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2006年6月30日 (金)

バレンボイムのワークショップ

松岡究です。実は28日に椿姫を見る前に、バレンボイムがベルリンの「ハンス・アイスラー」音楽大学の学生オーケストラを使って、午後3時から6時までワークショップを行いました。5月にはハイティンクがUDK(ベルリン芸術大学)の学生オーケストラを使って、指揮科の学生への指揮のワークショップでしたが、今回のバレンボイムは直接オーケストラを指導すると言うワークショップ。

曲目   ベートーヴェン:レオノーレ序曲第3番

会場はフィルハーモニーのカンマームジークザール。多分800~1000人くらいのキャパシティーだと思います。そこに平日の昼間だと言うのに4・5百人の聴衆が詰め掛けました。

彼が出てくると盛んな拍手。早速曲が始まり途中でフルートがミスったのを機にとめました。ここからかなり長いリハーサルの開始。基本的にはバレンボイムは楽譜に忠実にと言うことをしきりに学生達に注文をつけて、時には怒声になることも。

学生の楽譜の見方の甘さをかなり直していました。例えばフォルテとスフォルツァンドの違いを明瞭にとか、デクレッシェンドの仕方、音程、リズムの取り方だとか、いちいち細かく出来るまで指導するんですね。かなりネチッコイ忍耐力を持っている人です。しかしやはり大事なのは基本なんだと言うことですね。

ひとたび指揮を真剣にやると出てくるオーラが巨大なんですよね。そこが素晴らしい。小ホールということもあってかなり間近で見ることが出来たんですが、何度も鳥肌が立ちました。ベートーヴェンと言う作曲家はバレンボイムにはぴったりです。今まで何度かオペラやコンサートを聴いて、やはり彼にはベートーヴェンとワグナーがぴったりと当てはまるような機がします。彼の音楽性に実に良く合っていると思います。色々賛否両論彼に関してあると思いますが、音楽家として彼はやはり一流だと認めざるを得ませんでした。

      hakaru matsuoka

     

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2006年6月29日 (木)

ベルリンコーミッシェオパー「椿姫」

松岡究です。今日はかなり肌寒く20度くらいしかなかったようです。私は出かけるときに半袖で出たんですが、あまりに寒いので引き返して長袖に着替えなおしたほどです。

演目   ヴェルディ  「椿姫」

ヴィオレッタ:ノエミ・ナーデルマン

アルフレード:マルク・へラー

ジェルモン:アントン・ケレミトチーフ   他

指揮:マルクス・ポシュナー

演出:ハリー・クプファー

この演出を見るのは3度目です。見るたびにあまりの美しさと哀しさに涙してしまいます。それは舞台が黒と言う基調に鏡をふんだんに用いていること。そしてなんと言っても3幕でヴィオレッタがアルフレードの手紙を受け取った後から、シーンは彼女の想像、回想のシーンになり、例えば「パリを離れて」は決してヴィオレッタとアルフレードは会うことなく彼女の想像として描かれるんです。そして誰にも見取られることなく孤独に死んでいく。聞えてくるアルフレードやジェルモンの声は全部幻影・幻聴になるんです。そこがたまらなく哀しく美しい。やはりクプファーは天才でした。

先日ムスバッハとシェーファーの「椿姫」をお伝えしましたが、あれも素晴らしい衝撃的な椿姫でしたが、こちらも負けず劣らず素晴らしいです。

このコーミッシェオパーの「椿姫」は今日主演したナーデルマンのための演出作品です。彼女はクプファーの大のお気に入りで、彼の秘蔵っ子だったそうです。そのせいでしょうか、演出家の意図が良くわかっていると見え一挙手一投足に意味がある演技でした。歌も以前聴いたほかの作品とは比べ物にならないくらい素晴らしく、彼女もこの「椿姫」の為に歌手になったような人なんだろうなあ、と思いました。

ジェルモンのケレミトチーフも素晴らしい声と舞台栄えのする体躯をもって圧倒的な存在感を示していましたし、アルフレードのヘラーも安定した歌いっぷりでブラボー。

指揮のポシュナーは、やりたいことがたくさんあるようなんですが、まだ硬さがあって音楽がワンパターンになりがち。ただとても才能豊かな指揮者で、これからが大変楽しみです。私はこれから彼のことは注目して行きたいと思っています。

    hakaru matsuoka

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2006年6月28日 (水)

レナート・パルンボ指揮「エルナーニ」ベルリンドイツオペラ

松岡究です。ベルリンドイツオペラが5月の初めに休館に入り改装している間、ベルリンドイツオペラは色々と演奏旅行に行っていたようです。そして今日久しぶりにベルリンでの公演。場所はフィルハーモニーを借りての演奏会形式の公演でした。指揮は次期の音楽監督に決定しているレナート・パルンボ。ドイツオペラの今後を占う上でも今日の公演は楽しみにしていた公演のうちの一つでした。

演目   ヴェルディ 「エルナーニ」

エルナーニ:サルヴァトーレ・リチートラ

ドン・カルロ:ラド・アタネーリ

ドン・ルイ・ゴメツ:ジャコモ・プレスティア

エルヴィーラ:シルヴィー・ヴァレイレ 他3名

指揮:レナート・パルンボ

総じて良い公演でした。パルンボはこの珍しいオペラを実に良く研究していて、歌手・オケ・合唱に的確に指示を与え、あまり目立ったメロディーを持っていない地味な曲を面白く聞かせてくれました。またその指揮スタイルが飛んだり跳ねたりするので、アンサンブルがやりづらいと思われる反面、音とリズムに明るさがでて、この次期のヴェルディの作品の脆弱さをよくカヴァーしていたと思います。

歌手は上記の男声3人がとても充実していてヴェルディの声にふさわしく、大きな拍手とブラボーを受けていました。特にルチータとアタネーリは「これぞイタリアの声」と言わんばかりの絶唱!

反面女声の主役のヴァレイレはこの3人に比べるとかなり聴き劣りがしました。発声が地声そのもので、母音によって響きが違って不安定になり、かなり叫んでいたという感じ。この重要な演目に、女声の主役に彼女クラスの人しか用意できないところに、いまのドイツオペラの危機、あるいは問題があるのでしょう。彼女なんかよりずっとうまい日本人歌手は何人もいます。

パルンボは9月からドイツオペラの音楽監督ですが、ほとんどイタリア物しか指揮しない彼が、例えばウェーバーの「魔弾の射手」をプレミエに出したり、ワグナーのリングを演目に入れたりと(指揮はランニクルズ)、かなりドイツオペラを意識しているのは明らかです。今日を聴く限り、期待して良いのではないかと思いました。

   hakaru matsuoka

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2006年6月26日 (月)

キリル・ぺトレンコ指揮ベルリン・コーミッシェオパー管録音風景

松岡究です。

ペトレンコとコーミッシェオパー管がヨゼフ・スークの序曲と交響曲を録音しました。実は2年ほど前、私がまだベルリンに来る以前にこのコンビでやはりスークのもう一つの交響曲「アスライル」を録音しており、今回「Lebensreife」(人生の成熟)を録音することで、スークの交響曲全集が完結すると言うわけなんだそうです。

ずっと練習から5日間立ち会ってきましたが、初めは何と複雑な難しい曲だろうと思っていたのですが、今日オパーの会場(録音会場でもあります)で聴いてみると、先輩達(特にドボルザークやスメタナ)が残したスラブの香りをたたえた芳醇な音楽に仕上がっていました。今日夜にこの曲で演奏会をやってそちらの方も録音するそうです。ペトレンコはライブの方が良い指揮者ですから、多分ライブの録音を基本に、もし傷ができた時には少し切り張りするのかもしれません。

いずれにしても発売が待たれます。

       hakaru matsuoka

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2006年6月25日 (日)

ミヒャエル・ギーレン指揮ベルリン交響楽団演奏会

松岡究です。今日は17時からドイツとスウェーデンのサッカーの試合があった関係で、どこへ行っても大声で叫んでいる輩や、地下鉄内でドアを蹴っ飛ばしたりしているお方?等ちょっと日本人の私にはついていけませ~ん。

そのせいだったんでしょうか、今日の演奏会は5割強の入り。皆応援し疲れてコンサートはキャンセルしてしまったのかなあ?

曲目   ヤナーチェック:笑いのダンス

      スクリャービン:ピアノ協奏曲 ピアノ:ダニエラ・フリンコヴァー

      メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」

      指揮:ミヒャエル・ギーレン

一曲目のヤナーチェックの作品は全部で6曲からなる作品。どこかあのドヴォルザークのスラブダンスに似ていて、それをもう少し田舎臭くした感じの明るい曲ばかり。演奏はなんてことはない感じで、「ふ~ん」で終わってしまいました。

2曲目のスクリャービン。これは今日の見っけもん!恥ずかしながら今日聴くのが初めて。その作風はどの楽章にも甘美なメロディーがあり、ショパンとラフマニノフを足して2で割ったような耽美的な作品。「意外といけるなあ」と言うのが私の感想。しかしもっとロマンティックにピアノも指揮も歌ってほしかったです。ピアノは?と言うような感じ。全く音は聞えて来ないし、繊細なピアノがあるわけでもないし、超絶技巧があるわけでもないし、ごく普通のありふれたピアニスト。

3曲目のメンデルスゾーン。さすがにこれは良い演奏でした。ギーレンは私の好きなタイプでは全くないのですが、彼の良いところが今日はよく出ていました。つまりテンポがだれることなく音楽に推進力があり、きりっとした面持ちのすっきりした演奏になっていました。盛り上げるところもしたたかで、かといって過剰にならず、この曲の持つ難しさをうまく回避していてさすがでした。この人に決定的に欠けているのは、アトモスフェアでしょうね。別の言葉で言うとそっけない、とでも言うのでしょうか。でも腕は超一流。これは素直に認めます。

今月は3週続けてベルリン交響楽団を聴いてきましたが、今日の演奏が一番質は高かったと思います。

    hakaru matsuoka

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2006年6月24日 (土)

サイモン・ラトル指揮ベルリンフィルハーモに管弦楽団 ワグナー「ラインの黄金」

松岡究です。

今日は午前中にぺトレンコとコーミッシェオパー管のレコーディングに顔を出して(後日その模様は書こうと思います)、そして夜はベルリンフィルとラトルのワグナーを聴くというハードスケジュール。

曲目   ワグナー:「ラインの黄金」~ニーベルンクの指輪 序夜

  ヴォータン:サー・ウィリアード・W・ホワイト

  ドナー:デートレフ・ロート

  フロー:ヨゼフ・カイザー

  ローゲ:ロベルト・ガンビル

  アルベリヒ:デイル・デュシング

  ミーメ:ブルクハルト・ウルリッヒ

  ファソルト:エフゲニー・二キチン

  ファフナー:アルフレード:ライター

  フリッカ:リリー・パーシキヴィ

  フライア:ミライル:デルンシュ

  エルダ:アンナ・ラルセン

  ヴォークリンデ:サラ・フォックス

  ヴェルグリンデ:ヴィクトリア・シモンズ

  フロッシルデ:エカテリーナ・グバノヴァ

  指揮:サー・サイモン・ラトル

午後7時に始まって、勿論ノンストップで9時45分までの3時間弱を堪能しました。ラトルの音楽は大変引き締まった豊かな流れの音楽。響きは相変わらずシンフォニックでベルリンフィルの雄弁さがひときわ引き立つゴージャスな贅沢な音。歌手達の好演によるところも大きく、特にヴォータンのホワイト、アルベリヒのデュシング、ローゲのガンビルあたりは素晴らしい演技と歌唱で楽しませてくれました。ただ惜しいのが、第一場の3人の乙女達が他の歌手達よりスケールが小さく、最初は拍子抜けというか3時間近く持つかな?(聞いている自分が)と少々不安に。

私は全くの非ワグネリアン。ワグナーを愛好する方が当たり前のように知っていることも知らないのですが、やはり演奏会形式で舞台だけがオーケストラの後方に設置され、衣装も装置も何もないところで聴くのは少々骨が折れます。

しかし歌手を初めラトル、オケ全員がこのラインの黄金を知り尽くしているかのごとく感じられるような、堂々とした音楽表現が印象的でした。

フィルハーモニーには何度も足を運んでいますが、こんな嵐のような!拍手は聞いたことがありません。それほど聴衆にとっても大きな感動を読んだ公演だったのだと思います。

1日のブラームスの4番といい今回のワグナーといい、ラトルは昨年にもまして充実したそれこそ「黄金」期を迎えつつあるのではないでしょうか。

    hakaru matsuoka

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2006年6月23日 (金)

ベルリン国立歌劇場プッチーニ「ラ・ボエーム」

松岡究です。今日は幾分暑さが和らいで、凌ぎやすい一日でした。10時にオペラが終わって歌劇場を出てきたときには上着がないと寒いくらい。最低温度は16度の予報でしたがどうなんでしょうか。

さて今日は「ラ・ボエーム」、久しぶりにプッチーニのオペラを見ました。やはり良いですね。泣けました。

演目   プッチーニ:「ラ・ボエーム」

    ミミ:マリー・ミルズ

    ムゼッタ:アンナ・サムイル

    ロドルフォ:マッシモ・ジョルダーノ

    マルチェッロ:ローマン・トレケル

    ショナール:クラウス・ヘーガー

    コッリーネ:クリストフ・フィッシェサー    他

    指揮:ローレンス・フォスター

    演出:リンディー・ヒューム

実に良い舞台、良い演出、良い歌手達、良い指揮者でした。今日は大分後ろの方に座ったので、はっきりとは断定できないのですが、多分べノアの回想シーンとして演出はつけられていたようです。

つまり最初、初老の男性がヴィデオのスイッチを入れるようなしぐさで音楽が始まります。しかしこの先は奇抜なことをせずにちゃんと屋根裏部屋のシーンから始まります。(最近は舞台設定や時代の読み替えが当たり前のように多くてちょっと食傷気味。うまく行けば良いのですが、8割はうまく行かないような気がします)「冷たき手を」「私の名はミミ」のあたりはちょっと演技的にはっきりしないかな。でもその後の2重唱から2幕へのつながりは見事。屋根裏部屋のセットがなくなり、2人が載っている盆がそのまま舞台裏へ。その時に通行人となっていた合唱団の上に美しい雪が降り注ぎ、大きなカラフルな電球が降りてくる。そして華やかな2幕の幕開け。この辺は天晴れ!見事な演出。そしてモミュスカフェーの豪華なセット。

3幕がイマイチよくわからなかったんですが、ずっとべノアらしき人がたたずんでるんです。これは一体何?ここが唯一の疑問点。

4幕は屋根に出て日向ぼっこをしたり、ペンキの塗り替えをしているシーンから始まり、それが回転すると、さっきの屋根裏部屋。そこへミミが抱きかかえられてくる。といった演出でした。

奇抜さがなくすんなり楽しめ、またシーンもとても綺麗に仕上がっている好舞台。

歌手は、ミミを歌ったミルズとロドルフォを歌ったジョルダーノは素晴らしい声と素晴らしい演技。久々にプッチーニを堪能しました。サムイルとトレケルも素晴らしい。後の2人もどうしてどうして、豊かな声で演じて見せてくれました。

指揮のローレンス・フォスターはここぞと言う時にオーケストラから良い音を引き出し、また音楽がだらけることなく引き締まっていて、良い指揮でした。N響に彼が来た時は全く精彩を欠いていたのですが、今日聴いて全く印象が逆転しました。

     hakaru matsuoka

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2006年6月22日 (木)

今日は難しい!ハンス・ウェルナー・ヘンツェ80歳記念演奏会

今日はコーミッシェオパーの「椿姫」にしようか、ベルリン放送交響楽団にしようか迷いましたが、椿姫はもう一回28日にあるので、ベルリン放送交響楽団の演奏会に行ってきました。実は内心千載一遇の機会だと思っていました。ただヘンツェということもあって、少々足取りは重かったのですが。前売りは30ユーロから15ユーロ。当日は30ユーロの席が10ユーロでした。その意味ではラッキー!!!

曲目:オール ハンス・ウェルナー・ヘンツェ作品

  インゲボルグ・バッハマンの詩によるソプラノと大オーケストラのための夜の小品とアリア

  ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲第3番  トーマス・マンの小説「ファウストゥス博士」に基づく3つのポートレート

  交響曲第8番

  ソプラノ:クラウディア・バラインスキー

  ヴァイオリン:ダニエル・ホープ

  指揮:マレク・ヤノフスキ

千載一遇のチャンスではあったんですが、はっきり言ってこのような演奏会には行きたくないです。

一曲目はソプラノのバラインスキーがとても節度のあるコントロールで歌っており、さすがはいろんな現代曲を初演してきた実力者だと思いました。音程は正確で発声も無理がなく透き通った声です。

2曲目はホープがこれまた素晴らしい。プロフィールに「ワイル、シュニトケ、武満、・・・の作品に関して彼に任せておけばなんら心配ない」ということが書いてありました。全くその通りで、ほぼ完璧にこの曲を弾ききったのではないでしょうか。

3曲目は小沢征爾さんがボストンで初演した作品。日本でも広告だけ見た覚えがありますが、確か差し替えになったんじゃなかったかな。30分弱の作品でした。

総じてヤノフスキは大変的確に高度な職人技でこの3作品を振ってのけました。ただ私の聴いた感じでは、もっと魂の叫びだとか痛みだとかそういった部分がすっと美しく通り過ぎてしまっているような気がして、とても整った演奏なんですが一種のつまらなさを感じたまま演奏会は終わってしまいました。

現代音楽の演奏会の常だと思いますが、こういった交響楽団での定期でこのようなプログラミングをすると、途中で席を立つ人や全く拍手をしない人がかなりいます。そして休憩後には2割以上の方が帰られた様で、かなり空席が目立ちました。

それにしてもこのようなドイツ魂の音楽を聴くと疲れます!シェーンベルクやベルクばかり聴いた後もこのような感じになることが多いですね。

現代音楽とは何でしょうか?私にはその答えはまだ出せません。

   hakaru matsuoka

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2006年6月20日 (火)

ベルリンの友達4

松岡究です。今日は久しぶりに友達のことを書きます。名前は西山雄太君。彼はコーミッシェオパーのヴィオラ奏者です。名前こそ日本人ですが、ドイツに生まれ育った彼はどちらかと言うとドイツ語のほうがネイティブ。うらやまし~~~!!!

彼のお父様は初めアーヘンの劇場で弾かれた後、ウルムの劇場に移り、そこで35年間ヴィオラを弾かれたそうで、今年めでたく定年退職をされたそうです。ご両親は気さくで飾らない大変素晴らしい方で、私はいっぺんにファンになってしまいました。

西山君はまだ若くて33歳。ミュンヘンのコンセルバトワールと音楽大学を終了した後、コーミッシェオパーのヴィオラ奏者として契約。その傍ら今度はベルリン芸術大学(UDK)に入学。この前の金曜日にその終了演奏会があって、友情出演でキンボーさんが指揮をしてバルトークのヴィオラ協奏曲を見事に独奏し、その場で教授から、合格通知をもらったそうです。その場でもらうなんて、めったに出来ることではありません。

私は前日のリハーサルを聴かせてもらいましたが、大変良い音で朗々とバルトークを弾いていました。生憎当日はケント・ナガノを聴きに行くことにしていたので、当日は聴けなかったんですが、前日の様子からすると素晴らしい演奏になったに違いないのです。キンボーさんが「俺のせいでこいつが落っこちちゃったら、と思うと俺のほうが手が震えた」なんて言ってましたが、きっと素晴らしいサポートをしたに違いありません。

そしてその翌日のリゴレットの後、西山君とその後両親そしてキンボーさん、西山君のかわいいお弟子さんの6人で会食を楽しみました。(僕は押しかけたんですけど)

    hakaru matsuoka

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2006年6月19日 (月)

スティーブン・スローン指揮ベルリン交響楽団演奏会

松岡究です。一昨日のあの雹交じりの夕立以来気温が急降下。昨日は最高が18度しかありませんでした。が今日はまた25度前後まで上がり爽やかな一日。明日からまた30度を超える予報です。

今日は午後4時からのコンサート

曲目 ペーター・ルツィッカ:ピアノと42人の弦楽器奏者のためのシューマンへの4つの断章「接近と沈黙」

    モーツアルト:クラリネット協奏曲(ヨハン・アンドレによるヴィオラへの編曲版)

    シューマン:交響曲第1番「春」

   ピアノ:ウラディミール・ストウペル

   ヴィオラ:タベア・ツィンマーマン

   指揮:スティーブン・スローン

1曲目の曲はピアノがシューマンの「クライスレリアーナ」や「子供の情景」などを弾く外側で、弦楽器が所謂わけのわからないことをやると言う趣向。曲の始めも終わりも私には弦楽器奏者が弾くまねをして指揮者が振るまねをする、つまり心の耳で聴くと言う様な言わばシュトックハウゼン調の音楽だったように思います。終わると会場からため息とも落胆とも取れるようなどよめきが起こりました。当然拍手はまばら。聴衆に若い人が少なくご年配の方が多かったことも原因かな。ピアニストも指揮者もカーテンコールなしに終わってしまいました。

2曲目はモーツァルトのクラリネット協奏曲をヴィオラ用に編曲されたもの。ツィンマーマンは初めて聴きましたが、素晴らしいヴィオリスト。つややかで滑らかな音色が持ち味で、音楽によどみがなく、聴いていてとても爽やか。この協奏曲をヴィオラで聴いても面白いと思いました。しかし弱音になるとやはりオリジナルの方が深みは出るんじゃないかなあ、と思います。

後半はまず1週間前の月曜になくなったリゲティを偲んで、ツィンマーマンに献呈されたヴィオラソナタの1楽章が演奏されました。そのあとシューマンの交響曲第1番。

決して悪くはない演奏なのですが、シューマンて言うのは何と難しい作曲家だろうと改めて思いました。オーケストラが弾きすぎるとダメなんです。「うるさいなあ」と思うことがしばしばあり。テンポをじっくりと落としても如何ともしがたい何かが聞こえてこないんですね。

アラン・ギルバートが3月にベルリンフィルを振った時も、音楽が「ハッピー!ピース!」みたいになってしまってどうにもならなかったのを良く覚えています。

シューマンはモーツァルトやショスタコーヴィッチの影に隠れてしまってるんですが、今年没後150年なんですね。今日はそのこともプログラムとして意識されてたんでしょう。

   hakaru matsuoka

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2006年6月18日 (日)

キンボー・イシイ=エトー指揮「リゴレット」ベルリンコーミッシェオパーその2

松岡究です。今日はキンボーさんがリゴレットを指揮する最終回の日。私としては前回に続いて2度目です。

テノールのデァ・プラスが前回もかなりやばかったのですが、今回は完全に声が出なくなって降板。代わりにマルク・へラーがイタリア語で歌いました。コーミッシェオパーはドイツの中ではAクラスの歌劇場ですが、他の2歌劇場が原語主義を採っているので、全演目をドイツ語で歌うと言うポリシーがあります。ちゃんとその為の翻訳家も専属でいて、全てその専属の翻訳家がドイツ語に訳して歌っています。さすがに有名どころのアリアなどはちょっとと思いますが、他の部分はきちっとイントネーションのことも考えられていて、ほとんど違和感なく聴くことが出来ます。

今日の公演は前回よりも数段良い出来でした。勿論キンボーさんの指揮もさることながら、テノールが代役でしかもイタリア語で歌う、と言うことでキャスト全員にいつになく緊張感があったこと、オーケストラも前回のメンバーとはかなり違ったメンバーであったことなど、終演後キンボーさんと話したことでした。

本当に生演奏と言うのは生き物だとつくづく思います。やはり一期一会の尊い世界なんですね。

    hakaru matsuoka

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2006年6月17日 (土)

祝100記事達成  ベルリンの聴衆に愛されたケント・ナガノ指揮ベルリンドイツ交響楽団演奏会

松岡究です。今日で100記事目になりました。有難うございました。

今日も日中は暑く連日30度を優に超える気温です。WMもたけなわで、どこへ行ってもサポーターだらけ。街中を大声で国旗を持ってはしゃぎまわる若者がたくさんいます。

20時からのコンサートのちょうど30分前、いきなり雷が鳴り出し雹が降ってきて大雨。慌ててソニーセンターに非難し、20分ほどして小康状態なったときにバスに乗り込んで200メートル先のフィルハーモニーへ。何とか開演時間に間に合いました。

曲目;ベートーヴェン  荘厳ミサ曲

   ソプラノ:アンネ・シュヴァーネヴィルムス

   アルト:マリー・ニコレ・レミュー

   テノール:クラウス・フローリアン・フォークト

   バス:ギュンター・クロイスベック

   合唱:ベルリン放送合唱団  合唱指揮:サイモン・ハルセイ

   指揮:ケント・ナガノ

曲が終わって5秒ほどの沈黙のうちに拍手が起こります。それから15分間拍手は鳴り止まず、何度も舞台に出てくるナガノ。おしまいはスタンディングオベイションになりました。オーケストラのシェフとして6年間その職責を果たしてきたナガノにオーケストラから感謝状と花束が手渡されました。

以前にも書きましたが、彼は「無」と言う物をオーケストラに持ち込んだある意味では真に日本的な男だと思います。思い返すと、彼の演奏会は必ず各楽章の始まる前に会場は水を打ったような静けさが支配するんです。そして徐に音楽が奏でられる。こういった「間」があることは他の指揮者ではほとんどありません。彼の演奏会のみなんです。なんとなくがやがやした中で音楽が始まることが多いのがベルリンの演奏会の特徴と行っても良いくらいです。その中でこういったとても基本的ともいえる空間をいつも作り出していたケント・ナガノは、本当に聴衆にも楽員にも愛されていたことがよくわかりました。

今日の演奏もご多分に漏れず各曲間に長い集中時間があり、それがこのミサ曲の持っている所謂荘厳さとあいまって、とても聴き応えのある演奏でした。勿論大変な難曲なのでオケやソリストに傷が多かったのは残念なことでしたが。切り口はとてもスマートなんですが、じっくりと落ち着いたたたずまいはこの曲にふさわしい演奏でした。そんな彼はやはり日本にはなかなか寄り付かないでしょう。(私の言わんとしている事はもうお分かりでしょう。多分何度かの来日で、大分懲りてるんじゃないかなあ。)

プログラムに「カリフォルニア生まれの指揮者がバイエルン国立歌劇場とモントリオール交響楽団の主席指揮者になる。」と書いてありました。やはり画期的な出来事なのでしょう。

     hakaru matsuoka

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2006年6月14日 (水)

ユーロ高について

松岡究です。今日銀行に行って100ユーロ下ろしたんですね。そうしたら15054円引き落とされました。つまり1ユーロ150円以上と言うことです。(勿論これには1ユーロにつき6円前後の手数料が加算される訳ですが)この前は152円近くまで行っていた日もありました。

以前にもユーロ高のことは書きましたが、ここでもう一度言わせていただきたいです。ユーロはヨーロッパ各国が自国の経済力・経済基盤では到底ドルには太刀打ちできないとして、またどんどん経済の地盤沈下が進む中導入したものです。つまり経済圏としてはEUは大きな一つの国な訳ですね。

はじめは1ユーロ=1ドルになるように頑張る、と言うような殊勝な感じで始まったはずなんです。実際、1ユーロが導入当初100円前後だったように記憶しています。(もっと安かったかもしれません)それが今はこの有様です。

よくヨーロッパにいらっしゃる商社の方も、「以前は150ユーロのところに泊まってたけど今は100ユーロのところだよ」とこぼしておられました。つまり日本円では払う額は同じなのに、ホテルのランクは4つ星から2つ星になったようなもので気分も羽振りも違ってきますよね。

この原因は全く持ってアメリカ、突き詰めればブッシュ大統領にあります。アメリカは今前例がないほど経常赤字に陥っていて、ブッシュさんの数々の侵略行為?が国際的な反感を招き、またアメリカ経済の危機を見越して、皆ユーロシフトしつつあることです。そこをそうさせまいとしてアメリカはいろんな手を打ってきたんですね。フセインがああやって捕まったのも実はドル建てからユーロ建てにすると公言したからに他ならないそうです。つまり核も侵略兵器も何もかもアメリカの丁稚上げだったことは公然の事実で、それがばれてしまって本当の事実がわかり始めたと言うことらしいですよ。独裁政治を粉砕するのも表看板だったらしいですね。本当にそうなら北朝鮮にも同じようにやってほしいですけど。

ドルが基軸通貨でなくなれば、今のアメリカは没落するしかないわけで、こっそり特にロシア、中国あたりはそれを狙っているらしいですよ。そうなると天下はロシアや中国に行くわけですよね。

早くヒラリー・クリントンに変わったほうが良いですよね。などと犬の遠吠えのようにほざいている私でした。

     hakaru matsuoka

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2006年6月13日 (火)

心技一体

松岡究です。      「心技一体」

最近こちらに来て頻繁に考えることがこのことです。しかしそれは自分の意思で「一体になれ」と思って出来るものではなく、ひたすら何かを求めて追求し希求したところに、神様からのプレゼントのように突然悟れるのではと思います。しかし演奏家にとって一曲一曲が違う世界を持っているわけですから、一曲一曲にその一体感(観)を追求していかなければなりません。そうすると自ずからレパートリーは限られてくるように思います。

この前のラトルのブラーメスの4番の交響曲はラトルが完全に心技一体となった素晴らしい演奏でした。また、シェーファーの「椿姫」のヴィオレッタもそうであったと思います。それとは反対にその後のいくつかの演奏会はどうしても知的な部分が勝った、悪い意味での職人仕事のような演奏が多かったように思うんです。形はしっかりしているんです。でも・・・と言いたくなります。「画龍点睛」とはよく言ったものだと思います。

ヘルマン・ヘッセが「知と愛」(「ナルチスとゴルトムント」)で言った知と愛の合体こそ芸術だと言うのは永遠の課題であるのでしょうね。(脳生理学的に言うなら右脳と左脳がバランスよくフル回転してるということなのかな?)

しかしそのような「知と愛」に満ちた演奏を目の当たりにすると、私にも勇気と希望が湧いてきます。

      hakaru matsuoka

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2006年6月12日 (月)

セバスチャン・ヴァイグル指揮ベルリン交響楽団演奏会

松岡究です。ベルリンはやっと夏になった感があります。この3・4日ほど最高が25度くらいになり、天気も安定してきているんですね。きょうも地下鉄で隣がイランの国旗をほっぺにペインティングしているサポーターに遭遇。ドイツ全体がワールドカップ一色。

曲目:ハンス・ロット  「ジュリアス・シーザー」前奏曲

   ベートーヴェン  ピアノ協奏曲第2番  ソロ:マルティン・ヘルムヒェン

   ハンス・ロット  交響曲第1番ホ長調

   指揮:セバスチャン・ヴァイグル

ハンス・ロットと言う作曲家は皆さんはほとんどご存じないと思います。1858年生まれ、26歳という若さでこの世を去った作曲家です。マーラーは彼から大きな影響を受けたらしく、実際交響曲ではマーラーが見習ったであろう作曲法の類似点がいくつも聞こえてきます。

今回の2曲のロットの作品をヴァイグルは手堅く纏め上げていました。ただ彼の音楽の造詣手法が感情や感性と言うものからちょっと遠いところにある、言わば職人的造詣法。ですから形は良く纏め上げているんですが、その曲が何が言いたいのかもう一つピンと伝わってこないんです。どこが山場なのか、どこが見せ場なのか、わからずに終わってしまいました。

ピアノのヘルムヒェンはまだ若いピアニストですが、実に良い感性を持ったピアニスト。この作品はベートーヴェンの協奏曲の中では一番室内楽的かつデリケートな作品。とても綺麗な音と溌剌とした躍動感が溢れていて気持ちの良い演奏でした。

   hakaru matsuoka 

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2006年6月11日 (日)

サカリ・オラモ指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団演奏会

松岡究です。ドイツが幸先の良いスタートをしましたね。フィルハーモニーのそばのポツダム・プラッツでは特設会場に長蛇の列が出来ていました。コンサートの休憩時間にはいつもは舞台を映しているモニターにWMの試合を映してサービスしていました。

曲目:ヒンデミット:気高き幻想

   ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ピアノソロ:ラドー・ルプー

   リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード コンサートマスター:ガイ・ブラウンスタイン

とてもすっきりした後味の良いコンサート。ヒンデミットの気高き幻想は随分前に、日本で一度聴いた覚えがありますが、全くといって良いほど印象がなく、今回ベルリンフィルで改めて聴いてみると、ヒンデミット特有の晦渋さはなく、すっきり美しく演奏されていました。

ラドー・ルプーは予定されていたマリア・ジョアオ・ピレシュが病気のため代役として登場。落ち着いた気品ある音楽を聞かせてくれました。ベートーヴェンは若い人が弾くと決まって戦いの音楽・葛藤の音楽になりがちですが、ルプーのの音楽はベートーヴェンと友達なんですね。ちっとも厳つい顔してません。優しくて聴衆に自然に語りかけてくるような音楽。今日の白眉でしょう。

後半はオーケストラの機能性を示すにはもってこいの曲。ブラウンスタインの他に木管陣はパユ・マイヤー・フクス・ダミアーノ?という名手ぞろい。総じて熱のこもった演奏で聴衆を楽しませていました。

    hakaru matsuoka

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2006年6月10日 (土)

ベルリンシュターツオパー ヴェルディ「椿姫」C・シェーファー主演

松岡究です。もう絶句!余りにも素晴らしくて言葉がありません。・・・・・・ない頭を振り絞って書いてみます。(誰です?ない頭じゃなくてない髪なんていってる人は!)

演目:ヴェルディ 「椿姫」

ヴィオレッタ:クリスティーネ・シェーファー

アルフレード:サイミル・ピルグ

ジェルモン:ゼリコ・ルチーク   他

指揮:パオロ・アッリヴァベーニ

演出:ペーター・ムスバッハ

客席も舞台も真っ暗になると、ステージの向こうにガイスト(霊)のような影が見えます。そうすると前奏曲が始まります。その影は前奏曲の間中ずっと形がはっきりしません。そして前奏曲が終わろうとするころ、それがヴィオレッタであることがわかります。第一幕が始まります。しかしヴィオレッタ以外誰も出てきません。あの合唱は舞台奥で歌われます。そしてガストンだのドゥフォールだの後で合唱も出てきますが、皆喪服をまとったように黒ずくめ。(ヴィオレッタだけが白鳥のように真っ白なドレスを着ています。)そしてダンスもないし、楽しげな表情も見えない。乾杯の歌では華やかな社交場も出てきません。皆動きはスローで楽しそうな様子も皆目ありません。

あの大アリアを歌った後、そのまま2幕へ。舞台は全く変わらずヴィオレッタは倒れています。この1場をやった後もそのままフローラ邸の2場へ。ここも舞台は変わらず、ツィゴイナーの場面もマタドールの場面もカードの場面もヴィオレッタにしてみれば全部楽しくない、単なる過ぎ去った騒々しい過去なんですね。

休憩後3幕。1幕と全く同じように前奏曲の間ずっとガイストがボーっと見えます。そして舞台正面に崩れるように座ります。ここでアルフレードとの「パリを離れて」も一瞬肩に触れたくらいで、基本的にはヴィオレッタは一人。アルフレードはヴィオレッタの魂を探すように上を見上げて嘆き悲しみます。ジェルモンが許しを請いに出てくるとヴィオレッタはすっと立ち上がって2人を上から見るように歌い始めます。そうです、まるで魂が体から離脱して見ている様に歌うんです。

ムスバッハの演出は最初からヴィオレッタの魂が過去を思い返し、数々の場面が如何に空しいものであるかを示した物であると思います。2幕のアルフレードとの束の間の愛、そしてジェルモンとのやり取り、この部分だけが暗い舞台の中でアクティブに描かれていたことを考えるとそうに違いないと思うのです。

余りにも悲しく、孤独なヴィオレッタ。そしてモノトーンではあるけれど美しい舞台、照明の妙技。こんな舞台があるなんて信じられません。

乱暴かもしれないですが、ムスバッハはこのオペラを「白鳥の歌」としてとらえていたということも出来るかもしれません。

すみません。余りにも衝撃が大きすぎて言葉に出来ません。

音楽は主役の3人が本当に素晴らしい。まずジェルモンの「プロヴァンスの陸と海」は今までこんなに感情豊かに音楽的にも完璧な歌を聴いたことがありません。アルフレードも一瞬喉に入った部分はありましたが、素晴らしいテノール。そしてなんと言ってもシェーファーが圧倒的!「あ~そはかの人か、花から花へ」「3幕のアリエッタ」がこんなに陰影の濃い歌だったなんて、完全に打ちのめされました。ピアノの使い方が絶妙で、どうしてここでそのルバートがあるのかがいちいち良くわかります。声は想像していた以上にダークで驚きましたが、この演出にはぴったり。ムスバッハはシェーファーの為に演出したのかなあと思えるくらい。

指揮のアッレヴァベーニも素晴らしい。彼はよく演出のコンセプトを理解し、常に室内楽的なアプローチでこの演出にぴったりと寄り添うような指揮。「ムジークテアター」がうまく行くとここまでの舞台を作れるのかと改めて思い知らされた感じですね。

ベルリンに来て数々のオペラと演奏会を聞いてきましたが、間違いなく一番でしょう。

PS.コーミッシェオパーの「椿姫」も素晴らしい演出(ハリー・クプファー)です。ベルリンに素晴らしい2つの「椿姫」あり。実はドイツオペラにもゲッツ・フリードリッヒ演出の「椿姫」がありますがまだ見ていません。来シーズン見ようと思います。

劇場を出たのは10時5分前。まだ西の空は明るく夕焼けが綺麗でした。そしてWMでドイツが勝ったということで、国旗を持って何か吼えながら歩くたくさんの若者、また国旗をつけてクラクションを鳴らしながら走る車。このギャップ、何とかしてほしいなあと思いながら帰途に着きました。

    hakaru matsuoka

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2006年6月 9日 (金)

ベルリンシュターツオパー ヴェルディ「運命の力」

松岡究です。今日は久しぶりにずっと晴れていて、気温も上がり過ごしやすい一日でした。オペラが終わったのが11時。外へ出ると今日のWMの前祝でしょうか、花火が打ち上げられていました。そして南の空には珍しく月が出ていました。ドイツで見るのはひょっとしたら初めてかもしれませんね。多分冬は緯度と天気の関係であまり見られないと思いますので。

演目:ヴェルディ 「運命の力」

レオノーラ:ノルマ・ファンティーニ

ドン・カルロ:アンソニー・ミハエル・ムーア

ドン・アルヴァーロ:フランク・ポレッタ

マルケーゼ:アレクサンダー・ヴィノグラードフ

プレツィオスィッラ イ クーラ:エカテリーナ・ゼメンフク   他

指揮:ミハエル・ギーレン

演出:ステファン・ヘルハイム

昨年の9月にプレミエを出し、今回が同シーズン中の再演。

昨年10月の3回目の公演を見たときよりも、歌手もギーレンも数段良くなって、完全に自家薬籠中のものとした感じ。特に歌手は皆素晴らしくて、休憩後の男性の2重唱は圧巻!この大変な2重唱をなかなか歌える人がいないから、上演機会が少ないオペラなんだろうと思います。またレオノーラを歌ったファンティーニも特に「神よ、平和を与えたまえ」は素晴らしい出来でした。前回聞いたときよりも数倍楽しめたオペラになっていました。

演出のヘルハイムは序曲の最後が明るく終わるのがきっと気に入らなかったのでしょう。序曲を3幕と4幕の間に演奏するようにしていました。なるほどここで運命の3つの音が響けば、物語は劇的になります。しかし演出にはかなりブーイングが出ていました。

指揮のギーレンも前回よりは良かったと思います。前回はオーケストラも歌手ももう一つまとめ切らないまま本番を迎えた感じでした。現代音楽のスペシャリストとして名を馳せた彼のキャラクターは、この「運命の力」の劇性を表現するには異質なかけ離れた音楽性だと思います。特に前半は音が素直に並んで演奏されており、曲の持つドラマが希薄になっていました。今年80歳ですが元気でかくしゃくとしており、まだまだ意欲満々で取り組んでおられるようです。

    hakaru matsuoka

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2006年6月 8日 (木)

私の推薦本

松岡究です。先月の末に五嶋みどりさんのCDの番外として、藤原正彦さんの「国家の品格」を出しましたら、結構皆さん読んでらっしゃって、反響があったので、番外の番外で今日は本を推薦してみたいと思いました。

同名の映画もなかなかの佳作です。読んでいて、あるいは見ていて人間の一番大切なものについて考えさせられました。

博士の愛した数式 Book 博士の愛した数式

著者:小川 洋子
販売元:新潮社
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外国で暮らしていると、よく日本が見えるようになるといいますが、それは本当のことです。「なぜ日本人の敵は日本人だと言うことに気付かないのか」と言う言葉は重いです。

この国を、なぜ、愛せないのか~論戦2006

Book

この国を、なぜ、愛せないのか~論戦2006

著者:櫻井 よしこ
販売元:ダイヤモンド社
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リッツ・カールトンのこの教えは、人世のために働く意味を本当に教えてくれると思います。

リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間 Book リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間

著者:高野 登
販売元:かんき出版
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僕だったら100%拾います。(笑)

千円札は拾うな。 千円札は拾うな。

著者:安田 佳生
販売元:サンマーク出版
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2006年6月 7日 (水)

ベルリンコーミッシェオパー ヴェルディ「リゴレット」

松岡究です。今日も2度雨が降りましたね。でも夜には晴れて今は10時過ぎまで空は明るいですから(日の入りは9時25分くらいです)、久しぶりに夕焼けを見ました。

演目:ヴェルディ「リゴレット」

リゴレット:ブルーノ・バルメッリ

ジルダ:ヴァレンティナ・ファルカシュ

マントヴァ:ハリー・ファン・デァ・プラス

マッダレーナ:カレン・ファン・オイイェン 他

指揮:キンボー・イシイ・エトー

演出:マルティン・シューラー

とても素敵な公演でした。まずキンボーさんの棒が素晴らしい。彼は終演後「今日は一番ひどい」などといっていましたが、どうしてどうして。オケからは垢抜けた切れの良い音を引き出していましたし、よく鳴らしていました。また歌手もジルダのヴァレンティーナ、リゴレットのバルメッティが素晴らしく、二人ともよく通る声と特にヴァレンティーナの高音のテクニックは素晴らしい物がありました。マントヴァのデァ・プラスはかなり調子が悪く、上はファルセットで抜いて辛うじて難を逃れていました。彼のような歌手はまず発声から直していかないと、この先は長くないような気がします。

演出はもう一つ。現代に読み替えていたのはいいのですが、3幕がなぜ客船の甲板の上でなければならないのか、その前の2幕の天使の7体の像の意味するところは終幕でよくわかりましたが、2幕での提示の仕方にもう少し工夫は出来なかったのか、疑問が残ります。

今日は終演後、キンボーさんとオーケストラのヴィオラ奏者の西山雄太さん、そしてキンボーさんの日本のマネージャーを務めて要らした鈴木さんご夫妻と夕食をともにしました。その途中で、キンボーさんに待望の女の赤ちゃん(もう名前は決まっていて安美チャンだそうです)が生まれたという連絡が入りました。「おめでとう、キンボーパパ!!!」みんなで祝杯を挙げました。しかし2006年の6月6日生まれ、ドイツでは06,06,06と書きますが、うまく行きすぎですね。(笑)

また17日に聴きます。

   hakaru matsuoka

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2006年6月 6日 (火)

今日は休日でした

松岡究です。今日は聖霊降臨節でお休みでした。

聖霊が降りてきてもう少し暖かくしてくれないかしら、と思っちゃうくらい毎日寒いです。皆街行く人たちは日本なら完全に冬の格好です。さすがに厚手のコートやダウンジャケットの人はあまり見当たりませんが、革ジャン、薄手のトレンチ、日本で言うヤッケ等着て歩いていますよ。

天気もずっと曇っていて、時折雨が降ります。地面が湿る程度ですけど、なんか寒々としていますよね。

もうすぐWM(Welt Meister)です。近所の飲み屋とかレストランは店内でテレビ中継するらしく、「09,06,2006 WM」なんてなチョーク書きを時々見かけます。(ドイツは日を一番先に次に月最後に年なんです。ご存知でしたか?)ワールドカップに便乗して儲けようと言うのはどこも同じですね。

     hakaru matsuoka

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2006年6月 5日 (月)

ベルリンコーミッシェオパー モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」

松岡究です。今日はコンヴィチュニーの演出で話題をさらったコーミッシェオパーの「コジ」です。

演目:モーツァルト:「コジ・ファン・トゥッテ」

   フィオルディリージ:マリア・ベングトゥソン

   ドラベラ:ステッラ・ドウフェクシス

   フェランド:ヨハンネス・フム

   グリエルモ:ミハエル・ナジ

   デスピーナ:ゲルトルード・オッテンタール

   ドン・アルフォンゾ:ディートリッヒ・ヘンシェル(病気のクリスティアン・チェレビューの代役)

   指揮:マルクス・ポシュナー

   演出:ペーター・コンヴィチュニー

全体としてよくまとまった素敵な公演でした。まずコンヴィチュニーの演出ですが、ここの出し物のもう一つ「ドン・ジョヴァンニ」よりもずっと楽しめて彼の考えていることが良くわかる良い演出だと思いました。「ドン・ジョヴァンニ」を見たときはもう二度と見たくないと思ったのですが。

1幕の最後の場面は勿論音楽で綴っていくんですが、フィガロやドン・ジョバンニのように大団円に向かっていく求心力はありません。そこをコンヴィチュニーは精神的な葛藤の場面としてわざと嵐の場面に設定して、この音楽が冗長になるのを防いでいたのはさすがだと思いました。そしてまた最後にやはりコンヴィチュニーは大どんでん返しをやってのけました。普通には4人はまた元の鞘に納まるのですが、彼の演出では、最後の最後で音楽を停め、「どうしてそんなことをやったのよ」「信じられない」と女性が言うと、皆アルフォンゾの仕業なんだと言い訳はするけど後の祭り。四人ともその場で別れて、男性二人が結婚してしまうんです。そして後ろにいた合唱に大段幕を持たせて、ここが光が反射してはっきり見えなかったんだけど「Sehen Sie ・・・・・Philosophie]と書いてあったんですね。ごめんなさい今度誰かに聞いときます。客はこれを見て大爆笑。大きなブラボーに包まれました。(多分「これがいまどきの哲学です」という意味の言葉が書かれていたんだろうと推測しますけど。)台本にないこと、話の変更をコンヴィチュニーはいろんな舞台でやっています。それが良いか悪いかはやはり見た人にゆだねられるんでしょう。だって今回は大いに納得する舞台でしたから。(ドン・ジョバンニは納得できませんでしたけど)こういう演出家による現代社会に即した読み分けはこれからのオペラを考える上で、救世主となるかもしてませんし逆にオペラを価値のないものにしてしまう危険もはらんでいるとは思います。

歌い手はどの人も遜色なく素晴らしい出来でした。指揮のポシュナーもオケからとても良い音とニュアンスを出していて、これからを期待させるに充分。音楽的には以前3回聴いたシュターツオパーを上回る出来だったと思います。

しかしながら、演出が圧倒的な力を持っていた舞台。こんな時は指揮者は本当に陰に隠れちゃいますね。でもわかる人はわかってますよ、ポシュナーさん。

        hakaru matsuoka

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2006年6月 4日 (日)

ベルリン国立歌劇場ドニゼッティ「愛の妙薬」

松岡究です。今日はまた一日中寒い日でした。朝からずっと雨が降っていて、気温も全然上がりませんでした。ハイツング(暖房)がまた入るようになって、助かりましたが、6月でもこの寒さ。ベルリンは寒いなあ!

演目:ドニゼッティ:愛の妙薬

    アディーナ:アンナ・サムイル

    ネモリーノ:パヴォル・ブレスリク

    ベルコーレ:アルフレード・ダーツァ

    ガエターノ:アレクサンダー・ルフィング

    ドゥルカマーラ:ナターレ・デ・カロリス

    ジャンネッタ:アドリアーネ・クヴァイロズ

    指揮:ヴェッロ・ペーン

    演出:パーシー・アドロン

愛の妙薬がこんなに素敵なオペラだったとは、恥ずかしながら今の今まで知りませんでした。と言うのは今まで見たこの作品が、特に演技の点でしらけてしまっていたからだと思います。またCDなどでも妙にアジリタ(声を転がす技術のこと)を多用したような、どう聴いても非音楽的なCDしか聴いてなかったこともあると思います。だから、今の今まで「人知れぬ涙」でのみ有名なんだと固く信じていました。

しかし違いました。どうしてこの作品がここまでいろんなところかかるのかやっとわかりました。アディーナを歌ったサムイルは明るい豊かな声で、そして大変音楽的にこの役を歌ってピカイチ。ブレスリクも最初から最後までネモリーノを演じきってこれも素晴らしかったです。「人知れぬ涙」がこのように強い歌だとは知りませんでした。つまり日本では甘く悲しく歌う人がほとんどなのでそういう歌だと思っていたのですが、違うんですね。

ある意味でこの主役2人以上に活躍したのが、ダーツァとルフィング。彼らの声もさることながらそばい達者さがこのオペラを飽きさせず楽しく見させてくれました。

指揮のペーンはオーケストラから結構いろんな色を引き出していて、とても好感が持てました。演出はこんなもんかな。

ただ以前も書いたと思うんですが、合唱がよくない。集中力に欠けたようなアンサンブルの乱れが結構あったり、演技はしてるんだけど「声本当に出してんの?」と思えるようなところがあって、これこそちょっとしらけちゃう。ベルリンの3つの歌劇場そして放送、Riasなどの合唱団では一番問題ある(はっきり言えばへた)と思います。

   

       hakaru matsuoka     

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2006年6月 3日 (土)

ダニエル・バレンボイム指揮ベルリンフィルハーモニー「ヨーロッパコンサート2006」

松岡究です。今日は一日穏やかな日でした。久しぶりです。朝こそ寒かったんですが、昼はもうコートが邪魔で、持って歩きました。

今日はベルリンにお住まいの関さんからお借りした「ヨーロッパコンサート2006」のDVDのコメントです。

曲目:オール・モーツァルト

   交響曲第35番ニ長調「ハフナー」

   ピアノ協奏曲第22番変ホ長調 ソロ:D・バレンボイム

   ホルン協奏曲第1番ニ長調 ソロ:ラデク・バボラク

   交響曲第36番ハ長調「リンツ」

バレンボイムのモーツァルト解釈は例えば現在ほとんどの指揮者が、ベーレンライター版を使用しているのが常識になりつつ中で、頑として旧ブライトコプフ版で構わないと言う姿勢が示している通り、モーツアルトにおいても往年のテンポ感覚、往年のオーケストラの奏法でやっています。古楽器がどうのこうのなんていうのは微塵も感じられないその姿勢は、バレンボイムだから出来ることでしょう。しかしここに大きな問題提起があって、古楽器的奏法を現代楽器のオーケストラに下手に持ち込むと表現力が著しく低下して聞こえたり、オーケストラの楽員に迷いが生じてアンサンブルに欠陥が出てきたりということがあります。ですからどのオーケストラでも現代楽器奏法のみをやってきた所謂古参の楽員にはこの古楽器奏法はかなり抵抗があるようです。

最初の「ハフナー」の音が鳴った途端、ベルリンフィルのゴージャスな音とともに何か違うんだよなと言う違和感を感じるんですね。モーツァルトってこういう風にやると、綺麗な衣装をまとって典雅で美しく古典的なスタイルのよい音楽、または所謂ヒーリング系(1/F揺らぎとか言う)の音楽になってしまう気がするんです。

私はモーツァルトってなんて退屈な作曲家なんだろうと大学の頃まで思っていました。それが古楽器のグループがモーツァルトを演奏するようになって、目が覚めたんです。「モーツァルトはちょっと手でも傷つけようものならそこから血が吹き出て、あるいは血沸き肉踊る決して典雅と言う言葉とは似ても似つかない物凄くエキセントリックな音楽なんだ」と悟った途端、大好きになったんです。そして私にとってとても大事な作曲家になりました。

ですからバレンボイムのモーツアルトはその退屈極まりないモーツァルトなんです、私にとっては。(ですからベームもカラヤンもワルターも私にとっては1/F揺らぎなんです。だって寝ちゃうんです。)ただ素晴らしかったのはピアノ協奏曲です。特に2楽章、そして3楽章の例のゆっくりになったところは、彼がやはり1流の音楽家である証明であったと思います。あの音楽の深さをDVDであそこまで感じさせてくれると言うのは彼が本物であると言うことに間違いはないと思います。がしかし・・・・・・と言うのがこのDVDを聞いての感想でした。

ホルンのバボラクは昨日もちょっと書きましたが、全ステージに載りかつ鮮やかに協奏曲を吹いていました。、自分のお国に錦を飾ったのが嬉しかったんでしょう、本当にいい笑顔で聴衆の拍手に応えていました。

       hakaru matsuoka

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2006年6月 2日 (金)

サイモン・ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会

松岡究です。稀代の名演でした。

曲目:ストラヴィンスキー:オルフェウス

   ニールセン:フルート協奏曲    ソロ:エマニュエル・パユ

   ブラームス:交響曲第4番

今日も午前はGPを聴きに行って、夜コンサート。ゲネプロからベルリンフィルはアッバードやハイティンクとは違い、本気モード。これは凄い演奏だなあと朝から思っていました。勿論時々とめて、色々注文を出してるんですが、見事に変わるんです。

本番:最初のストラヴィンスキーは、1946・7年の作品で、有名な振り付けしバランシンの委嘱で作られました。びっくりするくらいと言うと大げさですが、しっかりした調性とシンプルで幻想的な30分ほどのバレー作品。ラトルは実によく作品の持ち味を出していて、佳演。

ニールセンのフルート協奏曲はもうパユの独壇場。実に鮮やかにこの難曲を吹ききっていました。ラトルもこういった作品には音色的な相性がよくあっていて、透明感のあるそしてよく歌っている演奏でした。パユはこの後ブラームスのもオーケストラプレイヤーとして載り、例のソロを勿論鮮やかに吹いていました。ソロもやりオケもやる、それも同じ演奏会で。やはりこのオケのメンバーは怪物君がそろってます。(今年5月にプラハでバレンボイムが振ったヨーロッパコンサートではホルンのバボラークがモーツァルトの1番の協奏曲を吹き全ステージオーケストラプレイヤーとして出ていました。)

理想的なブラームス。つまりこういう風に振ってみたいと思い描いていたものがそこにあったんです。最初の出だしから、陰影が濃く、必然としてのアゴーギク(テンポの変化・揺れ)があり、歌があり。こういうときは本当に言葉は無力になります。本当に凄かった。現代の指揮者に限らず演奏家は理性でテンポの揺れとかフォルテだのピアノだのをコントロールする人が多いですが、ラトルは感情と心と精神的な何かで曲を彫っていくんです。そしてぎりぎりのところで理性を失わずコントロールしているんです。

聴きながら、高校の時ヘルマン・ヘッセの「知と愛」に痛く感動し、また右脳と左脳の話に驚いたことが蘇ってきました。彼は本当に理性と感情が見事に融合し一体になった素晴らしい指揮者です。

これは私の推測ですが、4番は満を持しての演奏だったのではないかと思います。いつも現代ものを中心にマーラーやストラヴィンスキーなどを演奏してきた彼が、まずベートーヴェンに取り組み、そしてブラームスに取り組み始めたのではないかと思っています。以前に2番をやったそうですが、これから多分2・3年おきに残りの1・3番が登場するのではないかと言うのが僕の読みです。(来シーズンは1番をティーレマン、2番をハイティンク、3番をアッバードが振ることになっています。ラトルがハイドンを集中して取り上げる10月は面白いかもしれません。)

        hakaru matsuoka

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2006年6月 1日 (木)

コーミッシェオパーの来期

松岡究です。ちょっと遅れましたが、コーミッシェオパーの来期のプレミエを皆さんにお知らせいたします。

2006年9月24日プレミエ

クルト・ワイル:マハゴニー市の興亡

指揮:キリル・ぺトレンコ

演出:アンドレアス・ホモキ

2006年11月5日

ピエランジェロ・ヴァルチノーニ:ピノッキオ(子供向けオペラ)

指揮:アンナ・ゾフィー・ブルーニング

演出:イェツケ・ミンセン

2006年11月25日

モーツァルト:魔笛

指揮:マルクス・ポシュナー

演出:ハンス・ノイエンフェルス

2007年2月4日

オッフェンバック:ホフマン物語

指揮:キンボー・イシイ・エトー

演出:ウィリー・デッカー

2007年4月22日

グルック:タウリスのイフィゲニア

指揮:ポール・グッドウィン

演出:バリー・コスキー

2007年7月1日

レハール:微笑の国

指揮:キリル・ぺトレンコ

演出:ペーター・コンヴィチュニー

以上6本のラインアップです。やはり予算を削られているせいで、来シーズンは6本に押さえられています。いつもは後1・2本プレミエがあるはずです。

その予算のことにも大いに関係してきますが、今書類上というか大本はベルリンの3つの歌劇場は一つになっています。来シーズンまでは現状のまま行くことになっていますが、その先がまだ決まっていません。中には「もうなくなってしまうのではないか」、「大リストラがあってオケも合唱も専属歌手も皆人減らしされるのでは」、「国立歌劇場とドイチェオパーとは役割分担して、コーミッシェは室内オペラやオペレッタのみの小屋になるのでは」等いろんな憶測、考えが噂されています。どうなるんでしょうか?

オーケストラ界は実際にもう昔の西側のベルリン交響楽団が潰れています。今の同名のオケは東側のそれでした。それも来シーズンから改名して、Berliner Konzerthaus Orchesterになります。所謂コンセルトヘボーやゲヴァントハウスと同じような名称ですね。

激動のベルリンです。

   hakaru matsuoka

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