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2006年9月21日 (木)

クラウディオ アッバード指揮ベルリンフィルヨーロッパコンサート2002

松岡究です。今日も関さんから貸していただいたDVDからご紹介したいと思います。

   曲目  ベートーヴェン:エグモント序曲

        ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調

        ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

   アンコール  ヴェルディ:「シチリアの夕べの祈り」序曲

         ヴァイオリン:ギル・シャハム

         指揮:クラウディオ・アッバード

このDVDはアッバードが癌を克服して2年くらい経ったときのものではないかと思います。(定かではありません)

癌から復帰した直後は、確か白髪になりやせこけていたと記憶していますが、このときにはすっかり健康を取り戻していたようです。最初のエグモントから彼の集中力は大変なもので、このコンサートが「多分うまく行ったのでしょう」オいうことが容易に見て取れます。

2曲目のシャハムの演奏はほぼ完璧な演奏で、こんなに完成度が高くまた燃焼度の高い演奏も聴いた記憶がないほどです。最初から最後までこの演奏にひきつけられてしまいました。演奏会でこれほどまでに完璧な演奏は奇跡的と言って良いかもしれません。

3曲目の「新世界」も大変興の乗った演奏で、この演奏を聴き、アッバードを見ていると、彼がなぜベルリンフィルの監督に抜擢されたかという理由あるいはアッバードの天才的指揮ぶりが良くわかるような気がします。

ベルリンフィルの団員もその霊感豊かな指揮に乗せられ素晴らしい演奏。団員も盛んにアッバードに拍手を送っていました。

アンコールのヴェルディにいたっては全く凄いの一言。彼は正真正銘のイタリア人でありました。

      hakaru matsuoka

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2006年9月17日 (日)

ドレスデン国立歌劇場管弦楽団演奏会

松岡究です。今日はベルリンの友人の関さんからお借りしたDVDを見ての感想です。

曲目  モーツァルト:レクイエムニ短調

    指揮:コリン・デーヴィス

すみません。歌い手の名前は忘れてしまいました。

この演奏会は2004年の2月14日にドレスデンの空爆で亡くなられた方たちを追悼するために行われました。ですから最初も最後も拍手はありません。

デーヴィスの指揮は老練さを加えたのか以前いろんなものを聴いた中では傑出の出来だったと思います。以前は評判が良い割には音が硬く、表情も一辺倒でどこが良い指揮者なのかと思っていました。しかし今回のこのレクイエムの演奏に関しては、人を寄せ付けぬほどの迫力と情熱、そしてあのベーム・ウィーンフィルの演奏に勝るとも劣らぬほどの壮大さで指揮していたのが大変以外でした。(すみません)

ソロの人たちもそれぞれに良かったのですが、特にソプラノの方の歌い方は誠実で気品があり、発声も無理がなく宗教曲にふさわしい声でした。

      hakaru matsuoka

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2006年9月14日 (木)

ベルリン ムジークフェスト バンベルク交響楽団演奏会

松岡究です。今日は朝から大変体調が悪く、このコンサートもどうしようか迷いましたが、行ってきました。

曲目   バートウィッスル:夜の影

      ブリテン:ヴァイオリン協奏曲

      R・シュトラウス:死と変容

     ヴァイオリン:ダニエル・ホープ

     指揮:ジョナサン・ノット

バートウィッスルはサーの称号も持つイギリスの作曲家です。勿論彼の曲を聴くのは初めてです。30分ほどのかなりの大曲。しかしその長さに対して曲はイメージ的な流れの楽想が多く取り留めのない感じ。

2曲目のブリテンの曲はホープが実に素晴らしいヴァイオリンを聴かせてくれました。ノットのバックも華麗でこの曲の持つコントラストを良く表現していたと思います。

最後のシュトラウスの作品も良くまとまった佳演。しかし彼はどちらかというと曲に没入せずいつも一定の距離を置いて指揮するタイプで、歌わせ方や主張のさせ方に少し不満が残ります。まだ若いというのが率直な感想でした。

    hakaru matsuoka

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2006年9月13日 (水)

マグダレーナ・コジェナー、ダニエル・バレンボイム リートマチネー

松岡究です。今日は実に言い天気。空気も澄んでいて気持ちの言い朝を迎えました。今日は朝の11時から歌曲のコンサート。コジェナーとバレンボイムの組み合わせです。

曲目   メンデルスゾーン:小姓の歌 ヴェネツィアのゴンドラの歌 新しい歌 夜の歌 魔女の歌

      シューマン:女の愛と生涯 作品42

      ドヴォルザーク:4つの歌作品73

               :4つの歌作品2から2曲目と4曲目

               :夕べの歌から

               :ジプシーの歌

今日も素敵なコンサートでした。コジェナーは全く無理のない発声とメゾにしては明るく清澄な響きを持っています。前半はドイツ物で、後半は自分のお国のドヴォルザークの作品。前半の白眉はなんと言ってもシューマンでしょう。奇を衒うことなくひたすら音楽と言葉によって表現される彼女の歌はその音楽性に支えられて、時には激しく時には祈り深く、そして豊かに静謐に表現されていきます。聴衆皆がその世界に引き込まれ実に素敵なひと時でした。

後半もその音楽に対するスタンスは変わらず、ひたむきに実にエレガントに歌われていきます。シューマンの時もそうでしたが、コジェナー自身が思わず涙がこみ上げてくるような一瞬があり、それが何とも歌の表現とマッチしていて鳥肌もの。その容姿も美人で素晴らしいですが、こんな表現が出来る人だということがなんと言っても素晴らしい。

ピアノのバレンボイムがコジェナーの表現に寄り添い、時には激しく主張して素晴らしいピアノ。特にシューマンで最後にもう一度最初の主題が回想してくるくだりのピアノの絶妙さに思わずほろっときました。

バレンボイムは昨日「ボリス・ゴドノフ」を振り、今日もこの後20時からアニア・シリアと新作のパフォーマンスとシェーンベルクの「期待」を振る事になっています。怪物!!!

      hakaru matsuoka

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2006年9月12日 (火)

ベルリンムジークフェスト アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団演奏会

松岡究です。今日もベルリンは良い天気でした。気温もそんなに高くなく涼しい感じです。まだまだ日本は暑いんでしょうか?

曲目  ベートーヴェン:エグモント序曲

     ヘンツェ:夢の中のセバスティアン

     マーラー:交響曲第1番ニ長調「巨人」

    指揮:マリス・ヤンソンス

ヤンソンスは去年ベルリンフィルでシベリウスの2番を聴いた時に、なんか表面的な音楽が流れていて感心しませんでした。しかし今回は良かったです。今年のでしたっけ?ウィーンフィルのニューイヤーを振っているヤンソンスは実に素晴らしかったですね。以前から思っていたことですが、彼はエンターテイナーでその手のものをやるときに彼の手腕は発揮されるんだろうと思います。

今回の1曲目「エグモント」はやはり不満の残るものでした。彼が振ると緊張感という物がなくなると言うのか明るすぎると言うか、内面のドラマが聞えてきません。こういうものを振る人ではないのだと思います。

2曲目のヘンツェは実に巧みな棒さばきでオーケストラをリードしていました。

メインのマーラーは素敵な聴き易い演奏になりました。1楽章の第1主題の歌わせ方は、春のささやかな息吹を感じさせましたし、2楽章の冒頭は彼の持ち味である天真爛漫さが見事に調和して良かったです。しかし最終楽章の例の静謐なカンタービレの部分はまあこんなものかという感じでした。つまり彼のスタイルはやはりエンターテイナーであり天性の明るさにあるということを改めて感じました。マーラー特有の粘りはほとんどなく自然に音楽が流れていくといった感じでもあります。

人間的にもとても良い人なんじゃないかなと思います。オケとも大変うまく言っているように思えましたし、やはりあまりいない才能の持ち主なんだと思います。

    hakaru matsuoka

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2006年9月11日 (月)

ベルリン国立歌劇場のアニア・シリア

松岡究です。今日はダブルヘッダー。昼の歌曲の演奏会の件は13日にアップします。夜の公演はちょっと難しいパフォーマンスとモノオペラでした。

演目   ロバート・ウィルソン:Deafman Glance(聾唖者の視線)

      シェーンベルク:モノドラマ「期待」

    ある女(Eine Frau):アニア・シリア

    もう一人の男:ロバート・ウィルソン

    その他2人の男の子と2人の女の子

    指揮:ダニエル・バレンボイム

まず50セントで買えるプログラムを読んでびっくり。そこには(英語でwithout musik and dialogue)と書かれているではありませんか。会場は本番の5分前にようやく開場。すると舞台には4メートル四方の正方形の小さな舞台が2つ。そこに黒装束のマネキンが2体。男の子の座ったマネキンが2体。女の子のネグリジェで寝ているマネキンが2体。会場にはノイズと思われるような音がずっと鳴っていてそれがクレッシェンドしてきて耳を劈くかと思われるところで客席が暗転、音は寸断されます。するとそのマネキンだと思っていたのがアニア・シリアと作者のロバート・ウィルソン。それから約50分間音もない台詞もないサイレント劇が始まりました。やったことは、単に「その2人がほぼ対象に動き男の子と女の子をナイフで殺す」という凄惨な場面ですが、普通の動きだとものの20秒もあれば成立してしまうことを物凄いスローモーションで、そう50分かけてやるわけです(体を一回転させるのに3分くらいかけてやるわけです)。音も台詞もない、つまり聾唖者の視線から見えたこと・見えることの具現です。ですから観客はそこから聾唖者が想像しうるものを全て想像し得ないとつまらないということになるのでしょうね。音や台詞のない世界がどういうものか、わざと観客に追体験させるようなことだったのでしょうか。場面が超スローモーションで動いていく時間の中で、観客に何を感じさせ、感じてもらうか。今冷静に名って考えると、実際にかなりイマジネーションを働かせて見ていないと苦痛になるのではと思われます。

この心理劇が終わると、ピットにオーケストラが入り休憩無しで「期待」が演奏されました。「期待」というモノドラマも難しい心理劇です。名もない女性が森へ入り、そこには愛する人の死体が。シェーンベルクは曲の終わり方を大変中途半端にわざとですが終わらせています。つまり森へ入った後そこから出たのか出ないのか、死体を目の当たりにしてそれをどうしたのか、ということは観客自らが考えることだったのでしょうか。

ドイツ人はどうしてこんなに考えさせるものを作りたがるんでしょうね。そう考えさせることがこのプログラミングの罠に私は見事に嵌っているんだということでしょうか。

         hakaru matsuoka

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2006年9月10日 (日)

ベルリン国立歌劇場 ムソルグスキー「ボリス・ゴドノフ」

松岡究です。天気予報によると今日明日は最低気温が8度になるそうです。日に日に秋が深まっていくように感じます。

演目   ムソルグスキー:ボリス・ゴドノフ

配役   ボリス・ゴドノフ:ルネ・パーぺ

      シュイスキー:シュテファン・リューガメル

      シュチェルカロフ:アルフレード・ダーツァ

      ピーメン:アレクサンダー・ヴィノガロフ

      グリゴリー:ブルクハルト・フリッツ

      ヴァルラーム:ミハイル・ペトレンコ

      ミサイル:ペーター・メンツェル   その他

     指揮:ダニエル・バレンボイム

2時間20分休憩無しで連続して上演されました。2場ほどカットされているようで、これは所謂ベルリン国立歌劇場版ということでしょう。

やはり圧倒的にタイトルロールのルネ・パーぺが素晴らしく、最後の死の場面などは聴衆を釘付けにしていました。(本当はあるはずの愛の場面はカットされていましたので、)最初から最後まで休憩無しでの暗い場面を一気に聴かせ見せようということだったのでしょう、その分場面場面は緊張感をはらみ、観客はじっとこらえて見入ることになります。バレンボイムの作り出す音楽もその緊張感をしたたかに盛り上げ、5日のコンサートとは打って変わって素晴らしい音楽を聞かせてくれました。

演出は1598年~1605年の設定を2012年~2019年に読み替えての演出。ですから戦争の場面などはテロの爆弾騒ぎになったり、民衆はそれで避難民の生活になったりとちょっと強引。ボリスも大統領か議員かちょっとわからなかったのですがそんな設定でした。(視力が悪くて字幕スーパーがわからなかったのです)現代にこの物語を移し変えると一番わかりやすい設定ではあったと思います。

       

       hakaru matsuoka

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2006年9月 9日 (土)

ベルリン ムジークフェスト クリーブランド管弦楽団演奏会

松岡究です。演奏会でたまに不幸な目に会うことがあります。それは第一には演奏がよくないときですが、それよりももっと深刻なことが時々起こります。今日はそうでした。

私の隣に中年のカップルが座ったのですが、男性のほうが物凄く酒臭いんです。1曲目が終わる頃には匂いで鼻が痛くなってきました。ベルリンでこういうことにあったのは初めてです。昔ブダペストに留学していた時はしょっちゅうでした。特に女性がこれでもかというくらい香水をつけて前の席にでも座られたらもう大変。音楽を聴くどころの騒ぎではなくなります。演奏は聴きたいけど、早く逃げ出して新鮮な空気が吸いたい。この葛藤の時間と化してしまいます。そして我慢していると本当に吐き気を催したりします。皆さんも気をつけてください。

今日は1曲目が終わった時点で逃げ出して2ランク上の席で聴いてきました。

曲目    モーツァルト:交響曲第38番ニ長調「プラハ」

       カイヤ・サーリアホ:オリオン

       ドビュッシー:交響詩「海」

  アンコール  J・シュトラウス:「こうもり」序曲

  指揮:フランツ・ウェルザー・メスト

とても素敵な演奏会でした。まずメストの指揮が颯爽として自然で奇を衒わず素晴らしい。それにクリーブランド管弦楽団が実に柔らかい品のある音を出していて、各奏者も音楽に無理のない気品のある音を持った腕利きばかり。

まずモーツァルトですが、柔らかく颯爽とした音楽が一貫して流れる中、例えば第2楽章の中間部ではメストはどんどんオーケストラをドライブして緊張感を高めていくんです。オペラ指揮者ならではの内在したドラマの描きっぷりに鳥肌が立ちました。こういった表現は普通のコンサート指揮者では決して聴きえない音楽つくりだと思います。

休憩を挟んで2曲目はフィンランドの女性作曲家サーリアホ(ドイツ人はザーリアホといっています)のオリオン。勿論あのオリオンを題材にその印象で音楽を綴ったもの。彼女は今欧米ではかなりの売れっ子で、意欲的な作品を次々と発表しているようです。ただ単に星の印象を綴っていくだけではなく、その神秘性は勿論のこと、ダイナミックな動き、ひょっとしたら衝突・爆発等のドラマまでを飽きさせることなく聴かせる力は相当な物だと思いました。

ドビュッシーは一般的なテンポよりもかなり速めのテンポ感で音楽を進めていくので、もっと歌ってほしい、もっと粘ってほしいというような気持ちが湧いてきます。どちらかというとあっさりした表現。しかし盛り上げるところは盛り上げ、コンサートを成功に導いていました。

アンコールに「こうもり」序曲、これが今日の白眉!オペラ指揮者の面目躍如。こんな胸の空くような序曲の演奏、クライバー以来聴いてないです。この演奏を聴きながらそのクライバーを重ね合わせて聴いていたのは僕だけでしょうか?それくらいツボに嵌った自由自在な表現は観客を興奮させるのに充分でした。儲けもん!!!

   hakaru matsuoka

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2006年9月 8日 (金)

ベルリンムジークフェスト第7日目

松岡究です。昨日今日と比較的暖かいというか少々汗ばむような陽気だったのに、今日の夜になると温度が急降下。昼間と夜とでは15度近くも気温差がありました。

今日は大変マニアック?なコンサート。終わったのが11時5分前で疲れました。

第1部  Huelgas Ensemble

      曲目  マグヌス・リンドバーグ:Ottoni(ドイツ初演)

第2部  Singer Pur

      曲目  オルランド ディ ラッソ(オルランデ・ドゥ・ラッスス):聖ピエトロの墓

第3部  musikFablik

             曲目  ウォルフガング・リーム:Vigilia(世界初演)

第1部はトランペット4本 ホルン4本 トロンボーン3本 チューバ1本の金管アンサンブル。15・6分の曲でしたが、皆達者な奏者ばかり。しかし曲は余り印象に残らない「だからどうした」みたいな感じになってしまいました。

第2部は女声3人男性7人(チェンバロ奏者が2度加わって8人の時もありました)のヴォーカルアンサンブル。全員で歌うことは全くなく3重唱から8重唱までを入れ替わり立ち代り、歌い手の声質に合わせてアンサンブルしていました。これに古楽器のアンサンブルが加わって約1時間の長大な曲。しかし最初はホールの響きを掴みきれていない感じがありましたが、10分もすると声が響き始め、1時間の長さを忘れさせてくれる至福の時間。発声が自然で、勿論ビブラートは全くなく透明感溢れる演奏でした。

第3部はソプラノ カウンターテナー テナー バリトン2人 バスの6人のヴォーカルアンサンブルにヴィオラ チェロ コントラバス 打楽器 オルガン ホルン(後方座席) クラリネット(左手座席) トロンボーン2本 チューバと言うアンサンブル。そう演奏時間70分に及ぶ大作。まず6人のヴォーカルアンサンブルが圧倒的に素晴らしい。一人一人の音楽性も素晴らしいし、大変正確なピッチとハーモニー感には脱帽。

作曲者によると7つのモテットと間奏曲ということのようですが、そのモテットが大変な緊張感と完成度を持って歌われました。それをつなぐ前奏・間奏曲も空間を意識した曲になっていました。ただ長いので最後全員が演奏するくだりになるとそれが20分近く延々と続くものですから、最後は退屈してしまいました。しかしそれまでの50分は観客が誰一人息も出来ないくらいの緊迫感に引き込まれていました。

 

       hakaru matsuoka

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2006年9月 6日 (水)

ベルリン国立歌劇場管弦楽団定期

松岡究です。今日のコンサートに予定されていたマルタ・アルゲリッチが案の定キャンセルになってしまいました。代わってバレンボイムがピアノも担当。やっぱりちょっとがっかりしました。このコンサートは明日も今度は会場をフィルハーモニーに移して、ベルリンムジークフェストの一環として行われます。(今日はちなみにコンツェルトハウスでした)

曲目   R・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

      ブーレーズ:ノタシオン(演奏順に)1・3・4・7・2番

      モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調Kv488

      ブラームス:交響曲第4番ホ短調作品98

      指揮・ピアノ:ダニエル・バレンボイム

以上の長大なプログラム。午後8時に始まって終わったのが10時45分でした。一言で言うと今日の演奏会が今回の5回の演奏会で一番満たされませんでした。

まず「ドン・ファン」。いつものように大きな構えから豪壮に繰り広げようとするバレンボイムの音楽は納得がいきます。しかしでてくる音は大雑把そのもので、雑然とした音にはシュトラウスの艶やかさや絢爛たる響きは一度も聴かれませんでした。

ブーレーズの作品は昨日聴いたバッハ/ウェーベルンやピンチャーの作品に比べると大変理知的で考えられた作品。バレンボイムが悪いのか作品にその世界がないのか、全く左脳の世界を脱し得なかった感じです。ただ演奏としては成功していたのではないかとおもいます。

やはり舞台の設定に時間がかかり長い25分の休憩の後、バレンボイムの弾き振りでKv.488が演奏されました。これが今日の白眉で、特に第2楽章のあの何ともいえぬ叙情大変美しかったですね。そのコントラストとして第3楽章の生き生きとした表情も良かったと思います。

またまた舞台転換の為20分休憩後のブラームスもシュトラウスと同じで、オケはどこの田舎のオケなんだと思ってしまうくらい音が雑で音楽の作りも大雑把。おまけに第4楽章ではクラリネットやホルンが行方不明になったりとかなり危ない場面も。

これだけの長大なプログラムをどうしてやらなければいけなかったのでしょうか?シュトラウスかブーレーズのどちらかを外した方が良かったのでは。総じてリハーサルの時間が足らないのが露呈された格好でした。今日は明日のためのゲネプロだったのかも!

オペラのオーケストラは、例えばこの前コーミッシェオパーのオケもベートーヴェンの「エロイカ」は初めてだという楽員が大半でした。ずっとオペラのオーケストラで定年まで勤めたとしてもフィガロやこうもりは何百回も引くでしょうが、エロイカやブラームスは一生に1・2度しか弾かないということも珍しくないのです。

今日の演奏会はそんなことも考えさせられました。

          hakaru matsuoka

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2006年9月 5日 (火)

ベルリンムジークフェスト マーラーチェンバーオーケストラ演奏会

松岡究です。ヨーロッパでは通常コンサートは夜の8時からというのが定着しています。私はいつも10分前くらいに会場入りします。今日はポツダマープラッツからフィルハーモニーの方向に綺麗な夕焼けが見えました。日の入りが大体この時間のようです。

曲目  バッハ/ウェーベルン:リチェルカーレ

     マティアス・ピンチャー:トランジール

     シューベルト:交響曲第8番ハ長調

     フルート:エマニュエル・パユ

     指揮:ダニエル・ハーディング

ハーディングをやっと聴くことが出来ました。やはり彼は聞きしに勝る天才でした。

まず1曲目のリチェルカーレ。彼の指揮でこの曲を聴くと、「ウェーベルンはこんな世界を、宇宙を持っているんだ」ということが手に取るように良くわかるんです。勿論バッハの世界があればこそですが、この10分弱の小品に、それも編曲でこれだけの宇宙を描ききるウェーベルンは凄い人だということが初めてわかった気がしました。なるほどこういった世界に持ち主であるからこそ、彼の作品は演奏時間の短い作品が多く、それでいて彼の宇宙を語りつくしているのではと、ハーディングの演奏を聞きながら思った次第です。というか彼がそう気付かせてくれました。感謝!!

2曲目のピンチャーの曲、1日にやはりフィラデルフィア管弦楽団で別の作品を聴きましたが(9月2日付け参照)、今回の作品は題名が示すとおり「時空を超えてどこかにトランスしてしまう」というのがテーマのようです。私には大変日本的音とリズムが多用されているように聞えました。フルートで奏される尺八の音色に虚無感を感じ、また鼓の音も聞えてきます。そして拍子木的不確定のリズムも。西洋人にとってこのような音は異次元の音なんでしょう。(その昔、N響が初の世界旅行をやったときに外山雄三さんの「ラプソディー」を聴いたかの伝説の巨匠チェリビダッケが「打楽器は世界一」といったそうです。素麻里それまで西洋には拍子木のリズム見たいに楽譜に書き表せないリズムは存在しなかった。それをいとも簡単にやってのけた日本の打楽器奏者に驚いてしまったわけですね。)我々日本人にとってはどうなんでしょうか。パユのフルートは圧巻でした。

最後のシューベルト。前のステージで色々な物が出されていたのでそれを片付けてオーソドックスな編成にするのに時間がかかり何と35分近い休憩時間。それもそのはず、一人で舞台作りやってるんですもの。学生くらい雇えないのかなあ。それともこの悠長さが良いのでしょうか。

オーケストラはトランペットとティンパニが古楽器でしたが、弦楽器はノンヴィブラート奏法を当たり前ですがやっていました。ここでもハーディングの非凡さが遺憾なく発揮されていました。こんなに抑揚の激しいシューベルトははじめて聴きましたし、特に第2楽章の第2主題が「このような表情を持っていたなんて!」というくらい素晴らしい歌わせ方。彼の曲を読み取る力は並大抵の物ではありませんね。天才とはこういう人のことを言うのでしょう。

       hakaru matsuoka

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2006年9月 4日 (月)

ベルリン ムジークフェスト バーミンガム市交響楽団演奏会

松岡究です。そういえば昨日のコンサートで一組の夫婦がかなり遅く入ってきたものだから、ヤノフスキがその夫婦が席に着くまで演奏を始めなかったんです。その夫婦がやっと席に着いたとき会場がどっと沸いて笑い声が。日本なら「良い年した夫婦がなんにやってるんだ」と呆れられるのが関の山でしょうけど、こちらは全く違うんですよね。何だかカルチャーショックでした。

曲目   エルガー:ゲロンティウスの夢

   ソプラノ:ジェーン・アーウィン

   テノール:ジャスティン・ラヴェンダー

   バス:ピーター・ローズ(予定されていたジョン・トムリンソンの代役)

   合唱:バーミンガム市シンフォニー合唱団

   指揮:サカリ・オラモ

初めて聴く曲でしたが、何と素晴らしい美しい曲なんでしょうか。エルガーといえば「エニグマ」の変奏曲や交響曲第1・2番は私の大好きな曲ですが、(一般には「愛の挨拶」の作曲者として有名でしょうか?)オラトリオがこんなに素晴らしいなんて思っても見ませんでした。演奏も素晴らしく「名演」といっても差し支えないと思います。

まずコーラスが素晴らしい。110名ほどの大合唱でしたが、全く濁りがないんです。それは一人一人がピアニッシモからフォルティッシモまでノンヴィブラートで歌うことに徹しているからだと見ました。素晴らしいダイナミックレンジと透明な響きを全く失わないその唱法は見習うべきところ大でした。(合唱指揮は、ベルリンの放送合唱団の指揮者でもあるサイモン・ハーシー)その音色は例えばベルリン放送に比べると明るく、響きは少し浅めに聞えます。それは英語にも因ると思いますが伝統なのでしょう。特にテノールの声はイギリス独特の響きだと思います。

ソリストは少し難点があります。まずテノールのラヴェンダー。ほとんど最初から最後まで歌わなくてはならないこの曲を良くこなしていましたが、声のキャパシティーが狭く、中声域のピアノは美しいのですが高音域になると途端に声が開き気味になって詰まった感じになってしまいます。ソプラノのアーウィンももう一息、声が集まらない感じでした。ただバスのローズは押し出しの良い朗々とした声で楽しませてくれました。声の集まらない人はどうやらヴィブラートが強い傾向があるように思います。

指揮のオラモも素晴らしかった。曲の隅々まで神経を行き渡らせ、聴かせどころではオーケストラを存分に鳴らし、休憩無しの90分を全く退屈させずに聴かせた手腕はたいした物です。6月にベルリンフィルに客演した時は少々オケになめられている感があり、音楽が表面的に流れるだけになっていたのですが、今回は手兵のバーミンガムを率いての公演。大成功だったのではないでしょうか。

ただ残念なのは、聴衆が半分にも満たないくらいだったのが残念です。ベルリンの聴衆もこういっためったに演奏されない作品にはあまり興味を示さないのですね。

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2006年9月 3日 (日)

ベルリンムジークフェスト ベルリン放送交響楽団演奏会

松岡究です。昨日の拍手のことは10秒以上静寂が続いたことをお知らせしましたが、そういえば私も一度経験がありました。2005年浜松交響楽団とマーラーの交響曲第9番をやったときに、浜松のお客様もその余韻を充分に味わっていたのを思い出しました。

曲目  エンリー・デュティーユ:メタボール

     メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調

     シューマン:交響曲第4番ニ短調

    ヴァイオリン:レオニダス・カヴァコス

    指揮:マレク・ヤノフスキ

ヤノフスキは意欲満々。まず協奏曲以外は暗譜。そしてデュティーユからシューマンに至るまでかなり音楽がエキサイティングでした。したがってテンポもかなり速いところが多く、かつかなり考えられた仕掛けが沢山してあって、今日来たお客さんはかなり楽しめたのではないかなと思います。

今までの印象は腕の良い職人という感が強かったのですが、今日は違う一面を見た気がしました。

カヴァコスは聞くのは2度目ですが、今回も堂々とした弾きっぷりで観客をひきつけて放しませんでした。ヤノフスキの方がどちらかというとエキセントリックで、時折カヴァコスがオーケストラを追っかける感無きにしも非ずで、こういった手垢のついた作品にはこのようなことも必要かもしれません。

面白かったのが、アンコールでカヴァコスはイザイの無伴奏ソナタを弾いたのですが、途中で弦が切れてしまい、コンサートマスターの楽器を借りてもう一度最初から弾きなおしたのです。何と音量は3分の2くらいになり、音色もひなびた感じになり、またカヴァコスの楽器では極限のピアニッシモがちゃんと弾けるのに借りた楽器では、フラジオ(音をわざと浮かせる奏法)のような音になってしまうことでした。やはり一流の奏者は一流の楽器を使っているのだなと改めて思い知らされました。いや~勉強になりました。

     hakaru matsuoka

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2006年9月 2日 (土)

ベルリンムジークフェスト フィラデルフィア管弦楽団演奏会

松岡究です。昨日はフィルハーモニーで三島由紀夫の「午後の曳航」のオペラ公演(演奏会形式)があったそうです。私の友人でこちらで大活躍の小森輝彦さんが出ていらっしゃったそうです。公演は大成功だったようです。

今日からベルリンムジークフェストが始まりました。トップバッターはフィラデルフィア管弦楽団。

曲目   マティアス ピンチャー:エロディアーデの断章

      グスタフ マーラー:交響曲「大地の歌」

  ソプラノ(1曲目) マリソル・モンタルヴォ

  メゾソプラノ 藤村美穂子

  テノール ニコライ・シュコフ

  指揮 クリストフ・エッシェンバッハ

1曲目の30分を要するこの作品をモンタルヴォは何と暗譜で歌っていました。彼女は多分絶対音を持っているようで全く音程を外すことなく、また線の細い美しい声でヘロディアス(こういったほうがピンと来るでしょう)のエロティシズムとロマンを劇的にy対こなしていました。オーケストラも名手ぞろいのようで、音を外すような不安定さは微塵もなく、絶妙なピアニッシモまでいとも容易く表現できるテクニックを持っています。

後半の「大地の歌」では日本の藤村美穂子さんが素晴らしい歌唱を聞かせてくれました。この交響曲はなんと言ってもテノールよりメゾソプラノの出来が曲の出来を大きく左右します。彼女の歌は全く無理のない発声で豊かに歌を紡ぎ出していきます。知的な裏打ちの中に深い叙情を秘めた今日の歌は大成功でした。テノールのシュコフは最初声の伸びも鳴りも悪く、全く何を歌っているのかわからない状況でしたが体が温まってきてからはやっと聞えるようになりました。上の声が所謂喉声で、色が全く一緒になってしまい藤村さんの歌に比べるとかなり開きがありました。

指揮のエッシェンバッハは大変丁寧な音楽作りで、両曲とも響きの透明性を追及した演奏でした。フィラデルフィア管弦楽団はドイツのオーケストラに比べるとかなり音色が明るく、ともすると薄っぺらい印象をまぬかれないと思いましたが、どうしてどうして素晴らしい演奏になりました。曲が終わって10秒以上の沈黙がフィルハーモニーを支配していました。やはり拍手はこうでなければいけないですよね。聴衆の成熟度を痛切に感じました。

      hakaru matsuoka

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2006年9月 1日 (金)

昨日ベルリンに戻りました

松岡究です。昨日午後8時にベルリンのアパートに到着。ベルリンの市民はみんなもう冬の装いで、ヤッケや薄手のコートを皆着ていました。「本当に8月?」やはり日本とはかなり違う気候ですね。

例によって飛行機の中では映画鑑賞と読書。今回は「ダヴィンチ・コード」「トリスタンとイゾルデ」「X-MEN ファイナル ディシジョン」の3本を見て、「人は見た目が9割」という新書本を読みました。

「ダヴィンチ・コード」はまだ原作を読んでないので何ともいえませんが、ダヴィンチの名作に隠された暗号を解いていくそのスリルはお見事!

「トリスタンとイゾルデ」はとても為になりました。普段オペラで接する物はとにかく演出家の解釈が入りすぎていて何が何だかわからなくなることが往々にしてあるんですが、こうやって映画で時代設定をその物語にあわせて見せてもらうと、なるほどこんなに素敵な恋愛抒情詩であったかと今更ながらに感心しました。

「X-MEN」はとにかくSFの面白さを見せてもらいました。

「人は見た目が9割」。自分の日ごろの行いを大いに恥じました。

        hakaru matsuoka

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