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2006年6月13日 (火)

心技一体

松岡究です。      「心技一体」

最近こちらに来て頻繁に考えることがこのことです。しかしそれは自分の意思で「一体になれ」と思って出来るものではなく、ひたすら何かを求めて追求し希求したところに、神様からのプレゼントのように突然悟れるのではと思います。しかし演奏家にとって一曲一曲が違う世界を持っているわけですから、一曲一曲にその一体感(観)を追求していかなければなりません。そうすると自ずからレパートリーは限られてくるように思います。

この前のラトルのブラーメスの4番の交響曲はラトルが完全に心技一体となった素晴らしい演奏でした。また、シェーファーの「椿姫」のヴィオレッタもそうであったと思います。それとは反対にその後のいくつかの演奏会はどうしても知的な部分が勝った、悪い意味での職人仕事のような演奏が多かったように思うんです。形はしっかりしているんです。でも・・・と言いたくなります。「画龍点睛」とはよく言ったものだと思います。

ヘルマン・ヘッセが「知と愛」(「ナルチスとゴルトムント」)で言った知と愛の合体こそ芸術だと言うのは永遠の課題であるのでしょうね。(脳生理学的に言うなら右脳と左脳がバランスよくフル回転してるということなのかな?)

しかしそのような「知と愛」に満ちた演奏を目の当たりにすると、私にも勇気と希望が湧いてきます。

      hakaru matsuoka

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