした。まず指揮のシュナイダーはきびきびしたテンポ感と手馴れた(多分100回位は振っているんじゃないかな)棒さばきで、オーケストラから実に美しい音を引き出していました。前奏曲の途中まではオケもまだ乗ってないというかちょっと温まってない感じがしましたが、前奏曲の後半になると全体がよくブレンドされたいい音になってきました。ただ全体の味付けはあっさりぎみで官能的な音楽は聞えてきませんでした。

歌手の中ではトリスタンのフランツとマルケ王のケーニッヒは誰が聞いても素晴らしい歌唱だったんじゃないでしょうか。フランツは豊かな声量と決して張り上げないでも充分に通る声をコントロールする技術を持っているように見受けました。そしてケーニッヒは持ち前の堂々とした声で存在感を示していました。問題はシュナウトで声量は豊かですし超えも悪くないのですが、歌い方に少し癖があって、下からちょっとずり上げるのは聴き苦しい感じがしました。(数名カーテンコールでブーイングしてました)しかし存在感は立派なもので最後の「愛の死」は感動しました。

フリードリッヒの演出も奇を衒わず大変素直にその世界に入り込め、昨年シュターツオパーで見た演出より個人的には好きです。

しかしワグナーとなると本当にドイツ人は好きなんですね。最後のカーテンコールの騒ぎ方は普通のオペラの時とはちょっと違う感じがします。

   hakaru matsuoka

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2007年3月30日 (金)

ベルリンドイツオペラ ウェーバー「魔弾の射手」

松岡究です。この記事は3月27日に行われたオペラの記事です。ブログの調子がよくなくて繋がらなかったので、今日になってしまいました。

今日も大変良い天気でぽかぽかして気持ち良い一日でした。こちらには日本のような問題のある杉はありませんが、他の花粉が飛んでいます。それでちょっと目が痒かったりします。でも日本から今の時期にこちらに来た人は、花粉症からほとんど開放されるようです。

演目  ウェーバー:魔弾の射手

配役  オットカール:サイモン・ポーリー

    アガーテ:ミハエラ・カウネ(病気のマヌエラ・ウールの代役)

    エンヒェン:セシール・デ・ベーヴァー

    カスパール:ラインハルト・ハーゲン

    マックス:ウィル・ハルトマン 他

  指揮:レナート・パルンボ

  演出:ギュンター・クレーマー

3月24日にプレミエ。今日が2回目の本番でした。まず指揮のパルンボが良かったと思います。このオペラはやり方によっては大変田舎臭い、聞いていると音楽的な美点ではなく欠点ばかりが耳につきやすい音楽だと思うのですが、パルンボはやや速めのテンポで、生き生きと現代的に音楽を作り上げ、全く田舎臭さを感じさせずスマートにそして時には劇的に音楽を運んでいたのがとてもよかったと思います。

演出は、またしてもギュンター・クレーマー。彼は世界中で引っ張りだこですね。今回も期待に違わず良い舞台を作っていました。舞台に緊張感と神秘性があって見る人をあきさせず良かったと思いました。特に2幕のザミエルの場面では、ザミエルの演技が不気味で恐ろしくひきつけられましたし、3幕の舞台の青銅色のライティングは良かったと思いました。歌手ではマックスを歌ったハルトマンが張りのあるいい声でしたし、アガーテのミハエラ・カウネはピアノの表現が素晴らしくコントロールされ、大きな拍手を受けていました。彼女は2番手のアガーテで、今日は代役で出演していました。(本来はマヌエラ・ウールでした。)

今日はドイツオペラにしては珍しくほとんど満員で、多分初日の成功が2日目も人を読んだのではないかと思います。この舞台は良い舞台になると思います。

      hakaru matsuoka

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2007年3月29日 (木)

ベルリンドイツオペラ バッハ「マタイ受難曲」

松岡究です。今日はもうすぐイースターと言うこともあって、バッハの「マタイ受難曲」をオペラで見てきました。この時期になると、スーパーや八百屋にはホワイトアスパラが出回り始めます。私ももう2度ほど食べました。そしてイースターに合わせて各合唱団が「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」をこぞって取り上げ、マタイ・ヨハネのポスターだらけになります。

演目  J・S・バッハ「マタイ受難曲」

配役 エヴァンゲリスト:クレメンス・ビーバー

    イェス:マルクス・ブリュック

    ユダ:アンテ・ジェルクニカ

    ペトロ:サイモン・ポーリー

    ソプラノ:ジャクリーン・ワグナー フィオンヌアラ・マッカーシー ティナ・シェラー  

    アルト:サラ・ファン・デァ・ケンプ アンディオン・フェルナンデズ  他

  指揮:ザミュエル・ベヒリ

演出:ギュンター・エッカー ゲッツ・フリードリッヒ ディートリンデ・カルソウによる共同演出

オラトリオをオペラとしてやることには私は大賛成です。それだけの劇的内容を持っていますし、視覚的な要素も入って理解しやすくなるからです。ただ音楽的な犠牲はかなり覚悟の上でのことです。

今回も合唱が4階建ての団地式の装置に2つに分かれて歌っているため、何度もアンサンブルが乱れ、何とか持ち直すのですが如何ともしがたいものがありました。版をメンデルスゾーンの編曲版を使っているため、オーケストラもどちらかと言うとロマンティックにヴィブラートはかなりかけての演奏でしたし、歌い方も必然的にオペラティックになってアルトの2人などはオラトリオの歌い方ではありませんでした。しかしソプラノの2人(ワグナーとマッカーシー)は清楚にピアノを大事にした陰影のある歌を披露してよかったです。演奏会ではソプラノもアルトも一人で歌われることが多いですが、こうやって一つのアリアや重唱を違う人間が歌うとリアリティーが出て来るのは驚きでした。エヴァンゲリストのビーバー、イェスのブリュックどちらもすばらしかったです。

演出は、舞台から客席の左手奥まで長い廊下を臨時に作り、そこからイェスと弟子達が登場。舞台には合唱は上記の通り団地式に配置され、全ての受難が見えるように工夫されています。またこの春の風物詩であるホワイトアスパラ(イースターに合わせて街中に出回るこのSpargelを復活と掛けているのだと思います)の巨大なものが11本舞台に並び、それを動かして状況設定を作り上げていきます。中には勿論十字架状のホワイトアスパラもあります。イェスが死ぬまでを克明に描きながら、最後の合唱で復活したイェスが登場。何ともいえない感動を覚えました。最後、拍手が起こっても皆舞台で抱き合って祝福し合い、すぐに指揮者が舞台に登場してやっとカーテンコールとなりました。演じている人たち歌っている人たち皆が、このイースターを祝っているのだと感じ入りました。

   hakaru matsuoka

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2007年3月20日 (火)

ドレスデン国立歌劇場R・シュトラウス「ダナエの愛」

松岡究です。3月16~18日までドレスデンに行ってきました。大変美しい街で、街自体が大きくゆったりと作られているのが大変印象に残っています。そしてなんとなく昔住んでいたブダペストを髣髴とさせる間もありました。それはエルベ川をはさんでNeu-StadtとAlt-Stadtに分かれていて、川岸から眺める風景がブダペストを思い起こさせてくれたのです。

演目  R・シュトラウス 「ダナエの愛」

配役  ユピテル:ヲルフガング・ネヴェラ

     メルクール:マルティン・ホムリッヒ

     ポルックス:ダグラス・ナスラヴィ

     ダナエ:スーザン・アンソニー  他

   指揮:ヨハンネス・フリッツシュ

   演出:ギュンター・クレーマー

日本では決して見れないであろうと思ってドレスデンまで見に来ました。そういったシュトラウスの作品はまだあります。例えば「影の無い女」などはその典型ではないかと思います。

今日の出来は素晴らしかったです。まず私の気に入ったのは指揮のフリッツシュが大変堅実にそして雄弁にシュトラウスの音楽を奏でていたことです。勿論オケがいいということも大いに関係がありますが、紛れもなくシュトラウスの音楽でした。ほとんど名前を聞かない人ですが、こういった力のある人がこちらには沢山いると言う典型かもしれません。また演出もダナエを歌い手と女優の2人配して、女優には現実としてのダナエをかわいらしく演じさせ、歌い手にはその内面や心の機微を歌わせて、言ってみればダナエの影として演じさせ、その演出はかなり成功していたと思います。

歌手ではダナエを歌ったアントニーがやはり良かったとおもいます。わたしの好みからいえば、もう少し陰影がつく歌がほしかったのですが、立派でした。そしてユピテルのネヴェルラが立派な声で堂々としていてよかったです。これも欲を言えばもう少し音程がよければいいかなと言う感じでした。R・シュトラウスの音楽の場合、声だけではなくあの独特の転調していくメロディーラインを描いていくのに、正確な音程と和声感が無いと表現出来得るものではありません。その点二人とも和声感においてもう一歩だったのではないでしょうか。

本当はもっと滞在して聴きたかったのですが、しょうがないですね。

10R・Strauss/10Tageと言うR・シュトラウス週間の一部でした。勿論会場でR・シュトラウス協会の事務局長で一橋大教授の田辺秀樹先生にお会いいたしました。先生にこの週間のことをお聞きしていくことにした次第でした。

     hakaru matsuoka

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2007年3月19日 (月)

ベルリンドイツオペラ ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」

松岡究です。実は昨日まで3日間だけドレスデンに行っておりました。ホテル(三ツ星のコンフォート)だったので、インターネットにつなげる環境になかったので、折にふれ報告いたします。今日はそのドレスデンから帰って来てすぐ行ったものです。

演目  ヴェルディ:シモン・ボッカネグラ

配役  シモン・ボッカネグラ:ロベルト・フロンターリ

     ヤコポ・フィエスコ:ロベルト・スカンディウッツィ

     パオロ・アルビアーニ:ラルフ・ルーカス

     アメーリア(マリア):タマール・イヴェリ 他

  指揮:アッティリオ・トマセッロ

  演出:ロレンツォ・フィオローニ

客の入りは4割くらいだったと思います。リングの時とは打って変わって、全くの不入り。しかし上演の質はハイクオリティー。主役と言える4人はもとより早くの男性陣も素晴らしい歌唱と声。この作品は物語が少し難しいのと音楽が地味(私は滋味と書きたいです)なので、なんとなく不人気な作品。しかし私に言わせればトラヴィアータやリゴレットに比べると実に充実した筆捌きだと思います。

まず第一に指揮のフィオローニが素晴らしい。実に落ち着いた柔軟な棒さばきで全体をコントロールしているのが手に撮るように良くわかります。歌い手も彼を信頼しているのがわかりますし、見ていて安心感があります。オケもいい音を出していましたが、ところどころ管楽器に音程のブレがあり、今のドイツオペラの現状を垣間見るような感じでした。

歌手では2人のロベルトが素晴らしい。2人ともイタリアオペラの醍醐味を満喫させてくれました。またマリア(アメリア)のイヴェリも素晴らしいソプラノ。フォルテからピアノまであのリリックな声で良くコントロールされていました。

演出はどうかな?現代に置き換えてのことは毎度ながら、アメリアではなくマリアとして登場させたのは良くわからないです。マリアはオペラが始まるときには普通は死んでしまって、アメーリアはシモンの孫娘のはず。それがどういうわけか今回はマリアとしての登場。今シーズン今日が最後の上演なので、もう一度見て確認するわけには行きませんが、ただでさえわからない筋書きなのに余計わからなくなってしまいました。

今日は旅の疲れもありやめにしようと思っていたのですが、思い切って行ってみて良かったです。指揮者と歌手とのアンサンブルがいいと舞台は本当に締まりますね。

   hakaru matsuoka   

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2007年2月26日 (月)

ベルリンドイツオペラ ワグナー「神々の黄昏」

松岡究です。今日は暖かい一日でした。最高が10度あったそうです。ベルリンドイツオペラの「指輪」のサイクルも今日が最終日でした。夕方4時に始まり、終演は9時40分でした。

演目   ワグナー「神々の黄昏」

配役 ジークフリート:アルフォンス・エーベルツ

    グンター:レヌス・カリソン

    アルベリッヒ:リヒャルト・パウル・フィンク

    ハーゲン:エリック・ハーフヴァーソン

    ブリュンヒルデ:エヴェリン・ヘルリツィウス

    グートルーネ:ミカエラ・カウネ

    ヴァルトラウテ:マリナ・プルデンスカヤ   他

  指揮:ドナルド・ランニクルス

  演出:ゲッツ・フリードリッヒ

今日も素晴らしい公演でした。4日間を通して「ジークフリート」と今日の「黄昏」が極め付けだったのではないかと思います。まずきょうもランニクルスとオケが素晴らしいのです。最初の出だしから意味のある音であるのが良くわかります。ラインの黄金の時の集中力のない音楽、ワルキューレの時のちょっと雑然とした感じは全くなく、指揮とオケが一体となって正味4時間半を充実した演奏で聞かせてくれました。最後のカーテンコールではオケも舞台に全員が上がり、ブラボーの嵐!ランニクルスがこのドイツオペラの音楽監督?と錯覚するくらいの一体感と観客からの反応でした。

歌手陣はやはりブリュンヒルデを歌ったヘルリツィウスとジークフリートのエーベルツが最高。そしてアルベリッヒのフィンクも素晴らしい。皆素晴らしいかったけど、この3人は特記するべき出来でしょう。

演出も素晴らしい。最後の最後までトンネルを出さずに最後に黄昏ていくというかピアニッシモで終わるところで、光と奥行きをうまく使った効果はジーンと来ました。しかし誰一人としてその瞬間拍手をしないのはさすが!音が終わり、黄昏が消えて10秒近く静まり返ったあの静寂!やはり聴衆も一流でした。     

それにしてもワグナーはドイツ人にとっては切っても切れない「魂のふるさと」のようなものなのでしょう。それを立派にやりつくした歌手や指揮者・オケにはそれこそ全身全霊の拍手とブラボーを贈るのですね。大成功とはこういうことを言うのでしょう。本当にすごい観客の反応でした。

   hakaru matsuoka

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2007年2月24日 (土)

ベルリンドイツオペラ ワグナー「ジークフリート」

松岡究です。今日は寒い一日でした。気温はマイナス1度。さすがに氷点下になると外にでるのが億劫になりますね。

ワグナーはドイツ人にとっては、大変人気のある作曲家です。この前ご一緒した通訳のミッテルホイザー三は「さまよえるオランダ人」や「ローエングリン」の合唱を聞くだけで、涙が出てくると仰っていました。また5年続けてバイロイト音楽祭のチケットを申し込んでいるそうですが、未だに手に出来ないそうです。ミッテルホイザーさんによると、7年待たないと一般の客にはチケットが回ってこないとか!ワグナーはドイツ人のDNAの一部なんですね。

演目  ワグナー: ニーベルンゲンの指輪 第2夜「ジークフリート」

配役   ジークフリート:アルフォンス・エーベルツ

      ミーメ:ブルクハルト・ウルリッヒ

      さすらいの旅人:テリェ・ステンスヴォルト

      アルベリッヒ:リヒャルト・パウル・フィンク

      ファフナー:フィリップ・エンス

      エルダ:マリナ・プルデンスカヤ

      ブリュンヒルデ:エヴェリン・ヘルツィウス

      森の小鳥:ディッテ・アンデルセン

  指揮:ドナルド・ランニクルス

  演出:ゲッツ・フリードリッヒ

今日は前2作に比べても、格段に素晴らしい出来でした。まずランニクルスとオーケストラが素晴らしい。冒頭部分から絶妙のピアニッシモで始まり、正味4時間一切弛緩することなく、程よい粘り腰の音楽を演奏し続けていました。正直言って「ジークフリート」がこんなに面白い素晴らしい音楽だったなんて、恥ずかしながら初めて知りました。今までは日本の歌手やオケによるものしか知らなかったのですが、こうやって聞いてみると、ワグナーが自分の息子にジークフリートと名付けたように一番気に入っていたこの作品の素晴らしさをやっと目の当たりにした気持ちです。

そう思わせてくれたのは、ます指揮のランニクルスとオケです。そして歌手陣の充実振りは前2夜と変わりなく、ヴォータン扮するさすらいの旅人のステンスヴォルト、エルダのプルデンスカヤ、そして何と言ってもジークフリートのエーベルツは本当に素晴らしい出来でした。

毎夜思ったことですが、こういった作品はどう転んでも日本人の歌手には無理でしょう。日本人には日本人にあった発声のオペラをやるべきでしょう。今回もヴォータンのステンスヴォルトは名前からするとスウェーデンかどこかでしょう。それにロシア人やイタリア人、指揮のランニクルスはアメリカ人。こういった人たちがワグナーをやっているわけです。ワグナーはドイツ人のDNAになっているとはいえ、「やれるべき人がやる」のは言うまでもありません。

   hakaru matsuoka

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2007年2月21日 (水)

ベルリンドイツオペラ ワグナー「ラインの黄金」

松岡究です。1週間ぶりでの投稿です。

昨日は、ワグナー「ニーベルンゲンの指輪」の序夜「ラインの黄金」を聴きました。先日も申しましたとおり、チケットを手に入れるのが遅かったので、順番が入れ替わってしまいました。

配役 ヴォータン:テリェ・ステンスヴォルト

    ドナー:マルクス・ビーム

    フロー:フェリペ・ロヤス・ヴェローゾ

    ローゲ:クレメンス・ビーバー

    アルベリッヒ:リヒャルト・パウル・フィンク

    ミーメ:ブルクハルト・ウルリッヒ

    ファゾルト:ラインハルト・ハーゲン

    ファフナー:フィリップ・エンス

    フリッカ:マリナ・プルデンスカヤ

    フライア:マヌエラ・ウール

    エルダ:チェリ・ウィリアムス

    ヴォークリンデ:フィオヌアーラ・マッカーシー

    ヴェルグンデ:ダニエラ・シンドラム

    フロッシルデ:ニコレ・ピッコロミーニ

  指揮:ドナルド・ランニクルス

  演出:ゲッツ・フリードリッヒ

今回も10日前のワルキューレに劣らず素晴らしい公演でした。ただ惜しいのは、ラインの原始kら創生にかけてのあの素晴らしいオーケストラの音楽が、何とも凡庸な気の抜けた感じに聞こえてきて、ちょっとがっかりでした。それはそのままラインの乙女の所まで尾を引いていて、ただ音と声が響いてくる幹事に聞えていました。しかしヴォータンが出て来るや、オーケストラの音も輝きを増し、実に艶やかに大きくうねり始めました。やはり「舞台からの表現がオーケストラを巻き込む」 というオペラ独特の乗りはいいものです。

その後は実に素晴らしい舞台で、ヴォータン、ドナー、ローゲ、ミーメ、アルベリッヒ、フリッカ、フライア、エルダ、どの役も素晴らしい声と表現で楽しませてくれました。

フリードリッヒの演出は、ラインの深い川床の下にあるような長いトンネルを初めにみせ、それから音楽がなり始めるというもの。妙に合点がいき期待したのに、音楽がちょっと?!ランニクルスはいい指揮者だけど、こういう雰囲気を醸し出すところでは、ちょっと役不足かもしれません。ヴォータン登場以後は、素晴らしきカペルマイスターでした。

職人として素晴らしいことと芸術家として素晴らしいことの両立は本当に難しいのだと改めて思いました。

    hakaru matsuoka

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2007年2月13日 (火)

ベルリンコーミッシェオパー モーツァルト「魔笛」

松岡究です。今日は大分暖かい一日でした。朝起きると昨日の雪は全部溶けていました。

今日のオペラは1月についで2度目になります。今回はドイツで経営コンサルティングでご活躍の松田龍太郎さん、通訳のヴォルフラム・ミッテルホイザーさんと3人での観劇でした。お二人が泊まっていらっしゃるホテルまで出向き、タクシーで劇場まで。軽くホワイエでお腹を満たした後観劇。休憩中やタクシーの中で色々お話できて、大変勉強になりました。ここにはなかなか書けませんが、やはり一線でバリバリに活躍なさっておられる方のマインドと行動力は普通の方とは一線を画すものです。ミッテルホイザーさんも大変流暢な日本語を操る方で、頂いたメールなどは日本人より完璧です。お二人に感謝!有難うございました。

さて2度目になる魔笛。一度目は面白いのとモーツァルトでこんなのあり!?との思いが交錯して、何ともいえない感じでしたが、今日やっといろんなことが見えてきました。

一言で言うと「大人の魔笛」なのです。

タミーノは大蛇に倒れるのではなく、マリリン・モンロー風の3人のダーメの毒にやられます。3人の童子は最初はひげを生やした老人に、2度目の登場ではインテリ風名探偵コナン、3度目は・・・しかしそれは全部操り人形なのです。夜の女王は1幕のアリアを歌っている最中に左手をもぎ取り、かつらを脱ぎ捨て、最後には倒れてしまいます。そして担架で運ばれる時に、左足がもげてしまいます。そうサイボーグ人間、それもポンコツの。「水」の試練、「火」の試練はそれぞれ海蛇に耐えられるか、鉄砲を向けられたことに耐えられるか。そしてもう一つ演出家が言いたかったことは「セックス」の試練。タミーノは普通であれば魔笛を吹くところが何度かありますが、それが笛ではなく男根を抱きしめながらそれに酔っているのです。パパゲーノも魔法の鈴を鳴らすと自分の物が疼いてしょうがないのです。それもこれも全部が3人の新しい登場人物(演出家が新しく書き下ろしたリブレットに沿って)の仕掛ける試練なわけですね。

最後には、勿論夜の女王もダーメもモノスタトスもいなくなってしまいますが、ザラストロも急性心不全で死んでしまいます。そして合唱はワインとパンを持って最後の合唱を歌います。つまりオシリスもイリスもそしてフリーメイソンも関係ない。我々は最終的にはキリストに帰依しているのだということなのでしょうか?

こういった新しい演出(リブレットの書き換え・追加)はこれからのオペラの生き残りの一つの方向かもしれません。確かに客は沸き、笑いは絶えず起こり観客は本当に楽しんでいるようでした。しかし、感動したとは言いにくい。こういった演出だと音楽がやはり後退してしまいます。歌い手は皆素晴らしいのですが、例えばパミーナのアリアが絶望のどん底で歌われるのが通常ですが、舞台がそういうシトゥエイションになってないので、この慟哭が聞えてこないのです。感動と楽しさが相容れないようなところにオペラの将来に一段と危惧を覚えるのは私だけでしょうか?

演出:ハンス・ノイエンフェルス

     hakaru matsuoka

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2007年2月11日 (日)

ベルリンドイツオペラ ワグナー「ワルキューレ」

松岡究です。今日は寒かったです。最低気温がマイナス5度。日中もほとんど気温は上がらず、マイナスの世界!

演目  ワグナー:ワルキューレ

配役  ジークムント:ロベルト・ディーン・スミス

     フンディング:ラインハルト・ハーゲン

     ヴォータン:テリェ・ステンスヴォルト

     ジークリンデ:エヴァ・ヨハンソン

     フリッカ:マリナ・プルデンスカヤ

     ブリュンヒルデ:エヴェリン・ヘルリツィウス

   その他ワルキューレ8名

  指揮:ドナルド・ランニクルス

  演出:ゲッツ・フリードリッヒ

今回ドイツオペラはワグナーの「リング」を2サイクル取り上げています。久しぶりの「リング」と言うこともあって、早い時期から売り切れていたようで、私が築いたときにはほとんどチケットはありませんでした。それで私は第2サイクルの「ラインの黄金」「ジークフリート」「神々のたそがれ」は何とかチケットを手に入れることが出来たのですが、「ワルキューレ」だけは、ソールドアウト状態。たまたま他のチケットを手に入れて1週間後にWEBを除いて見ると、キャンセルで数枚チケットが出ているではありませんか。そこで手にしたのが今回のチケットと言うわけで、変則的になってしまいました。

一言で言うなら大変素晴らしい公演でした。特にヴォータン、ブリュンヒルデとジークリンデが素晴らしく、観客も大いに沸いていました。指揮のランニクルスは昨年、ベルリンフィルに客演した折、ツェムリンスキーの「抒情交響曲」を指揮しましたが、オケの特にティンパニとの折り合いが悪く、まさに殺人的音を出させていました。それが多分観客には不評だったと思います。客からそっぽを向かれて、あっという間に拍手は終わってしまいました。

今回ドイツオペラでの「リング」はまさに職人的手堅さと理解度の深さで持って、弛緩することなく5時間(18時に始まり2回の休憩を入れて23時に終わりました)を聞かせてくれました。特にたっぷりした音楽の情感は歌い手の素晴らしさと相俟って素晴らしい音の世界を作っていたと思います。

フリードリッヒの演出は伝説的と言ってもいいくらい有名なものです。特に2・3幕の奥行きのあるトンネルの装置は圧巻です。トンネルで舞台に奥行きを持たせ、時空を超えた物語の特性を如実に物語っています。

                hakaru matsuoka

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2007年2月 9日 (金)

ベルリン国立歌劇場 ワグナー「パルジファル」

松岡究です。今日は朝起きるとうっすらと雪化粧。それでもすぐ解けてなくなってしまいましたが、オペラが終わって外にでてみると、うっすらと1センチほど、雪が積もっていました。しかしこれもアパートの近くまで帰ってみると、道路の雪はもう消えていたんです。これも温暖化の影響でしょうね。

演目 ワグナー 「パルジファル」

出演 アムフォルタス:ハンノ・ミュラー・ブラッハマン

    ティトゥレル:アンドレアス・バウアー

    グルネマンツ:ルネ・パーぺ

    パルジファル:ブルクハルト・フリッツ

    クリングソル:ヨヘン・シュメッケンベヒャー

    クンドリー:ミシェル・デ・ヤング    その他

  指揮:ダニエル・バレンボイム

  演出:ベルント・アイヒンガー

昨年の4月のフェスト・ターゲでバレンボイムのパルジファルを聞きました。あの時も素晴らしい演奏でしたが、今日のパルジファルも「これがワグナーと言うものだ」とでも言わんばかりの堂々たる演奏。バレンボイムという人にとってこの作品は、バレンボイムのためにあるような感じまでしました。巨大な構えのバレンボイムにワグナーの音楽が実に良く合うんです。雄弁で濃厚で弛緩せず最後まで、聴く人の耳を捕らえっぱなし。ブラボー!

歌手陣も4月よりも素晴らしかったです。まずはパーぺ!その声と風貌は圧倒的な存在感を放っていました。そしてアムフォルタスを歌ったブラッハマン。明るい声量のある声ではありますが、その内面描写は特筆もの。大変音楽的でした。その他、フリッツやデ・ヤングも素晴らしかったです。

6時に始まって、11時45分が終演時間でした。着いて早々のワグナーはきついかなと思っていましたが、上出来の公演に疲れも忘れて聞き入りました。

    hakaru matsuoka

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2007年1月10日 (水)

ベルリンコーミッシェオパー モーツァルト「魔笛」

松岡究です。ベルリンの気候は本当に変です。一昨日あたりから一段と暖かく、今日は12度もありました。明日から3日間も11・12度くらいの予報が出ています。

演目  モーツァルト 「魔笛」

配役  ザラストロ:ジェームス・クロスウェル

     タミーノ:ペーター・ロダール

     パミーナ:ブリギッテ・ゲラー

     夜の女王:エレオノーレ・マルグエーレ

     パパゲーノ:イェンス・ラルセン

     パパゲーナ:クライレ・ヴィルド  他

  指揮:マルクス・ポシュナー

  演出:ハンス・ノイエンフェルト

昨年の11月25日にプレミエを出したばかりの舞台。今日は11回目ということです。コーミッシェオパー特有の「ムジーク・テアター」の概念で作られた典型的舞台でしょう。話の進行に演出家の愛人であるエリザベス・トリッセナールともう2人の男性を起用し、演出家が新たに、ディアローグを作成し上演する形を取っています。先日お会いした一橋大の田辺先生は、「最悪の舞台だ」と仰っておられました。このような舞台は見る人によって極端にどちらかに分かれると思います。いくつか例を挙げてみます。

まず通常、タミーノが怪物から助けてくれといって、舞台で気絶するシーンから始まります。しかし今回は怪物は全く現れず、一人で勝手に気絶してしまいます。そこにマリリン・モンローに扮した3人の女性が鏡をそれぞれ持って現れ、タミーノが気絶したのは、私達の美しさのあまり気絶したのだといわんばかりの3重唱になるのです。

夜の女王が最初のアリアで、足を引きずりながら登場し、歌の途中で鬘を取ると全くのはげ頭。夜の女王も寄る年波には勝てずよぼよぼ。同じようにザラストロもそうで、2幕の最後は栄光の終わりではなく、老衰のため死んでしまうのです。

といった按配で、歌わない3人を軸に、3人が色々仕掛け人となって物語が進行していくのです。

これを面白く見るか、最悪と見るかは観客次第でしょう。今日の客にはかなり受けていたと思います。ただ途中で何名かの方がそっと席をたたれて帰っていかれました。

音楽は1月1日に見たシュターツオパーのときよりも溌剌として、歌手陣も押しなべて高水準に保たれていますので、聞いていて不足は全くありません。

   hakaru matsuoka

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2007年1月 7日 (日)

ベルリンドイツオペラ プッチーニ「ラ・ボエーム」

松岡究です。ベルリンの天気はほとんど晴れる事がなく、毎日雨か曇りの天気です。しかし気温は高くて、東京とほぼ同じくらいが続いています。ヘンですね。

演目   プッチーニ 「ラ・ボエーム」

配役   ミミ:アーニャ・ハルテロス  (アレクシア・ヴォルガリドウの代役)

      ロドルフォ:フェリーぺ・ロヤス・ヴェローゾ

      ムゼッタ:フィオヌアラ・マッカーシー

      マルチェロ:マルクス・ブリュック

      ショナール:ジュローム・アントワーヌ

      コルリーネ:ヒュンーウ・リー  他

  指揮:アンドリス・ネルソン

  演出:ゲッツ・フリードリッヒ

ひょっとして私は記念すべき日に立ち会ったのかもしれません。すなわちミミを歌ったハルテロスが大変素晴らしい。ドイツオペラへは今日がデビューです。聴衆は全員がスタンディング・オベイション。ベルリンでこのような光景を見るのは極めて珍しいです。それくらい素晴らしい歌手。最後の4幕などは泣けて仕方なかったし、1幕の一声からして、並みの歌手とは違うものを感じさせてくれました。皆さん覚えてください!Anja Harteros(アーニャ・ハルテロス)というソプラノです。

ロドルフォのヴェローゾも綺麗な良い声を持った人。ただ先が細いので、このような大劇場には少しきついです。折角の声と歌心を失わないためにも、もう少し軽いもの専門になってもらいたいです。

他の歌手も実に楽しそうに歌い演じており、シュターツオパーで見たものよりとても楽しい舞台でした。

フリードリッヒの演出も奇を衒ったところが無く好感が持てましたし、2幕の舞台装置に観客から思わず拍手が出ていました。この舞台は1988年12月25日のまさにクリスマスのひがプレミエだったそうで、今日が64回目の舞台。

指揮のネルソンはまだ26歳の新鋭。1幕は全くの空回り状態でしたが、幕を追うごとによくなっていきました。オーケストラから品のある綺麗な音を引き出していました。

今日も満足して家路に着きました。

   hakaru matsuoka

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2007年1月 4日 (木)

ベルリンドイツオペラ ヴェルディ「ルイザ ミラー」

松岡究です。今日は朝晴れてたのにすぐ曇って、オペラの帰りには、しとしとと雨が降っていました。本当に変わりやすい天気で、多分日本で言うと、日本海側の冬の天気に似ているのではないかと思います。

演目   ヴェルディ 「ルイザ ミラー」

配役   ロドルフォ:ネイル・シコフ

      ミラー:ブルーノ・カプローニ

      ルイザ:アレクサンドリーナ・ペンダチャンスカ

      ワルター伯爵:ラインハルト・ハーゲン

      ウルム:アルチュン・コチニアン 他

  指揮:フレデリック・シャスリン

  演出:ゲッツ・フリードリッヒ

今日の主役はなんと言っても、ネイル・シコフ。2幕でたった1箇所、喉に入って声がひっくり返った他は、圧倒的な存在感。その1箇所のアクシデントで、本調子じゃないのかと一瞬ひやりとさせられましたが、すぐに立ち直ってそれ以後がそれまでよりも素晴らしい歌唱と表現力。なるほどと思いました。

ルイザを歌ったペンダチャンスカは、フォルテで力むと声にヴィブラートがかかりすぎ、音色が汚くなるのが難点。私の聴いた感じだと、このような思い役には向いていないんではないかと思われます。悪くはないのですが、ミスキャストではないでしょうか。

父親のミラーを歌ったカプローニも素晴らしい声の持ち主で、聴衆の喝采を浴びていました。コチニアンもハーゲンも役をわきまえた立派な出来。ただ歌が一本調子になるのが惜しいところでしょうか。

指揮のシャスリンも確かな棒で、ドラマコントロールも的確でした。

この演出もゲッツ・フリードリッヒのもの。2000年の11月11日がプレミエというと、多分生前最後の演出ではないでしょうか?

この作品は、18年前にニューヨークに行った時、METでパバロッティのロドルフォで見ました。指揮はサンティだったはずです。しかしその時のものより今回の方が、面白く見れたような気がします。

    hakaru matsuoka

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2007年1月 2日 (火)

ベルリン国立歌劇場 モーツァルト「魔笛」

松岡究です。今年初めのベルリンで見たものは、シュターツオパーの「魔笛」でした。休憩中に偶然にも、一橋大教授で音楽評論家の田辺秀樹先生にお会いしました。先生には大変お世話になっており、お話させていただいて嬉しくまた恐縮でした。ベルリンは今日まで出明日から20日間ウィーンに行かれるそうです。どうぞ良いご旅行になりますように。

演目   モーツァルト 「魔笛」

    ザラストロ:ゲオルグ・ゼッペンフェルト

    タミーノ:シュテファン・リューガマー

    弁者:ベルント・ツェディッシュ

    夜の女王:アンナ・クリスティーナ・カッポーラ

    パミーナ:アドリアーネ・クヴェイロズ

    パパゲーノ:ロマン・トレケル

    パパゲーナ:アンナ・プロアシュカ  他

   指揮:ダン・エッティンガー

   演出:アウグスト・エヴァーディング

舞台装置やコスチュームは1816年のベルリン王立劇場のフリードリッヒ・シンケルによるプランによるものであるということです。田辺先生によると魔笛といえば今日の舞台装置などの絵や写真が解説書等に使われているということです。所謂魔笛の典型的模範的な舞台。

しかし内容は音楽的には今ひとつの感がありました。それはまずパミーナとタミーノの2人が表面的な歌しか歌えず、心に迫るものが何も無かったことが大きな原因であると思います。その代わりにザラストロのゼッペンフェルトとパパゲーノのトレケルは素晴らしい歌と声、そして演技で一矢報いてくれました。夜の女王のカッポーラは1幕は精彩を欠き、がっかりさせられましたが、2幕のアリアでは見事復活!お見事でした。

エッティンガーはどの作品をやるのも大変オーソドックス。それはいいのですが、魔笛の持つドラマが今ひとつ音に出来てない感じがあり、単なるメルヘン劇になってしまっていたのは残念。魔笛の怖さはまさにここにあるといっても過言ではないのではないかと思います。

今日の観衆は私が今まで見たベルリンの観衆とは恐ろしく違っていました。多分ほとんどがオペラは初めてあるいは、それほど知らない方が90%だったのではないでしょうか。アリアが終わるとオーケストラがまだ後奏をやっているのに拍手をしたり、指揮者が入ってきても1・2幕とも拍手が全く無かったり、といった具合でした。ヨーロッパもやはり聴衆の掘り起しが大変大きな問題になっていますが、今日来た方々が、オペラ好きになってくれたらそしてリピーターになってくれたら、と願わずにはおれません。

    hakaru matsuoka

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2006年12月31日 (日)

ベルリン国立歌劇場ヴェルディ「椿姫」

松岡究です。今日は幾分寒さが和らいだものの、昼過ぎから雨。朝は日差しがあったのに、ヨーロッパの冬は暗いです。

演目   ヴェルディ:椿姫

配役   ヴィオレッタ:アンナ・サムイル

      アルフレード:サイミル・ピルグ

      ジェルモン:アンダース・ラルソン

      フローラ:カタリーナ・カンマーローハー   他

      指揮:ダン・エッティンガー

      演出:ペーター・ムスバッハ

この演出はさる6月にシェーファーがヴィオレッタを演じたので見ましたが、その時は「こんな見方が有ったのか」と衝撃を受けた覚えがあります。

今回はサムイルがヴィオレッタを演じました。素晴らしい歌手であることは疑いの余地はないのですが、この演出に関してはミスキャストであったと思います。彼女のヴィオレッタは動的で肉感のある所謂普通のヴィオレッタ。シェーファーのは静的で精神的な深さのある、透明感を持ったヴィオレッタだったのです。ヴィオレッタの死後その魂が回想するようにこの物語を運んでいくこの演出には、サムイルはその動作や立ち居振る舞いがうるさすぎました。

また前回は1階で見たのですが、今回は2階の左サイドからでした。そうすると舞台の仕組みがわかりすぎて、遠近感やミステリアスな絵が見れずじまいでした。そういう場所的なものも有ったのでしょうか、今回の椿姫はちぐはぐな感じをずっと持ったままで終わってしまいました。

アルフレードのピルグは「これぞイタリアの声」といってもいいくらいの、素晴らしい声の持ち主。音程に少々難があることを除けば、素晴らしいアルフレードでした。その反対にジェルモンはいただけません。まずかなり若くてまるでアルフレードの友達の様です。中声域は素晴らしいのですが、高音は全部力が入って、詰まってしまいます。それに指揮のエッティンガーと全く合わず、1拍すれたりすることがしばしば。2人の間に何か有ったのかと邪推したくなるくらい、ずれが目立ちました。

この演出はシェーファーあっての演出なのではないでしょうか。

     

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2006年12月29日 (金)

ベルリンドイツオペラ モーツァルト「フィガロの結婚」

松岡究です。26日にベルリンに戻り、その時は日本とさして変わらない気候でしたが、昨日からとても冷え込んで、気温は0度前後。今日はうっすらと雪化粧をしていました。

演目   モーツァルト 「フィガロの結婚」

配役  伯爵:ジュローム・アントワーヌ

     伯爵夫人:ジャクリーン・ワグナー

     スザンナ:フィオンヌッラ・マッカーシー

     フィガロ:リチャード・バーンスタイン

     ケルビーノ:ウルリケ・ヘルツェル

     マルチェリーナ:チェリ・ウィリアムス

     バジリオ:ブルクハルト・ウルリッヒ

     バルトロ:ティチアーノ・ブラッチ  他

   指揮:イヴェス・アーベル

   演出:ゲッツ・フリードリッヒ

ベルリンのレベルからすると、少し低調な出来。出演者は皆、さして美声を持っているわけでもなく、発声が良い訳でもない。地方の舞台や、日本ではよく見られるれべるだとおもいます。その中では、フィガロを歌ったバーンスタインが出色。伯爵は音程が悪く音楽的にモーツァルトを表現しえず、スザンナは初めは全く声が客席に届かず苦戦。来るビーノはテンポが速いせいか、言葉が不明瞭で音程も下がり気味。夫人は高音に難があり、豊かさを表現するには、もう一歩及ばず。・・・・

指揮のアーベルも何を言いたいのか良くわからないテンポ設定。今時の流行?の古楽器的テンポはオーケストラには理解されていない感じ。ついぞ溌剌たる音楽は聴かれずじまい。

フリードリッヒの演出は1978年12月14日にプレミエを出したもので今回が113回目の舞台だそうです。オーソドックスで見ていて安心感はあるものの、少々古臭い感じは否めません。やはり東京のホモキのフィガロ、そしてコーミッシェオパーのフィガロは、私には今迄で一番のような気がします。

    hakaru matsuoka

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2006年11月12日 (日)

ベルリンコーミッシェオパー プッチーニ「蝶々夫人」

松岡究です。昨日の夕方から一段と冷え込んだベルリンは、今日は冷たい雨の振る一日でした。

演目 プッチーニ「蝶々夫人」

   ちょうちょうさん:ジュリエッテ・リー

   スズキ:スザンネ・クロイシュ

   ピンカートン:ティモシー・リチャーズ

   シャープレス:アントン・クレミチーフ

   ゴロー:クリストフ・シュペート  その他

  指揮:エンリコ・デランボイェ

  演出:カリクスト・ビエイト

「このエロ親父」と言いたくなるような演出!ビエイトのコーミッシェオパーでの演出は後宮に次ぐ2本目ですが、またしてもセックスあるいはセックス描写そのものを前面に出すきわどい演出。はっきり言ってきわどいどころか、そのものズバリです。

舞台はキャバレーかソープランドかと言うゲテモノ。ピンカートンはそこに遊びに来たアメリカ人。スズキはそこで働くソープ嬢。初めはピンカートンとスズキが一緒に貝殻状の風呂に入ったり、ゴローはその客引きになっています。ちょうちょうさんはこの上客のアメリカ人に捧げる生贄のようなもの。処女であることを証明し、二人は愛の2重唱へ。そのシーンは紛れも無くセックス三昧の18禁。またまたやられたと言う感じ。

2幕になると部隊はなぜかやしの木の下の南国風別荘。そこに現れるシャープレスやヤマドリはまるでやくざ。しかし何とシャープレスはピンカートンを諦めて「オレの女になれ」と言いたげ。それを拒絶したちょうちょうさんとスズキは花の2重唱ならぬ、掃除婦のおばさんの2重唱。「ピンカートンが帰ってきたときに綺麗なお部屋でいたいの」、まあ理解は出来ます。

3幕になると最初の3重唱でスズキはシャープレスにいたぶられます。ピンカートンはちょうちょうさんのことが気になっている様子。しかしちょうちょうさんとスズキは仲違いをしてとうとうちょうちょうさんはスズキを殺してしまいました。その後のアリアでは子供も殺され気が狂ったちょうちょうさんは自殺してしまうのでした。

余りにも衝撃的なー敢えて言わせてもらうとー汚い舞台。プッチーニの音楽はどこかに吹っ飛んじゃいました。でもちょうちょうさんを歌ったリーとピンカートンのリチャーズは素晴らしい声と表現力の持ち主。舞台がこうでなければもっと高く評価されるんじゃないかなあ。

この演出家は結構人気があるらしく、1階はほぼ満員。全体で8割くらい入ってるのは驚異。こういう演出を見るとオペラが抱えている問題点・将来性が見えてきますね。音楽界の識者がこぞってオペラの危機を叫んでいる中、こうした演出も経験しなければならないオペラの試練かなあ。

見た後の充実感は0%。まあ、もう二度とこの演出は見ないでしょう。興味のある方はどうぞ。今度は11月18日です。

    hakaru matsuoka

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2006年11月10日 (金)

ベルリンドイツオペラ ヴェルディ「ラ・トラヴィアータ」

松岡究です。今日の昼間では意外と暖かかったのに、夕方になって急に雹が降り始めました。すると一気に気温が下がり多分4度前後でしょう、予報にそうでていたので。

演目 ヴェルディ 「椿姫」

  ヴィオレッタ:アンドレア・ロスト(今日予定されていたエヴァ・メイの代わり)

  アルフレード:ロベルト・アロニカ

  ジェルモン:ロベルト・フロンターリ   その他

  指揮:イヴス・アーベル

  演出:ゲッツ・フリードリッヒ

これでベルリンの3つの歌劇場がレパートリーにしている「トラヴィアータ」を全部見たことになります。ゲッツ・フリードリッヒ演出で、1999年11月20日にプレミエを出したものです。今日がちょうど60回目の公演だと言うことです。

フリードリッヒの演出は視覚的に大変美しく、特にライティングは鮮やかです。しかし国立歌劇場のムスバッハの深い読みやコーミッシェオパーのクプファーの哲学的な感覚は無く、どちらかと言うと極めてオーソドックス、常識的な演出です。却ってそれだからこそ聴衆は音楽に集中できると言う利点があるように思います。

代役のロストは張りのある美しい声で熱演。しかし私の考えからすると、声がスープレット系なので影や重みに欠けるきらいがあり、少々違和感あり。アルフレードのアロニカは素晴らしいテノールで、今まで聴いたアルフレードの中ではピカイチ。ジェルモンのフロンターリも素晴らしい歌手。しかしその声は私だったらヤーゴかリゴレットの使いたい声ですね。ですから父親の優しさよりも厳しさの方がたくさん聞えてきて、ちょっとやるせない気持ちになりました。

合唱はちょっと問題あり。迫力もないし平板で「真面目にやれ」と言いたくなるような内容。

指揮のアーベルは要所を押さえた余裕のある指揮。もう少しドラマがあるといいなあ。

やはりこういった演目は人気があって、開演前のチケットの窓口は長蛇の列。ドイツオペラにしてはかなり入ってました。

     hakaru matsuoka

      

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2006年11月 9日 (木)

ベルリン国立歌劇場 ロッシーニ「セビリアの理髪師」

松岡究です。そういえば今月の4・5日に鳥取オペラ協会でモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」を指揮いたしました。もしお聴きになった方がいらっしゃいましたら、是非感想やお気付きのことをお知らせください。宜しくお願いいたします。

さて今日はベルリン国立歌劇場の「セビリアの理髪師」。こちらの気温は思ったほどに低くないのですが、先週は凄く寒かったようで一安心。

演目 ロッシーニ「セビリアの理髪師」

 アルマビーバ伯爵:ヨセップ・カン

 ロジーナ:カタリーナ・カンマーローハー

 バルトロ:エンリーコ・マラベッリ

 フィガロ:アルフレード・ダーツァ

 バジリオ:クリストフ・フィッシェサー

 ベルタ:ブリギッテ・アイセンフェルト その他

 指揮:ミケーレ・ロヴェッタ

 演出:ルート・ベルクハウス

実に楽しい舞台。舞台にはカーテン式の小さな家にあつらえた出入り口4つの簡素な装置とシャンデリアが4つ。この演出は何と1968年11月21日がプレミエで、今日が299回目の公演だそうです。実に38年の長きにわたって、続いてきたこの演出は初演当時は画期的な舞台だったのではないかと思います。そのシンプルさは全く色褪せず、今見ても全く時代の古さを感じさせません。

カンマーローハーをはじめ出演者全員演技が達者で、舞台をうまく動き回り見ている観客を飽きさせません。カーテンコールではハンガリー式の手拍子が起こり、皆満足したようでした。指揮のロヴェッタは序曲ではあまり推進力が無く、凡演。しかしそれ以後は歌手とのやり取りや歌を支えていく力は大したもので、オペラ指揮者としての面目躍如。

      hakaru matsuoka

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2006年10月24日 (火)

ベルリンコーミッシェオパー モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」

松岡究です。日曜の続きです。

演目  モーツァルト:コジ・ファン・トゥッテ

   フィオルディリージ:マリア・ベングツソン

   ドラベッラ:ステッラ・ドゥフェクシス

   グリエルモ:クラウス・ケラー

   フェランド:ペーター・ロダール

   ドン・アルフォンゾ:ディートリッヒ・ヘンシェル

   デスピーナ:ゲルトルード・オッテンタール

   指揮:マルクス・ポシュナー

   演出:ペーター・コンヴィチュニー

今回のコジは昨年プレミエされたものですが(7月に一度書きました)、新しいシーズンになって、かなり演出に手が加えられ、かなり見やすくなっていたのが印象的でした。それは演技もさることながら証明に一段と工夫が凝らされていたからです。

歌手は6人が6人ともに水準が高く、歌・演技ともにかなり楽しめました。ポシュナーはとても才能のある指揮者なのですが、まだ一人相撲しているきらいがあり、見ていて疲れますし、力みもいたるところで見られ、まだまだオペラ指揮者ではないなと言う感じ。もっと自然に奏者に任せるところが合っても良いのではないかなあ。

24日に日本に2週間だけ帰国しますが、その折に鳥取オペラ協会で「コジ・ファン・トゥッテ」を指揮します。期日は11月4・5日。カウベルホール、2時開演です。

どうぞ是非聴きに(見に)いらして下さい。

     hakaru matsuoka

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2006年10月20日 (金)

ベルリンドイツオペラ フランケッティ「ジェルマニア」

松岡究です。昨日今日と比較的穏やかな一日でした。日本よりは寒いですが、そんなに寒さを感じさせない小春日和。

演目 アルベルト・フランケッティ:ジェルマニア(ゲルマニア)

   フェデリーコ・レーヴェ:カルロ・ヴェントレ

   カルロ・ウォルムス:ブルーノ・カプローニ

   リッケ:リセ・リンドストローム

  その他にアルテュール・コチニアン等

   指揮:レナート・パルンボ

   演出:カーステン・ハームス

今日はイタリア式にはジェルマニア、勿論こちらではゲルマニアと言う私には初耳のオペラ。このオペラのアリア「学生諸君よ聴きたまえ」が少しは名が知られているくらいでしょうか。ブラームスの大学祝典序曲に用いられた「学生歌」も聴かれます。

1902年の3月2日にミラノのスカラ座でトスカニーニの指揮、カルーソーのテノールで初演され一時はかなりもてはやされた作品だそうです。それが埋もれてしまったんですね。聞いた印象は言ってみればマイアベーア的作品で、歌もオーケストラも大変豪華な音楽。中には涙をそそるような美しい音楽が存在するのに、印象に残るかというとそうでもない。パルンボの指揮も素晴らしくこのオペラを質の高い水準に引き上げていたし、テノールのカルロ・ヴェントレも素晴らしい声で熱演していたにもかかわらず、なんとなく中途半端。もっと泣かせるなら泣かせる、盛り上げるなら盛り上げてほしいところ。演奏スタイルがもっとネチッコイものだったらもっと聞き手の印象は変わっていたかもしれません。この辺りが現代忘れ去られてしまった原因かも。決して悪いオペラだと言ってるんではないのですよ。

5月から改装されていたというドイツオペラ。でもどこが変わったのか全くわかりませんでした。ただ音響は前よりもっと良くなった気がしました。

     hakaru matsuoka

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2006年10月19日 (木)

ベルリン国立歌劇場 パーセル「ディドとエネアス」

松岡究です。今回もメンテナンスで投稿が遅れてしまいました。

昨日のオペラは私が2005年に毎年国立歌劇場でやっているバロック週間を初めて聴いた時、プレミエとして出されたのがこのパーセルの「ディドとエネアス」でした。その時の観劇は今でも覚えています。舞台ではダンスを中心に物語が進行し、またコーラス・オーケストラがクレモネージの元に一体となって音楽を奏で、それは見事でした。

演目   ヘンリー・パーセル 「ディドとエネアス」

     ディド:アウゴーレ・ウゴリン  

     エネアス:ロイベン・ウィルコックス

     ベリンダ:デボラ・ヨーク   その他

    指揮:アッティリオ・クレモネージ

    演出・振り付け:サーシャ・ヴァルツ

このプロダクションは、2005年にプレミエを出したあと、ルクセンブルグやモンペリエなどで再演を重ね、ここベルリン国立歌劇場でも、3度目の再演になるヒット作です。

それはヴァルツの大胆な演出・振り付けとクレモネージ(勿論初演の時から全曲暗譜で指揮)の生き生きとした音楽作りが大きな成功の要因です。舞台は誰が主役で誰が脇役ということはなく、歌い手もダンサーも全員が踊り、また役どころには歌い手の他にその内面を表すダンサーが必ず付いています。

カーテンコールも全員が整列し、一人一人のカーテンコールはないのです。こうした考えも今のオペラ界には斬新なことかもしれません。

とにかく終演後はブラボーの嵐で、大変盛り上がった舞台でした。

ただ私としては、初演時の演出・振り付けのほうが見ていて綺麗だと思いますし、そちらの方が良かったような気がします。

     hakaru matsuoka

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2006年10月16日 (月)

ベルリン国立歌劇場 ドニゼッティ「マリア・ストゥアルダ」

松岡究です。今日ベルリンフィルの11月12月の定期分が発売になりました。ネットで挑戦していたのですが、なかなか繋がらないので、11時発売開始の窓口へ直行。ちょうど11時に着いたら、既に200人くらいが行列していました。私の前には60前後のおば様が4人、後ろには並ぶのを凄く不満に思っていると言うことが顔に書いてあるようなおば様が1人。私は12時20分にやっと順番が回ってきてチケットを手に入れることが出来ましたが、その80分間、前のおば様方は一度も途切れることなくおしゃべりしておりました。そして後ろのおば様はイライラ・そわそわ、不満を顔いっぱいに表して今にも切れそう。私はこの5人のおば様の毒気にやられてしまい、帰ったらぐったり。そのぐったりした中をオペラに足を運びました。しかし行ってよかった。今期最高の部類に入る内容のオペラを堪能しました。

演目   ドニゼッティ:マリア・ストゥアルダ

     エリザベッタ:カタリーナ・カルネウス

     マリア・ストゥアルダ:エレナ・モスク

     ロベルト:ジョゼ・ブロス

     タルボット:クリストフ・フィッシェサー  その他

     指揮:アライン・アルティノグル

     演出:カーステン・ヴィーガンド

これぞイタリアオペラ!と言うくらいに充実した内容でした。まず上記の4人の声が素晴らしい。中でもタイトルロールのモスクとタルボットのフィッシェサーが圧巻!モスクは持っている声の素晴らしさに加え、完璧なコントロール術を見に付けていて、特にアクートの技巧は100点満点。そのピアニッシモは艶やかであのグルベローヴァを彷彿とさせました。フィッシェサーはこれぞイタリアベルカントとでも言う華やかな明るい声にコントロールもしっかりとしている逸材。

指揮のアルティノグルも若手ながら溌剌とした音楽運びで、素晴らしい指揮者。

演出は少しわからないことが多かったですね。多分名門の家系の末裔に舞台設定されていて、そこの家族の中で起こる悲劇として描きたかったのでしょう。1幕はそういった意味ではどちらかと言うとコミカルなタッチの演出。2幕では嫉妬から殺戮に至るまでがよく描かれていたように思います。ただわからないのは合唱。キャストは全員現代衣装、つまりジーパンにTシャツ等。しかし合唱は全員ダーク系のフォーマルな衣装。もう何度か見ないと確実なことはわからない感じです。

今日は9月29日にプレミエを出して5回目の公演。やはりこれだけ回を重ねると歌手もオケも指揮者も皆こなれて良い感じでした。やはり回数は必要ですね。

     hakaru matsuoka

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2006年10月14日 (土)

ベルリン国立歌劇場 プッチーニ「トスカ」

松岡究です。ベルリンに戻っての最初は「トスカ」です。今日はどんよりとずっと曇っていて、気温も上がらず肌寒い一日でした。

演目 プッチーニ「トスカ」

配役 トスカ:クリスティーネ・オポライス

    カヴァラドッシ:ブルクハルト・フリッツ

    スカルピア:カルロ・グエルフィ

    堂守:ベルント・ツェディッシュ

    アンジェロッティ:サイモン・ベイリー その他

  指揮:ユリエン・ザレムコール

  演出:カール・リハ

今日もほぼ満席に近い客の入り。トスカというポピュラーなオペラになると、やはり売れ行きが違うようです。1時間前に行ってチケットを求めましたが、いつもなら1回の前の方のかなり良い席が手に入るのですが、今日は2階右の5列目(一番奥の列)。舞台が半分しか見えません。

率直な感想は、これくらいの質の歌劇は日本でも見れるのではないかと思いました。主役3人は実に良く歌っていますし、オケも雄弁に音を奏でています。何が物足りないのかと思って聴いて(見て)いました。「あっ、そうか!」ピンと来たのは、演出がカラスがやっていたあの伝説的な舞台にそっくりで、また日本でも同じような舞台を何度も見たことがあったからだと気がつきました。

プログラムには1976年3月3日プレミエと書いてありました。何と30年もこの演出はこの歌劇場で生きていたんですね。

しかし考えてみるに、トスカ程いろんな舞台設定を思いつかせるのはないオペラだと思うんですが。

    hakaru matsuoka

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2006年9月11日 (月)

ベルリン国立歌劇場のアニア・シリア

松岡究です。今日はダブルヘッダー。昼の歌曲の演奏会の件は13日にアップします。夜の公演はちょっと難しいパフォーマンスとモノオペラでした。

演目   ロバート・ウィルソン:Deafman Glance(聾唖者の視線)

      シェーンベルク:モノドラマ「期待」

    ある女(Eine Frau):アニア・シリア

    もう一人の男:ロバート・ウィルソン

    その他2人の男の子と2人の女の子

    指揮:ダニエル・バレンボイム

まず50セントで買えるプログラムを読んでびっくり。そこには(英語でwithout musik and dialogue)と書かれているではありませんか。会場は本番の5分前にようやく開場。すると舞台には4メートル四方の正方形の小さな舞台が2つ。そこに黒装束のマネキンが2体。男の子の座ったマネキンが2体。女の子のネグリジェで寝ているマネキンが2体。会場にはノイズと思われるような音がずっと鳴っていてそれがクレッシェンドしてきて耳を劈くかと思われるところで客席が暗転、音は寸断されます。するとそのマネキンだと思っていたのがアニア・シリアと作者のロバート・ウィルソン。それから約50分間音もない台詞もないサイレント劇が始まりました。やったことは、単に「その2人がほぼ対象に動き男の子と女の子をナイフで殺す」という凄惨な場面ですが、普通の動きだとものの20秒もあれば成立してしまうことを物凄いスローモーションで、そう50分かけてやるわけです(体を一回転させるのに3分くらいかけてやるわけです)。音も台詞もない、つまり聾唖者の視線から見えたこと・見えることの具現です。ですから観客はそこから聾唖者が想像しうるものを全て想像し得ないとつまらないということになるのでしょうね。音や台詞のない世界がどういうものか、わざと観客に追体験させるようなことだったのでしょうか。場面が超スローモーションで動いていく時間の中で、観客に何を感じさせ、感じてもらうか。今冷静に名って考えると、実際にかなりイマジネーションを働かせて見ていないと苦痛になるのではと思われます。

この心理劇が終わると、ピットにオーケストラが入り休憩無しで「期待」が演奏されました。「期待」というモノドラマも難しい心理劇です。名もない女性が森へ入り、そこには愛する人の死体が。シェーンベルクは曲の終わり方を大変中途半端にわざとですが終わらせています。つまり森へ入った後そこから出たのか出ないのか、死体を目の当たりにしてそれをどうしたのか、ということは観客自らが考えることだったのでしょうか。

ドイツ人はどうしてこんなに考えさせるものを作りたがるんでしょうね。そう考えさせることがこのプログラミングの罠に私は見事に嵌っているんだということでしょうか。

         hakaru matsuoka

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2006年9月10日 (日)

ベルリン国立歌劇場 ムソルグスキー「ボリス・ゴドノフ」

松岡究です。天気予報によると今日明日は最低気温が8度になるそうです。日に日に秋が深まっていくように感じます。

演目   ムソルグスキー:ボリス・ゴドノフ

配役   ボリス・ゴドノフ:ルネ・パーぺ

      シュイスキー:シュテファン・リューガメル

      シュチェルカロフ:アルフレード・ダーツァ

      ピーメン:アレクサンダー・ヴィノガロフ

      グリゴリー:ブルクハルト・フリッツ

      ヴァルラーム:ミハイル・ペトレンコ

      ミサイル:ペーター・メンツェル   その他

     指揮:ダニエル・バレンボイム

2時間20分休憩無しで連続して上演されました。2場ほどカットされているようで、これは所謂ベルリン国立歌劇場版ということでしょう。

やはり圧倒的にタイトルロールのルネ・パーぺが素晴らしく、最後の死の場面などは聴衆を釘付けにしていました。(本当はあるはずの愛の場面はカットされていましたので、)最初から最後まで休憩無しでの暗い場面を一気に聴かせ見せようということだったのでしょう、その分場面場面は緊張感をはらみ、観客はじっとこらえて見入ることになります。バレンボイムの作り出す音楽もその緊張感をしたたかに盛り上げ、5日のコンサートとは打って変わって素晴らしい音楽を聞かせてくれました。

演出は1598年~1605年の設定を2012年~2019年に読み替えての演出。ですから戦争の場面などはテロの爆弾騒ぎになったり、民衆はそれで避難民の生活になったりとちょっと強引。ボリスも大統領か議員かちょっとわからなかったのですがそんな設定でした。(視力が悪くて字幕スーパーがわからなかったのです)現代にこの物語を移し変えると一番わかりやすい設定ではあったと思います。

       

       hakaru matsuoka

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2006年7月 8日 (土)

ベルリンコーミッシェオパー ウェーバー「魔弾の射手」

松岡究です。昨日今日と物凄く暑いベルリンです。気温は33~5度くらいになっているようです。そのせいか昨日は夜の8時半くらいから、今日は夕方の5時半くらいから雷と物凄い通り雨が降りました。特に昨日は雹まで降ってびっくり。「ひょう~っ!」なんてまた親父ギャグ言ってる場合じゃないです。

演目  ウェーバー 「魔弾の射手」

オットカール:ヘルマン・ヴァッレーン

クーノ:クレメンス・スロヴィオチェック

アガーテ:エンマ・ベル

エンヒェン:ミリアム・マイヤー

カスパール:カーステン・ザブロウスキ

マックス:ロベルト・キュンチェル

エレミット:ジェイムス・クロスウェル

指揮:ジン・ワン

演出:クリストフ・ネル

コーミッシェオパーの「魔弾の射手」は4月に見た国立歌劇場のものよりずっと良い出来でした。指揮のワンもこの作品に自信を持っているんでしょう。大変明瞭に振り分けていっているのが良かったと思います。もう少し細部にデリカシーがあったらもっと良かったかもしれません。

歌手でなんと言っても素晴らしかったのはエンマ・ベル。大きなプロポーションの良い体からゆったりとコントロールされた声は、とても心地の良いそして音楽的なものでした。もう一人エレミットを歌ったクロスウェルは、張りのある朗々とした声で、歌うところは少ないにもかかわらず、存在感を出していました。

今日の演出は勿論現代演出ですが、先の国立劇場の田舎臭い芝居(これはもう垢抜けないどうしようもない凡演出)と違って、大変楽しめました。やはり演出が締まると音楽も生き生きとしてくるのは、視覚と聴覚の総合芸術の醍醐味でしょう。

      hakaru matsuoka

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2006年7月 3日 (月)

ベルリン国立歌劇場レハール「メリー・ウィドー」

松岡究です。今日は一年の3分の2はドイツのいろんな会社指導(コンサルタント)をしておられる松田龍太郎さん、通訳のヴォルフラム・ミッテルホイザーさんと3人で国立歌劇場へ参りました。松田さんには色々な面で刺激を受けることが多く、毎月メールで配信される「企業家精神」と「海外こぼれ話」は大変楽しみにしているメールです。

今日18時10分に新しくオープンしたベルリン中央駅で待ち合わせて、そのまま国立劇場へ。時間に余裕があったので、3人で地下のビュッフェで食事をしながら歓談。そして19時30分から「メリー・ウィドー」を拝見しました。

演目  レハール:メリー・ウィドー

ポンテヴェドロン公国公使:ベルント・ツェティッシュ

ヴァレンシェンヌ:シルヴィア・シュヴァルツ

ダニロ:ジークフリート・イェルサレム

ハンナ:ナーディア・ミハエル  他

指揮:マックス・レンネ

演出:ペーター・ムスバッハ

一言でいうと「ひどい!」 その原因は1にも2にもムスバッハの演出にあるでしょう。

まず1幕は南極に旅客機が不時着したと言うところから始まります。こういうシトゥエイションなら普通「皆無事なのか?」「生きているか?」「どうやってここから脱出するか?」等々人間の生死にかかわることを皆想像するだろうと思うんです。それが飛行機を脱出してきていきなり「私は貞淑な妻」だとか「2000万フランで大仕事をやってくれ」だの、こんな時に何言ってんだという感じになってしまいます。音楽も楽しく明るい華やかな物ばかりですから、舞台の暗い場面とは180度違って全くミスマッチ。

つまりわざわざ南極に不時着と言う場面設定に何の意味もないわけです。おまけにその翼で踊ったり、リカちゃん人形よろしく大勢の全くヘアースタイルの同じ金髪のスチュワーデスが出てきて寝そべったり、合唱が皇帝ペンギンのダンスをしたり、翼の下ではぺんぎんの格好のぬいぐるみを着た合唱がよちよち歩きでダンスをしたり、全く手のつけようのない始末。

ムスバッハの「椿姫」にあれだけ感動し、この演出家は凄いと思っていたところにこれだもんね。会場はもう3幕では収拾がつかなくなりつつあり、ブーイングがあちこちで叫ばれ、中には説教じみたことをしゃべりだす人もあり。ペンギンが出てきたときは笑い声があちこちに、面白くて笑っている人とあきれて笑い出す人あり。

カーテンコールもあっさりしたもんであっという間に終わり、お義理とまあ全員そろうまで拍手しといてやろうくらいのもの。昨日とは雲泥の差!

指揮のマックス・レンネ、歌手もそんなに悪くはない。でも舞台と音楽が水と油の全く相容れない関係。こんな舞台を見ながらあの華やかな楽しい音楽を楽しもうなんてできっこありません。

ムスバッハは猛省すべし!!!

折角の松田さんとミッテルホイザーさんと楽しいひと時だったのになあ。これじゃ、お二人にちょっと気の毒。

      hakaru matsuoka

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2006年7月 2日 (日)

ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場「カルメン」

松岡究です。ここ数日涼しい日が続いていましたが、今日からまた暑さが戻ってきたようです。今日のこのカルメンはドマシェンコは前回に引き続きですが、ホセにヴィラツォーンが出るということもあって随分前から売り切れ状態でした。私は6月に入って毎日キャンセルは出ないかとインターネットで検索していたら2枚だけキャンセルが出て、慌てて買いに行き何とか今日のカルメンを見ることが出来ました。

演目:ビゼー 「カルメン」

カルメン:マリーナ・ドマシェンコ

ホセ:ローランド・ヴィラツォーン

エスカミーリオ:アレクサンダー・ヴィノグラードフ

ミカエラ:ノラー・アムセッレム    

フラスキータ:ユーリア・レンペ

メルセデス:スザンネ・クロイシュ

ダンカイロ:ヤン・ツィンクラー

レメンダート:グスタフォ・ペーナ

モラレス:カイ・スティーファーマン

ズニガ:クリストフ・フィッシェサー

リッラス・パスティア:マルティン・フーク

指揮:ダニエル・バレンボイム

演出:マルティン・クシェーイ

この演出で、去年の11月に初めて見たときに、強烈な感激を受けたのを覚えています。今回は2階から見たので、かなりその様子がわかり改めて感激しました。

まず、前奏曲の後半、死のテーマが出てくるところはホセが銃殺されるところから始まります。そして4幕の最後でカルメンを刺し殺したシーンと、ホセとカルメンを争ったエスカミーリオが闘牛で絶命して運ばれるところのシーンが重なり、ホセは銃殺されて幕になるんです。つまりここで最初の銃殺のなぞが解けるんですね。観客は前回もそうでしたが、ここでいっせいに「オ~~」とため息をつきました。

一貫した「死」に対する、あるいは「死」をモチーフにした演出家のドラマの作り方が素晴らしく胸に迫ります。その証拠に子供の合唱は1幕ではピットの中で、4幕ではバンダで歌わせ、エスカミーリオが登場するところの例の追っかけの部分は子供のコーラスはカットされ、大人のコーラスだけで歌われます。つまり一度も舞台に顔を出さないんです。つまりどういうことかというと子供が出てくるとそのかわいらしさや生気に、ドラマがピンボケになることを完全に嫌がったに違いないと私は思います。

4幕でのコーラスは全員が白装束、顔も白く塗っています。つまりゾンビ集団があのコーラスを歌っているわけですね。ですから「殺し」のシーンの舞台裏のコーラスは舞台上で歌われ、ホセとカルメンを取り囲むようにして迫ってきます。「死」の世界に引きずり込もうとしているんでしょう。この演出は強烈です。

音楽面では、まずカルメンのドマシェンコとホセのヴィラツォンが二人とも素晴らしく圧巻。バレンボイムの鷹揚たるテンポにもものともせず、素晴らしい声と演技で聴衆を魅了しました。ミカエラのアムセッレムは線は細い物の、健気さをよく表現していましたし、エスカミーリオのヴィノグラードフも声が少々軽いのが気になりましたけど、かっこいいエスカミーリオを演じていました。それに端役ですが、ズニガのフィッシェサーが素晴らしい演技でした。

バレンボイムは悠揚たるテンポと緊張感のある音楽を作り上げ、私にしてみれば音楽の別の可能性を色々見せてくれて大変勉強になりました。6月28日と今日は私にとって大先生になりました。

終演後は会場はブラボーの嵐、そしてスタンディングオベイション。約15分間拍手は続きました。

     hakaru matsuoka

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2006年6月29日 (木)

ベルリンコーミッシェオパー「椿姫」

松岡究です。今日はかなり肌寒く20度くらいしかなかったようです。私は出かけるときに半袖で出たんですが、あまりに寒いので引き返して長袖に着替えなおしたほどです。

演目   ヴェルディ  「椿姫」

ヴィオレッタ:ノエミ・ナーデルマン

アルフレード:マルク・へラー

ジェルモン:アントン・ケレミトチーフ   他

指揮:マルクス・ポシュナー

演出:ハリー・クプファー

この演出を見るのは3度目です。見るたびにあまりの美しさと哀しさに涙してしまいます。それは舞台が黒と言う基調に鏡をふんだんに用いていること。そしてなんと言っても3幕でヴィオレッタがアルフレードの手紙を受け取った後から、シーンは彼女の想像、回想のシーンになり、例えば「パリを離れて」は決してヴィオレッタとアルフレードは会うことなく彼女の想像として描かれるんです。そして誰にも見取られることなく孤独に死んでいく。聞えてくるアルフレードやジェルモンの声は全部幻影・幻聴になるんです。そこがたまらなく哀しく美しい。やはりクプファーは天才でした。

先日ムスバッハとシェーファーの「椿姫」をお伝えしましたが、あれも素晴らしい衝撃的な椿姫でしたが、こちらも負けず劣らず素晴らしいです。

このコーミッシェオパーの「椿姫」は今日主演したナーデルマンのための演出作品です。彼女はクプファーの大のお気に入りで、彼の秘蔵っ子だったそうです。そのせいでしょうか、演出家の意図が良くわかっていると見え一挙手一投足に意味がある演技でした。歌も以前聴いたほかの作品とは比べ物にならないくらい素晴らしく、彼女もこの「椿姫」の為に歌手になったような人なんだろうなあ、と思いました。

ジェルモンのケレミトチーフも素晴らしい声と舞台栄えのする体躯をもって圧倒的な存在感を示していましたし、アルフレードのヘラーも安定した歌いっぷりでブラボー。

指揮のポシュナーは、やりたいことがたくさんあるようなんですが、まだ硬さがあって音楽がワンパターンになりがち。ただとても才能豊かな指揮者で、これからが大変楽しみです。私はこれから彼のことは注目して行きたいと思っています。

    hakaru matsuoka

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2006年6月28日 (水)

レナート・パルンボ指揮「エルナーニ」ベルリンドイツオペラ

松岡究です。ベルリンドイツオペラが5月の初めに休館に入り改装している間、ベルリンドイツオペラは色々と演奏旅行に行っていたようです。そして今日久しぶりにベルリンでの公演。場所はフィルハーモニーを借りての演奏会形式の公演でした。指揮は次期の音楽監督に決定しているレナート・パルンボ。ドイツオペラの今後を占う上でも今日の公演は楽しみにしていた公演のうちの一つでした。

演目   ヴェルディ 「エルナーニ」

エルナーニ:サルヴァトーレ・リチートラ

ドン・カルロ:ラド・アタネーリ

ドン・ルイ・ゴメツ:ジャコモ・プレスティア

エルヴィーラ:シルヴィー・ヴァレイレ 他3名

指揮:レナート・パルンボ

総じて良い公演でした。パルンボはこの珍しいオペラを実に良く研究していて、歌手・オケ・合唱に的確に指示を与え、あまり目立ったメロディーを持っていない地味な曲を面白く聞かせてくれました。またその指揮スタイルが飛んだり跳ねたりするので、アンサンブルがやりづらいと思われる反面、音とリズムに明るさがでて、この次期のヴェルディの作品の脆弱さをよくカヴァーしていたと思います。

歌手は上記の男声3人がとても充実していてヴェルディの声にふさわしく、大きな拍手とブラボーを受けていました。特にルチータとアタネーリは「これぞイタリアの声」と言わんばかりの絶唱!

反面女声の主役のヴァレイレはこの3人に比べるとかなり聴き劣りがしました。発声が地声そのもので、母音によって響きが違って不安定になり、かなり叫んでいたという感じ。この重要な演目に、女声の主役に彼女クラスの人しか用意できないところに、いまのドイツオペラの危機、あるいは問題があるのでしょう。彼女なんかよりずっとうまい日本人歌手は何人もいます。

パルンボは9月からドイツオペラの音楽監督ですが、ほとんどイタリア物しか指揮しない彼が、例えばウェーバーの「魔弾の射手」をプレミエに出したり、ワグナーのリングを演目に入れたりと(指揮はランニクルズ)、かなりドイツオペラを意識しているのは明らかです。今日を聴く限り、期待して良いのではないかと思いました。

   hakaru matsuoka

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2006年6月23日 (金)

ベルリン国立歌劇場プッチーニ「ラ・ボエーム」

松岡究です。今日は幾分暑さが和らいで、凌ぎやすい一日でした。10時にオペラが終わって歌劇場を出てきたときには上着がないと寒いくらい。最低温度は16度の予報でしたがどうなんでしょうか。

さて今日は「ラ・ボエーム」、久しぶりにプッチーニのオペラを見ました。やはり良いですね。泣けました。

演目   プッチーニ:「ラ・ボエーム」

    ミミ:マリー・ミルズ

    ムゼッタ:アンナ・サムイル

    ロドルフォ:マッシモ・ジョルダーノ

    マルチェッロ:ローマン・トレケル

    ショナール:クラウス・ヘーガー

    コッリーネ:クリストフ・フィッシェサー    他

    指揮:ローレンス・フォスター

    演出:リンディー・ヒューム

実に良い舞台、良い演出、良い歌手達、良い指揮者でした。今日は大分後ろの方に座ったので、はっきりとは断定できないのですが、多分べノアの回想シーンとして演出はつけられていたようです。

つまり最初、初老の男性がヴィデオのスイッチを入れるようなしぐさで音楽が始まります。しかしこの先は奇抜なことをせずにちゃんと屋根裏部屋のシーンから始まります。(最近は舞台設定や時代の読み替えが当たり前のように多くてちょっと食傷気味。うまく行けば良いのですが、8割はうまく行かないような気がします)「冷たき手を」「私の名はミミ」のあたりはちょっと演技的にはっきりしないかな。でもその後の2重唱から2幕へのつながりは見事。屋根裏部屋のセットがなくなり、2人が載っている盆がそのまま舞台裏へ。その時に通行人となっていた合唱団の上に美しい雪が降り注ぎ、大きなカラフルな電球が降りてくる。そして華やかな2幕の幕開け。この辺は天晴れ!見事な演出。そしてモミュスカフェーの豪華なセット。

3幕がイマイチよくわからなかったんですが、ずっとべノアらしき人がたたずんでるんです。これは一体何?ここが唯一の疑問点。

4幕は屋根に出て日向ぼっこをしたり、ペンキの塗り替えをしているシーンから始まり、それが回転すると、さっきの屋根裏部屋。そこへミミが抱きかかえられてくる。といった演出でした。

奇抜さがなくすんなり楽しめ、またシーンもとても綺麗に仕上がっている好舞台。

歌手は、ミミを歌ったミルズとロドルフォを歌ったジョルダーノは素晴らしい声と素晴らしい演技。久々にプッチーニを堪能しました。サムイルとトレケルも素晴らしい。後の2人もどうしてどうして、豊かな声で演じて見せてくれました。

指揮のローレンス・フォスターはここぞと言う時にオーケストラから良い音を引き出し、また音楽がだらけることなく引き締まっていて、良い指揮でした。N響に彼が来た時は全く精彩を欠いていたのですが、今日聴いて全く印象が逆転しました。

     hakaru matsuoka

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2006年6月18日 (日)

キンボー・イシイ=エトー指揮「リゴレット」ベルリンコーミッシェオパーその2

松岡究です。今日はキンボーさんがリゴレットを指揮する最終回の日。私としては前回に続いて2度目です。

テノールのデァ・プラスが前回もかなりやばかったのですが、今回は完全に声が出なくなって降板。代わりにマルク・へラーがイタリア語で歌いました。コーミッシェオパーはドイツの中ではAクラスの歌劇場ですが、他の2歌劇場が原語主義を採っているので、全演目をドイツ語で歌うと言うポリシーがあります。ちゃんとその為の翻訳家も専属でいて、全てその専属の翻訳家がドイツ語に訳して歌っています。さすがに有名どころのアリアなどはちょっとと思いますが、他の部分はきちっとイントネーションのことも考えられていて、ほとんど違和感なく聴くことが出来ます。

今日の公演は前回よりも数段良い出来でした。勿論キンボーさんの指揮もさることながら、テノールが代役でしかもイタリア語で歌う、と言うことでキャスト全員にいつになく緊張感があったこと、オーケストラも前回のメンバーとはかなり違ったメンバーであったことなど、終演後キンボーさんと話したことでした。

本当に生演奏と言うのは生き物だとつくづく思います。やはり一期一会の尊い世界なんですね。

    hakaru matsuoka

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2006年6月10日 (土)

ベルリンシュターツオパー ヴェルディ「椿姫」C・シェーファー主演

松岡究です。もう絶句!余りにも素晴らしくて言葉がありません。・・・・・・ない頭を振り絞って書いてみます。(誰です?ない頭じゃなくてない髪なんていってる人は!)

演目:ヴェルディ 「椿姫」

ヴィオレッタ:クリスティーネ・シェーファー

アルフレード:サイミル・ピルグ

ジェルモン:ゼリコ・ルチーク   他

指揮:パオロ・アッリヴァベーニ

演出:ペーター・ムスバッハ

客席も舞台も真っ暗になると、ステージの向こうにガイスト(霊)のような影が見えます。そうすると前奏曲が始まります。その影は前奏曲の間中ずっと形がはっきりしません。そして前奏曲が終わろうとするころ、それがヴィオレッタであることがわかります。第一幕が始まります。しかしヴィオレッタ以外誰も出てきません。あの合唱は舞台奥で歌われます。そしてガストンだのドゥフォールだの後で合唱も出てきますが、皆喪服をまとったように黒ずくめ。(ヴィオレッタだけが白鳥のように真っ白なドレスを着ています。)そしてダンスもないし、楽しげな表情も見えない。乾杯の歌では華やかな社交場も出てきません。皆動きはスローで楽しそうな様子も皆目ありません。

あの大アリアを歌った後、そのまま2幕へ。舞台は全く変わらずヴィオレッタは倒れています。この1場をやった後もそのままフローラ邸の2場へ。ここも舞台は変わらず、ツィゴイナーの場面もマタドールの場面もカードの場面もヴィオレッタにしてみれば全部楽しくない、単なる過ぎ去った騒々しい過去なんですね。

休憩後3幕。1幕と全く同じように前奏曲の間ずっとガイストがボーっと見えます。そして舞台正面に崩れるように座ります。ここでアルフレードとの「パリを離れて」も一瞬肩に触れたくらいで、基本的にはヴィオレッタは一人。アルフレードはヴィオレッタの魂を探すように上を見上げて嘆き悲しみます。ジェルモンが許しを請いに出てくるとヴィオレッタはすっと立ち上がって2人を上から見るように歌い始めます。そうです、まるで魂が体から離脱して見ている様に歌うんです。

ムスバッハの演出は最初からヴィオレッタの魂が過去を思い返し、数々の場面が如何に空しいものであるかを示した物であると思います。2幕のアルフレードとの束の間の愛、そしてジェルモンとのやり取り、この部分だけが暗い舞台の中でアクティブに描かれていたことを考えるとそうに違いないと思うのです。

余りにも悲しく、孤独なヴィオレッタ。そしてモノトーンではあるけれど美しい舞台、照明の妙技。こんな舞台があるなんて信じられません。

乱暴かもしれないですが、ムスバッハはこのオペラを「白鳥の歌」としてとらえていたということも出来るかもしれません。

すみません。余りにも衝撃が大きすぎて言葉に出来ません。

音楽は主役の3人が本当に素晴らしい。まずジェルモンの「プロヴァンスの陸と海」は今までこんなに感情豊かに音楽的にも完璧な歌を聴いたことがありません。アルフレードも一瞬喉に入った部分はありましたが、素晴らしいテノール。そしてなんと言ってもシェーファーが圧倒的!「あ~そはかの人か、花から花へ」「3幕のアリエッタ」がこんなに陰影の濃い歌だったなんて、完全に打ちのめされました。ピアノの使い方が絶妙で、どうしてここでそのルバートがあるのかがいちいち良くわかります。声は想像していた以上にダークで驚きましたが、この演出にはぴったり。ムスバッハはシェーファーの為に演出したのかなあと思えるくらい。

指揮のアッレヴァベーニも素晴らしい。彼はよく演出のコンセプトを理解し、常に室内楽的なアプローチでこの演出にぴったりと寄り添うような指揮。「ムジークテアター」がうまく行くとここまでの舞台を作れるのかと改めて思い知らされた感じですね。

ベルリンに来て数々のオペラと演奏会を聞いてきましたが、間違いなく一番でしょう。

PS.コーミッシェオパーの「椿姫」も素晴らしい演出(ハリー・クプファー)です。ベルリンに素晴らしい2つの「椿姫」あり。実はドイツオペラにもゲッツ・フリードリッヒ演出の「椿姫」がありますがまだ見ていません。来シーズン見ようと思います。

劇場を出たのは10時5分前。まだ西の空は明るく夕焼けが綺麗でした。そしてWMでドイツが勝ったということで、国旗を持って何か吼えながら歩くたくさんの若者、また国旗をつけてクラクションを鳴らしながら走る車。このギャップ、何とかしてほしいなあと思いながら帰途に着きました。

    hakaru matsuoka

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2006年6月 9日 (金)

ベルリンシュターツオパー ヴェルディ「運命の力」

松岡究です。今日は久しぶりにずっと晴れていて、気温も上がり過ごしやすい一日でした。オペラが終わったのが11時。外へ出ると今日のWMの前祝でしょうか、花火が打ち上げられていました。そして南の空には珍しく月が出ていました。ドイツで見るのはひょっとしたら初めてかもしれませんね。多分冬は緯度と天気の関係であまり見られないと思いますので。

演目:ヴェルディ 「運命の力」

レオノーラ:ノルマ・ファンティーニ

ドン・カルロ:アンソニー・ミハエル・ムーア

ドン・アルヴァーロ:フランク・ポレッタ

マルケーゼ:アレクサンダー・ヴィノグラードフ

プレツィオスィッラ イ クーラ:エカテリーナ・ゼメンフク   他

指揮:ミハエル・ギーレン

演出:ステファン・ヘルハイム

昨年の9月にプレミエを出し、今回が同シーズン中の再演。

昨年10月の3回目の公演を見たときよりも、歌手もギーレンも数段良くなって、完全に自家薬籠中のものとした感じ。特に歌手は皆素晴らしくて、休憩後の男性の2重唱は圧巻!この大変な2重唱をなかなか歌える人がいないから、上演機会が少ないオペラなんだろうと思います。またレオノーラを歌ったファンティーニも特に「神よ、平和を与えたまえ」は素晴らしい出来でした。前回聞いたときよりも数倍楽しめたオペラになっていました。

演出のヘルハイムは序曲の最後が明るく終わるのがきっと気に入らなかったのでしょう。序曲を3幕と4幕の間に演奏するようにしていました。なるほどここで運命の3つの音が響けば、物語は劇的になります。しかし演出にはかなりブーイングが出ていました。

指揮のギーレンも前回よりは良かったと思います。前回はオーケストラも歌手ももう一つまとめ切らないまま本番を迎えた感じでした。現代音楽のスペシャリストとして名を馳せた彼のキャラクターは、この「運命の力」の劇性を表現するには異質なかけ離れた音楽性だと思います。特に前半は音が素直に並んで演奏されており、曲の持つドラマが希薄になっていました。今年80歳ですが元気でかくしゃくとしており、まだまだ意欲満々で取り組んでおられるようです。

    hakaru matsuoka

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2006年6月 7日 (水)

ベルリンコーミッシェオパー ヴェルディ「リゴレット」

松岡究です。今日も2度雨が降りましたね。でも夜には晴れて今は10時過ぎまで空は明るいですから(日の入りは9時25分くらいです)、久しぶりに夕焼けを見ました。

演目:ヴェルディ「リゴレット」

リゴレット:ブルーノ・バルメッリ

ジルダ:ヴァレンティナ・ファルカシュ

マントヴァ:ハリー・ファン・デァ・プラス

マッダレーナ:カレン・ファン・オイイェン 他

指揮:キンボー・イシイ・エトー

演出:マルティン・シューラー

とても素敵な公演でした。まずキンボーさんの棒が素晴らしい。彼は終演後「今日は一番ひどい」などといっていましたが、どうしてどうして。オケからは垢抜けた切れの良い音を引き出していましたし、よく鳴らしていました。また歌手もジルダのヴァレンティーナ、リゴレットのバルメッティが素晴らしく、二人ともよく通る声と特にヴァレンティーナの高音のテクニックは素晴らしい物がありました。マントヴァのデァ・プラスはかなり調子が悪く、上はファルセットで抜いて辛うじて難を逃れていました。彼のような歌手はまず発声から直していかないと、この先は長くないような気がします。

演出はもう一つ。現代に読み替えていたのはいいのですが、3幕がなぜ客船の甲板の上でなければならないのか、その前の2幕の天使の7体の像の意味するところは終幕でよくわかりましたが、2幕での提示の仕方にもう少し工夫は出来なかったのか、疑問が残ります。

今日は終演後、キンボーさんとオーケストラのヴィオラ奏者の西山雄太さん、そしてキンボーさんの日本のマネージャーを務めて要らした鈴木さんご夫妻と夕食をともにしました。その途中で、キンボーさんに待望の女の赤ちゃん(もう名前は決まっていて安美チャンだそうです)が生まれたという連絡が入りました。「おめでとう、キンボーパパ!!!」みんなで祝杯を挙げました。しかし2006年の6月6日生まれ、ドイツでは06,06,06と書きますが、うまく行きすぎですね。(笑)

また17日に聴きます。

   hakaru matsuoka

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2006年6月 5日 (月)

ベルリンコーミッシェオパー モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」

松岡究です。今日はコンヴィチュニーの演出で話題をさらったコーミッシェオパーの「コジ」です。

演目:モーツァルト:「コジ・ファン・トゥッテ」

   フィオルディリージ:マリア・ベングトゥソン

   ドラベラ:ステッラ・ドウフェクシス

   フェランド:ヨハンネス・フム

   グリエルモ:ミハエル・ナジ

   デスピーナ:ゲルトルード・オッテンタール

   ドン・アルフォンゾ:ディートリッヒ・ヘンシェル(病気のクリスティアン・チェレビューの代役)

   指揮:マルクス・ポシュナー

   演出:ペーター・コンヴィチュニー

全体としてよくまとまった素敵な公演でした。まずコンヴィチュニーの演出ですが、ここの出し物のもう一つ「ドン・ジョヴァンニ」よりもずっと楽しめて彼の考えていることが良くわかる良い演出だと思いました。「ドン・ジョヴァンニ」を見たときはもう二度と見たくないと思ったのですが。

1幕の最後の場面は勿論音楽で綴っていくんですが、フィガロやドン・ジョバンニのように大団円に向かっていく求心力はありません。そこをコンヴィチュニーは精神的な葛藤の場面としてわざと嵐の場面に設定して、この音楽が冗長になるのを防いでいたのはさすがだと思いました。そしてまた最後にやはりコンヴィチュニーは大どんでん返しをやってのけました。普通には4人はまた元の鞘に納まるのですが、彼の演出では、最後の最後で音楽を停め、「どうしてそんなことをやったのよ」「信じられない」と女性が言うと、皆アルフォンゾの仕業なんだと言い訳はするけど後の祭り。四人ともその場で別れて、男性二人が結婚してしまうんです。そして後ろにいた合唱に大段幕を持たせて、ここが光が反射してはっきり見えなかったんだけど「Sehen Sie ・・・・・Philosophie]と書いてあったんですね。ごめんなさい今度誰かに聞いときます。客はこれを見て大爆笑。大きなブラボーに包まれました。(多分「これがいまどきの哲学です」という意味の言葉が書かれていたんだろうと推測しますけど。)台本にないこと、話の変更をコンヴィチュニーはいろんな舞台でやっています。それが良いか悪いかはやはり見た人にゆだねられるんでしょう。だって今回は大いに納得する舞台でしたから。(ドン・ジョバンニは納得できませんでしたけど)こういう演出家による現代社会に即した読み分けはこれからのオペラを考える上で、救世主となるかもしてませんし逆にオペラを価値のないものにしてしまう危険もはらんでいるとは思います。

歌い手はどの人も遜色なく素晴らしい出来でした。指揮のポシュナーもオケからとても良い音とニュアンスを出していて、これからを期待させるに充分。音楽的には以前3回聴いたシュターツオパーを上回る出来だったと思います。

しかしながら、演出が圧倒的な力を持っていた舞台。こんな時は指揮者は本当に陰に隠れちゃいますね。でもわかる人はわかってますよ、ポシュナーさん。

        hakaru matsuoka

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2006年6月 4日 (日)

ベルリン国立歌劇場ドニゼッティ「愛の妙薬」

松岡究です。今日はまた一日中寒い日でした。朝からずっと雨が降っていて、気温も全然上がりませんでした。ハイツング(暖房)がまた入るようになって、助かりましたが、6月でもこの寒さ。ベルリンは寒いなあ!

演目:ドニゼッティ:愛の妙薬

    アディーナ:アンナ・サムイル

    ネモリーノ:パヴォル・ブレスリク

    ベルコーレ:アルフレード・ダーツァ

    ガエターノ:アレクサンダー・ルフィング

    ドゥルカマーラ:ナターレ・デ・カロリス

    ジャンネッタ:アドリアーネ・クヴァイロズ

    指揮:ヴェッロ・ペーン

    演出:パーシー・アドロン

愛の妙薬がこんなに素敵なオペラだったとは、恥ずかしながら今の今まで知りませんでした。と言うのは今まで見たこの作品が、特に演技の点でしらけてしまっていたからだと思います。またCDなどでも妙にアジリタ(声を転がす技術のこと)を多用したような、どう聴いても非音楽的なCDしか聴いてなかったこともあると思います。だから、今の今まで「人知れぬ涙」でのみ有名なんだと固く信じていました。

しかし違いました。どうしてこの作品がここまでいろんなところかかるのかやっとわかりました。アディーナを歌ったサムイルは明るい豊かな声で、そして大変音楽的にこの役を歌ってピカイチ。ブレスリクも最初から最後までネモリーノを演じきってこれも素晴らしかったです。「人知れぬ涙」がこのように強い歌だとは知りませんでした。つまり日本では甘く悲しく歌う人がほとんどなのでそういう歌だと思っていたのですが、違うんですね。

ある意味でこの主役2人以上に活躍したのが、ダーツァとルフィング。彼らの声もさることながらそばい達者さがこのオペラを飽きさせず楽しく見させてくれました。

指揮のペーンはオーケストラから結構いろんな色を引き出していて、とても好感が持てました。演出はこんなもんかな。

ただ以前も書いたと思うんですが、合唱がよくない。集中力に欠けたようなアンサンブルの乱れが結構あったり、演技はしてるんだけど「声本当に出してんの?」と思えるようなところがあって、これこそちょっとしらけちゃう。ベルリンの3つの歌劇場そして放送、Riasなどの合唱団では一番問題ある(はっきり言えばへた)と思います。

   

       hakaru matsuoka     

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2006年5月29日 (月)

ベルリンコーミッシェオパー R・コルサコフ「金鶏」プレミエ

松岡究です。きょうも変な天気。晴れていたと思うと急に暗くなって凄い雨が降ったり、また晴れて、気温も低くて12度くらい。寒くて寒くて、手がかじかんできちゃうんですよね。日本はどうなんでしょうか。

今日はコーミッシェオパーが出す今年最後のプレミエ。

題名

リムスキー・コルサコフ:金鶏

指揮:ミハイル・ユローフスキー

演出:アンドレアス・ホモキ

感想から言うと、まあまあ楽しめた舞台でした。この風刺劇をホモキは勿論現代風に読み替えて、占星術師(ヨッヘン・コワルスキー)と金鶏(ヴァレンティナ・ファルカス)の仕組んだ巧妙なわなであったといったことでしょうか。それなりにこの読みはわかりましたし、風刺劇としては成功していたと思います。ただちょっと人を動かしすぎてどたばたした印象を受けました。もう少し重めの部分もあってよかったのではないでしょうか。そのこともあってか、音楽がやけに陳腐に聞こえてきます。ユローフスキーは所謂職人肌の指揮者。無難にオーケストラをまとめてはいるのですが、そこからのメッセージは弱く、ドラマ性に欠ける感じ。従って、休憩を入れても2時間20分のオペラが少し長く感じられました。オーケストラのそのようなさえない音楽とホモキのドタバタ劇で、最後は何だか妙にチープな印象を受けたのは残念でした。

      hakaru matsuoka

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2006年4月27日 (木)

ベルリン国立歌劇場ウェーバー「魔弾の射手」

松岡究です。きょうはシュターツオパーでの公演。

演目

ウェーバー:魔弾の射手

主な配役

マックス:ブルクハルト・フリッツ

カスパール:ハンノ・ミューラー・ブラッハマン

アガーテ:カローラ・ヘーン

エンヒェン:シルヴィア・シュヴァルツ

指揮:ユリーン・ザレムコール

演出:ニコラウス・レーンホフ

会場はほとんど満員。私は開演の40分前に当日券を買ったのですが、もう10席くらいしか残ってなくて以外!「魔弾がそんなに人気があるの?」って思っちゃいました。

まず歌手ですが、カスパールを歌ったブラッハマンが素晴らしい声と2幕2場でのおぞましいさをよく演じ歌っていました。彼がいなかったら今日のこの公演は全く締まらなかったでしょう。マックスのフリッツも決して悪くはないのですが、もう少しドラマが聴きたかったですね。2人の女声はどちらもそんなに大きな声ではありませんし、その声量からすると日本人と全く変わらない感じです。しかしピアニッシモの歌い方、そして無理を決してしない歌いまわしは一日の長あり。

指揮のザレムコールはダン・エッティンガーと並んでこの劇場のカペルマイスターです。どちらかというとこのザレムコールの方がドラマティックに音楽を持っていくように思います。今日も2幕2場は凄みを持って聴かせてくれました。コーラスとオーケストラのずれがいたるところで目立ち、これは興ざめ。レパートリー上演の難しさですね。つまり練習不足がこういうところに出てきちゃうんです。シュターツカペレのコーラスはちょっと質が落ちるんじゃないかな。良いハーモニーをあまり聴いたことがないのは残念。放送合唱、RIASの合唱団なんかは物凄くうまいですけどね。

このオペラを見ながらつくづく思ったのですが、1幕や2幕1場などは垢抜けない田舎くささが目に付いて、どうしようもなくつまらなく感じたんです。それが2幕2場で音楽も芝居も物凄いドラマを突然見せるわけですが、ここに今日まで上演されてきた理由があるのでしょう。ドイツオペラにおいて、この時代の作品はこの「魔弾」と「フィデリオ」くらいしか上演されません。シューベルトもシューマンもオペラはいくつか書きましたが、世界の劇場がこぞってレパートリーに組み込むほどではないこと等を考えるにつけ、ワーグナーとR・シュトラウスの登場がいかに待望久しかったかは容易に察しがつきますね。

もう一つ、今日も拍手が早いんですね。オーケストラの音がまだ鳴っているのに拍手する人が必ずいるんです。映画や芝居と間違えてるんじゃないでしょうか。この作品はそんなに音楽が繊細な物ではないので、先日のラトルの「ペレアス」のように土足で踏み込まれたようには感じませんでしたが。それにしてもどうにかならないのかな!!!

    hakaru matsuoka

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2006年4月24日 (月)

ローター・ツァグロセク指揮ベルリン交響楽団 モーツァルト「偽の女庭師」演奏会形式

松岡究です。昨日・一昨日に引き続き今日も演奏会形式によるオペラのコンサート。

曲目:モーツァルト「偽の女庭師」

配役

ポデスタ:クリスティアン・エルスラー

サンドリーナ:スンへ・イム

ベルフィオーレ伯爵:ジェレミー・オヴェンデン

アルミンダ:ユッタ・ベーネルト

ラミーロ:エリザベス・フォン・マグヌス

セルペッタ:ゾフィー・カルトホイザー

ナルド:ミハエル・ナジ

指揮:ローター・ツァグロセク

初めに序曲が始まった途端にその余りのアンサンブルのひどさに耳を疑って、「来るんじゃなかった」と思ったのですが、曲が進むに連れてオーケストラは実に素晴らしい音になっていきました。ここでは所謂古楽器的な奏法は全く取っておらず、以前からの伝統的?(オーソドックスな)弾き方。歌手たちも初めは固くて表情に乏しく生気がない演奏でした。しかし第5曲でミハエル・ナジ(彼はコーミッシェオパーの専属歌手です)がオパーで鍛え上げた芸でニュアンス豊かにアリアを歌うと、やっと会場から拍手。これ以後皆どんどん調子を取り戻してきて、この作品が素晴らしい作品であることを立証しました。

ソプラノのスンへ・イム(韓国人)は予定されていたルート・ツィーザクが急病のための代役。しかし彼女は持ち前の音楽性と透き通った声でこの代役を見事に歌いきりました。その他にカルトホイザーとベーネルトも素晴らしい発声技術を持った良い歌手。ただフォン・マグヌスはこの歌い手の中でちょっと聴き劣りしました。まず喉声であること、声が他の歌手たちに比べて広がり気味で、明らかにテクニックを持ち合わせていないのが良くわかって、却って気の毒。テノールの2人はまあまあかな。

ツァグロセクは以前あまり好きでなかったと書きましたが、今回は彼の本領発揮。オペラ指揮者としての腕をはっきりと見ました。演奏会形式でありながら、歌とオケのバランスは抜群!歌手の声量に即座に合わせることが出来るのはオケも素晴らしいけど、ツァグロセクの力だと思います。歌手に自由さを持たせながら手綱をしっかりと引いてコントロールしているのはさすがです。

この公演はセッコ(レシタティーフ)の部分を2人の役者が別に台本を作って聴衆にわかりやすくしていたことは、オペラの演奏会形式の形としては成功していたと思います。

ツァグロセクは9月からこのオケの主席指揮者になりますが、その前のお披露目としては最高だったのではないでしょうか。

    hakaru matsuoka

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2006年4月23日 (日)

アルベルト・ゼッダ指揮ベルリンドイツオペラ ロッシーニ「とてつもない誤解」演奏会形式

松岡究です。きょうは昨日より暑くなるのかと思っていましたら、生憎の雨。気温もそんなに上がらず4月上旬の気候に戻ってしまいました。昨日の件で言い忘れたんですが、一つ残念だったのが、ラトルが曲が終わってまだ指揮棒をおろさないのに拍手が起こったんですね。いつものベルリンの聴衆であればそんなことはないんですけど。つまり余韻まできちっと楽しんでるんです。多分その拍手は日本人だと思いました。昨日は特別コンサートで定期の枠組み外でのコンサートだったので、日本人がたくさんいたんですね。こんなこと言うと怒る人がいるのは重々承知で言ってるんですがね。ラトルの残念そうな表情が目に焼きついています。

曲目:ロッシーニ「とてつもない誤解」

配役

エルネスティーナ:マリーナ・プルデンスカヤ

ガンベロット:ブルーノ・タッディア

ブラリッキオ:マルコ・ヴィンコ

エルマンノ:アントニオ・シラグーサ

ロザリーナ:アンディオン・フェルナンデズ

フロンティーノ:ブルクハルト・ウルリッヒ

指揮:アルベルト・ゼッダ

今日は昨日に引き続き演奏会形式によるオペラの公演。ロッシーニの「とてつもない誤解」と言うオペラ。これは2005年の1月に東京オペラプロデュースで、演出が馬場紀夫さん、そして指揮が私で日本初演した作品でもあります。ロッシーニと言う作曲家は所謂天才で、ある意味ではメンデルスゾーンと同じですが、最初の作品から最後までとても高い完成度を持った作品を書いた人です。天才としてもてはやされていましたから、いろんなところから作曲依頼があり、自分の作品を使いまわしていたんですね。ですから「この曲はいったいどっちの作品のオリジナルなのか?」と言った疑問が研究されてきました。(例えば「セビリアの理髪師」序曲はオリジナルな序曲ではありません。)そして近年それが随分と解明されましたが、楽譜はまだ出版は全部されていません。今日の演奏の版も私たちがやった日本初演の時とは違って、ゼッダ自身が校訂した版のはずです。

さて今日はそのロッシーニ研究の第一人者であるゼッダの指揮でした。彼が登場するともう「ブラボー」の声が。そして指揮棒を構えてもまだ鳴り止まない拍手。もう一度ゼッダは客席を振り返り一礼、やっと序曲が始まりました(2幕も全く同じでした)。これだけの拍手をもらうのには、多分今までにロッシーニに関して大きな成功を収めて来たの違いないと思います。こんなのはベーム、カラヤン以来です。

こういった作品は本当に職人芸が必要で、例えばシンフォニー育ちのラトルがやるかと言えば絶対やらないでしょう。やはり曲によってその人の向き不向きは必ずあって、若いうちはいろんな物に挑戦するのだけれど、年を経るに従ってレパートリーが決まっていくのだと思います。

まずガンベロットを歌うはずだったブルーノ・プラティコが病気と言うことで急遽タッディアが楽譜持ちで歌いました。しかし彼はその楽譜をうまく小道具として利用しながら素晴らしい歌を聴かせてくれてブラボー!シラグーサはいつもながら明るい伸びやかな声を自由に操って圧巻。ブラリッキオのマルコ・ヴィンコも芸達者で客を笑いに持っていく術はたいした物です。そしてエルネスティアのプルデンスカヤは素晴らしいコントラルトで自由にコロラトゥーラを操ってこれも圧巻。歌い手は皆素晴らしい出来でした。一方ゼッダはやはりロッシーニをよく知っていて、音楽の運びに全く不自然さがありません。ただ舞台上にオーケストラが載っている関係上バランスがいささか気にはなりました。

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2006年4月22日 (土)

サイモン・ラトル指揮ベルリンフィルハーモに管弦楽団 ドビュッシー「ペレアスとメリザンド」

松岡究です。今日はやはり昨日よりは暑くなりました。外を散歩してると汗ばんできます。しかしまだ冷気の残っているところ、例えばソニーセンターとポツダマープラッツという駅のコンコースは冷房をかけてるんじゃないかと思っちゃうくらい寒いです。空気が入れ替わってないんでしょうか?

さて今日は久々のラトルです。

曲目:ドビュッシー歌劇「ペレアスとメリザンド」演奏会形式

配役

メリザンド:アンジェリカ・キルヒシュラーガー

ジュヌヴィエーネ:アンナ・ラルソン

ペレアス:サイモン・キーンリーサイド

アルケル王:ロバート・ロイド

ゴロー:ローレント・ナオウリ

医者:ジュローム・アントワーヌ   他

指揮:サイモン・ラトル

一言で言えば「脱帽!!!(誰ですか?脱毛なんて言ってる人は。)」 一年前のブリテン「ピーター・グライムズ」を聴いた時も本番でこんなに洗練された完璧なことが出来るのかと耳を疑いまた打ちのめされたんだけど、今回も全く同じでした。フォルティッシモからピアニッシモまで完璧にコントロールされて、それが全く人工的でなく自然に音楽が流れていくんです。歌手たちもそのオーケストラとラトルの鮮やかな指揮に乗りに乗り、またその心情を細やかに歌い上げ、また時にはドラマティックに歌っていきます。驚いたのがプログラムには名前は載っていないんだけど、ィニョルドを歌ったボーイソプラノが圧巻!勿論大人たちも素晴らしい。「こんなことが実際に現実にベルリンでは行われているんだなあ(ため息)。」

そして「ペレアスとメリザンド」がこんなに素敵なオペラだったなんて初めて知った感じです。ドイチェオパーのペレアスも良かったですけど、ここまで作品の真価を引き出してはいなかったかな。というよりもラトルと今日の共演者、そしてベルリンフィルが本当にその真価を知らしめた演奏会でした。

ラトルも少し当たり外れがあって、1月に聴いたマーラーの4番は意外なほどつまらなかったですね。以前テレビで、まだ就任前にやはりベルリンフィルでやった4番は鳥肌が立つくらい感動を覚えましたけどね。でも今日は言うことなしでしょう。

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2006年4月10日 (月)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場「パルジファル」

松岡究です。昨日に引き続き「フェストターゲ」の2日目、ワグナー「パルジファル」を聴いて(観て)きました。

指揮:ダニエル・バレンボイム

演出:ベルント・アイヒンガー

配役

アンフォルタス:ハンノ ミュラー・ブラッハマン

ティトゥレル:ジェームス・クレスウェル

グルネマンツ:ルネ・パーぺ

パルジファル:ブルクハルト・フリッツ

クリングソール:クリストフ・フィッシェサー

クンドリー:ミハエラ・シュースター  その他

昨日も素晴らしかったですが、今日はもっと素晴らしかった。なんと言ってもバレンボイムが充実していて、悠揚たるスケールの大きな音楽。バレンボイムにはトリスタンよりパルジファルの方が合ってるんじゃないでしょうか。昨日も官能的かといえばそれはちょっと違うかなと。昨日のブーイングはその辺に原因があったのではないかと、今にして思えばですが。昨日は小さな傷が散見されましたが、今日はバレンボイムとシュターツカペレはほぼ完璧。前奏曲からバレンボイムは魂がこもっていたと言うか、彼がうなり声を上げたのは今まで聞いたことが無く、それほど彼は何か天からのインスピレーションがあったんではないかと思います。16時に始まって22時10分に幕が降りるまで、バレンボイムとオーケストラは全く緩むことなく、確信に満ちた充実した音楽を聴かせてくれました。バレンボイムの底力を痛切に感ぜずにはおれません。今日のカーテンコールはオーケストラとバレンボイムがみんな舞台に乗ってのカーテンコール。バレンボイム流と言うのでしょうか。かっこいいですね。演奏が終わるとオーケストラはくもの子を散らすようにピットからいなくなったんです。なるほどこのためだったんですね。オーケストラもこのカーテンコールは嬉しいでしょう。

演出も大変素敵でした。総じてスクリーンを多用した演出でしたが、それが大変効果的でした。まず前奏曲から舞台には地球と太陽を人工衛星から見るようなスクリーンが美しく神秘的に映し出されます。私は中学の頃から前奏曲と聖金曜日の音楽は聴いていたのですが、時間が止まったようなゆったりとした流れの音楽になかなかついていけなかったんです。今日のこの演出を見た瞬間「そうか、そういう音楽だったんだ」と一瞬にして悟ったような気持ちにさせられました。そうなんですよ~! 前奏曲が終わると一転して大きな柱を舞台に並べ立てて、神秘的な森を予感させるような舞台。そしてアンフォルタスが登場すると、そこはエジプト風の舞台に転換。2幕は乙女たちの花園が最初から暗黒の花園として描かれ、3幕に至っては、今度は絵画風なモノトーンの舞台。(とても美しかった)それが聖金曜の音楽を境に照明がそれに黄金色をつけていく。とにかくパルジファルの筋の展開を損ねたりすること無く、もっと崇高にまた色々なことを考え築かせてくれる舞台でした。

歌手陣では昨日に引き続き、ルネ・パーぺのグルネマンツがやはり素晴らしい。昨日そして今日と彼の存在感は圧倒的でした。クンドリーを歌ったシュースターもまた表現力豊かで圧巻!2幕は彼女のためにあったようなもの。パルジファルを歌ったフリッツもとてもいいテノール。最初の朴訥な感じから最後の自分が支配を宣言するまでのドラマをもう少し見せてほしかったとは思います。ティトゥレルを歌ったクレスウェルは実はコーミッシェオパーの専属歌手。とてもいい奴です。しかしこの配役の中に入ると1.5級の感じは否めません。まだ若いのでこれから精進してほしいと思います。

と言うことで、今日のパルジファルは昨日よりMUCH BETTERでした。

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2006年4月 9日 (日)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場「トリスタンとイゾルデ」プレミエ

松岡究です。今日からバレンボイムとベルリン国立歌劇場が毎年イースターに行っている「フェストターゲ」から、今日はその初日、ワグナーの「トリスタンとイゾルデ」のプレミエでした。

演出:シュテファン・バッハマン。

配役  トリスタン:ペーター・ザイフェルト

     イゾルデ:カタリーナ・ダライマン

     マルケ王:ルネ・パーぺ

     ブランゲーネ:ミシェル・デヤング  その他

先日コーミッシェオパーを聴いた時に疑いなくベスト5に入るといいましたが、この公演を聴いてベスト10に幅広修正しなければなりません。バレンボイム他、演出・歌手陣すべて素晴らしい出来で満足!!

まず演出ですが、バッハマンは舞台の上方と下方を使わず、あたかも映画を見るように空間を絞り込み、その絞り込んだ空間には白い布とその凹凸、そしてライティングだけで最初からこの大きな恋愛叙事詩を幻想的な世界に誘うのに成功していたと思います。大変美しく動きはほとんど無いのですが、何を言わんとしているのかがよくわかって秀逸。

歌手たちは上記の4人が圧倒的に素晴らしかったです。勿論この4人が素晴らしいことはこの上演の成功をそのまま物語るのですが、特にマルケ王のルネ・パーぺは豊かな声量と圧倒的な存在感で聴衆から誰よりも一番多く拍手とブラボーをもらっていました。ペーター・ザイフェルトも素晴らしいトリスタンで、最初から最後まで声は全く疲れることなく、緊張感を持って歌いきって見事。ブランゲーネのデヤングも登場こそ少ない物の、その声は聴く物を納得させるのに充分。そしてイゾルデのダライマンも素晴らしい感性と音楽性で、特に最後の「愛の死」は泣けてきました。勿論それはバレンボイムの音楽作りの素晴らしさにも寄ることが大きかったのは事実ですが。

最後にバレンボイム。今まで私は例えばN響でやったシューマンの4番、シカゴ響とやったブラームスの1・3番、ブダペストに留学していた折、リスト音楽院の学生たちとチケットもぎりのおじさんを強行突破してただで聴いたベルリンフィルとのブルックナーの5番、そして昨年のマーラー「大地の歌」、あるいは「ニュルンベルクのマイスタージンガー」とそんなにたくさんは聴いていないのですが、今ひとつピンと来なかった、そして今まで全くバレンボムの良さがわからずにいた私にとって、今日はバレンボイムの見方が変わった記念すべき日かもしれません。彼のカーテンコールはオーケストラピットが上まで上がってそこでライトアップされると言うかっこいいカーテンコール。数人ブーイングしていましたが、ブラボーが大多数を占めていました。今日の音楽作りは雄大かつ繊細でレパートリーでやっていた「マイスター」とは大違い。ともすると完璧を目指すあまり、音楽が硬質になって音楽の顔がしかめっ面している感じになってしまうのが彼の欠点だと思うんです。でも今日は違いました。彼のいいところばかりが出たのではないでしょうか。

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2006年4月 3日 (月)

ベルリンコーミッシェオパー「薔薇の騎士」プレミエ

松岡究です。ブラボー!!!私がベルリンに来て数ある公演を聴いた中で疑いなくベスト5に入る全てに満足した公演でした。そのベスト5とは、ティーレマンが指揮したR・シュトラウス「影のない女」「ダフネ」、シュターツオパーのロッシーニ「アルジェのイタリア女」、コーミッシェオパーのヘンデル「アルチーナ」そして今日のR・シュトラウス「薔薇の騎士」。番外としてコンサート形式ということでラトルの指揮したブリテン「ピーター・グライムズ」。

今日の指揮は勿論音楽監督のキリル・ぺトレンコ、演出は予定されていたリヒャルト・ジョーンズに代わって、インテンダントのアンドレアス・ホモキ。歌手は主なところは、伯爵夫人がゲラルディーネ・マックグレービー、男爵がイェンス・ラルセン、オクタービアンがステッラ・ドゥフェクシス、ゾフィーがブリギッテ・ゲラー。その他端役をコーミッシェオパーの専属が務めています。(マックグレービー以外は全部専属歌手です。)まずこの歌手たちは大変にアンサンブルがすばらしく声も同質で、最後の女性3人による3重唱などは今まで聴いた中でも飛びぬけてすばらしい出来でした。この重唱を聞きながら私の周りでは家内も含めて、何人もの人が涙をぬぐっていました。それほど美しかったんです。また私が以前2度指揮した「無口な女」ではモロズス卿という役柄が一番大変で、言葉の多さ、芝居の達者ぶりなど並みの歌手では勤まらないキャラクターですが、イェンス・ラルセンはモロズス卿と同じくらい大変な男爵役を本当に達者に見事にこなしていました。全てにおいて芝居から歌までそのアンサンブルのすばらしさ、歌の透明感など特筆すべきではないでしょうか。

ぺトレンコは最初こそ硬さが見られましたが、このオペラを室内楽的に捉え、大変透明感のある清潔かつメリハリの利いた音楽を聞かせてくれました。ご存知の通りワルツを多用しているこの曲は、指揮者とオーケストラのセンスがいっぺんに露呈してしまう危険性がありますが、そんな心配は全く無用でした。音楽の流れに身を任せて4時間半があっという間に過ぎ去っていきました。彼は本当にすばらしい指揮者に育ってきています。

ホモキの演出は、前回の「オネーギン」のように現代に読み替えていたらちょっと見たくないなあと思っていたのですが、それも無用の心配に終わりました。彼が東京で見せた「フィガロ」の空間をゆがめていく手法をここでも用いて、その貴族社会をある意味で風刺していきます。そして1幕から3幕まで空間をあえて狭めて見せることで人物の動きに集中度を高めさせて、演劇的な動きを凝縮して見せてくれました。

追伸:大野和士さんが、急遽ドイチェオパーにデヴューなさいました。演目は「タンホイザー」。私は全くこの情報を知らず、聴き逃してしまいました。

      hakaru matsuoka

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2006年4月 2日 (日)

ベルリンドイチェオパー「夢遊病の女」

松岡究です。今日はドイチェオパーでベッリーニの「夢遊病の女」を見ました。このプロダクションは先月の22日にプレミエを出した物です。配役はアミーナがシンツィア・フォルテ、エルヴィーノがアントニーノ・シラグーサ、ロドルフォ伯爵がアルテュン・コチュニアン、テレサがスザンネ・クロイシュ、リーサがアインホア・ガルメンディア他。指揮はダニエル・オーレン、演出はジョン・デュー。

こういうオペラははっきり言ってやりたくないですね。筋書きは稚拙で笑ってしまうほどだし、ベッリーニの音楽は脆弱で、そのオーケストレーションはよほどショパンのピアノ協奏曲のほうが良く書けてると思えるくらいの極めつけの簡素さ。メロディーは美しいけれども、その技巧を駆使する歌手に音楽を余りにもゆだねすぎていること、必ずしも音楽とドラマが一致していないこと。指揮者はベッリーニ特有の歌いまわしに熟知し、また歌手に振り回されることなく音楽を運んでいかなければならないこと(一種の究極の職人芸が必要です。ですからプッチーニのオペラと並んでベッリーニ、ドニゼッティーやロッシーニはじっくりと勉強できない売れっ子指揮者には全く理解の範疇を超えたところにあるオペラになってしまいます。こういった作曲家はシンフォニーで育った指揮者には全くお手上げ状態になってしまうんですね。だからこの作曲家のオペラの録音は大体たたき上げの指揮者がやっていることが多いです。ダニエル・オーレンはその意味でも今日の成功を導いた立役者です。)ざっと考えただけでもこんなにやりたくない理由が見つかってしまいます。

このようなオペラをやるのは、はっきり言って博打を打つような物で、歌手が調子悪いとなったらもうお手上げ状態になってしまう危険のある何とも恐ろしいオペラなんですね。

今日の公演ではなんと言ってもシラグーサのテノールがピカイチ!彼が第一声を発した途端にその明るい華のある歌声に引き込まれてしまいました。しかし聴衆はあまり彼のような声は好きではないようです。何人かはブーイングを発していましたのでどういうことなのか考えさせられました。多分彼のような声はドイツ人には明るすぎて内容のない声に聞こえるのではないでしょうか?ペーターシュライアーとは180度対極にある声質ですからね。アミーナを歌ったシンツィア・フォルテは最初はとてもビブラートがきつく、少々疲れが見えましたが、歌っていくうちに彼女の美観が遺憾なく発揮され始め、シラグーサとの2重唱は2人とも絶妙なピアニッシモを聴かせてくれましたし、なんと言ってもnonn credea で彼女は音楽性と情感、そして技巧が一級であることを示してくれました。

しかしなんと言う脆弱な音楽!本当にすばらしい歌手にめぐり合うことがなければ、このオペラは(ベッリーニは)決して上演されるべきではないと強く思いました。

      hakaru matsuoka

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2006年3月30日 (木)

ベルリンシュターツオパー「コジ・ファン・トゥッテ」

松岡究です。約3週間ぶりにベルリンに戻り、昨日早速国立歌劇場のモーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」を見ました。このプロダクションを見るのは実に3回目です。今回は音楽監督のバレンボイムが指揮するとあって大変楽しみにしていたのですが、彼はキャンセル。代わってカペルマイスターのダン・エッティンガーが指揮しました。勿論彼はすばらしい指揮者なので不満はありませんでしたが、このプロダクションはバレンボイムがプレミエを指揮しているので、少々がっかりでした。

最初にこの「コジ」を見たときの指揮はシモーネ・ヤングでした。はっきり言ってひどかったですね。オーケストラから完全に無視されている感じの音で、音楽に生気がなくアンサンブルもアマチュアのオケかというくらいひどい物でした。(日本のアマオケの方がよほどいい音を出しますよ。)彼女がN響に来た時「あれ?」と思っていたので、ここで答えが判った気がしました。たまたまN響もシュターツオパーもそうだったのかもしれませんが。2回目と3回目がダン・エッティンガーの指揮です。これは昨日もそうでしたが、とても良い正統的な音楽作り。彼の指揮ならば安心して聴くことが出来ます。まだ若いですが腕前はたいしたものだと思います。

このプロダクションのすばらしいところはなんと言っても演出です。「コジ」は正味3時間かかるオペラですし、またフィガロやドン・ジョバンニのように大団円へ向けて音楽が発展して行き聴く者を興奮の坩堝へ巻き込んでいくと言ったオペラではありません。乱暴ですが、言ってしまえばアリアと重唱をつなぎ合わせたようなオペラと言えなくもないのです。それを飽きさせずに聞かせる、見させると言うのは大変難しいのです。(そういう私は鳥取オペラ協会で11月4・5日に「コジ」を振ります。中村敬一さんの演出です。是非いらしてください。)しかし演出のドリス・デリーは最初から最後まで観客を飽きさせずにこのオペラを見せてくれるのです。かいつまんで説明すると、まずグリエルモとフェランドは会社の出張・転勤で2人の恋人と別れることになるんですが、この場面が飛行場のチェックインカウンターとして描かれます。場面奥にはジャンボ機の写真が。それに手を振って別れを惜しむフィオルディリージとドラベラ。勿論それはうそですから、彼ら2人は今度はヒッピーの格好で再度現れます。そして彼女らを口説いていく。(ここでの衣装のコンセプトは1960年代ではないでしょうか。チェックインカウンターにいる職員やスチュワーデスもミニスカートの衣装です。)そしてついには彼女らは彼らの策略に堕ちてしまうのですが、グリエルモとフィオルディリージはベッドインしたと言うことまで描かれています。そこへ再びジャンボ機が現れ2人は大慌て。彼女らはその時にしかったとばかりにほっ被りをしてこそこそと逃げ出そうとするのですが、それが微笑ましくもあり、女性演出家ならではの着眼点が本当に面白いんですね。我々が日ごろ思うようなことの心理描写が手に取るようにわかる演出と言ってもいいかもしれません。ピットの前に通路を作ってそこで演じさせたのも聴衆との距離感を縮めるのにはいいアイデアだったと思います。

今回の歌手たちは2回目に見た歌手たちとほとんど入れ替わっていました。私個人としては2度目に見た歌手たちの方が好みでした。それは今回の歌手たちはビブラートが少々きついので、特に重唱の時にハーモニーがうまく創生されないことが一番の欠点だったように思います。一人一人の力量はかなりあり、それぞれのアリアは聴き応え充分なのですが、如何せん重唱は問題ありなのは大変残念なことでした。

       hakaru matsuoka

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2006年3月 9日 (木)

ベルリンコーミシェオパー「オレスト」

松岡究です。6日にご紹介した米沢美佳さんのトリオ名は「アルテニウストリオ」、そして古楽器の合奏団は「ブロッケスアンサンブル」と言う名前だと言うことです。これからこのグループ名もどうぞ覚えてください。宜しくお願いいたします。

さて今日の本題ヘンデルのオペラ「オレスト」。指揮はトーマス・ヘンゲルブロック、演出はスバスティアン・バウムガルテン。先月26日にプレミエを出した新作です。プレミエには行けませんでしたが、米沢さんによると終わったとたんに物凄いブーイングが起こったということ。それは特に演出家に対してのブーイングだったようです。今日は逆にブラボーばかりの公演でした。

まず演出が映像ばかりに頼りすぎて、肝心の歌手たちの歌の心理や心が見えにくくなってしまったことがこの演出の悪いところだと思いますね。逆に映像の面白さもあったので、これも好みの問題に分かれるところでしょうか。次に音楽。指揮のヘンゲルブロックはこの前のマックレーシュと全く違う音楽作りでした。これは米沢さんの旦那さんのクライフさんから伺ったことですが、バロック音楽において、ピノックやガーディナーなどのイギリス系の音楽作りとコープマン、ブリュッヘンなどのオランダ系の音楽作りは大変対照的だということです。マックレーシュはイギリス系、今回のヘンゲルブロックはオランダ系ということでしょうか。ヘンゲルブロックは奏法として意図的に雑音を混ぜる行き方なんですね。ですから音楽がごついと言うか武骨な感じになります。逆にマックレーシュはエレガントで流れるような感じ。どちらかと言うと僕はイギリス系の方が好みなんですけど。しかし出てくる音楽の新鮮さはどちらも譲らず、飽きることなく聞かせてくれました。2人とも音楽に生命力を感じさせてすばらしいかったし、ヘンデルがまたすばらしい音楽。今回は休憩なしの2時間半でした。

ヘンゲルブロックは奇抜なアイデアが一つの売り物らしく、例えば今日のレシタティーフはアコーデオンとマンドリンで行っていましたし、その中にこれも意図的に不協和音や12音的な音を混ぜるなど、大変奇抜。しかしそれが変に演出の現代性とマッチしていて違和感がなかったり、ずいぶんと面白い体験でした。

ただ2人とも指揮の技術のおいては多少問題があり、アンサンブルに破綻をきたしていたところが散見されたのは残念でしたね。マックレーシュは「アルティーナ」は良かったんですがオーケストラの演奏会において、ヘンゲルブロックは今回のこの公演において。

         hakaru matsuoka

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2006年3月 7日 (火)

ベルリンドイチェオパー「アイーダ」

松岡究です。今日はドイチェオパーの「アイーダ」です。この演出は今は亡きゲッツ・フリードリッヒの物で、1982年にプレミエを出して以来24年間続いている物です。出演者の動きは少ない物の、場面設定や舞台装置は良く考えられた物で、24年間続いてきた根拠が判る気がします。指揮は2月にコルンゴルトの「死の都」を指揮したフィリップ・アウガン。彼はヴェルディの最後から3番目のこのオペラを見事に振りました。完成度としてはコルンゴルトよりこちらの方が良かったと思います。7時半に始まって終演が10時45分、3時間あまりを全く飽きさせず、弛緩することなく持っていったのは彼の手腕の高さを物語っているのではないかと思います。彼はもう一度9日に「アイーダ」をやって、小沢さんの代役となった、上野の森の「オテッロ」に来日するのではないでしょうか。はっきり言って期待していいと僕は思います。

歌手は主なところを上げると、アイーダがミシェーレ・クリーダー、アムネリスがマリアンネ・コルネッティ、ラダメスがフランコ・ファニーラ。他にアルテュ-ル・コチニアン、ピエール・ダラース等。それぞれが声も持っているので本当にイタリアオペラの醍醐味を充分に味わわせてもらいました。特にアイーダを歌ったクリーダーはすばらしく、フォルテからピアノまで自由に歌い分け、ただ声を聞かせるのだけではなく、アイーダの純な心と内面性を表現してすばらしい出来でした。ファニーラは「清きアイーダ」が悪くはないものの、やはり硬かったですね。下のF音に戻るたびに不必要な装飾音が付いてしまって残念。しかし彼も上から下まで均一な音色を持っていて(つまり上の音で開いたり、張り上げたりと言うことがないですし、下の音も良く響きます。)、これはちゃんとした歌い手である証拠。歌い手に限らず、楽器は皆上から下まで均一な音色を持つことがプロとしては求められます。それが一流になる一つの必要条件に違いありません。今日の特にこの2人の歌い手はそう言いきれる2人だったと思います。

       hakaru matsuoka

追伸 コメントは一週間を限度に削除させていただくことにしました。宜しくお願いいたします。

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2006年3月 5日 (日)

ベルリンコーミッシェオパー「アルツィーナ」

松岡究です。今日もコーミッシェオパーの公演から、ヘンデルの「アルツィーナ」。指揮は2月17日に定期で客演した、パウル・マックレーシュです。そう、皆さんにまたご紹介したい方がいるんですが、今日の公演のコンサートミストレスは米沢美佳さん。このオパーの第2コンサートマスターで、今日は舞台に載って、出演者としてもすばらしいヴァイオリンを披露してくれました。彼女のことは日を改めて、「友達3」として書きますね。

まず指揮のマックレーシュ、この前のコンサートとは打って変わって自分の専門分野であるバロック音楽のせいか、まるで水を得た魚のように生き生きとした指揮ぶり。そして音楽にも俄然活気があって3時間50分にも及ぶこの作品を飽きることなく聞かせてくれました。私が学生だった頃はヘンデルなんてバッハに比べたら2流で、深みのない作曲家だと教え込まれた記憶があります。とんでもないですよね!ヘンデルはこんなにすばらしい、まるで私たちと同じ時代を呼吸しているようなテンポ感あふれる音楽。マックレーシュは2004年11月に聴いた時よりもずっと音楽が生き生きとしてすばらしかったですね。でもあの時このマックレーシュがこのオパーの専属だったらいいのにと正直に思ったことでしたが、今日もう一度聴いて見ると、あの時に思ったことは間違いがなかったと改めて思いました。今日がこのオパーにとってこの演目は最後の公演だったのですが、米沢さんも曰く「オケのメンバーもこの曲は何度もやって知り尽くしてるからね」、ということばが表しているように、レパートリーとはかくも偉大なものかと感慨を深くしました。別の言葉で言うと、指揮もオケも歌手たち皆が音楽を楽しんでやってるということ。その典型を見たような気がします。「これが音楽だよ」ってな感じ。

歌手陣もすばらしい出来。特に女声陣はソプラノもアルトも大体4分音符120くらいの速さで、16文音符のアジリタを歌いまくって、これが悉くつぼにはまっているから爽快!オーケストラも現代楽器を使っているのもかかわらず、ノンヴィブラートをうまく用いてこれまたすばらしい響きとアンサンブル。この前のシュターツオパーのヤーコプスより良かったんじゃないかなあ。

      hakaru matsuoka

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2006年3月 4日 (土)

ベルリンコーミッシェオパー「エフネギー・オネーギン」

松岡究です。今日はコーミッシェオパーのチャイコフスキー「エフネギー・オネーギン」の再演初日です。このプロダクションには初めからかかわることが出来たんです。演出のホモキ(彼は新国立劇場で「フィガロ」を演出して、センセーションを巻き起こしましたね。僕はそう思ってますけど。)が、何を考え、どう演出するか?ということを毎日見ることが出来て、とても勉強になりました。勿論現代的な演出ですが、タティアーナやオネーギンの深層心理を合唱を使って巧みに表現したり、単なるメロドラマではなく、人間の心理的葛藤をうまく表現しているんですね。しかし、初演の時は物凄いブーイングで、その辺の描写が一度見ただけでは理解してもらえなかったんだと思います。僕は何度となく涙したんですけどね。

それで今日はまずぺトレンコがすばらしかったです。「ああ、レパートリーにするというのはこういうことなんだ」と実証してくれたような感じでした。この前より、より自在で、よりドラマティックでそしてシャープな指揮でした。2004年11月に初めてここに来て彼を最初に聞いたのが、オペラじゃなくてマーラーの4番だったんですけど、その時は硬くてちょっと聴くのが辛かったあの人が、こんなにすばらしい指揮者に成長を遂げているのを目の当たりにして、本当にすばらしいと思います。

次に歌手陣ですが、なんと言ってもレンスキーを歌ったマティアス・クリンクがピカイチ。彼の音楽性とチャイコフスキーの叙情性がぴたりと一致して、何ともいえないピアニッシモを聞かせてくれました。(彼のシュトゥットガルトでの「後宮からの誘拐」のDVDがありますがそれもすばらしい出来です。ザグログゼーク指揮)あとの歌手人はもう一つなんですね。ここにコーミッシェオパーの弱さがあります。しかしアンサンブルの良さ、言葉の届け方、合唱のアンサンブル力は大味な感じのあるドイチェオパーなどよりもすばらしいです。マティアスとその他の歌手の間の何が違うかというと、ざっくばらんに言うと音程なんです。皆それなりの音楽性とテクニックはあるんだけど、やはり音程の正確さにおいては彼だけです。だから表情が全て生きるんですね。表現したいことがその声に載って出てくるんです。その他の皆は、「声はすばらしいが・・・」、とか「音楽性はすばらしいが・・・」、ということになってしまいます。全部を兼ね備えるにはどうしたらいいんでしょうね?「それはいい音楽をやるしかない、いい音楽にはいい音程もいいリズムもいいハーモニーも全て含んでるから。」僕の先生の言葉です。全くその通りです。

    hakaru matsuoka

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2006年2月28日 (火)

ベルリンドイチェオパー「アラベラ」

松岡究です。今日のベルリンはとてもいい天気ですごく気持ちの言い一日でした。といっても寒いですよ。今日はドイチェオパーでR・シュトラウスの「アラベラ」を見てきました。今月の12日にプレミエを出したばかりですが、今日が最終回の日です。指揮は新国立劇場でフィガロを振ったウルフ・シルマー、演出はアレクサンダー・フォン・プファイル。先ず一番目を耳をひきつけたのが、アラベラを歌ったミヒャエラ・カウネ。本当にすばらしかった。シュトラウスのあの流れる旋律の曲線を実によく歌い上げていました。マンドリカも悪くはなかったですね。ただアラベラが良いのでそれに隠れてしまったような感じですね。(小森君そんなに悪くなかったよ) ただ声が足りないというかいい声してるんだけど声に華がないというか、ん~、実に難しい、こればっかりは本人の才能の問題?

指揮のウルフ・シルマーがまたすばらしかったですね。ブログの最初の方の記事でちょっと触れましたが、ちょうど1年前ティーレマンが辞任する直前のR・シュトラウスも本当にドイツ人がシュトラウスをやったらこんな音になるんだというお手本のような、濃厚でそれでいて美しく、私にとっては大変満ち足りた時間を過ごさせていただいた、そんなシュトラウスを聴かせてくれたとお伝えしたと思うんですけど、シルマーのは、ティーレマンのよりも柔らかくて明るいシュトラウス。しかし舞台のコントロールもオケのコントロールも実にうまく、自家薬籠中とはこのことかといった感じですね。この人ほどコンサートよりもオペラが向いている人はいないんじゃないかな。

演出は例によって現代風の演出。だから舞踏会も何もありません。身分の高さというか金を持ってるんだということで、車の種類はわからないんだけど、マンドリカはロールスロイスのような車に乗って現れました。逆にアラベラやズデンカはV・ワーゲンのようなの5ドアの大衆車。その他求婚者たちもジャガー?のようなスポーツカータイプの車だったりということです。だからシュトラウスの甘い旋律にはちょっとなじまなくて僕は見るのに苦労しましたけれど、最後のアラベラとマンドリカのシーンは雪を降らせていたんだけど、これは今まで見た雪のシーンではぴか一に綺麗でしたね。延々何分だろう、10~15分くらいずっと雪が降っていて、そこであの2重唱はジ~ンときました。雪にも仕掛けがあって本当にきらきらゆっくり降ってくるんです。作品の性格上大成功にはなかなかならないけど、大変上質な上演だったと思います。(大成功しやすいのは、言うまでもなく「サロメ」「エレクトラ」「薔薇の騎士」あたりでしょうね。こんなこと書くとしかられてしまいますかね。)

       hakaru matsuoka

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2006年2月22日 (水)

コルンゴルト「死の都」ベルリン・ドイツオペラ

松岡究です。今日はドイチェオパーのコルンゴルト「死の都」に出かけました。日本では2度ほど井上道義さんが演奏会形式で手がけているようです。私はこの作曲家の作品自体を聴くのが恥ずかしながら初めてで、ですから何の先入観も持たずに聴きました。はっきり言って、すばらしい作品。聴きながらプッチーニとワーグナーを連想しながら聞きました。随所に洗われる美しい旋律、それを一緒に撫でるヴァイオリンやチェロ。これは全くプッチーニだし、オーケストラから聞こえてくる絢爛たる和声はワーグナーの影響?という具合にです。このオペラを書いたのは、若干22歳の時というから驚きます。もう作曲技法は熟しきっていて、プッチーニやワグナーのように、重くなくいやらしくもなく、しかし豊かで明るく、実にセンスのいい仕上がりの音楽でした。帰ってからちょっとインターネットで見てみたのですが、マーラーやR・シュトラウスにも「天才」と言わしめた人だったようですね。

指揮はフィリップ・アウガン、演出はフィリップ・アルラウド。コルンゴルトルネッサンスといっても、やはりまだマイナーな作曲家であることは、どうしようもなく客の入りは多く見て3分の1くらいでしょうか。ベルリンでもこの人気かと思うと少し残念でした。でもこんなすばらしいオペラを発見できたことは収穫でした。私もいつかやってみたい作品になりました。指揮のアウガン、この作品の良さを充分に引き出していて良かったです。

     hakaru matsuoka

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2006年2月19日 (日)

「ポッペアの戴冠」ルネ・ヤーコプス

松岡究です。今日も暖かい一日でした。多分5度はあったと思います。(すみません調べていません)今日は今回私が一番見たかった物の一つです。ベルリン国立歌劇場で、毎年この2月中旬から3月のはじめに掛けて、ルネ・ヤーコプスを中心としたバロックのスペシャリストたちが、2本ないし3本のオペラを上演します。去年は「ウリッセの帰還」(モンテヴェルディ)と今年も演目に入っている「ディドとエネアス」(ヘンリー・パーセル)でしたが、今年は「ポッペアの戴冠」(モンテヴェルディ)、「ディドとエネアス」、そしてプロジェクトと題して「VESPRO」の3本立て。去年の2本はどちらもすばらしくて、その時以来私はルネ・ヤーコプスのファンになりました。

去年今年のモンテヴェルディ、そしてコンサートで聴いた「ティトの慈悲」(モーツアルト)「クセルクセス」(ヘンデル)そのどれもに共通して言えるのが、本当に良く考え抜かれていること、統一されているだけではなくオケも歌い手もヤーコプスの考えを見事に反映し、そしてそれが見事に昇華されて各人の自由な音楽になっていること、等が毎回強く感じることです。多分相当稽古を積んでいるんではないでしょうか?

こういったことは普通のコンサートでは到底実現できません。大体において普通のプロオケは1~3日練習して本番です。そこが職業音楽家の腕の見せ所ですが、やはりとことん追求したと言うところまではなかなか行かないでしょう?だからカラヤンにしろ日本だと朝比奈先生にしろ、あるいは師匠のコバケン先生にしろ同じ曲を何度も演奏して、深めて行くわけです。(例えばカラヤンも朝比奈先生もベートーヴェンの交響曲を何度も録音しなおしているでしょう)。小沢先生が松本で音楽祭を始めたのも、音楽をじっくりと、あるいはとことん追求したくなってきたから始めたんだと言われたことがあります。

舞台は勿論現代的な解釈による舞台でしたが(しかし美しい舞台でした)、一つ確信できたことがあります。それは時代考証的演出と言うのは少なくともドイツでは、全く見られなくなりました。しかし現代に読み替えることで、その作品が現代にも問題を投げかけうる作品である、そこから問題を発信して行く、あるいは今回、オーケストラの間奏での時に、ポップス系の歌手がやるような振り付け・踊りが何箇所か有ったのですが、それがモンテヴェルディの音楽と全く違和感なく見れたんですね。不思議でしたよ。その意味でも今回のこの公演は大きな意味を思っていると思いましたし、観客も大いに沸いていました。

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