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2006年4月30日 (日)

どうしてこんなにユーロが高いの2

松岡究です。今ベルリンで円をユーロに両替すると1ユーロ150円を超えてしまいます。為替レートがこの2・3ヶ月140円を割ることはなくなりました。最近は145円近くまで行くこともあります。そうすると銀行からユーロを下ろす、両替すると言うことになると1ユーロに大体5~7円くらいの手数料がかかるんです。それで結局は150円になってしまうんです。

どうしてこんなに高いのか?これはもうブッシュが悪いの一言ですが、アメリカは日本に物凄い借金があるそうなんです。日本は例えば米軍の移転費用まで全部負担してやっているだけでなく、いろんな分野においてもアメリカにお金をつぎ込んで素わけです。そしてアメリカはそれにもかかわらず、日本とは比べ物にならないくらいの莫大な借金があるんですが、それでも呑気にとしていられるのは、ドルが依然として国際通貨、つまり貿易等はすべてドルで行われているから、世界経済の心臓部を握っているんですよね。でもちょっと頭の悪い?大統領になって皆ドルに危機感を持った。いろんなところがドルからユーロにシフトチェンジし始めた。それでユーロの価値が上がっているわけです。本当は1ドル1ユーロになるようにと始めたEU統合は、アメリカが今のままだとすると良かったことかもしれませんね。    でも僕にとっては痛いです。!!!

早くユーロが下がらないかなと思ってます。

    hakaru matsuoka

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2006年4月28日 (金)

先ほど一時帰国しました

松岡究です。昨日27日の夕方ベルリンを出発して、フランクフルト経由で今日戻ってきました。いつもANAを利用してるんですが、連休を日本で過ごす人が多いのかほぼ満席で、窮屈な思いをしながら帰ってきました。

今回は5月6・7日に米子と倉吉でモーツァルトの「レクイエム」、ハイドンの交響曲第101番「時計」を2日連続でやること、それに5月14日に早稲田大学フィルハーモニーとヴェルディ「運命の力」序曲、モーツァルトピアノ協奏曲第20番ニ短調、そしてチャイコフスキー交響曲第5番をやるコンサートが主な帰国理由です。本当はあと2つコンサートがあったのですがキャンセルになってしまいました。

それから人気ブログも皆さんのおかげでこんなに上位にランキングされるなんて思っても見ませんでした。それに色々アドバイスやご意見を頂き有難うございました。このココログと言う奴はかなり使い勝手の悪い奴のようで、あれは出来ない、これも出来ないだらけのブログで、折角皆さんに色々教えていただいてもなかなか反映できません。申し訳ありません。ブログの鞍替えも考えているこのごろです。

日本にいますと仕事がメインになってどうしてもブログまで手が回らないかもしれませんが、宜しくお願いいたします。

    hakaru matsuoka

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2006年4月27日 (木)

ベルリン国立歌劇場ウェーバー「魔弾の射手」

松岡究です。きょうはシュターツオパーでの公演。

演目

ウェーバー:魔弾の射手

主な配役

マックス:ブルクハルト・フリッツ

カスパール:ハンノ・ミューラー・ブラッハマン

アガーテ:カローラ・ヘーン

エンヒェン:シルヴィア・シュヴァルツ

指揮:ユリーン・ザレムコール

演出:ニコラウス・レーンホフ

会場はほとんど満員。私は開演の40分前に当日券を買ったのですが、もう10席くらいしか残ってなくて以外!「魔弾がそんなに人気があるの?」って思っちゃいました。

まず歌手ですが、カスパールを歌ったブラッハマンが素晴らしい声と2幕2場でのおぞましいさをよく演じ歌っていました。彼がいなかったら今日のこの公演は全く締まらなかったでしょう。マックスのフリッツも決して悪くはないのですが、もう少しドラマが聴きたかったですね。2人の女声はどちらもそんなに大きな声ではありませんし、その声量からすると日本人と全く変わらない感じです。しかしピアニッシモの歌い方、そして無理を決してしない歌いまわしは一日の長あり。

指揮のザレムコールはダン・エッティンガーと並んでこの劇場のカペルマイスターです。どちらかというとこのザレムコールの方がドラマティックに音楽を持っていくように思います。今日も2幕2場は凄みを持って聴かせてくれました。コーラスとオーケストラのずれがいたるところで目立ち、これは興ざめ。レパートリー上演の難しさですね。つまり練習不足がこういうところに出てきちゃうんです。シュターツカペレのコーラスはちょっと質が落ちるんじゃないかな。良いハーモニーをあまり聴いたことがないのは残念。放送合唱、RIASの合唱団なんかは物凄くうまいですけどね。

このオペラを見ながらつくづく思ったのですが、1幕や2幕1場などは垢抜けない田舎くささが目に付いて、どうしようもなくつまらなく感じたんです。それが2幕2場で音楽も芝居も物凄いドラマを突然見せるわけですが、ここに今日まで上演されてきた理由があるのでしょう。ドイツオペラにおいて、この時代の作品はこの「魔弾」と「フィデリオ」くらいしか上演されません。シューベルトもシューマンもオペラはいくつか書きましたが、世界の劇場がこぞってレパートリーに組み込むほどではないこと等を考えるにつけ、ワーグナーとR・シュトラウスの登場がいかに待望久しかったかは容易に察しがつきますね。

もう一つ、今日も拍手が早いんですね。オーケストラの音がまだ鳴っているのに拍手する人が必ずいるんです。映画や芝居と間違えてるんじゃないでしょうか。この作品はそんなに音楽が繊細な物ではないので、先日のラトルの「ペレアス」のように土足で踏み込まれたようには感じませんでしたが。それにしてもどうにかならないのかな!!!

    hakaru matsuoka

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2006年4月26日 (水)

エド・デ・ワールト指揮ベルリンドイツ交響楽団定期

松岡究です。今日はエド・デ・ワールト指揮のドイチェスシンフォニーの演奏会。曲目はモーツァルトのセレナータ・ノットゥールナKv.239とマーラーの交響曲第7番「夜の歌」というNacht Musik特集。

この指揮者は懐かしくて、私が学生時代ラフマニノフの交響曲第2番をロッテルダムフィルハーモニーと録音したものを毎日のように聴いていました。ですからどういう演奏をするのかとても楽しみではありました。

最初のモーツァルトは何か焦点の定まらない感じで始まりました。3月31日に放送交響楽団とヤノフスキで聴いた時のほうが、しまりがあってよかったと思います。ただ聴衆をとても楽しませたのは、3楽章で4人のソロ一人一人がカデンツを演奏したことです。こういう趣向は初めて聴きましたが、なかなかいいものです。

マーラーはとても清潔感のある演奏。ここぞと言う時にもっと粘ってほしいところが何箇所かあり、その為か毒気がなくなりちょっと物足りない感じでした。しかしマーラーのスコアを実にすっきりと音にしていたのはさすがです。決して押しの強い指揮ではありません。しかし章句人的な技を充分に発揮して、聴衆から暖かい拍手を受けていました。

        hakaru matsuoka

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2006年4月25日 (火)

拍手

松岡究です。先日ある方から「拍手」のことについてコメントがありました。その方には返事は差し上げたのですが、とても重要なことだと思ったので今日はそのことについて書かせていただきます

先日ベルリンフィルの演奏会でラトルが残念そうな表情を見せたと書きました。それは余りにも拍手のするタイミングが早すぎたんです。「ペレアスとメリザンド」は最後ピアニッシモで終わるのですが、ほとんどの聴衆はその余韻までラトルの動きにあわせて聴き入ろうとしていたわけです。そこに土足で踏み込まれたような感覚を覚えたのは私だけではなかったと思います。いやほとんどの聴衆がそう思いました。確信してそれは言えます。なぜか?私が今まで聴いてきたオペラやコンサートで一度もそういうことはなかった。そして私の周りの人たちが拍手が起こった途端にに「Oh!~」とため息をついて皆が残念がっていたということの2つではっきりそう言いきれるのです。隣の年配のご婦人と目が合った時、首を横に振られていました。

その拍手も一人だけだったら制することは出来たかもしれません。(現にコンサートで変な間に拍手をしようとする人がいると「シー!」と言う声が飛びます。)しかし一人が大きく手を叩き始めるとそれにつられて何人かが拍手をそれも大きくし始めたんです。もう後には戻れないと言うかしょうがないですね。まあ、これが日本人の聴衆がいっぱいいたからといってあれは日本人と決め付けたのはいささか短絡的ではありましたが。このコンサートでは、1幕で誰かわからなかったんですが、フラッシュをたく人もいたんです。それで異例ですがラトルがそれを大変紳士的に舞台から注意するという場面もあったんですね。しかし何度も痛い目にあっている私としては、是非ベルリンの聴衆のいいところを見習ってほしいと思います。勿論変なところもありますよ。演奏中いきなり鼻をチーンとかんだりするのはやめてほしいですけどね。

私の見解を述べさせていただきますと、拍手とは勿論とても大事でしたければ大いにする、したくなかったらしない。でもこの言い方は乱暴すぎるんです。これでは拍手のタイミングをどうとっていいかという疑問には答えていない。だからどうしても消極的になってしまいがちです。コンサートは聴くのが100%ではありません。見ることも大いに大事なことなんです。指揮者の動き、演奏者の体のゆれ、顔の表情等までもがコンサートの醍醐味です。ですから拍手をするタイミングは指揮者が腕を下ろしてから、あるいはヴァイオリニストだったら右手が下に下りてから、ピアニストだったら鍵盤から腕を下ろし顔を上げてから、が拍手するタイミングになるでしょう。曲がピアノやピアニッシモで終わる場合その余韻まで演奏者や指揮者と一緒になって聴こうとすると音楽が立体的あるいはどこか異次元の世界へ音が吸い込まれていくのが一緒に体験できる瞬間です。そして何かをそこに見つけたときピアニッシモで終わる意味がはっきりとわかり、深い感動を覚えることが出来るときなんです。演奏者は自分のイメージを音が消えても頭の中でしっかりと完結させてから素に戻ります。

ということはあのベルリンフィルでの拍手はラトルのイメージが完結する直前に始まったといってもいいでしょう。だから彼と気持ちを一つにして聴いていた大多数の聴衆は残念だったと思います。

     hakaru matsuoka

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2006年4月24日 (月)

ローター・ツァグロセク指揮ベルリン交響楽団 モーツァルト「偽の女庭師」演奏会形式

松岡究です。昨日・一昨日に引き続き今日も演奏会形式によるオペラのコンサート。

曲目:モーツァルト「偽の女庭師」

配役

ポデスタ:クリスティアン・エルスラー

サンドリーナ:スンへ・イム

ベルフィオーレ伯爵:ジェレミー・オヴェンデン

アルミンダ:ユッタ・ベーネルト

ラミーロ:エリザベス・フォン・マグヌス

セルペッタ:ゾフィー・カルトホイザー

ナルド:ミハエル・ナジ

指揮:ローター・ツァグロセク

初めに序曲が始まった途端にその余りのアンサンブルのひどさに耳を疑って、「来るんじゃなかった」と思ったのですが、曲が進むに連れてオーケストラは実に素晴らしい音になっていきました。ここでは所謂古楽器的な奏法は全く取っておらず、以前からの伝統的?(オーソドックスな)弾き方。歌手たちも初めは固くて表情に乏しく生気がない演奏でした。しかし第5曲でミハエル・ナジ(彼はコーミッシェオパーの専属歌手です)がオパーで鍛え上げた芸でニュアンス豊かにアリアを歌うと、やっと会場から拍手。これ以後皆どんどん調子を取り戻してきて、この作品が素晴らしい作品であることを立証しました。

ソプラノのスンへ・イム(韓国人)は予定されていたルート・ツィーザクが急病のための代役。しかし彼女は持ち前の音楽性と透き通った声でこの代役を見事に歌いきりました。その他にカルトホイザーとベーネルトも素晴らしい発声技術を持った良い歌手。ただフォン・マグヌスはこの歌い手の中でちょっと聴き劣りしました。まず喉声であること、声が他の歌手たちに比べて広がり気味で、明らかにテクニックを持ち合わせていないのが良くわかって、却って気の毒。テノールの2人はまあまあかな。

ツァグロセクは以前あまり好きでなかったと書きましたが、今回は彼の本領発揮。オペラ指揮者としての腕をはっきりと見ました。演奏会形式でありながら、歌とオケのバランスは抜群!歌手の声量に即座に合わせることが出来るのはオケも素晴らしいけど、ツァグロセクの力だと思います。歌手に自由さを持たせながら手綱をしっかりと引いてコントロールしているのはさすがです。

この公演はセッコ(レシタティーフ)の部分を2人の役者が別に台本を作って聴衆にわかりやすくしていたことは、オペラの演奏会形式の形としては成功していたと思います。

ツァグロセクは9月からこのオケの主席指揮者になりますが、その前のお披露目としては最高だったのではないでしょうか。

    hakaru matsuoka

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2006年4月23日 (日)

アルベルト・ゼッダ指揮ベルリンドイツオペラ ロッシーニ「とてつもない誤解」演奏会形式

松岡究です。きょうは昨日より暑くなるのかと思っていましたら、生憎の雨。気温もそんなに上がらず4月上旬の気候に戻ってしまいました。昨日の件で言い忘れたんですが、一つ残念だったのが、ラトルが曲が終わってまだ指揮棒をおろさないのに拍手が起こったんですね。いつものベルリンの聴衆であればそんなことはないんですけど。つまり余韻まできちっと楽しんでるんです。多分その拍手は日本人だと思いました。昨日は特別コンサートで定期の枠組み外でのコンサートだったので、日本人がたくさんいたんですね。こんなこと言うと怒る人がいるのは重々承知で言ってるんですがね。ラトルの残念そうな表情が目に焼きついています。

曲目:ロッシーニ「とてつもない誤解」

配役

エルネスティーナ:マリーナ・プルデンスカヤ

ガンベロット:ブルーノ・タッディア

ブラリッキオ:マルコ・ヴィンコ

エルマンノ:アントニオ・シラグーサ

ロザリーナ:アンディオン・フェルナンデズ

フロンティーノ:ブルクハルト・ウルリッヒ

指揮:アルベルト・ゼッダ

今日は昨日に引き続き演奏会形式によるオペラの公演。ロッシーニの「とてつもない誤解」と言うオペラ。これは2005年の1月に東京オペラプロデュースで、演出が馬場紀夫さん、そして指揮が私で日本初演した作品でもあります。ロッシーニと言う作曲家は所謂天才で、ある意味ではメンデルスゾーンと同じですが、最初の作品から最後までとても高い完成度を持った作品を書いた人です。天才としてもてはやされていましたから、いろんなところから作曲依頼があり、自分の作品を使いまわしていたんですね。ですから「この曲はいったいどっちの作品のオリジナルなのか?」と言った疑問が研究されてきました。(例えば「セビリアの理髪師」序曲はオリジナルな序曲ではありません。)そして近年それが随分と解明されましたが、楽譜はまだ出版は全部されていません。今日の演奏の版も私たちがやった日本初演の時とは違って、ゼッダ自身が校訂した版のはずです。

さて今日はそのロッシーニ研究の第一人者であるゼッダの指揮でした。彼が登場するともう「ブラボー」の声が。そして指揮棒を構えてもまだ鳴り止まない拍手。もう一度ゼッダは客席を振り返り一礼、やっと序曲が始まりました(2幕も全く同じでした)。これだけの拍手をもらうのには、多分今までにロッシーニに関して大きな成功を収めて来たの違いないと思います。こんなのはベーム、カラヤン以来です。

こういった作品は本当に職人芸が必要で、例えばシンフォニー育ちのラトルがやるかと言えば絶対やらないでしょう。やはり曲によってその人の向き不向きは必ずあって、若いうちはいろんな物に挑戦するのだけれど、年を経るに従ってレパートリーが決まっていくのだと思います。

まずガンベロットを歌うはずだったブルーノ・プラティコが病気と言うことで急遽タッディアが楽譜持ちで歌いました。しかし彼はその楽譜をうまく小道具として利用しながら素晴らしい歌を聴かせてくれてブラボー!シラグーサはいつもながら明るい伸びやかな声を自由に操って圧巻。ブラリッキオのマルコ・ヴィンコも芸達者で客を笑いに持っていく術はたいした物です。そしてエルネスティアのプルデンスカヤは素晴らしいコントラルトで自由にコロラトゥーラを操ってこれも圧巻。歌い手は皆素晴らしい出来でした。一方ゼッダはやはりロッシーニをよく知っていて、音楽の運びに全く不自然さがありません。ただ舞台上にオーケストラが載っている関係上バランスがいささか気にはなりました。

       hakaru matsuoka

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2006年4月22日 (土)

サイモン・ラトル指揮ベルリンフィルハーモに管弦楽団 ドビュッシー「ペレアスとメリザンド」

松岡究です。今日はやはり昨日よりは暑くなりました。外を散歩してると汗ばんできます。しかしまだ冷気の残っているところ、例えばソニーセンターとポツダマープラッツという駅のコンコースは冷房をかけてるんじゃないかと思っちゃうくらい寒いです。空気が入れ替わってないんでしょうか?

さて今日は久々のラトルです。

曲目:ドビュッシー歌劇「ペレアスとメリザンド」演奏会形式

配役

メリザンド:アンジェリカ・キルヒシュラーガー

ジュヌヴィエーネ:アンナ・ラルソン

ペレアス:サイモン・キーンリーサイド

アルケル王:ロバート・ロイド

ゴロー:ローレント・ナオウリ

医者:ジュローム・アントワーヌ   他

指揮:サイモン・ラトル

一言で言えば「脱帽!!!(誰ですか?脱毛なんて言ってる人は。)」 一年前のブリテン「ピーター・グライムズ」を聴いた時も本番でこんなに洗練された完璧なことが出来るのかと耳を疑いまた打ちのめされたんだけど、今回も全く同じでした。フォルティッシモからピアニッシモまで完璧にコントロールされて、それが全く人工的でなく自然に音楽が流れていくんです。歌手たちもそのオーケストラとラトルの鮮やかな指揮に乗りに乗り、またその心情を細やかに歌い上げ、また時にはドラマティックに歌っていきます。驚いたのがプログラムには名前は載っていないんだけど、ィニョルドを歌ったボーイソプラノが圧巻!勿論大人たちも素晴らしい。「こんなことが実際に現実にベルリンでは行われているんだなあ(ため息)。」

そして「ペレアスとメリザンド」がこんなに素敵なオペラだったなんて初めて知った感じです。ドイチェオパーのペレアスも良かったですけど、ここまで作品の真価を引き出してはいなかったかな。というよりもラトルと今日の共演者、そしてベルリンフィルが本当にその真価を知らしめた演奏会でした。

ラトルも少し当たり外れがあって、1月に聴いたマーラーの4番は意外なほどつまらなかったですね。以前テレビで、まだ就任前にやはりベルリンフィルでやった4番は鳥肌が立つくらい感動を覚えましたけどね。でも今日は言うことなしでしょう。

        hakaru matsuoka

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2006年4月21日 (金)

雑感

今この記事を書いているのは午後8時15分です。しかしまだ外は明るいですよ。毎日ベルリンにいるときは小一時間散歩しています。今日は午後7時10分に家を出て8時10分くらいに帰ってきました。散歩している時はまだ太陽が西の空にありました。ヨーロッパは夏時間を採用しているので、例えば5時だったのが今日からは強制的に6時になるわけです。ですから昨日まで5時の明るさが6時の明るさになってしまうわけですから、あっという間に日が長くなった感じがするんですね。・・・・その時間の強制は毎年イースターの1・2週間前(ちょっと定かではないんです)の日曜の深夜2時から3時にかけて行われます。夏時間になる時は午前2時になると自動的に午前3時になります。逆に冬時間になるときは午前3時にもう一回午前2時になるわけです。

そうなるといっぺんに春になっていく感じになりますよね。歩いていると鳴き声で5・6種類の小鳥を聞き分ける事も出来ます。日本ではあまり聴けない鳴き声で、とても素敵ですよ。

今日はとても暖かくて20度近く気温があったようです。天気予報によると明日からはもっと暖かくなって月曜までの予報は最高気温が22・3度まで上がるそうです。一昨日くらいまで天気が不安定で肌寒かったのが、また一段と春になってきた感じです。

皆さんにお礼を申し上げます。ブログランキングがどんどん上昇しておりまして、私は17位になったのを確認しました。こんなに早くこういう結果が出るなんて凄いですね。皆さんのおかげです。これからも色々と書いていきます。引き続き応援宜しくお願いいたします。

       hakaru matsuoka

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2006年4月19日 (水)

皆さんにお願い

松岡究です。実は最近色々とブログを研究してまして、といってもままごとの様なものだと思いますが、人気ブログランキングと言う物を設置しました。それで皆さんにお願いですが、このページに来たらページの左にある「人気ブログランキング」をクリックしていただけると大変うれしゅうございますです。よくまだ自分でもわかっていないのですが、これでランキングが上がるともっと大勢の方に読んで頂ける様になるとか・・・・?なにとぞ宜しくお願い申し上げます。

今日はこのお願いだけです。すみません!

   hakaru matsuoka

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2006年4月18日 (火)

私の推薦盤

松岡究です。あ~、すみません。昨日の推薦盤本当は今日出す予定でした。ですから昨日は記事を2つ投稿した事になっています。推薦盤の下のほうの記事が昨日一番言いたかったこと。読んで頂けましたでしょうか?あ、今日はCD?なんて思って閉じちゃった人はもう少し下のほうを見てください。

これからも時々こういう推薦盤コーナーみたいな奴、やってみようかなと思っています。

4月に入ってベルリンは気候がその日の中でめまぐるしく変わる天気が続いています。そういうことかというと、朝は快晴だったのに夕方はもう雨、かと思うと1時間後にはやんで晴れ間が覘く。あるいはこの逆だったり。毎日がこんな感じです。

   hakaru matsuoka

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2006年4月17日 (月)

私の推薦盤

ベートーヴェン:交響曲第5&7番 Music ベートーヴェン:交響曲第5&7番

アーティスト:クライバー(カルロス)
販売元:ユニバーサルクラシック
発売日:2002/09/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Music ブラームス:交響曲第1番&第2番&第3番&第4番

アーティスト:カラヤン(ヘルベルト・フォン)
販売元:ユニバーサルクラシック
発売日:2003/09/26
Amazon.co.jpで詳細を確認する

モーツァルト:レクイエム Music モーツァルト:レクイエム

アーティスト:アーノンクール(ニコラウス),シェーファー(クリスティーネ),フィンク(ベルナルダ),シュトライト(クルト),フィンレイ(ジェラルド),アルノルト・シェーンベルク合唱団
販売元:BMG JAPAN
発売日:2004/06/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

今日、突拍子もなくご紹介したのは、私が以前からずっと愛聴してきた物をご紹介したくて載せました。ここからamazonを経由して買える様になっています。

hakaru matsuoka

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アンドリュー・マンツェ指揮ベルリンドイツ交響楽団 ハイドン「天地創造」

松岡究です。今日は”OSTERSONNTAG”です。明日まで休日は続きます。今日のコンサートはイースタースペシャルの3回目。アンドリュー・マンツェ指揮でハイドンの最高傑作オラトリオ「天地創造」。

ソプラノ:マルリス・ペーターセン

テノール:マルクス・シェーファー

バス:ミハエル・フォッレ

ブラボー!素晴らしいコンサートでした。知る人ぞ知るマンツェはコープマンの下でずっとコンサートマスターを務めてきた人で、近年指揮も積極的に手がけている逸材です。その指揮スタイルは一見あのアーノンクールを彷彿とさせます。しかし音楽はアーノンクールのように考えつくされ、時には意表を衝かれると言った音楽ではなく、オーソドックスでいながら、音楽は暖かく生き生きと息づいているのです。とても素敵な音楽をやる人。勿論オーケストラや合唱はノンビブラートを基本に音を奏でていきます。スタイルは古楽器的スタイルを取っているのにでてくる音楽は全くそのことを感じさせない自然な物でした。

ソリスト3人も大変素晴らしく、特にソプラノのペーターセンは2部のアリアが終わると会場から拍手が自然に沸き起こりました。彼女の声は透き通っていて、まるで小鳥のように歌う人です。テノールのシェーファーもシュライヤーを思わせるような柔らかく気品のある声。そしてバスのフォッレもとても気品と豊かな音楽性を持った歌い手。本当に3人ともがオラトリオを歌うにはうってつけの声。勿論3人ともにオペラにもよく出演しているそうです。ベルリンでこのようなコンサートを聴いていると、本当に日本は遅れてるなあと思います。つまり声質で歌手を選ばないんです。売れてるか・売れてないか、これだけですね。主催者もそうですが、聴衆の皆さんにも責任のあるところでしょう。

   hakaru matsuoka

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2006年4月16日 (日)

ハンス・ツェンダー指揮ベルリンドイツ交響楽団演奏会

松岡究です。昨日が聖金曜で祝日。きょうも本当はイースターの最中なのですが、祝日ではありませんでした。(でもKARSAMSTAGー聖土曜日ーと言ってただの土曜ではありません。)というわけで慌ててスーパーへ買出しに。昨日買ったイースター用パンは甘すぎてちょっと食べるのには・・・でベッケライにも寄り道。皆さん「良いイースターを」「イースターおめでとう」と声を掛けてくださいます。少し感激!

今日はベルリンドイツ交響楽団(ドイチェス・シンフォニー)の2日目の演奏会。同じオーケストラでも、昨日とはほとんど違うメンバー、当たり前のことですが。

曲目ハイドン:交響曲第49番「受難」

  ツェンダー:BARDO

  ハイドン:交響曲第95番

以上3曲。指揮者で作曲家のツェンダーの作品はハインリッヒ・シフが弾く予定だったのが病気でグスタフ・レヴィニウスに急遽変更。この季節よく病気で降板するのが多いです。グルベローバもそうでしたしね。

ハイドンの49番は私も一度指揮した経験があります。シューベルトの「死と乙女」そっくりの序奏。本当に素晴らしい作品です。1月小はAGAGIOのままずっと演奏されその悲劇性を強調するかのよう。各楽章同士でコントラストが考えられている作品です。ツェンダーは後半の95番でもそうですが、作品のありにままを忠実に再現して作品の持つ良さを充分に引き出していました。私は中学・高校の頃、演奏会に行って嫌いになった曲が何曲かあります。「展覧会の絵」「幻想交響曲」・・・今では大好きですが、信じられないでしょう?でも事実なんです。それは演奏者・オーケストラの演奏が多分余りにも悪かったからです。つまりその曲の真価をはっきり聴衆に知らしめ、出来うれば「良かった、感動した」と言って帰ってもらうのが演奏者の使命。それはプロもアマチュアも関係ありません。そういう意味では今日のこのツェンダーはその責任を十二分に全うしたんではないでしょうか。95番はハ短調で始まってハ長調で終わると言うベートーベンの「運命」と同じ調性。しかしベートーベンがそこに「苦悩から歓喜へ」という公式=哲学を盛り込んだのに対し、ハイドンのは「昼と夜」「夜の中に向かう光」と言うか、所謂2極構造を表している作品です。しかしこういった調性の大胆な発想は、既にハイドンがベートーヴェンの前に行っていたことを知ると、ベートーヴェンの出現はハイドンなくしてはあり得なかったんだと言うことがよく理解できます。

シフに代わってチェロを弾いたリヴィニウスはとても美しい音色と気品を持っており、大変素晴らしいチェリストでした。急遽現代曲の演奏での代役でここまでの演奏をするということは彼が非凡な人であるということを示していると思います。

    hakaru matsuoka

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2006年4月15日 (土)

トン・コープマン指揮ベルリン・ドイツ交響楽団「十字架上の7つの言葉」

松岡究です。きょうからイースター。お昼を食べようと思って外へ出てみると、軒並み商店は休み。行きつけのベッケライも休み。仕方ないので「スーパーにでも行って買出しでもしよう」と思ってスーパーに行ったらここも休み。大手のスーパーは全部休み。「どうしよう。お腹すいた~」と探し回ってありました、一軒だけケバブ屋さん。「昨日もケバブ食べたばかりなのに~」と、仕方なく2ユーロ20セント払って何とか飢えを凌ぎました。そうするともう一軒ベッケライが開いていました。「明日からのパンを仕入れなきゃ」と言うことでそこに入って、イースター用の丸い大きな甘いパンを買って家路へ。月曜までイースター。思いやられます。

さて今日からベルリンドイツ交響楽団が3日間「イースター・スペシャル」と題したコンサートをやるんです。今日はその一日目。

曲目はハインリッヒ・シュッツの「十字架上の7つの言葉」とハイドンの「十字架上の最後の7つの言葉」の2曲。休憩なしのコンサート。指揮はトン・コープマン、合唱はベルリン放送合唱団。

シュッツの作品は20分ほどの作品で、最初に合唱でイエスが十字架につけられている様子を歌い、続いてシンフォニア、そして合唱の中の何人かがソリストを勤めながら、7つの言葉を歌っていきます。そしてシンフォニアが再び演奏され、最後に合唱で神の恩寵と永遠の愛を歌って締めくくられます。コープマンの演奏はとても丁寧でかつ生き生きしており、シュッツの言葉と音楽が一体になったこの傑作を美しく表現してくれました。それにしても私が聴いてもシュッツの作品は言葉と音楽がマッチして、言葉が自然に聞こえてきます。シュッツの天才たる所以でしょか。

次に演奏されたハイドンの「十字架上の最後の7つの言葉」は通常弦楽4重奏でやる版ではなく、2管編成のオーケストラ版。この最後の7つの言葉の意味とドラマを知っている人にとっては、とても充実した70分であったと思います。コープマンは弦にも管楽器にもノンビブラートを要求していたようで、実に透明な柔らかい素朴な音が支配していました。曲は最後の「地震」のところだけほんの2分くらいプレストになるだけで、イントロダクションと7つの言葉を意味する7つのSONATAはすべてスローな曲でした。それだけに先ほど言いましたように、その意味するところがわかっていなければ、ちょっと聴くのに骨が折れるかもしれません。しかし7番目のSONATAでそれまで全て4拍子の曲が3拍子に変わった途端に、4拍子と3拍子はこんなにも音楽的緊張感が違う物なのかと改めて思い知らされました。それはコープマンの音楽作りが成功していたためだと思います。そして地震の場面で初めてティンパニが叩かれ、天地創造を髣髴させるような音楽の表現力に驚きました。

      hakaru matsuoka

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2006年4月14日 (金)

ベルリン国立歌劇場の来期

松岡究です。今日国立歌劇場から来期のラインアップを載せた冊子(ほとんど新書本)が送られてきました。それによると来期のプレミエは以下の通りです。

2006年9月2日:The murder from "DEAFMAN GRANCE"   これはアニア・シリアとロバート・ウィルソンによるPerformanceとなっています。それにダニエル・バレンボイム指揮アニア・シリアによるシェーンベルグのモノドラマ「期待」。  3・10日

2006年9月29日:ドニゼッティ:Maria Stuarda      アライン・アルティノーグル指揮、カーステン・ヴィンガンド演出。エリザベッタがカタリーナ・カルネウス、ストゥアルダがエレーナ・モスク。10月3・7・11・15日

2006年12月2日:ブゾーニ:Doktor Faust        ダニエル・バレンボイム指揮、シュテファン・バッハマン演出。ファウストはローマン・トレケル。その他にクリストフ・フィッシェサー、ブルクハルト・フリッツ、カローラ・ヘーン。6・9・12・15日

2007年1月19日:モンテヴェルディ:Marienvesper(聖母マリアの夕べの祈り)  ルネ・ヤーコプス指揮、ルーク・ペルセヴァル演出。これは毎年行われているバロック週間の目玉。21・25・27・日、2月1・3日。他に同じくモンテヴェルディの「オルフェオ」こちらは1月30日・2月2・4・5日

2007年4月29日:マスネ:Manon    ベルトランド・デ・ビリー指揮、ヴィンセント・パターソン演出。アンナはアンナ・ネトレプコ。これは売れきれ必至でしょうね。5月3・6・9・12・16・19日

2007年6月3日:モーツァルト:La Clemenza di Tito     フィリップ・ジョーダン指揮、ニーゲル・ロウェリー演出。ティトはロベルト・ザッカ。7・10・13・16・19・22日

バレンボイムはその他に今年「フェストターゲ」でやった「パルジファル」と「トリスタンとイゾルデ」そして「ボリス・ゴドノフ」を指揮するようです。あと気になるのがハインツ・フリッケが「薔薇の騎士」に登場すること。往年の名指揮者ですからね。なんとなく見てみたい!!それから、来年の「フェストターゲ」はバレンボイムとブーレーズがマーラーの交響曲全曲を半分ずつ振り分けてやることになってるようです。

     hakaru matsuoka

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2006年4月13日 (木)

プロフィールをまた更新しました

松岡究です。2001年後半から2004年の批評と抜け落ちていた批評も、更新いたしました。お時間のあるときにでも読んでください。プロフィールのところをクリックしてください。

ベルリンは今日一日冷たい雨が降っていました。気温は5度前後。コートがまだまだ手放せません。日本はこちらより10度くらい気温が高そうで、過ごし安いのではないでしょうか。日本hあスギ花粉がもうすぐ亜悪と思いますが、こちらはスギ花粉こそないんですが、色々な花粉がそろそろお目見えしてくる頃だそうです。

    hakaru matsuoka

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2006年4月12日 (水)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管コンサート

松岡究です。今日は「フェストターゲ」の3日目。フィルハーモニーにおいて、バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団のコンサートを聴きました。曲目は

シェーンベルク:清められた夜

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調  Vn ニコライ・ズナイダー

マーラー:交響曲第1番「巨人」

総じて、前2日のオペラよりも完成度は低かったように思います。でも悪くないコンサートではありました。まず「浄夜」。弦の配置は左から第一Vn 第一Va,Vcその奥にCb、第2Va、第2Vnというフォーメーション。はっきり言うとアンサンブルが今ひとつで、この曲は本当に音が清められてなければいけないのに、まだ不純物が多すぎるというか、ろ過の途中のような結果になっていました。

メンデルスゾーンはズナイダーの透き通った繊細な音色と、バレンボイムのメリハリをつけたオケのリードでとても楽しめましたが、明らかにバレンボイム主導の音楽。終楽章などはもう少しズナイダーに歌わせて欲しかったです。

最後のマーラー、意外にあっさりしたマーラーでテンポの揺れもさほどなく、どちらかと言うと直情的。歌劇場のオーケストラがコンサートをする場合、所謂シンフォニーオーケストラが弾きなれているような曲でも初めてのことが多いはず。なぜ奏者が歌劇場に入るかというとシンフォニーよりもオペラが好きだという人が多いのは当たり前のことですよね。バレンボイムの指揮だとこういうオーケストラにとってはとても不親切なところがあるような気がします。もう少し棒で見せてあげるところが多い方がオケにとってはありがたいのでは。アインザッツも3分の1くらいしかあげていませんし、オケに任せすぎのところが多くて、ハラハラドキドキするところが何箇所かあったのはいかがなものでしょう。会場は沸いて、スタンディングオベイション。でもこれは疑問!!!ベルリンもどこもそうだけど、ビッグネームに弱いんだなあ。

また違った立場から見ると、バレンボイムの音楽はとてもスケールが大きい。私にはとても大きな桐の箱をバレンボイムが用意して、その大きさにはまるように音楽を作ろうとしているんだけど、「パルジファル」のようにとてもうまくその箱にうまく収まると何ともいえない凄い音楽になるのに、今日は箱がでか過ぎて、却って隙間が多く出来すぎ、中でがたがたした分いろんな傷が出来たり、欠けちゃったりしたんじゃないかな。

バレンボイム特集は一応終わりです。

     hakaru matsuoka

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2006年4月11日 (火)

ドイツの食べ物について4

松岡究です。今日は一休み。またおいしい物についてちょっとお話してみます。ドイツでは今の時期になると、ホワイトアスパラ(Spargel)が出回り始めます。そして果物ではイチゴ・赤スグリなどの所謂ベリー類。

ホワイトアスパラを去年初めて買って自分で調理してみたんですが大失敗!グリーンアスパラとは違って、しっかりと皮を剥かないと食べられません。私はそんなことも知らずそのままゆでて、さあ食べようと口に入れた途端、手ごわい繊維の塊にびっくり。そのまま生くずかご行きでした。上の方のツクシンボウのようなところは剥かなくて大丈夫ですが、全体の3分の2にあたる茎?の部分はしっかりと皮むきをしないといけません。しかし2度目からは大変おいしく食べています。昨日も15本くらい食べました。私はマヨネーズ(こちらのマヨネーズは卵の風味がしっかりしている物が多いようです)かあるいはジャガイモのサラダと一緒に食べます。勿論ドイツの家庭ではいろんな食べ方があるようです。聞いた話ではゆでるより蒸す方がいいという話も聞いたことがあります。

イチゴは日本のものとは違って野性味たっぷりです。大体500グラムで2ユーロくらい。大きさはごついのから普通のイチゴの形をしたものまでさまざまで、味も酸っぱかったり、甘かったり一度に色々味わえてしまいます。日本のように品種改良が進んでいないと言うかほったらかしと言った方がぴったり来る感じです。他のベリー類も同じですね。この前も書きましたが、このベリーを所謂ケーキにたくさん使って、冬とは違ったケーキが登場してきます。これはおいしいですよ。3日前にもその赤スグリ(Johannisbeere)のケーキを初めて食べましたが、程よい酸味と甘さでGut!

まだまだ寒いベルリンですが、味覚は春になっています。

    hakaru matsuoka

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2006年4月10日 (月)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場「パルジファル」

松岡究です。昨日に引き続き「フェストターゲ」の2日目、ワグナー「パルジファル」を聴いて(観て)きました。

指揮:ダニエル・バレンボイム

演出:ベルント・アイヒンガー

配役

アンフォルタス:ハンノ ミュラー・ブラッハマン

ティトゥレル:ジェームス・クレスウェル

グルネマンツ:ルネ・パーぺ

パルジファル:ブルクハルト・フリッツ

クリングソール:クリストフ・フィッシェサー

クンドリー:ミハエラ・シュースター  その他

昨日も素晴らしかったですが、今日はもっと素晴らしかった。なんと言ってもバレンボイムが充実していて、悠揚たるスケールの大きな音楽。バレンボイムにはトリスタンよりパルジファルの方が合ってるんじゃないでしょうか。昨日も官能的かといえばそれはちょっと違うかなと。昨日のブーイングはその辺に原因があったのではないかと、今にして思えばですが。昨日は小さな傷が散見されましたが、今日はバレンボイムとシュターツカペレはほぼ完璧。前奏曲からバレンボイムは魂がこもっていたと言うか、彼がうなり声を上げたのは今まで聞いたことが無く、それほど彼は何か天からのインスピレーションがあったんではないかと思います。16時に始まって22時10分に幕が降りるまで、バレンボイムとオーケストラは全く緩むことなく、確信に満ちた充実した音楽を聴かせてくれました。バレンボイムの底力を痛切に感ぜずにはおれません。今日のカーテンコールはオーケストラとバレンボイムがみんな舞台に乗ってのカーテンコール。バレンボイム流と言うのでしょうか。かっこいいですね。演奏が終わるとオーケストラはくもの子を散らすようにピットからいなくなったんです。なるほどこのためだったんですね。オーケストラもこのカーテンコールは嬉しいでしょう。

演出も大変素敵でした。総じてスクリーンを多用した演出でしたが、それが大変効果的でした。まず前奏曲から舞台には地球と太陽を人工衛星から見るようなスクリーンが美しく神秘的に映し出されます。私は中学の頃から前奏曲と聖金曜日の音楽は聴いていたのですが、時間が止まったようなゆったりとした流れの音楽になかなかついていけなかったんです。今日のこの演出を見た瞬間「そうか、そういう音楽だったんだ」と一瞬にして悟ったような気持ちにさせられました。そうなんですよ~! 前奏曲が終わると一転して大きな柱を舞台に並べ立てて、神秘的な森を予感させるような舞台。そしてアンフォルタスが登場すると、そこはエジプト風の舞台に転換。2幕は乙女たちの花園が最初から暗黒の花園として描かれ、3幕に至っては、今度は絵画風なモノトーンの舞台。(とても美しかった)それが聖金曜の音楽を境に照明がそれに黄金色をつけていく。とにかくパルジファルの筋の展開を損ねたりすること無く、もっと崇高にまた色々なことを考え築かせてくれる舞台でした。

歌手陣では昨日に引き続き、ルネ・パーぺのグルネマンツがやはり素晴らしい。昨日そして今日と彼の存在感は圧倒的でした。クンドリーを歌ったシュースターもまた表現力豊かで圧巻!2幕は彼女のためにあったようなもの。パルジファルを歌ったフリッツもとてもいいテノール。最初の朴訥な感じから最後の自分が支配を宣言するまでのドラマをもう少し見せてほしかったとは思います。ティトゥレルを歌ったクレスウェルは実はコーミッシェオパーの専属歌手。とてもいい奴です。しかしこの配役の中に入ると1.5級の感じは否めません。まだ若いのでこれから精進してほしいと思います。

と言うことで、今日のパルジファルは昨日よりMUCH BETTERでした。

     hakaru matsuoka

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2006年4月 9日 (日)

バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場「トリスタンとイゾルデ」プレミエ

松岡究です。今日からバレンボイムとベルリン国立歌劇場が毎年イースターに行っている「フェストターゲ」から、今日はその初日、ワグナーの「トリスタンとイゾルデ」のプレミエでした。

演出:シュテファン・バッハマン。

配役  トリスタン:ペーター・ザイフェルト

     イゾルデ:カタリーナ・ダライマン

     マルケ王:ルネ・パーぺ

     ブランゲーネ:ミシェル・デヤング  その他

先日コーミッシェオパーを聴いた時に疑いなくベスト5に入るといいましたが、この公演を聴いてベスト10に幅広修正しなければなりません。バレンボイム他、演出・歌手陣すべて素晴らしい出来で満足!!

まず演出ですが、バッハマンは舞台の上方と下方を使わず、あたかも映画を見るように空間を絞り込み、その絞り込んだ空間には白い布とその凹凸、そしてライティングだけで最初からこの大きな恋愛叙事詩を幻想的な世界に誘うのに成功していたと思います。大変美しく動きはほとんど無いのですが、何を言わんとしているのかがよくわかって秀逸。

歌手たちは上記の4人が圧倒的に素晴らしかったです。勿論この4人が素晴らしいことはこの上演の成功をそのまま物語るのですが、特にマルケ王のルネ・パーぺは豊かな声量と圧倒的な存在感で聴衆から誰よりも一番多く拍手とブラボーをもらっていました。ペーター・ザイフェルトも素晴らしいトリスタンで、最初から最後まで声は全く疲れることなく、緊張感を持って歌いきって見事。ブランゲーネのデヤングも登場こそ少ない物の、その声は聴く物を納得させるのに充分。そしてイゾルデのダライマンも素晴らしい感性と音楽性で、特に最後の「愛の死」は泣けてきました。勿論それはバレンボイムの音楽作りの素晴らしさにも寄ることが大きかったのは事実ですが。

最後にバレンボイム。今まで私は例えばN響でやったシューマンの4番、シカゴ響とやったブラームスの1・3番、ブダペストに留学していた折、リスト音楽院の学生たちとチケットもぎりのおじさんを強行突破してただで聴いたベルリンフィルとのブルックナーの5番、そして昨年のマーラー「大地の歌」、あるいは「ニュルンベルクのマイスタージンガー」とそんなにたくさんは聴いていないのですが、今ひとつピンと来なかった、そして今まで全くバレンボムの良さがわからずにいた私にとって、今日はバレンボイムの見方が変わった記念すべき日かもしれません。彼のカーテンコールはオーケストラピットが上まで上がってそこでライトアップされると言うかっこいいカーテンコール。数人ブーイングしていましたが、ブラボーが大多数を占めていました。今日の音楽作りは雄大かつ繊細でレパートリーでやっていた「マイスター」とは大違い。ともすると完璧を目指すあまり、音楽が硬質になって音楽の顔がしかめっ面している感じになってしまうのが彼の欠点だと思うんです。でも今日は違いました。彼のいいところばかりが出たのではないでしょうか。

     hakaru matsuoka

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2006年4月 8日 (土)

グルベローバ リーダーアーベント イン ベルリン 無しよ!

松岡究です。残念無念!!!グルベローバは病気と言うことで、今回のリサイタルは中止。代わってベッリーニの「夢遊病の女」が8時からやられると言うことでした。私はがっかりして、チケットを払い戻してもらって帰ってきました。

グルベローバは昨年の6月だったと思うのですが、ベッリーニの「清教徒」を聴きました。その時は勿論相変わらずの素晴らしさ。完璧なコントロールで楽しませてくれたのですが、たった一箇所、「ギャッ!」と喉声になったのがとても印象に残っているんです。これほどの人もバランスを崩したり、ドイチェオパーは大きいですから、充分に声は通っているのにそれにおびえて頑張ってしまうと、こういったことになるんだと思って大変興味深く聴きました。しかしその後はすぐに立て直して、いつものようにあの完璧さに戻ったのはさすがだとも思いました。

また4年前の4月にリーダーアーべントを同じドイチェオパーで聴きました。このときは家内がデトモルトに文化庁の派遣で留学していた時で、ベルリンに旅行したついでに聞いたんです。このときはリーダー(つまり歌曲)は何だかつまらなくて、水準以上なんだけど面白くなかったんですね。でもアンコールでオペラのアリアを2曲歌った時は、もう水を得た魚!!!あっという間に会場をそのオペラの世界へ誘ってくれました。「あ~、これを聴きたかったんだ」と、会場の皆が思ったような空気になりました。

それにしてもお年もお年ですから、今回のキャンセルで何か尾を引かなければいいんですが。ちょっと心配!

    hakaru matsuoka

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2006年4月 7日 (金)

プロフィールを更新しつつあります

松岡究です。私の仕事ぶりをもっとよく知っていただくために今までの批評を順次更新しています。2001年後半以降の批評は来週か再来週にはアップしたいと思います。それから抜け落ちている物もあるかもしれません。今回は1993年から2001年までをプロフィール欄にアップしてあります。宜しくお願いいたします。

     hakaru matsuoka

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2006年4月 6日 (木)

アルフレード・ブレンデル ピアノリサイタル イン ベルリン

松岡究です。今日はブレンデルのリサイタルでした。以前から大変楽しみにしていたコンサート。と言うのも1月にラトルとベルリンフィルでモーツァルトの27番のコンチェルトのチケットが取れなかったので、リサイタルは是非と思っていたんです。今日はその期待を裏切らないすばらしい演奏会でした。

曲目ハイドン:ピアノソナタニ長調HobXVI/42

シューベルト:ピアノソナタト長調D894

モーツァルト:幻想曲ハ短調KV475     ロンドイ短調KV511

ハイドン:ピアノソナタハ長調HobXVI/50

と言うラインアップ。

最初のハイドンからこのピアニストのすばらしいピアニズムは健在。音の粒立ちがすばらしく、完璧なバランス感覚でハイドンをおしゃれに弾きこなします。聴衆はまだ集中が足りず咳払いが良く聞こえたのが残念。次のシューベルト。私はシューベルトのソナタは長いので昔から閉口していたのですが、ブレンデルで聴くと45分があっという間の出来事でした。彼は気を衒うことなく淡々と弾き進めるのですが、どこにも自然な息遣いと歌にあふれ、またシューベルトの叙情性が気品高く歌われていくんです。彼の音は絶妙なピアニッシモにその真骨頂が表れていると思うんですが、それは気高く変な緊張感は全く無い完璧にコントロールされたそれもわざとらしさの無い自然なコントロール。まさに音とブレンデル自身が一体となっているんですね。

後半のモーツァルトはブレンデルのうなり声が聞こえてきました。でもその歌はやはり自然で型崩れすることなど一切無く、モーツァルトがこんなにも精神的に充実した音楽を書いたのかと言うことを改めて認識させてくれました。モーツァルトの短調の曲はどれも深い精神性が内蔵されているように思いますが、それを余すところ無く示してくれたのです。そのモーツァルトの後、この演奏会の最後に演奏されたのがまたまたハイドンのソナタ。モーツァルトの短調の曲を聴いた後でハイドンを聞くと、ハイドンがいかにモーツアルトよりも機知に富み、目をまん丸にして楽しんで音楽を書いている様子がありありとわかってきます。彼こそ天才で個性豊かな作曲家はいないと言うことが証明されたような感覚を受けました。

今年75歳になるブレンデルが敢えて今回のような曲目を選んでいると言うことは、精神的葛藤や作曲家との闘争と言うことから数段上の境地を獲得しているんではないかと思います。つまり曲目と四つに組んで相撲を取るような感じではなく、既に曲目と友達になっているとでも言うのかなあ、出てくる音は全て微笑んでいました。

     hakaru matsuoka

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2006年4月 5日 (水)

ベルリンの隣ポツダムに行きました。

松岡究です。今日はコーミッシェオパーの佐藤さんご夫妻と「宝」という日本食料理店で昼食をご一緒しました。「宝」と言う店はちょうどクーダムの駅と有名なデパートKADEWEの間にある珍しく回転寿司もやっている綺麗なお店です。それぞれがトンカツ定食、てんぷら定食、刺身定食、サケの照り焼き定食を頼み舌鼓を打ちました。ご飯もおかわりが出来て10ユーロちょうどです。佐藤さんの奥様はれっきとしたドイツ人ですが、佐藤さんと結婚なされてから、一段と日本食が好きになられたようで、とにかく毎日ご飯と味噌汁は欠かさないと言うより、それさえあれば満足なんだそうです。もともとバレリーナだったのでスタイルは本当にすばらしく、その体質に和食は合っているんでしょうね。

この日は実に変な天気の日で、まずとても寒く気温は2~3度しかありませんでした。食事が終わって帰ろうとすると急に雹が降ってきて車のボンネットにはあっという間に1センチくらいの氷が積もってしまいました。それがやんだかと思うと今度は急に晴れ渡って、物凄い風が吹き、これではどこも行けないというので、そのまま家に戻り傘を持って再び家を出ました。その時は本当にいい天気だったので、急遽ポツダムに行こうということになりました。

ポツダムはご存知と通り「ポツダム宣言」がおこなわれた所で、そこにあるサン・スーシ宮殿は余りにも有名です。私の家からUバーンの終点シュテークリッツまで行き、そこでSバーンに乗り換えて、終点のポツダムまで約40分の短い旅です。ポツダムの駅を降りて約10分ほど歩くとフィルム博物館が左手にあり、右手にはニコライ教会があります。それを通り過ぎて5分くらいすると所謂繁華街、とてもおしゃれで綺麗なブランデンブルグ通りをずっとそうですね15分くらい掛けて歩いていくとやっと、サン・スーシパークに到着します。この中はまた物凄く広いので、今日は絵画館とサン・スーシ宮殿を外から眺めるだけで終わってしまいました。以前2・3度来た時一人で歩いてみて回ったのですが、このパーク全体をくまなく歩きますと、5時間位かかりました。それくらい広く見所のたくさんあるところではあります。ぜひベルリンお越しの際はベルリンだけではなくポツダムにも行かれることをお勧めします。

        hakaru matsuoka

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2006年4月 4日 (火)

ベルリンの主席指揮者たち

松岡究です。ベルリンの主だった歌劇場とオーケストラのシェフは今の所全て所謂外人なんです。

ベルリンフィル・・・サイモン・ラトル、ベルリン交響楽団・・・エリアフ・インバル、ドイチェスシンフォニー・・・ケント・ナガノ、ベルリン放送交響楽団・・・マレク・ヤノフスキ、ベルリン国立歌劇場・・・ダニエル・バレンボイム、ベルリン・コーミッシェオパー・・・キリル・ぺトレンコ、そしてベルリン・ドイチェオパー・・・昨年2月まで唯一ドイツ人だったクリスティアン・ティーレマンが辞任しました。今は空席。

この中でインバルは今季限りでベルリン交響楽団を離れ、代わってローター・ザグロセグが就任、ドイチェスシンフォニーはケント・ナガノがミュンヘン・シュターツオパーへ行くことから主席を辞任、主席客演指揮者に転向します。代わってインゴ・メッツマッハーが就任します。またコーミッシェオパーのキリル・ぺトレンコはもう1シーズンやった後に辞任することが決まっています。この後任はまだ未定です。ドイチェオパーは空席だった音楽監督にレナート・パルンボを指名。活気を取り戻しつつありますが、今季ドイチェオパーはイタリエーニッシェ・オパーになった感じで、レパートリーの80%はイタリアオペラが占めています。しかし今季それがある意味で不評を買ったこともあり、来期は「リング」をランニクルズで、またパルンボも「魔弾の射手」を自分で振ってプレミエを出すなど、ドイチェオパーへの復帰?を目指そうとしているかのようです。

ベルリンは誰もが認める世界的な音楽市場です。そこに一人も独墺系の指揮者がいないと言うことを、そんなに問題にしていないのかもしれません。しかしティーレマンが突如辞任して去って行ったのは皆が残念がり「ベルリンの損失」だと嘆きました。グローバルな視点で見る限りベルリンの指揮者がドイツ人であろうとなかろうとそれは大きな問題ではなく、やはりむしろ質がいつも問われているということでしょう。いつも高品質な演目を提供していくと言う使命がこの都市にはあるのではないでしょうか。だから私のような者にとってこのベルリンはかけがえない、大変面白い都市であるのです。

        hakaru matsuoka

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2006年4月 3日 (月)

ベルリンコーミッシェオパー「薔薇の騎士」プレミエ

松岡究です。ブラボー!!!私がベルリンに来て数ある公演を聴いた中で疑いなくベスト5に入る全てに満足した公演でした。そのベスト5とは、ティーレマンが指揮したR・シュトラウス「影のない女」「ダフネ」、シュターツオパーのロッシーニ「アルジェのイタリア女」、コーミッシェオパーのヘンデル「アルチーナ」そして今日のR・シュトラウス「薔薇の騎士」。番外としてコンサート形式ということでラトルの指揮したブリテン「ピーター・グライムズ」。

今日の指揮は勿論音楽監督のキリル・ぺトレンコ、演出は予定されていたリヒャルト・ジョーンズに代わって、インテンダントのアンドレアス・ホモキ。歌手は主なところは、伯爵夫人がゲラルディーネ・マックグレービー、男爵がイェンス・ラルセン、オクタービアンがステッラ・ドゥフェクシス、ゾフィーがブリギッテ・ゲラー。その他端役をコーミッシェオパーの専属が務めています。(マックグレービー以外は全部専属歌手です。)まずこの歌手たちは大変にアンサンブルがすばらしく声も同質で、最後の女性3人による3重唱などは今まで聴いた中でも飛びぬけてすばらしい出来でした。この重唱を聞きながら私の周りでは家内も含めて、何人もの人が涙をぬぐっていました。それほど美しかったんです。また私が以前2度指揮した「無口な女」ではモロズス卿という役柄が一番大変で、言葉の多さ、芝居の達者ぶりなど並みの歌手では勤まらないキャラクターですが、イェンス・ラルセンはモロズス卿と同じくらい大変な男爵役を本当に達者に見事にこなしていました。全てにおいて芝居から歌までそのアンサンブルのすばらしさ、歌の透明感など特筆すべきではないでしょうか。

ぺトレンコは最初こそ硬さが見られましたが、このオペラを室内楽的に捉え、大変透明感のある清潔かつメリハリの利いた音楽を聞かせてくれました。ご存知の通りワルツを多用しているこの曲は、指揮者とオーケストラのセンスがいっぺんに露呈してしまう危険性がありますが、そんな心配は全く無用でした。音楽の流れに身を任せて4時間半があっという間に過ぎ去っていきました。彼は本当にすばらしい指揮者に育ってきています。

ホモキの演出は、前回の「オネーギン」のように現代に読み替えていたらちょっと見たくないなあと思っていたのですが、それも無用の心配に終わりました。彼が東京で見せた「フィガロ」の空間をゆがめていく手法をここでも用いて、その貴族社会をある意味で風刺していきます。そして1幕から3幕まで空間をあえて狭めて見せることで人物の動きに集中度を高めさせて、演劇的な動きを凝縮して見せてくれました。

追伸:大野和士さんが、急遽ドイチェオパーにデヴューなさいました。演目は「タンホイザー」。私は全くこの情報を知らず、聴き逃してしまいました。

      hakaru matsuoka

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2006年4月 2日 (日)

ベルリンドイチェオパー「夢遊病の女」

松岡究です。今日はドイチェオパーでベッリーニの「夢遊病の女」を見ました。このプロダクションは先月の22日にプレミエを出した物です。配役はアミーナがシンツィア・フォルテ、エルヴィーノがアントニーノ・シラグーサ、ロドルフォ伯爵がアルテュン・コチュニアン、テレサがスザンネ・クロイシュ、リーサがアインホア・ガルメンディア他。指揮はダニエル・オーレン、演出はジョン・デュー。

こういうオペラははっきり言ってやりたくないですね。筋書きは稚拙で笑ってしまうほどだし、ベッリーニの音楽は脆弱で、そのオーケストレーションはよほどショパンのピアノ協奏曲のほうが良く書けてると思えるくらいの極めつけの簡素さ。メロディーは美しいけれども、その技巧を駆使する歌手に音楽を余りにもゆだねすぎていること、必ずしも音楽とドラマが一致していないこと。指揮者はベッリーニ特有の歌いまわしに熟知し、また歌手に振り回されることなく音楽を運んでいかなければならないこと(一種の究極の職人芸が必要です。ですからプッチーニのオペラと並んでベッリーニ、ドニゼッティーやロッシーニはじっくりと勉強できない売れっ子指揮者には全く理解の範疇を超えたところにあるオペラになってしまいます。こういった作曲家はシンフォニーで育った指揮者には全くお手上げ状態になってしまうんですね。だからこの作曲家のオペラの録音は大体たたき上げの指揮者がやっていることが多いです。ダニエル・オーレンはその意味でも今日の成功を導いた立役者です。)ざっと考えただけでもこんなにやりたくない理由が見つかってしまいます。

このようなオペラをやるのは、はっきり言って博打を打つような物で、歌手が調子悪いとなったらもうお手上げ状態になってしまう危険のある何とも恐ろしいオペラなんですね。

今日の公演ではなんと言ってもシラグーサのテノールがピカイチ!彼が第一声を発した途端にその明るい華のある歌声に引き込まれてしまいました。しかし聴衆はあまり彼のような声は好きではないようです。何人かはブーイングを発していましたのでどういうことなのか考えさせられました。多分彼のような声はドイツ人には明るすぎて内容のない声に聞こえるのではないでしょうか?ペーターシュライアーとは180度対極にある声質ですからね。アミーナを歌ったシンツィア・フォルテは最初はとてもビブラートがきつく、少々疲れが見えましたが、歌っていくうちに彼女の美観が遺憾なく発揮され始め、シラグーサとの2重唱は2人とも絶妙なピアニッシモを聴かせてくれましたし、なんと言ってもnonn credea で彼女は音楽性と情感、そして技巧が一級であることを示してくれました。

しかしなんと言う脆弱な音楽!本当にすばらしい歌手にめぐり合うことがなければ、このオペラは(ベッリーニは)決して上演されるべきではないと強く思いました。

      hakaru matsuoka

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2006年4月 1日 (土)

マレク・ヤノフスキ指揮ベルリン放送交響楽団定期

松岡究です。今日はヤノフスキ指揮のベルリン放送交響楽団の演奏会。曲目はモーツァルトの「セレナータ・ノットゥールナ」と2曲のソプラノのコンサートアリア、後半がシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」。最初のノットゥールナは大変品のいいそれでいて引き締まったいい演奏でした。昨今一般のオーケストラも古楽器の影響を受けその奏法を取り入れる傾向が強まっているように感じます。ベルリンでも然り。今日の放送オケ、そしてドイチェスシンフォニーは完全にその奏法を取り入れた演奏をします。それが言いか悪いかはまた別の問題ですが、私は大切なとこだと思います。楽員がその奏法を勉強することで演奏能力が一段と幅広くなると言う利点があるからです。私のいるコーミッシェオパーでもそういった奏法を積極的に取り入れようとしています。しかしここでも年代の格差、世代間格差があり古参の楽員は全くそれに付いていけず、其のためにオーケストラ響きの中に濁りが生じるんですね。

2曲目3曲目は今日予定されていたソプラノのマリン・ハルテリウスが3日前に病気で歌えなくなり、急遽アンネッテ・ダッシュという若手が呼ばれました。3日間で準備したとは思えないくらい彼女は立派に歌ってました。少々音程がぶら下がる時も散見されましたが、持ち前の気品がこの飛び込みの仕事を救っていたように思います。曲はKv272のah,lo previdiとKv505のch'io mi scordi di teの2曲でした。どちらも大曲で演奏時間は15分ほどかかります。特に2曲目はピアノコンチェルトにソプラノソロが付いたような異色の作品。

休憩を挟んで、大交響曲も実に引き締まったいい演奏でした。冒頭のホルンがプファッとやらかしてしまったのは甚だ残念でしたが、ヤノフスキのアプローチは成功していたと思います。この曲は歌ではなくまずリズムに着眼しないとドツボに嵌ってしまう恐ろしい曲ですが、さすがにヤノフスキはそのことは充分承知で、オーケストラから張りのある音楽を引き出していました。聴衆も大変に沸いて心地よい演奏会でした。N響に来たヤノフスキとは全く異なるエネルギッシュな指揮で、ちょっと見直しました。N響に来たときは腕の良い、でもあまり面白くない職人のような印象だったんですけどね。

          hakaru matsuoka

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