« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月26日 (木)

帰国しました

松岡究です。帰国しました。

例によって機内での映画は、まずサンドラ・ブロック主演の「プレモニション」。目覚めるたびに起きる曜日が交錯し、もう一息で夫を助けるところまで行きながら、それが果たせないと言う心理劇。2本目はニコラス・ケイジ主演の「ゴースト・ライター」。自分からほれ込んで主演を射止めたと言うことですが、ちょっと無理があったかも。3本目は阿部寛主演のコメディー「バブルへGO!」。これは面白かったです。当時の大蔵省の「銀行の不動産取引の規制発表」を阻止しようとドラム式の洗濯機のタイムマシンで1990年にタイムスリップすると言うコメディー。理屈ぬきで楽しめました。

本は2冊。松本猛「いわさきちひろの絵と心」。この本は6月にユニフィルと長野に演奏旅行に行ったおり、安曇野のいわさきちひろ美術館で買った本と言うより、彼女の絵と息子で東京のいわさきちひろ美術館の館長である松本猛氏の解説本。彼女の絵は昔から雑誌等でよく見ていましたが、共産党の書記長であられた松本善明氏の奥方とは全く知らず、大変驚きました。2冊目は青木やよいさんの「ゲーテとベートーベン」。ゲーテとベートーベンの人間性・性格、そして何よりこの2人の結びつきがこれほど互いに尊敬しあいながら交友があったとは新しい発見でした。音楽家としてベートーベンの新しい面を見せて頂いて感謝。

hakaru matsuoka

| | コメント (0)

気付き4

松岡究です。昨日まで日本の現状を見つめ、社会科教育とアイデンティティを考えることが重要ではないかと言ってきましたが、ここでもっと日本人の本質・性格等を考えてみたいと思います。

「源氏物語」は世界最古の優れた恋愛小説ですが、その繊細な心情描写は日本のお家芸ですよね。「もののあわれ」「あ・うんの呼吸」などの微妙な揺れは、音楽でも例えば武満徹さんのノヴェンバー・ステップスで表現されており、ロジカルに組み立てられていく西洋音楽とは全く異次元の音楽です。ですからオンリーワンの個性として武満さんは世界的に評価されました。源氏物語も然りです。

日本人とは生来「言わなくてもわかってくれよ」的なところのある、議論のあまり上手ではない民族です。「そんなところまで言わなければならない」と思ったとたんに白けたり、疲れがどっと出たりして、話したくなくなったりします(私がそうです)。反対に西洋人・中国人は皆議論好きで(その激しい喋り方に私は今でも辟易してしまいますが)、論理的に議論できることが求められます。

ドイツのオーケストラは、特に音楽監督の音楽観がどのようなものであるかを知りたがるようです。そしてその音楽観に敬意を表し演奏することが好きです。例えばチェリビダッケのリハーサルはリハーサルの70%はチェリビダッケの話であると言っても過言ではないでしょう。逆にいくらテクニックがあっても、それを説明できないとオーケストラの楽員は納得しない傾向があると思います。

世界的に見て、日本人のような感性を持ち「あ・うん」で済ませられる民族は少ないんじゃないでしょうか?「だからさ、ね、わかってよ」ではわかってくれないのが世界です。このような民族性は稀有なものですが、この民族性を大事にしつつも、もっと論理的思考の出来る人間にならなければ世界には通用しないと思うのです。なぜなら世界の大多数が議論を求めるからです。

しかしその議論は、日本の国会に代表されるように未だに大変幼稚なものです。考えることをやめ、大変情緒的な考えだけで日本の政治は運営されてきました。だからこそ歴史的知識がしっかりし、論理的思考のできる、情緒のわかる日本人になる。これがこれからの日本を背負って立つ人間になるのではないでしょうか。

hakaru matsuoka

| | コメント (0)

2007年7月24日 (火)

気付き3

松岡究です。全くの門外漢の政治・経済を考えてきて、やはり確信を持っていえることは、日本は歴史教育や地理などの社会科教育をもっと真面目に考える必要があると言うことです。受験はわかりますが、余りにも社会科を蔑ろにしていて、若い世代が国際問題を考えることが出来ない、考える下地が出来ていないのではと思います。地球儀を見てろくに国を指し示せない中高生がいると言うことを聞くと愕然とするというより、なるほど日本の力が弱くなった原因はここにあると思ってしまうのです。

もう一つ、ついでに言わせていただくなら、今日本ではヨーロッパが記録的な暑さに見舞われているとマスコミでは報じているようですが、ヨーロッパと言っても30数カ国、広いんです。ベルリンでは1週間くらい前から3日間だけ30度を越した日が続きましたが(一日だけ38・9度と言う日がありました)、後は普通の夏です。30度には行かないけれど、暑さはあるなあと言う感じでしょうか。何が言いたいかというと、なぜヨーロッパと大きなくくりで報じるのでしょうか?私が小学生のころ外人を見ると「あ、アメリカ人だ」と言っていた幼稚な思考と全く変わらないと思うんです。

マスコミでさえそんな程度なんですね。単一民族の日本人は日本に住んでいる限りにおいて、「アイデンティティ」と言うものを考える必要は全くないといっても良いと思います。でも外国では「アイデンティティ」を考えなければ、はっきり言って生きて行けないくらい大切なものです。これからはその理解が問題になってくるのではないでしょうか?

やはり教育に本腰を入れて取り組まねばならない時だと思います。

hakaru matsuoka

| | コメント (0)

2007年7月23日 (月)

気付き2

松岡究です。今日は雨が降って、気温がうんと下がりました。街行く人たちは皆ジャンバーや上着を着ています。

さて、政治や経済について全くの門外漢の私でさえ今の日本は危機的状況にあると思います。しかし日本にいるとそうは思わなくなるのが怖いところです。

「経済」

ヨーロッパのユーロは今168円前後で推移しています。私がベルリンに来て約2年ちょっとの間に35円くらい値上がりしています。ベルリンに来るたびに貧乏になる気がします。外食がめっきり減り、自炊が大変多くなりました(笑)。今やEUはドルを凌ぐ強さを発揮し始め、そのうち国際通貨になってしまうのではと思ってしまいます。

つまりドルが没落し始めていると言うのが本当のところであるようです。フセインは石油をドルからユーロに切り替えて売ったことで、アメリカから攻撃されて今のような事になりました。そしてアメリカはロシアの石油をアメリカに持ち込もうとしてプーチンにそれを阻止されたことの報復で、旧ソ連属国でオレンジ革命等を起こし、ロシアも石油売りをドルからユーロに切り替えたり、ユコスの社長を逮捕し、アメリカに石油が流れなくなったことでアメリカと冷戦以来の緊張関係を作り出しています。

今までは世界はアメリカ中心(ドルが世界通貨)の一極主義時代でしたが、その流れは完全に多極主義時代に移行しつつあるようです。それが今のユーロ高を招いている最大の要因ではないでしょうか?

アメリカはもう10年もすると自国での石油生産が底を付くと言うことです。だからブッシュさんは今躍起になって石油の出るところをつまり中東の問題を一番の優先課題にしているわけです。また色々な国がドルではなくユーロで売買を始めています。そうなるとドルは自然に下がり、国際通貨としての力をなくしていきます。つまりアメリカの没落は徐々にですが始まっていると言うことです。

それにもかかわらず戦後60年ひたすらアメリカに従順に従ってきた日本はこのままでは「親亀こけたら・・・」になってしまうわけです。昨日も書いたように政治的にもアメリカは中国に追いつかれようとしています。(政治的というのは核の力がどれだけ強いかということを言うそうです)そしてロシアもまた豊富な天然資源(例えば天然ガス埋蔵量世界一)を背景に国力を盛り返してきています。

つまり経済的にアメリカは徐々に没落すると言うことは政治的にも発言力が弱くなると言うことを意味するのではないでしょうか。そして変わって中国とロシアが台頭してくる。そうなるとアメリカ一辺倒だった日本は、今の唯一よりどころの経済力を維持するのは到底無理だろうと思います。

経済的にうまく行かなくなる。政治的にも何の発言力も無い。となった場合に日本はどうなってしまうんでしょうか?今でこそ経済力は世界2位の地位がありますが、日本沈没も間近な気がしてきませんか?

EUは30数カ国が加盟し大きな経済力を発揮しつつあります。つまりEU内部ではユーロが国際通貨であるわけなので、これからもどんどん加盟国が増えて発展していく勢いがあります。ルーブルも今よりはもっと強くなるでしょう。

こう考えてくると、本当に日本は今のままでいいのかと思わざるを得ません。今のままアメリカの保護領で良いと高をくくっているとどうなってしまうんでしょうか。確実にアメリカは没落し始めています。中国は物凄い勢いで発展しています。ロシアも力をつけ始めました。北朝鮮も核を持ちました。ヨーロッパもユーロで回復してきました。日本は・・・

hakaru matsuoka

| | コメント (0)

2007年7月22日 (日)

気付き1

松岡究です。もうすぐ参議院選挙ですが、日本ではどういった情勢なのでしょうか?日本を離れて住んでいると、そういった生のと言うかダイレクトに情勢を皮膚感覚的に感じるのはちょっと難しいですが、その反面日本と言う国が良く見えてくるのは外国に暮らすことの面白い一面だと思います。きょうから「気付き」と題して私の所見を述べてみたいと思います。

まず「政治」

安部総理が日本国憲法を見直すと言う発言をされていますが、それは9条に関することだといって間違いは無いのでしょう。

日本にいて、例えば「北朝鮮に拉致された人を返せ」といっても、北朝鮮は全く日本を無視した外交をしていますよね。中国は反日感情を国家的な教育として実行し、自分達の侵略行為は棚上げして(例えば毛沢東以下中国共産党は4000万人以上を虐殺したと言うのは真実です)、すぐに靖国問題や旧日本軍の行為を持ち出します。またアメリカは自分達の経済状況が悪くなるとイヌのように尻尾を振る日本(ちょっと言葉が過ぎていますが)に対して色んなものを買わせますし、すぐに圧力をかけてきます。こういったことがどうして日本人には不思議ではないのでしょうか?(でも日本にいるとこういったことはショウガナイと諦めたり、そうなんだとまるで不感症のように耳から耳へ通り過ぎてしまうところに怖さがあります)日本の外交はこういったことを、戦後60年もそのままに放置してきたと思わざるを得ません。日本がいくら平和的に話し合おうとしても、いくら謙虚に(日本の美学ですが)出たところで、鼻にも掛けられていないのが現実だと言うのが見えてきます。

どうしてこんなに日本は馬鹿にされているのでしょうか?今は日本外交が今まで散々言われてきたように「3流だからしょうがない」で片付けてはいけない段階のような気がするのです。ヨーロッパはある意味で成熟した考えを持っています。しかし、2度の世界大戦、資源のなさ、19世紀の栄光にすがってきた後遺症から斜陽の時期を迎えざるを得ませんでした。しかし、今日EUと言うものを結成し、今やアメリカドルを凌駕しつつあります。ヨーロッパ人はそういった意味で大変賢く自分達の道を切り開こうとしています。

翻って日本はどうでしょうか。確かに経済は世界的になりましたが、世界に対する発言力は一向に強くなりません。

伊藤貫氏の「中国の核が世界を制する」と言う本がありますが、その中でニクソンと周恩来首相の会談で「日本に核抑止力を持たせない。日本が独立した外交政策・軍事政策を実行できる国になることを阻止する。その為にアメリカは日本に米軍を駐留させておく」と言う密約があったと述べています。つまりアメリカが米軍を駐留させているのは日本をずっと骨抜きの状態にしておく事に他なりません。そしてほとんどの政治家がアメリカの言うことを聞いていたら、「核の傘」には言っていれば守ってくれると洗脳されているように見えてきます。同盟国とは名ばかりで、実際は自分達の覇権を維持するため日本を利用しているに過ぎないのです。

中国は日本を子供のようにしか扱っていないということがよくわかります。中国がまともに日本の言うことを聞いてくれたニュースを聞いたことがあるでしょうか?(そのニュースのほとんどは日本を全くバカにしている生地やニュースばかりだと思うのですが。)自分達に都合の悪いことが起きると決まって靖国問題や旧日本軍の行為を持ち出し、大騒ぎをします。しかしその間に中国は毎年軍事費を驚異的に増やし続け、後15年したらアメリカと並ぶ核軍事力を持つであろうといわれています。伊藤氏は「アメリカは日本を守らないだろう。そして日本は中国の属国とならざるを得ない」と述べていますが、その危険性は大いにあると思います。中国はアメリカが台頭するまで、世界を牛耳っていた大国でした。元の時代にはその領地はヨーロッパまで及びましたし、今でも広大な面積を有しています。その中国がもう一度世界を牛耳りたいと思うのは伊藤氏によるとごく自然だということです。三国志を読んでいてもわかるように(大変面白くていろんな意味でためになりますが)、その殺戮の場面となると徹底的に息の根を止める、その部族(一族)がいなくなるまで殲滅させるというのが彼らの手口です。その民族性は脈々と今日も完全に引き継がれていて(それは中国共産党(毛沢東)の4000万を超える大量虐殺が物語っています)、いつ日本にその矛先が向くかわからないのです。「俺達の言うことを聞いて属国にならないと核をぶち込むぞ」くらい訳なく言える国家なのです。中国は400年の歴史を持つと湛えられますが、逆に一度も民主的な選挙をしたことがなく、4000年間ずっと今でも中央集権国家だと言うことを忘れてはいけませんし、伊藤氏の言葉を借りると「中国にとって日本は、中華権の一地方出なければ気がすまない」と言うのが中国だと言うことです。

初代防衛大臣の「しょうがない」発言がありましたが、私も長崎で生まれ中1まで育った人間として「あれは軽率だった」と思いました。しかし考えなくてはならないのが、あの発言がどうのこうのという感情論ではなく、本当に日本は核を持たなくて世界と対等に渡り合えるのか?と言うことです。今や北朝鮮も核を持ってしまいました。だから今後はもっと核を持たない日本はあの貧困の国北朝鮮にけんもほろろに扱われるのではないでしょうか?拉致問題は本当に解決しない問題になってしまったのではないでしょうか?

アメリカの認識は、日本は独立国ではなく保護領だということです。独立国ではないが故に何の発言力も無い日本はお金だけ出してくれる恰好のあしながおじさんです。これからゆっくり没落していくアメリカは、中国が10年20年先にアメリカと対等の核の力を持った場合に、決してに日本を「核の傘」で守ってくれることはしないでしょう。反対に「日本を譲るからアメリカには危害を加えないでくれ」と言う風にならないとも限らないのが今の情勢です。そうなった時は伊藤氏の言うように日本は中国の属国とならざるを得ないのがおちではないでしょうか。

hakaru matsuoka

| | コメント (0)

2007年7月19日 (木)

ベルリンコーミッシェオパー レハール「微笑みの国」

松岡究です。一昨日までの猛暑は影を潜め、やっとヨーロッパらしい夏になってきました。気温は30度に届かず、朝晩は20度くらい。これから週末にかけてはもう少し涼しくなるようです。

演目  レハール 「微笑みの国」

配役  リヒテンフェルス伯爵:ハンス・マルティン・ナウ

     リサ:タチアナ・ガズディク

     グスタフ伯爵:トム・エリック・リー

     スー・チョン王子:イェルグ・ブリュックナー   他

  演出:ペーター・コンヴィチュニー

  指揮:キリル・ペトレンコ

素晴らしい舞台と素晴らしい音楽。レハールがこんない充実した音楽を書いていたなんて恥ずかしながら今まで知りませんでした。まず何と言ってもペトレンコの奏でる音楽が素晴らしい。彼はウィーンフォルクスオパーのカペルマイスターを務めていたこともあり、この作品は既に手の内にあるこなれたものと見受けました。どこを取っても伸びやかな旋律とフレージング。そしてここぞと言う時のオケのドライブ。こんなに劇的なオペレッタだったんですね。勿論カーテンコールではペトレンコとオケに盛大な拍手とブラボーが。

歌手では声は少し非力ながら、王子役の代役を務めたブリュックナーがすばらしい。代役としては大成功。

コンヴィチュニーの演出は平たく言えば「反戦・反核。命の尊さ」にあったのではないかと思います。8人の国賓が出てくる所謂バレーの場面では、ナポレオン・ヒトラー・毛沢東・カストロ等の所謂独裁者を出し殺し合いをさせ、その場面の最後には核爆発の映像を流し、また2幕の女声合唱の場面では、戦争のむごさと虚無感を見事に演出していました。そして最後にはあっけなくミーの友人を中国人に殺害させ、中国での毛沢東の大量殺戮を暗に批判しているのではなかったかと思います。コンヴィチュニーが甘く切ない最後を悲劇として演出したことには度肝を抜かされました。まさに衝撃的舞台。そして素晴らしい舞台でした。

と言うことで、音楽監督のペトレンコは今日を最後にここを離れ、しばらくフリーで活躍するそうです。ペトレンコとコーミッシェオパーの蜜月時代は今日終わりました。素晴らしい時に私はここで勉強させていただき、心から感謝しています。

P.S.先日コワルスキーはコーミッシェオパーの専属をやめると書きましたが、引き続き専属を務めるようです。申し訳ありませんでした。 

   hakaru matsuoka

| | コメント (0)

2007年7月17日 (火)

ベルリンコーミッシェオパー R・シュトラウス「薔薇の騎士」

松岡究です。今日は暑かったです。38度会ったようで、外にでていると空気が体温より高いのが良くわかります。

久しぶりにトランペットの高見信行君と会って、昼はベトナム料理をご一緒しました。彼は去年の毎コン1位と言う優れものです。日本でも時々コンサートをやっているようです。音色は素晴らしいし、テクニックも抜群で、きっと日本を代表するトランペッターになるでしょう。楽しいひと時でした。

演目  R・シュトラウス「薔薇の騎士」

配役  公爵夫人:ゲラルディーネ・マックグレーヴィー

     オックス男爵:ヤンス・ラルセン

     オクタヴィアン:ステラ・ドゥフェクシス

     ゾフィー:ブリギッテ・ゲラー    他

  演出:アンドレアス・ホモキ

  指揮:キリル・ペトレンコ

この舞台は去年の4月のプレミエを出した舞台で、私はこのブログでベルリンで聴いたオペラの中のベスト5の一つということを書いたと思います。今日はそれを1枚も2枚も上回る素晴らしい舞台。プレミエのときのぎこちなさは全く無くなり、演技や動作が全て自然で、演出の意図が大変明確になっていました。歌手陣は上記の4人が圧倒的に素晴らしく、特に3重唱はうっとりするくらいに美しく、またラルセンの熱演は観客を惹きつけずにはいませんでした。そして何よりペトレンコとオケが素晴らしい音楽を奏で、4時間7分と言う時間の長さを全く感じさせない、引き締まりかつ雄大な音楽作りで大きな喝采を浴びていました。予告では4時間半と言う舞台だったのが、4時間7分と言う時間になったことからもどれだけスピーディーにそして引き締まった時間であったかがお分かりになると思います。言葉を変えて言うならば、それはペトレンコの音楽性そのもので、この若き巨匠の将来が本当に嘱望されます。

   hakaru matsuoka

| | コメント (0)

2007年7月16日 (月)

ベルリンコーミッシェオパー J・シュトラウス「こうもり」

松岡究です。ベルリンは予報どおり思いっきり夏になってしまいました。気温はそれまでの15・6度から倍の30度以上。今日などは35~8度の予報が出ています。大きな施設は冷房があるのですが、ほとんどそのようなものは無いのが一般的なので、例えば電車やバスなどはうだるような暑さです。多分車内は40度を優に超えていると思われます。大体が寒いところなので、バスや電車も大きな窓が開く設計ではありません。私のアパートは北向きなので、外とは全然違って長袖が必要です。一種の天然クーラーみたいなもんです(良かった!)。

演目   J・シュトラウス 「こうもり」

配役   アイゼンシュタイン伯爵:シュテファン・シュピーヴォク

      ロザリンデ:ジネアド・ムルヘルン

      オルロフスキー:ヨッヘン・コワルスキー    他

   演出:ハリー・クプファー

   指揮:キンボー・イシイ・エトー

クプファーの演出での最後の舞台。舞台にエレベーターを備え、舞台を回転させてスピーディーに物語を進行させるこの名舞台も最後の公演になりました。確か日本にもこの舞台は行っているはずです。今日で終わりとばかり、舞台では色々とアドリブがでてそれに聴衆が反応して大変活気ある舞台になっていました。またコワルスキーも今回でオパーの専属をやめるらしく (彼はここ数年この舞台にしか顔を出していません)、彼のファンがたくさん。見た感じはかなりお年を召したように見受けられましたが、歌い始めるとその声は健在!聴衆にも大うけで、カーテンコールでは花束が何本も投げ入れられる人気ぶり。やはり一世を風靡した人なんであります。

キンボーはこのオケから、ウィーン風の溌剌とした音楽を引き出していました。

来期はホモキの新演出で「こうもり」は続きます。早速9月23日にプレミエがあります。その様子はまたこのブログで報告したいと思っています。

    hakaru matsuoka

| | コメント (0)

2007年7月14日 (土)

コーミッシェオパー管定期公演

松岡究です。今日は幾分寒さは和らいだものの、依然として気温は11度から18度の間で、長袖にセーターの生活です。明日あたりから急に夏がくる予報が出ている模様ですが、どうなることやら。

曲目   シベリウス:交響曲第7番ハ長調作品105

      ニールセン:フルート協奏曲

      ラフマニノフ:「鐘」 ソリストと合唱とオーケストラのための

    フルート:クリスティアーネ・ファスベンダー

    ソプラノ:タチアナ・ガズディク

    テノール:パヴォル・ブレスリク

    バリトン:アレクサンダー・ヴィノグラードフ

    合唱:コーミッシェオパー合唱団

    指揮:キリル・ペトレンコ

たいへん充実したコンサートでした。今期限りでコーミッシェオパーを去るペトレンコと言うこともあって会場は超満員。コーミッシェオパーが満員札止めになるのはシーズンの中でもそんなにあることではなく、これを持ってしても彼のこのオペラハウスに残した足跡と楽員聴衆からの支持はたいへん熱いものがあったと思います。

最初のシベリウスの第7交響曲。ペトレンコにたいへん柔軟さが加わってきているように思えました。特に前半部分での悠揚たるオケの歌わせ方は彼の新境地を垣間見た思いです。後半やや表面的に流れる傾向があったことは残念でしたが、しかしこの難曲をここまで聴かせるのは彼の著しい進歩の証です。

2曲目のニールセンは以前にベルリンフィルでラトルとパユがやったことを思い出しました。フルートのファスベンダーはこのオケの首席奏者ですが、たいへんな名手でコーミッシェオパーのメンバーもだんだんと名手ぞろいになってきました。その彼女は清潔な音楽性と確かなテクニックで私としてはパユよりも楽しめた演奏でした。

最後の「鐘」。耳にするのは初めてでした。ペトレンコは実に入念にこの作品に取り組み、大きなうねるような表情や歌謡性を存分にオケから引き出していましたが、合唱が少々乱雑だったのは残念。ソロはソプラノのガズディクが柔らかい声とフレージングを大きく取った歌で秀逸でした。ただ疑問なのはこの曲はそんなに良い曲なんでしょうか?なんとなく内容の無い駄作のような気がしますが。

終演後はインテンダンとのホモキ氏が出てきて、ペトレンコに5年間の感謝と功績をたたえる演説をし、オケからも感謝の言葉が述べられ、彼の退任を祝いまた惜しんでいました。

   hakaru matsuoka

| | コメント (0)

2007年7月13日 (金)

今回の帰国におけるコンサートについて2

松岡究です。7月8日に浜松交響楽団と浜松ゆかりの歌手の方々、そしてアレクセイ・ゴルラッチとの演奏会を指揮しました。浜松交響楽団とももう10年以上の付き合いになります。このオーケストラはアマチュアであるにもかかわらず財団法人であり、浜松青年会議所の方々が献身的に裏方として支えていっているということが大きな特色で、サントリー文化賞や中日文化賞などの受賞暦のあるたいへん優秀なオーケストラです。音楽監督の白柳先生を始め、鈴木理事長等、各団員に至るまで皆さん素晴らしい方々で、いつも気持ちよく仕事をさせていただいています。

今回も9月に市民オペラをやるということで、そのデモンストレーションを兼ねて「ラ・ボエーム」の抜粋ー冷たき手を、私の名はミミ、愛の2重唱、ムゼッタのワルツ、そして3幕と言うプッチーニ節の炸裂したところばかりをやりましたが、歌手が私の後ろにいるというハンデにもかかわらず、たいへん充実した演奏をやってくれました。若い歌手たちもたいへん優秀でこの分なら9月は大成功間違いないでしょう。

そして後半は昨年浜松国際ピアノコンクールで優勝したゴルラッチ氏との「皇帝」。本番はとてもエキサイティングな演奏で、彼の持つ歌心と一流のピアニズムがマッチした素敵な演奏になりました。勿論浜響も素晴らしいサポートでした。こういったコンクールの受賞者の記念演奏会を浜響と言うアマチュアの団体がやるということにも、この団体の凄さがわかると言うものです。

と言うことで今回の帰国ではたいへん満足の行く成果が得られたと思っています。

     hakaru matsuoka

| | コメント (0)

2007年7月12日 (木)

今回の帰国におけるコンサートについて1

松岡究です。6月8日から約1ヶ月の帰国で、ユニフィルとの演奏旅行、また浜松でアレクセイ・ゴルラッチとの「皇帝」、「ラ・ボエーム」抜粋のコンサートを指揮しましたが、両方ともにたいへん有意義なそして質の高い演奏会が出来たと思います。

今日はユニフィルとの演奏旅行について

6月10日にリハーサルをして11日から18日まで回数にすると17回の本番を指揮しました。その内容は長野県安曇野市の小中学校を訪問してのコンサートです。私は「こういうコンサートは大変に重要だと思っていますし、やっていて本当に良かったなあと思える大変素敵な仕事です。

まずダイレクトに子供達の反応が伝わってきます。これはたいへん素晴らしいことである意味では音楽家冥利に尽きるところがあります。今回もどの学校でも大きな拍手と反響を受け大変満足しました。こういった子供に対するコンサートはたいへん重要で、この中から今日のコンサートをきっかけに「音楽が好きになった」「音楽家になりたいと思った」といった子供が現れるかもしれませんし、将来の音楽界を支えてくれる大切な聴衆にもなってくれるわけです。何を隠そう私もドヴォルザークの「新世界」を小学校の時に聴いて大感激したことが、今でさえも指揮者としてやっていく中での大きな支えであるのです。そのときのことを考えるとすぐに初心に帰れるのです。そういう私ですから一生懸命に必然的になりますし、また大きな使命を持って仕事に取り組めます。

またユニフィル(東京ユニバーサルフィル)とも、14年前のグノーの「ロメオとジュリエット」以来たいへん良好な関係が続いており、気持ちよく仕事ができるというのもたいへんありがたいことだと思っています。

     hakaru matsuoka

| | コメント (0)

2007年7月11日 (水)

昨日ベルリンに帰ってきました

松岡究です。今回の帰国が約1ヶ月であったため、久しぶりの投稿になってしまいました。こちらに帰って来て、第一の感想は「寒い」です。今日も最高気温は18度くらいで、朝晩はもっと冷え込みます。気持ちを引き締めないと風邪を引いてしまいますね。

さて例によって機内での映画並びに読んだ本は、「憑神」、「ザ・シューター」「フリーダム・ライターズ」の3本。本はカレン・キングストンの「ガラクタ捨てれば自分が見える」と平秀信・廣田康之「凡人の野望」の2冊。

「憑神」は何と言っても西田敏之の貧乏神の演技が笑わせてくれました。この人は本当に素晴らしい役者ですね。今人気ナンバー1の妻夫木君も良い演技だったと思います。「ザ・シューター」は掛値無しに面白い映画でした。1600メートルもの遠距離からでも100発100中の射撃の名人が、合衆国の黒幕にうまく利用させられ追い詰められていく様は手に汗握ります。現在のアメリカ大統領を痛烈に皮肉った映画でもあり、たいへん痛快でした。「フリーダム・ライターズ」は、すさんだ高校で献身的に教育に没頭するヒロインが良く描けていた映画でした。人間は皆本当は善良なんだと思いますね、こういう映画を見ると。

「ガラクタ・・・・」は今の私にはたいへんタイムリーな本でした。体も心も勿論家の中も、こういう風に綺麗に出来たらと心底思いました。今度帰国したらガラクタを捨てましょう。

「凡人の野望」は私に足りないところを再認識させてくれました。頑張ろう!!!

     hakaru matsuoka

| | コメント (0)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »