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2006年2月19日 (日)

「ポッペアの戴冠」ルネ・ヤーコプス

松岡究です。今日も暖かい一日でした。多分5度はあったと思います。(すみません調べていません)今日は今回私が一番見たかった物の一つです。ベルリン国立歌劇場で、毎年この2月中旬から3月のはじめに掛けて、ルネ・ヤーコプスを中心としたバロックのスペシャリストたちが、2本ないし3本のオペラを上演します。去年は「ウリッセの帰還」(モンテヴェルディ)と今年も演目に入っている「ディドとエネアス」(ヘンリー・パーセル)でしたが、今年は「ポッペアの戴冠」(モンテヴェルディ)、「ディドとエネアス」、そしてプロジェクトと題して「VESPRO」の3本立て。去年の2本はどちらもすばらしくて、その時以来私はルネ・ヤーコプスのファンになりました。

去年今年のモンテヴェルディ、そしてコンサートで聴いた「ティトの慈悲」(モーツアルト)「クセルクセス」(ヘンデル)そのどれもに共通して言えるのが、本当に良く考え抜かれていること、統一されているだけではなくオケも歌い手もヤーコプスの考えを見事に反映し、そしてそれが見事に昇華されて各人の自由な音楽になっていること、等が毎回強く感じることです。多分相当稽古を積んでいるんではないでしょうか?

こういったことは普通のコンサートでは到底実現できません。大体において普通のプロオケは1~3日練習して本番です。そこが職業音楽家の腕の見せ所ですが、やはりとことん追求したと言うところまではなかなか行かないでしょう?だからカラヤンにしろ日本だと朝比奈先生にしろ、あるいは師匠のコバケン先生にしろ同じ曲を何度も演奏して、深めて行くわけです。(例えばカラヤンも朝比奈先生もベートーヴェンの交響曲を何度も録音しなおしているでしょう)。小沢先生が松本で音楽祭を始めたのも、音楽をじっくりと、あるいはとことん追求したくなってきたから始めたんだと言われたことがあります。

舞台は勿論現代的な解釈による舞台でしたが(しかし美しい舞台でした)、一つ確信できたことがあります。それは時代考証的演出と言うのは少なくともドイツでは、全く見られなくなりました。しかし現代に読み替えることで、その作品が現代にも問題を投げかけうる作品である、そこから問題を発信して行く、あるいは今回、オーケストラの間奏での時に、ポップス系の歌手がやるような振り付け・踊りが何箇所か有ったのですが、それがモンテヴェルディの音楽と全く違和感なく見れたんですね。不思議でしたよ。その意味でも今回のこの公演は大きな意味を思っていると思いましたし、観客も大いに沸いていました。

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