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2006年2月28日 (火)

ベルリンドイチェオパー「アラベラ」

松岡究です。今日のベルリンはとてもいい天気ですごく気持ちの言い一日でした。といっても寒いですよ。今日はドイチェオパーでR・シュトラウスの「アラベラ」を見てきました。今月の12日にプレミエを出したばかりですが、今日が最終回の日です。指揮は新国立劇場でフィガロを振ったウルフ・シルマー、演出はアレクサンダー・フォン・プファイル。先ず一番目を耳をひきつけたのが、アラベラを歌ったミヒャエラ・カウネ。本当にすばらしかった。シュトラウスのあの流れる旋律の曲線を実によく歌い上げていました。マンドリカも悪くはなかったですね。ただアラベラが良いのでそれに隠れてしまったような感じですね。(小森君そんなに悪くなかったよ) ただ声が足りないというかいい声してるんだけど声に華がないというか、ん~、実に難しい、こればっかりは本人の才能の問題?

指揮のウルフ・シルマーがまたすばらしかったですね。ブログの最初の方の記事でちょっと触れましたが、ちょうど1年前ティーレマンが辞任する直前のR・シュトラウスも本当にドイツ人がシュトラウスをやったらこんな音になるんだというお手本のような、濃厚でそれでいて美しく、私にとっては大変満ち足りた時間を過ごさせていただいた、そんなシュトラウスを聴かせてくれたとお伝えしたと思うんですけど、シルマーのは、ティーレマンのよりも柔らかくて明るいシュトラウス。しかし舞台のコントロールもオケのコントロールも実にうまく、自家薬籠中とはこのことかといった感じですね。この人ほどコンサートよりもオペラが向いている人はいないんじゃないかな。

演出は例によって現代風の演出。だから舞踏会も何もありません。身分の高さというか金を持ってるんだということで、車の種類はわからないんだけど、マンドリカはロールスロイスのような車に乗って現れました。逆にアラベラやズデンカはV・ワーゲンのようなの5ドアの大衆車。その他求婚者たちもジャガー?のようなスポーツカータイプの車だったりということです。だからシュトラウスの甘い旋律にはちょっとなじまなくて僕は見るのに苦労しましたけれど、最後のアラベラとマンドリカのシーンは雪を降らせていたんだけど、これは今まで見た雪のシーンではぴか一に綺麗でしたね。延々何分だろう、10~15分くらいずっと雪が降っていて、そこであの2重唱はジ~ンときました。雪にも仕掛けがあって本当にきらきらゆっくり降ってくるんです。作品の性格上大成功にはなかなかならないけど、大変上質な上演だったと思います。(大成功しやすいのは、言うまでもなく「サロメ」「エレクトラ」「薔薇の騎士」あたりでしょうね。こんなこと書くとしかられてしまいますかね。)

       hakaru matsuoka

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2006年2月26日 (日)

ベルリンコーミッシェオパーのマチネーコンサート

松岡究です。今日は朝起きると雪が降っており、うっすらと雪が積もっていました。11時からのマチネーコンサートが終わって外に出ると、あらまあ、もう雪はすっかり解けて晴れているではありませんか。でもその後も雪になったり晴れたりで落ち着かない天気です。

さてこのコンサート11時からですが、日曜にはよくあることです。例えば新年のウィーンフィルのニューイヤーコンサート。あれも11時からやっているんですね。時差の8時間ある日本では、夜7時から見れると言うことになります。

曲目はモーツァルトの13管楽器のためのセレナーデとR・シュトラウスの16管楽器のためのソナチネ第2番。以上の2曲。モーツァルトの編成はオーボエ2本、クラリネット2本、バセットホルン2本、ホルン4本、ファゴット2本、それにコントラファゴット1本の計13本。R・シュトラウスはこれにフルート2本とバスクラリネット1本、バセットホルン一人がC調クラリネットに持ち替えて、計16本です。指揮は音楽監督のキリル・ぺトレンコ。

会場がFoyerといってオペラハウスには必ずあるんですが、休憩時等に飲んだり食べたりする広間みたいなところでのコンサート。したがって臨時にそこにいすを130ほど並べて急ごしらえの会場を作るわけです。ですから客との間はほとんどなくてとても親近感が生まれますよね。他の例えばベルリン国立歌劇場のFoyerは別にアポロザールと呼ばれ、室内楽演奏を意識したつくりになっています。例えばじゅうたんをひかないとか、いすを並べてあるだとか、そういったことです。

まずモーツァルト。初めは皆緊張しているのか、セレナーデなのにその典雅さや匂いが全く感じられず、音響もそれほどよくないこともあって、少々きついなと思いながら聴いていたんですが、第2メヌエットを過ぎたあたりから、皆俄然音楽を楽しみ始めて、最後はとてもいい感じで終わっていました。勿論私はこのリハーサルから付き合っていましたが、ぺトレンコが最後のリハーサルで、「lustig!]つまり、「やってて楽しいね」とみんなの前でもらしていましたが、最後がそうなってくれて本当に良かったです、ハイ。オペラのオーケストラは、シンフォニーやこういった室内楽的作品に触れるのはあまりないことです。ですからベートーヴェンの交響曲でもなかなか演奏するチャンスに恵まれないので、指揮者がうまく導いてやらないとなかなかうまく行きません。逆にオペラは毎日演奏しているので、指揮者よりも知っていて、こちらの方は指揮者がある意味で任せた方がうまく行く場合が往々にしてあります。オーケストラのメンバーはかなり減ってそれでも110人ほどだそうですが、毎日オぺラ公演をやって、なおかつこういった純器楽による演奏会をするのは本当に大変です。しかしこれも絶対に必要なことで、こういった努力が演奏の質を向上させて行くのだと思います。後半のR・シュトラウス。これは最初から皆エンジン全開。すばらしい演奏でした。130人の聴衆からは盛んに拍手とブラボーが送られ、日曜の午後のひと時を満足させるに充分であったと思います。

一日に2回のアップになってしまいました。私にとっては違う日に書いているんですが。今は午後3時を少し回ったところです。

      hakaru matsuoka

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ベルリンの負の部分

松岡究です。今月の9日に初の記事を書いてから、もうすでにアクセス数は3000件を超えています。特に昨日は400件以上のアクセスがありました。有難うございます。何か信じられないような感じですね。カウンターを設置しようと思うんですが、パソコン音痴の僕にはどうやったらいいのかまだわからないんです。

さてこちらに住んでおりますといろんなものが見えてきます。勿論私にとってはこんなに面白くて、刺激に満ちた都市はないんですが、生活の面から少しお話させていただきます。

昨日も行きつけの立ち食い(こちらで言うところのIMBIS系かな)アジアンレストランの親父さんが、「壁が崩壊してから全くもうからなくなった」と言っていたんですが、何もこのような店ばかりでなくいろんなところがそのようです。やはり東と統一した付けは未だに続いているようで、生活が苦しくなったと言っていました。(味は抜群においしいです。少なくとも私にはぴったりの味です。はやるはやらないは味だけの問題じゃないんですね。)そのことが所謂社会の底辺にずっと横たわっているようで、その歪みをいろんなところで見かけます。例えばSバーン・Uバーンと呼ばれる電車があります。若しベルリンにいらしたら一度乗ってみてください。ベルリンを走っているこの電車のどの窓ガラスにもコインや何か石のようなもので引っかいて作った落書きを見ることが出来ます。それもどの電車のどの車両のどの窓ガラスも100%落書きがあります。そして勿論駅も落書きだらけで、座るシートにも落書きがあることが多いんです。これってどういうことでしょう。窓ガラスは取り替えるしかありませんし、取り替えたらまた誰かが引っかくんでしょう。駅の壁の落書きは清掃員が掃除して消した後からまた落書きをするといういたちごっこが繰り返されています。

つぎに目に付くのが犬の糞です。これもいたるところに転がっています。日本の飼い主は(一部を除いて)必ず糞の始末をしますよね。でもこちらの人たちは外がまるで犬のトイレのように思っている人が多いような気がします。ヨーロッパは日本と違って100・200年以上の建築物がずっとそのまま残ってきていますから(戦争で破壊された都市も昔のように作るところが多いですよね)、例えばどこを写真にとってもそれを額に入れて飾れるようなすばらしい景観がありますが、足元を見ると犬の糞がいたるところにあって、上ばかり見て歩いていると痛い目にあいます。

前後しますが、日本も貧富の差がつき始めたといっていますが、こちらは昔から厳然とそれはあって、それこそ電車に乗っていると物乞いに出くわす確立は相当に高いです。単なる物乞いから下手なアコーディオンやギターを弾いて、自分の子供にお金をせびりに回らせたり、そんなにしつこいわけではありませんが、こういうところにもヨーロッパ・ドイツが抱える問題点を見ることが出来ると思います。そういう部分では本当に日本というところはすばらしいと思いますね。日本の今の姿とは本当は中国や旧ソ連が理想とした万民が平等の社会に一番近いのではと思います。その意味では日本は社会主義的あるいは共産主義的資本主義の典型の社会でしょう。所謂普通に言う自由主義・資本主義はアメリカや今のヨーロッパに見るように確実に貧富の差を作ると思います。良いか悪いかは別にしてね。

問題点は勿論これだけではありません。でも今日はこのくらいにしましょう。また機会を改めて、また違うことを書いてみたいと思います。

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2006年2月25日 (土)

ベルリンの友達 2

松岡究です。以前ベルリンの友達として田辺とおるさんをご紹介しましたが、今回は私が本当に一番頼りにしてる人をご紹介します。それは佐藤雄平さんと仰います。彼は私が研修しているベルリンコーミッシェオパーの合唱団員をなさっていらっしゃいます。コーミッシェオパーには5年ほど前から在籍されていますが、それまではいろんな地方の劇場の専属歌手をなさっていました。コーミッシェでは合唱だけでなく、もともとがソリストですので、色々なオペラでソリストとしても出演なさっています。

彼は何を隠そう田辺さんの紹介で知り合いました。その最初に出会ったのは私がアパートを探していた不動産屋だったんです。そう、初対面にもかかわらず通訳をしてくれたんですね。それだけじゃないですよ。車で「IKEA」というこちらの大塚家具みたいなところに連れてってくれて、ベッドや机を運んでくれたり、洗濯機を一緒に買いに連れて行ってくれたり、そう、食器やいす等も頂きました。何から何までお世話になりっぱなしで私は彼に足を向けて寝れないんです。

男前で気持ちも優しいし、声はとても綺麗なリリコ・レッジェーロなので日本で歌っていたらさぞかし女性ファンが沢山出来ただろうって思います。その彼が、日本に帰る決心をなさったんです。来年の春から、郷里の山形を中心に東京でも仕事をなさるらしいんですね。彼は去年再婚したばかりで、お相手は勿論ドイツ人の方です。オパーでバレリーナをされていて、オパーのバレーが解散になった後はある会社の社長をなさっているというキャリアウーマンです。その2人の間には去年佳雄君というお子さんが生まれました。かわいいですよ!また彼もドイツ語・イタリア語がペラペラなんですね。おまけにタンゴの先生でもあるんです。こちらでも教えていらっしゃいます。勿論奥さんも得意ですよ。元バレリーナですから踊るのはお茶の子さいさいというわけです。二人でタンゴを踊っていらっしゃるわけです。凄いご夫妻でしょう!いったいいくつ才能を持っているんでしょう。

彼が日本に帰ったらどうか皆さん彼のことを応援してください。ココロから宜しくお願い致します。

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2006年2月24日 (金)

ベルリンフィル定期

松岡究です。今日はベルリンフィルの定期公演、ドナルド・ランニクルズ指揮、レオニダス・カヴァコスのヴァイオリン、ソプラノがクリスティーネ・ブレワー、バリトンがボー・スコウフスという陣容。曲目はブラームスのヴァイオリン協奏曲、そして後半がツェムリンスキーの叙情交響曲。

先ず最初のブラームス。すばらしい名演でした。この2月はすばらしいヴァイオリニストを立て続けに3人も聴いた事になりますが、どのヴァイオリニストもすばらしかったけど、今回のカヴァコスはまた特別でしょう。この曲は本当にベートーヴェンのそれと並んで演奏会で成功させるのは並や大抵ではないでしょう。それを自信と確信を持ってカヴァコスは弾き切り歌いきりました。テッツラフは饒舌というくらいヴァイオリンを語らせていたのに対して、彼のは雄弁には違いないけれども、気品と風格が備わっていると思いました。ランニクルズの棒もとてもよく歌っていて、この曲を堪能しました。

後半の叙情交響曲。スコウフスの第一声が発せられた時、「あ~世界的な声だ。」と思ったんです。昨日の話の続きになりますが、やはりこういうところに出てくる人は決してビッグヴォイスではなく、音程が良く声の質が第一級であること。そして音程が良いということは発声の確かな技術と、音楽を的確にとらえる力を持っていることだと痛感しました。ブレワーにしろ、スコウフスにしろこの難曲の確信を衝く音楽性を確実に持っているんだということです。勿論指揮のランニクルズもそうです。左手に指揮棒を持つ指揮者ですが、ごく少ない動作に彼の音楽が良く現れていて、随所に現れるマーラーのような甘美なところなどは本当に美しく聴かせてくれました。ただティンパニーとの相性が悪かったようで、ちょっと非音楽的な部分があったのは残念なことでした。

今までいろんなオペラやコンサートを聴いてきて、ベルリンの聴衆はおおむね暖かいと思っていたのですが、今日はちょっと違いました。というのも先ずベルリンの聴衆は楽員が出てきても必ずどこからか拍手が沸きます。しかし今日は最初は有ったものの、後半はほとんどなかったんですね。ん~~、観光客ばかりなのかな?ランニクルズの人気のなさかな?これだけの内容の演奏にもかかわらずカーテンコールは3回がやっとでした。2回目にはもう3分の2くらいの聴衆が帰っていて、なんか胸が詰まって痛くなるような感じ。今日の聴衆の反応は良くわからない!そういえばPODIUMという合唱席も誰もいませんでしたね。僕がこの席が0だったのを見たのはウイリアム・クリスティーが客演した時以来です。彼もそういえばあまり歓迎されてなかったようでした。合唱団は歓迎されてましたけれども。このことをどう考えたら言いのですかね?

今思いつくのは、ベルリンの聴衆はこのような指揮が地味な人には好意を示さない、としかいえません。どなたかこの疑問に答えていただける方はいませんか?

この3日間コルンゴルト、マルタン、そしてツェムリンスキーと立て続けに3人の20世紀の作曲家を聴きましたが、やはりコルンゴルトが私には大発見でした。いつかやりたいですね。

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2006年2月23日 (木)

ベルリン リアスカンマーコーア定期

松岡究です。今日はベルリンでも屈指のうまさを誇るリアス室内合唱団の演奏会の報告です。曲はフランク・マルタンの「魔法の飲み物(Der Zaubertrank)」と訳せばいいのでしょうか。つまり「トリスタンとイゾルデ」に基づいた合計2時間にも及ぶ合唱作品です。指揮はここの常任のダニエル・ロイス。それにシャローン・アンサンブル(Vn2,Va2,Vc2,Cb1,Pf)と3人の歌い手(イゾルデsp・トリスタンten・ブランゲーネsp)といった布陣。

先ず曲ですが、最初から最後まで思索的またミステリオーソの音楽が延々と続く作品です。どこにも気を抜けるところがなくて少し疲れました。こういった作品は近現代のある意味では一つの特徴でもありますが、ずっと暗い舞台を見せられているような、あるいは明るい部分と暗い部分があるとするなら、ずっと暗い色調の中のみで行われる舞台を見せられたというかそんな感じです。ピアノとフォルテのコントラストはあるのに、色のコントラストはずっと同じ色調の中で行われるんですね。オペラの舞台でもこういうライティングをする人は結構います。でも・・・といいたいところです。

演奏はとてもすばらしいもので、この指揮のダニエル・ロイスはかなりの実力者です。3人の歌い手のほかにも合唱から何人もソロや重唱が出て歌っていましたが、ここでやはり一つ言っておかなければならないことがあります。合唱団のそれぞれのメンバーはそれなりに立派な声を持っています。しかしソロである時と重唱の時の差がちょっとありすぎるのですね。重唱の時は本当に美しくハモっていて、それはすばらしいものです。しかしソロになると途端に音程が悪くなり、所謂ソリストたちと差が付いてしまうんです。慣れのせいもあるかもしれません。しかしやはりソリストと合唱をやる人の違いはここにあるな、と。オーケストラもそうなんですね。皆でやっていると大丈夫なんだけど、一人になると途端に、とはよくあることです。ですからオーケストラも合唱も室内楽やソロをやる必要があるんだと思います。

話がそれましたが、とてもすばらしい演奏会で、今日も満足!でもマルタンは好きにはなれなかったですね。演奏したいという食指は動きませんでした。昨日のコルンゴルトは目からうろこでしたが。

       hakaru matsuoka

        

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2006年2月22日 (水)

コルンゴルト「死の都」ベルリン・ドイツオペラ

松岡究です。今日はドイチェオパーのコルンゴルト「死の都」に出かけました。日本では2度ほど井上道義さんが演奏会形式で手がけているようです。私はこの作曲家の作品自体を聴くのが恥ずかしながら初めてで、ですから何の先入観も持たずに聴きました。はっきり言って、すばらしい作品。聴きながらプッチーニとワーグナーを連想しながら聞きました。随所に洗われる美しい旋律、それを一緒に撫でるヴァイオリンやチェロ。これは全くプッチーニだし、オーケストラから聞こえてくる絢爛たる和声はワーグナーの影響?という具合にです。このオペラを書いたのは、若干22歳の時というから驚きます。もう作曲技法は熟しきっていて、プッチーニやワグナーのように、重くなくいやらしくもなく、しかし豊かで明るく、実にセンスのいい仕上がりの音楽でした。帰ってからちょっとインターネットで見てみたのですが、マーラーやR・シュトラウスにも「天才」と言わしめた人だったようですね。

指揮はフィリップ・アウガン、演出はフィリップ・アルラウド。コルンゴルトルネッサンスといっても、やはりまだマイナーな作曲家であることは、どうしようもなく客の入りは多く見て3分の1くらいでしょうか。ベルリンでもこの人気かと思うと少し残念でした。でもこんなすばらしいオペラを発見できたことは収穫でした。私もいつかやってみたい作品になりました。指揮のアウガン、この作品の良さを充分に引き出していて良かったです。

     hakaru matsuoka

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2006年2月21日 (火)

ベルリン国立歌劇場管弦楽団定期

松岡究です。今日はシュターツオパーのオーケストラの定期に行ってまいりました。指揮はフィリップ・ジョルダン、ヴァイオリンはニコライ・ズナイダー。曲はドビュッシー「ノクターン」、シマノフスキーのヴァイオリン協奏曲、そしてチャイコフスキーの交響曲第5番。指揮のジョルダンは大変若い指揮者で、見た感じ30前半。まだ指揮姿には教科書どおりというか、遊びがないというか、でも何かほほえましいものを感じました。オーケストラも彼の音楽をやってやろうという姿勢が見えてすばらしい。

最初のドビュッシーは折り目正しくきちんとした演奏で、といっても硬くなく透明感のある素敵な演奏でした。かなりの才能と見受けました。次のシマノフスキーが今日の白眉。ヴァイオリンのズナイダーは譜面を見ながらでしたが、美しい音でまったく嫌味がなく、しかし歌うところはしっかり歌って、主張すべきは主張してすばらしい。指揮のジョルダンもオーケストラから大変説得力のある響きを引き出して聴き応え十分でした。後半のチャイコフスキー、よく考え抜かれた解釈で、これも大変共感を持って聞きました。途中3楽章でオーケストラがちょっと破綻する場面がありましたが、そんなものは取るに足りない傷。最後までしっかりとオーケストラをコントロールして観客のブラボーを盛んに請けていました。

指揮の技法で思ったことですが、彼はほとんどいあゆる「叩き」と言うものとは無縁の指揮です。元来指揮法とか指揮のメソッドと言うものは存在せず、結局先天的に振れる人が振るんだと思うんですね。振れない人にいくら指揮法を教えても無駄で、振れない人は振れません。それは本当に厳然たる事実ではないでしょうか。ベルリンでいろんな指揮者を見てきていますが、「叩き」とかなんかに振り回されないように、特に若い方は気をつけてください。多分アッバードもマゼールも「叩き」なんて出来ないんじゃないのかな。

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2006年2月19日 (日)

「ポッペアの戴冠」ルネ・ヤーコプス

松岡究です。今日も暖かい一日でした。多分5度はあったと思います。(すみません調べていません)今日は今回私が一番見たかった物の一つです。ベルリン国立歌劇場で、毎年この2月中旬から3月のはじめに掛けて、ルネ・ヤーコプスを中心としたバロックのスペシャリストたちが、2本ないし3本のオペラを上演します。去年は「ウリッセの帰還」(モンテヴェルディ)と今年も演目に入っている「ディドとエネアス」(ヘンリー・パーセル)でしたが、今年は「ポッペアの戴冠」(モンテヴェルディ)、「ディドとエネアス」、そしてプロジェクトと題して「VESPRO」の3本立て。去年の2本はどちらもすばらしくて、その時以来私はルネ・ヤーコプスのファンになりました。

去年今年のモンテヴェルディ、そしてコンサートで聴いた「ティトの慈悲」(モーツアルト)「クセルクセス」(ヘンデル)そのどれもに共通して言えるのが、本当に良く考え抜かれていること、統一されているだけではなくオケも歌い手もヤーコプスの考えを見事に反映し、そしてそれが見事に昇華されて各人の自由な音楽になっていること、等が毎回強く感じることです。多分相当稽古を積んでいるんではないでしょうか?

こういったことは普通のコンサートでは到底実現できません。大体において普通のプロオケは1~3日練習して本番です。そこが職業音楽家の腕の見せ所ですが、やはりとことん追求したと言うところまではなかなか行かないでしょう?だからカラヤンにしろ日本だと朝比奈先生にしろ、あるいは師匠のコバケン先生にしろ同じ曲を何度も演奏して、深めて行くわけです。(例えばカラヤンも朝比奈先生もベートーヴェンの交響曲を何度も録音しなおしているでしょう)。小沢先生が松本で音楽祭を始めたのも、音楽をじっくりと、あるいはとことん追求したくなってきたから始めたんだと言われたことがあります。

舞台は勿論現代的な解釈による舞台でしたが(しかし美しい舞台でした)、一つ確信できたことがあります。それは時代考証的演出と言うのは少なくともドイツでは、全く見られなくなりました。しかし現代に読み替えることで、その作品が現代にも問題を投げかけうる作品である、そこから問題を発信して行く、あるいは今回、オーケストラの間奏での時に、ポップス系の歌手がやるような振り付け・踊りが何箇所か有ったのですが、それがモンテヴェルディの音楽と全く違和感なく見れたんですね。不思議でしたよ。その意味でも今回のこの公演は大きな意味を思っていると思いましたし、観客も大いに沸いていました。

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2006年2月18日 (土)

コーミッシェ・オパー管定期公演

松岡究です。今日はコーミッシェ・オパー・ベルリン(KOB)のオーケストラ定期です。KOBは年に8回定期をやっていますが、定期を始めたのは、まだ10年前くらいのことだそうです。前任のヤーコフ・クライツベルクが始めたと聞きました。ですからKOBがオーケストラ定期に進出してから、ベルリンにはベルリンフィル、ベルリン響、ベルリン放送、ドイチェスシンフォニー、そしてシュターツオパー管、ベルリンドイツオパー管、そしてKOBと主に7つのオーケストラが存在します。

さて今日は、先日お知らせしたようにPaul Mccreeshの指揮により、Louise Farrenc:序曲第1番e-moll op.23   Witold Lutoslawski:Doppel-Konzert Fuer Oboe & Harp そしてL.v.Beethoven :symphony No.3 Eroica 以上の3曲が演奏されました。最初のFarrencはフランスの作曲家で、古典派に属する作曲家です。マックレーシュはこの曲を実に爽やかに、生き生きと指揮していました。次のルトスラウスキーの2重協奏曲はオーボエとハープそして7人のヴァイオリン、2人のヴィオラ、2人のチェロのコントラバス1人、打楽器2人と言ういでたち。私はこの曲の最初にリハーサルから付き合ったのですが、最初は何じゃこりゃ!の世界だったのが、オーボエとハープを入れて2日目のリハーサルが行われた時から 俄然面白くなってきました。奏者一人一人がソロとしてアンサンブルをなし、緊張とサイレンスのコントラストが実にうまく書けている作品でした。オーボエとハープの2人はとても名手で、最後はアンコールまで飛び出す始末。(現代音楽をやってアンコールは珍しいでしょう)何と2人でショパンの「子犬のワルツ」をやったんです。目にも留まらぬほどの指の回り方。あっけに取られるとはこのことでした。この名手2人の名前は、オーボエがNigel Shore 、ハープがRegina Herwig と仰います。   

休憩を挟んでエロイカ。実を結うとオーケストラのメンバーはこの指揮者に対して物凄くブーイングだったんです。つまり指揮のテクニックが追いつかない所があって、アンサンブルに支障をきたしている部分が何箇所かあって、それが解決しないまま本番だったんです。ある日本語を少し操れる団員は「へたくそ」と言っておりました。しかし私は彼の持っている音楽と方向性がとてもよいと思っていましたから、そんなことは全く気になっていませんでした。結果は大成功とまで行かないけど、とてもいい演奏でした。彼のテンポはベートーヴェンの指定どおりの付点2部音符60の速度。それが速いとも何とも思わなせないんですね。つまり歌っているわけです。歌が速いテンポの中にちゃんと存在するんです。

指揮者として今回は昨日のギルバート・ベルリンフィルよりうんと面白かったし、勉強になりました。彼と友達になれればいいんだけど。

   hakaru matsuoka

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2006年2月17日 (金)

ベルリンフィルとアラン・ギルバート

松岡究です。今日はとても暖かくて、といっても気温5度くらいですが、この気温でもとても暖かく感じますね。天気は早朝雨が降ったと思ったら、晴れたり曇ったり、また夕方からは少しぱらついたりと、そう日本では日本海側の天気に似てるところがあるかもしれません。

今日のベルリンフィル定期、昨日マーラーの3番に変更になりましたと言いましたが、行ってみるとまた違っていて、結局前半がブラームスの交響曲第3番、後半がシューマンの交響曲第1番「春」と言う内容でした。本当はハイティンクがハイドンの交響曲第96番「奇蹟」、バルトークの舞踊組曲、そしてブラームスの交響曲第3番と言うプロを振るはずでした。昨日フィルハーモニーの入り口にはマーラーの第3番と言う張り紙がしてあったのはいったいなんだったんでしょうね~。会場での噂によるとハイティンクがキャンセルになって、客のキャンセルを防ぐ所謂情報操作という見方もあるそうです。なるほど一理あると思いました。

さて演奏ですが、まずブラームス。自然な音楽の流れを作りながら、あまり感情過多になることなく、神経の行き届いた素敵な演奏だったと思います。私ならもっと陰影を利かせると思うようなところも、淡々とテンポを運んで行くので物足りなさも残る反面、さわやかな感じのするブラームスでした。後半のシューマン、これがちょっと疑問の残る演奏。彼は「春」を本当に春として捉えているのだと思うんですが、最初から最後までハッピーなんですね。ですから音楽が単調になって、聴いていて少し飽きてきちゃうんです。シューマンの難しさといってもいいのですが、この曲は私に言わせれば「春」ではなくて「春を待ち焦がれる冬」の交響曲なんです。例えば第2楽章、暖炉を囲みながらゆっくり幸せな会話をしているような、何かそういった暖かさを感じるその背後に厳しい冬の寒さがなければならないんだけど、彼のは外で花見してる感じの音楽でした。ほとんどの楽章がそういった音色で弾かれているので、悪くないんだけど・・・・・

地球温暖化で冬の寒さを以前ほど感じなくなったと、こちらの人たちも言っています。確実に1800年代は現在よりかなり寒かったに違いないと思いますが、こういった曲を演奏する場合今はイメージしにくい時代になっているのかもしれません。

シューマンというのは本当に難しい。オーケストレーションの問題もさることながら、曲のイメージと演奏スタイルに言葉では言い表せない関係の何かがあると思っています。それは何でしょう?誰か言葉で表現できる方はいらっしゃいませんか?

アラン・ギルバートもベルリンフィルデヴューでした。

      hakaru matsuoka       松岡究

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2006年2月16日 (木)

独り言 1

松岡究です。今私が研修しているコーミッシェオパーでは、今月末にプレミエを出す、ヘンデルの「オレスト(Orest)」,4月にプレミエを出す、R・シュトラウス「薔薇の騎士」、3月に再演される「エフネギー・オネーギン」が同時進行で練習が行われています。勿論このほかの演目も練習していますよ。その中で、明日17日にここのオーケストラの定期公演があるんです。私は今そちらの練習に顔を出しているんですが、指揮のPaul McCreeshと言う人がとても素敵な音楽を作っています。メインの曲はベートーヴェンの交響曲第3番「エロイカ」です。私が考えているテンポや表情付けがこんなに似ていると言うか一致する人もいないなあと、一人ほくそえんでいます。このコンサートはまた18日のブログで皆さんにお知らせします。

それからニュースですが、明日からまた3日間ベルリンフィルの定期があるんですが、それに予定されていたベルナルト・ハイティンク氏が急病で、代わってアラン・ギルバートが指揮をすることになりました。ハイティンクは大分高齢になってきているので、ちょっと心配ですね。曲はブラームスの交響曲第3番がマーラーの交響曲第3番に変更になりました。勿論今日聴きに行ってきます。

コンサートばかりこのブログでは書いていますが、そのうちオペラや合唱のことも書きます。例えばコーミッシェオパーの上記3作品、ドイチェオパーのR・シュトラウス「アラベラ」、コルンゴルト「死の都」、シュターツオパーのモンテヴェルディ「ポッペアの戴冠」(ルネ・ヤーコプス指揮)、RIASカンマーコーアの演奏会等、どれに行こうか迷ってしまうような公演ばかりです。

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2006年2月15日 (水)

ベルリンの友達 1

松岡究です。昨晩はたいへんたのしい時間を過ごしました。ベルリンに在住の勿論私の友人でもある、バリトン歌手の「田辺 とおる」さんと、かれこれ4時間以上食事をしながら音楽談義に花を咲かせました。ちょっと紹介すると、彼は今45歳ですが、18歳でヨーロッパに単身やってきて、まずザルツブルグのモーツアルテウム音楽院にフルート専攻で入り、その後彼の伝説的なテノール歌手・山路芳久さんにめぐり会って声楽を始めます。もうその時にはフルーティストではなく声楽家になろうと決めていたらしく、山路さんの師匠の疋田先生を頼って、武蔵野音楽大学に入りなおしそれを卒業なさってからまたヨーロッパへ旅立ち、色々な劇場の専属歌手を勤められて、今日に至っている方です。ご自分でキャラクターバリトンと、あるいは自分は「芸人」であると仰っておられるように、大変個性豊かな、そして頭脳明晰な方です。勿論ドイツ語はぺらぺら以上、イタリア語も難なくこなし、彼の有名な映画(渡辺謙主演)の、何でしたっけ?のドイツ語スペイン語フランス語の吹き替えを担当した語学のスペシャリストでもあります。「ラスト サムライ」でした。

彼との話の中で、シューベルトの話になったとき、指揮者の間でも昔から大問題になっている「アクセントなのかディミヌエンドなのか」ということ、あるいは3連符と付点音符が同時に存在した時の演奏法などに対して、指揮者の僕の方が勉強になるような含蓄を持ってらっしゃるんですね。そういえば、昔、サバリッシュがN響とベートーベンの7番をやったときに、是非アンコールをとN響からお願いされて、サバリッシュはわざわざディートリッヒ・フィッシャーディースカウに電話されて、「ベートーベンの7番の後に演奏できるアンコールはないか?」との質問に、「それは何もない」と答えられたとか。勿論サバリッシュはアンコールはしなかったそうです。つまり田辺さんもディースカウと同じように大変うんちくのある方なんです。

その彼が2月28日に横浜の神奈川区民センター かなっくホール(045-440-1211)にて、シューベルトの「冬の旅」全曲を歌われるそうです。値段は4000円。交通手段は京浜東北線「東神奈川」、京浜急行「仲木戸」下車。その演奏会のお知らせはこちらからご覧になれます。http://homepage1.nifty.com/opera/2006_0228.htm  です。

今回歌われた後に、ドレミ楽譜から自分が今回校訂した、「冬の旅」を出版なさるそうです。またプログラムの原稿も見せていただきましたが、これを当日買うだけでも価値があるんじゃないかと思います。若し皆さんの中に興味をもたれた方がいらっしゃるなら、是非行かれることをお勧めします。

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2006年2月13日 (月)

ベルリンフィルとデヴューのぺトレンコ

松岡究です。ブログ第1号でお知らせしたとおり、今日はベルリンフィル定期演奏会の報告です。指揮はキリル・ぺトレンコ、ヴァイオリンはクリスチャン・テッツラフ。曲目:バルトークヴァイオリン協奏曲第2番、ラフマニノフ作曲交響曲第2番。

テッツラフでこの曲を聴くのは2度目です。2004年11月、ドイチェ・オパー管が定期で、マルク・アルブレヒトの指揮で聞いて以来になります。今回は前回にもまして、スケールが大きく、自分の言いたいことは全て言い尽くしたといってもいいような演奏。バックのぺトレンコ・ベルリンフィルもとても良い演奏で彼を盛り立てていました。余談になりますが、ドイチェ・オパーはティーレマンが昨年2月に辞任して以来、オーケストラの定期演奏会が開かれなくなってしまいました。辞任の直前ティーレマンは私の大好きな作曲家R・シュトラウスの「ダフネ」と「影のない女」の2作品を2日連続で振って、去って行きました。それはそれはすばらしい演奏で、どうして彼を引き止められなかったのか、かえすがえすも大変残念なことでした。

後半はラフマニノフの2番の交響曲。一言で言って大成功でした。この曲はMY FAVOURITE SYMPHONYナのですが、私のイメージしていることを悉く彼はやってのけたばかりか、「こんなやり方もあるんだ」と言うことも見せてくれました。最初から最後まで、一点の曇りもなく、また歌いきって緊張感にあふれたス晴らし演奏でした。演奏終了後楽員が退席しても、もう一度聴衆から呼び出しを受けたのが、このコンサートがどれほど良かったかを、端的に物語っているでしょう。

それにしても良い曲ですね。僕はまだ一度しかやらせてもらってません。なかなか振る機会に恵まれないのは、どうしてなんでしょう。少し前に、読響とロジェストベンスキーがずたずたにカットしてこの曲をやっていましたが、未だにこの曲に対する不当な見方が専門家の中にもあるようです。カットできるところはないと思うんですがね~。

それにしてもこの若きマエストロ・ぺトレンコのもとで研修させてもらっている私は幸せです。そのことに感謝しつつ今日はこの辺で。

   松岡究   hakaru matsuoka

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2006年2月12日 (日)

サイモン ラトルとは

松岡究です。私が本格的に研修し始めたのは去年の4月からですが、その間もない頃、久しぶりと言うか、ベルリンフィル・ラトルを初めて聴きました。以前はバーミンガム響と日本でやったのを聴いていただけですから、今回が初めてといってもいいかもしれません。曲はブリテンの「ピーター・グライムズ」全曲、演奏会形式による上演でした。この演奏を聴いた時にまず演奏会でここまでどうしてできるのかというその完成度の高さと、ベルリンフィルの柔軟で明るい音色に圧倒されたのを昨日のことのように良く覚えています。ステージにはオケと合唱そして歌手が所狭しと動き回り、全員が音楽を楽しんで演奏しているのが、もうすぐに手の届く距離にいる聴衆にようくわかるんですね。

ラトルの弟子で、私がベルリンに来て知り合った(いまはもう友達ですが)キンボー・イシイ=エトウ(彼は次期シーズンからコーミッシェオパーのカペルマイスターになります)に言わせると、「毎回本番で違ったことをやっていて、なおかつそれを楽しんでるんだ」と言うことでした。そうなんです。本当に楽しんでるんですよ。そしてベルリンフィルもラトルがどう出てくるかということを楽しんでいるんですね。「今日はそう来たんなら、俺たちはこう返そう」という会話が成り立っているわけです。勿論高い次元でそうなってるんです。

これこそ指揮者とオーケストラの理想的な姿ではないでしょうか、ね~。その後もストラヴィンスキーの「火の鳥」、シューベルト交響曲第8番「ザ・グレート」、ショスタコーヴィッチ交響曲第1番、マーラー交響曲第4番などを聴きましたが、どれもこれもすばらしくて、「火の鳥」の時なんかはラトルは舞台でもう踊りださんばかりの、インスピレーションにあふれた指揮でした。彼のコンサートを聴くたびに脱帽しています。

このベルリンフィルのコンサート、いったいいくら位で聴けると思いますか?一番高くて(でもこの価格になるのはめったにありませんが)120ユーロ、普段は83ユーロくらいです。一番安い席(合唱席とでも言うべきPODIUM)は8ユーロから、立ち見もその時によって違いますが、7ユーロからです。今ユーロは強くて両替すると147・8円くらいになります。でも一番高くてもこの値段なら皆さんも、何度も足を運びたくなるでしょう?!勿論ベルリンフィルは破格にこちらでも高いんです。他のオーケストラは間違いなくこの半額です。安い席はあまり違いませんけれど。

コンサートやオペラの評のほかにこのようなコラム的なことも書いて行きます。どうぞお楽しみに。

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2006年2月10日 (金)

ケルン放送交響楽団 ベルリン公演

松岡究です。今日は午後3時くらいから、急に雪が降ってきました。そのせいもあるのでしょうか、客入りは6割程度だったように思います。しかし演奏は期待を裏切らないものでした。まず前半にMagnus Lindbergと言うフィンランドの作曲家のクラリネット協奏曲(ソロはKari Kriikku)後半がラフマニノフの交響曲第2番。指揮はこのオケの首席指揮者セミヨン ビシュコフ。

まず前半のクラリネット協奏曲ですが、ソロのKriikkuに脱帽。空前絶後の腕前の持ち主。繊細な弱音(pを5つくらいつけたくなるような最弱音)からうねりを上げるフォルティッシモまで、こんなにクラリネットが雄弁で多彩な楽器だとは今の今まで気づきませんでした。(恥!)作品もドビュッシーへのインスピレーションがあるようで、大変美しい作品です。皆さん機会があったら、是非この人のクラリネットを聴いてください。

後半はビシュコフのラフマニノフ。彼は暗譜で振っていましたが、全くどこをとっても迷いや曖昧さがなく、堂々とした表現が好感触を生んでいたと思います。珍しく楽章が終わるごとに拍手が入り、聴衆も彼の表現を心から堪能していたようでした。ただオーケストラとしては金管の粗雑さや全体的なアンサンブルの雑な面も結構見えて、ちょっと残念でした。ビシュコフのすばらしい音楽とオーケストラの間に少し距離があるようで、それはいったい何だろうと考えさせられました。

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2006年2月 9日 (木)

ベルリンのコンサートとオペラ

皆様、初めまして。私は指揮者の松岡究と申します。現在、日本とベルリンを行ったり来たりしていますが、ベルリンでは、ローム・ミュージック・ファンデーション(略 ローム財団)の在外研修生としてKomische Oper Berlinで主に勉強させて頂いています。日本で仕事がある場合は、日本に帰国し、仕事をさせていただいております。ローム財団は本当に考え方が私にとりましては涙が出るくらいにすばらしく、「仕事をするのが一番の研修」とのお考えから、日本で仕事がある場合には帰国させていただいています。

今回こうやってブログを始めさせていただいたのは、ベルリンの音楽事情、特にコンサートやオペラの私なりの批評を交えて、皆さんにお伝えしようと言うものです。勿論これは私自身の為でもあります。

ベルリンに派遣になって1年以上が経ちますが、今までのコンサートやオペラのことも皆さんにお伝えしながら、できるだけタイムリーに記事を書いて行きたいと思っています。

どうぞ宜しくお願いいたします。

今回は3月9日までベルリンに滞在します。さしあたって、今日、フィルハーモニーにおきまして、ビシュコフ指揮のケルン放送管弦楽団のコンサートがあります。また明日から3日間、お世話になっているKomische Oper Berlinの音楽監督、キリル・ぺトレンコ氏がベルリンフィルにデヴューします。奇しくも曲目は、ラフマニノフの交響曲第2番。先ずはこの2つのコンサート評からブログを始めたいと思います。

   松岡究(キューちゃん)

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